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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
13/31

真梨世の帰国

 御堂真梨世は約四か月ぶりに祖国の地を踏んだ。八月生まれの彼女は、初めから夏のこの時期に祖国で誕生日を祝ってもらう予定であったのだが、この帰国は祖父速水秀臣の弔いの目的も付随する事に成った。

「久しぶりね、りーせ」

 空港に迎えに来たのは三か月違いの姉瀬尾華理那である。

「警護は居ないのね」

「総理の娘ではなくなったからね」

 いまは官房長官の妹なので重要度は下がっているが、顔は売れたので伊達眼鏡で軽く変装している。

「お客様扱いはしないからね」

 真梨世が帰国中の滞在先として選んだのは、御堂本邸でもなければ、母の暮らす都内の別邸でもない。生まれ育ったマンションの一室。華理那の五号室だった。

「やあね。その心算なら素直に御堂本邸に行くわよ」

 二人は華理那の車でマンションへ向かうが、

「途中で寄りたい所があるのだけど」

 と真梨世に言われ、

「速水邸でしょう。既に経路指定してあるわよ」

 車は自動運転に切り替わった。

「相変わらず手回しが良いわねえ」

 と感心する真梨世。

「真冬さんに連絡は?」

「もちろんしてあるわよ。明日は父さんの所でドーナツを食べるとか聞いたけど」

「六号店の目玉の一つなのよ。元総理お手製のドーナツカフェ」

「それで儲けが出るの?」

「目玉の一つと言ったでしょう」

 既にもう一つの企画は走り出していて黒字を叩き出している。

「初めは赤字が出なければ十分だと思っていたのだけれど」

 華理那はスマホを取り出して六号店のウェブページにアクセスして見せる。

「父さんが総理在任中に外遊先で習い覚えた珍しいお菓子を販売中。現状日本ではここでしか手に入らない」

 レシピが門外不出だったり材料が現地でしか調達できないなど、他所では絶対に真似できない。材料調達は神林が請け負っていて、各国の大使館からも定期的に注文が入る。材料調達に時間が掛かるので注文から納品まで時間が掛かるが。

「これまでの経験経歴が全て生きているのね」

「人生に無駄なんて一つもない。と言うのが父さんの口癖だったけれど、これほど見事に実証されると恐れ入るほか無いわ」

 車は速水邸に到着する。華理那は年に一回、正月に立ち寄るくらいだが、真梨世は他に盆と江利夫人の命日の三回が定番だ。とは言え既に江利夫人が生きている頃からの使用人は居ないので、速水家で育った母の真冬ですら本家からのお客様扱いである。

 二人を出迎えた若いメイドに対して、

「お祖父さまに線香を上げに来ただけだから構わないで良いわ」

 と宣言して仏間へ向かう真梨世、とそれに付き従う華理那であった。

 仏壇の前の座布団を横にずらして、畳の上に直接正座する真梨世。線香を上げて手を合わせると、仏壇の隣の壁に掛かっている写真を見て、

「お祖父様とお祖母様、ご夫婦なのにこうして遺影を並べると親子に見えるわね」

 と笑う。

「そうねぇ」

 と言いながら華理那は別の事を考えていた。華理那にとって秀臣は父方の祖父であるが、江利の方とは血縁関係がない。それに対して真梨世にとっては江利は母方の祖母になるのだと。

 これで引き上げようとしたのだが、従妹の千秋が顔を出した。

「まあお茶もお出ししないで」

「良いのよ。構わないでと言ったのは私だから」

 真梨世は本当に気にしていないのだが、事前に訪問を伝えてあったのだからこの対応は後で叱責モノだろうな、と華理那は考えた。

「兄さまも居なくて退屈だったんです」

 と千秋がしゃべりだしたので、真梨世と華理那も座って対応するしかなく無くなった。これだとどちらが接待しているのか判らない。

「貴真は帰省していないの?」

「お引っ越しの準備が忙しいとか」

 貴真は父方の祖父の家から高校に通っていたが、大学へはキャンパスの近くにマンションを借りてそこから通うらしい。

「たか坊って、家事は出来るのかしら?」

「恭子姉さまが定期的に顔を出されるそうですけれど」

「仲が良いわねえ」

「恭子の家事レベルは、りせと同じくらいよね」

 と華理那に言われ、

「一言余計よ」

 とむくれる真梨世。華理那が出来過ぎるだけで、真梨世も恭子も十分に及第点である。

「さて、私たちはお墓に寄ってそのまま帰るから」

 と言って本当に立ち上がったところで、先程のメイドが麦茶を持って現れた。

 真梨世は立ったままお盆から取ってそのまま飲み干して返す。

「お行儀が悪いわねえ」

 と言いながらも華理那はそれに倣うと、

「御馳走様。××さん」

 とメイドの名前を呼んだ。

 真梨世はいちいちメイドの名前など憶えていないだろう。ある意味ではそれもお嬢様らしい振る舞いであるが、華理那は速水家の使用人についても顔と名前をすべて覚えている。メイドはその時になってようやく気が付いた。速水家と関係が深いのは真梨世よりも華理那だと言う事に。二人とも瀬尾総一郎の娘で、速水家の現当主真夏の姪であるが、華理那の方は真夏の夫貴志の姉の娘でもあるのだ。フォローしようと思った時には二人は既に立ち去っていた。

 二人は速水邸に車を置いたまま徒歩で菩提寺へと向かった。華理那は祖父の葬儀の時が初めだったが、真梨世にとっては毎年来ている慣れた道だ。境内にある墓地もそれなりに広いのだが、迷うことなく墓に辿り着く。

「しまった。線香を持って来ていないわ」

「あるわよ」

 と華理那が線香とライターをバッグから取り出した。

「本当に準備が良いわねえ」

 真梨世は線香に火を点けると、

「新調したのね」

 秀臣を収める時に新しくした屋根付きの香炉に線香を置くと、手を合わせて般若心経を朗々と謳いあげた。

「般若心経を暗唱できたのね」

 華理那はその声を褒めるよりも、記憶力を評価した。

「私だってこれくらいは」

 と言いながらも少し嬉しそうな真梨世である。

 帰ろうとすると寺の中から声が掛かる。

「今のお経はどちらが?」

「こちらです」

 と華理那が指を差し、

「私です」

 と真梨世が手を上げる。

 声を掛けてきたのは袈裟を着ているが有髪の青年であった。

「自分はここの寺の次男坊で、まだ大学の院生です」

「仏教系の?」

「一応はそうですが、この寺は兄が継ぐので坊主になるかどうかはまだ未定です」

 仏教系のK澤大学で医療系の研究生らしい。

「速水家の縁者の方ですね?」

「ええ」

「ではその時にまた」

 車に戻った二人はマンションへの帰路に着く。

「たか坊は一人暮らし?を始めるみたいだけれど、うちのたー坊やみー坊はどうするの?」

「太一はマンションを出るわ。一人暮らしと呼べるかどうかは疑問だけど。皆人はまだ十六歳だから、当面は今のままね」

「太一にもお相手が居るの?」

 と喰い付く真梨世に、

「詳細は本人から聞いてもらうしかないけど」

 と前置きして、

「太一は都内で千里さんが使っていた一軒家を使うのよ」

「あれは元々は千万太叔父さんの名義だけど、一人で使うには大きすぎるわねえ」

 千万太は御堂の御前の末子だから、真梨世から見ると正確には大叔父になるのだが、

「後は本人から訊くわ」

 ここで希理華から連絡が入り、食事会の準備をしているからそのまま帰ってくるようにと言われた。

「もしかしてりか姉が作るんですか?」

「大丈夫よ。今日は刹那と太一君が居るから」

 通話が切れてから、

「あの二人って料理が出来るの?」

「大丈夫よ。りーせよりも上手だから」

 華理那は部屋に戻ると組み立て式の簡易クローゼットを準備する。

「滞在中はこれを使って」

 真梨世は既に部屋着に着替えていて、残りの服を手際よくカバンから移していく。真梨世は華理那が脱いだ服を個別の洗濯籠へ入れる。ここは子供部屋時代から服が混ざらない様に専用の籠が用いられていたのだ。総美が赤、華理那が青、真梨世は黄色、恭子が緑だった。

「テレビ点けていい?」

 と断ってテレビに向かう真梨世。意外にもニュース番組に喰い付く。流れているのは官房長官の定例会見。つまり次兄の矩総である。

「ようやく実感がわいたわ」

 とぽつり。

「父様が総理を退任して、選挙後の新政権で矩総兄さんが入閣したとか。海外でもニュースとして流れてはいるのだけど」

 就任直後から一期で辞める。次の選挙には出ないと言い続けてきたのにマスコミは本気にしなかった。そして辞めた後は一民間人だからと取材を一切受けないので、総理の退任後の会見と言うのが存在しない。やるべきだと言う意見が多数であるが、何の責任もない一個人の意見で現政権が振り回されると問題であると言う知識人の意見も根強い。そう言うインテリ層に限って瀬尾総理不支持だったのだから笑えるのであるが。

 内線で料理が出来たと連絡が来た。

 今日の主賓である真梨世が上座に着き、その右手にはマンションに住んでいる姉弟三人、華理那と太一と皆人である。公務で多忙な矩総は不参加であるが、代わりに妻の希理華が左側の一番手で、その次が野田刹那、最後に希理華の姉、真梨世が師匠と呼ぶ水瀬麻里奈が居る。

「麗華は実家に帰っていて。呼び出しても良かったのだけれど、真梨世ちゃんとはそこまで接点が無いしね」

 と希理華。

 刹那と太一の料理は美味しいが、真梨世の求めるお父さんの味とは違う。敢えて比較すれば太一の受け持ちの方は少し近い。

「僕の料理は滝川の叔母に教わったモノだから」

 滝川の叔母、つまり千里の料理は、母親である百恵さんから習ったもので、源流をさかのぼれば御堂家の味に辿り着く。だから真冬が食べれば懐かしいと言っただろう。総一郎は自分のレパートリーになかった料理を千里から習い、それを自分流にアレンジした。太一が教わったのはそうしてフィードバックされたモノである。

 一方の刹那の料理も味に覚えがある。刹那の従姉である義姉の西条沙也加の料理だ。その原点は二人の母の実家木島家に行きつく訳だが、そこに婚家の味が影響を与え、更に二人の父親の職業の違いが働く。沙也加の父は頭脳労働なので糖分が若干強め、刹那の父は体が資本だから自然に塩分が多めになる。刹那もここへやって来てからは矩総の為に糖分を少し増やすようになっている。

 自分で料理を作る父総一郎とは違って、矩総は強いて味を一元化する気は無い。むしろ違いを積極的に楽しむ方針らしい。

「私が一から教えた希理華姉さんが、結果的に父さんの味に一番近いと思うわ」

 と華理那。

「これだけ出来るなら、太一は貴真みたいに誰かに作ってもらう必要は無さそうね」

 と真梨世。

「問題はそれが誰か、と言う事だけれど」

「真梨世姉さんには今度紹介しますよ」

 と太一が言うと、

「つまり私が知らない娘なのね」

 と険しい表情になる真梨世に、

「取り敢えず、太一兄さんの相手は一人じゃないと言う所ははっきりさせた方が良いんじゃない」

 と空気を読まない皆人の一言。

「…そう言う事に成るんじゃないかと思っていたわ」

 真梨世は何故かホッとした様な表情になる。

 真梨世が気にしていたのは、小さい頃から知っていた桃華の動向だったのだが、それはまた後の話。


 翌日。真梨世は華理那の車で父総一郎の家に向かった。末っ子の皆人も同乗して居る。

「どこか途中でお昼にしましょう」

 と華理那。

「向こうで一緒に食べるのではないの?」

 と真梨世が首を傾げるが、

「午前中は神林家の方々が来ているから、ゲストの方はすぐにお帰りになると思うけれど、希代乃さんは多分残っていらっしゃるわ」

「…りーせも気ぃ使いねえ」

「慣れているわ」

 三人が瀬尾総一郎の隠棲地である遊谷庵に到着したのはお昼を少し回った頃だった。華理那の車は登録されているので跳ね橋を渡って敷地内へを進む事が出来る。正門の前で、

「失礼ですが、そちらのお嬢様のお名前は」

 と機械音声の誰何を受けて、

「御堂真梨世よ」

 と答えると、

「登録が完了しました」

 と言って通用門が開く。顔と名前は事前に登録してあるが、本人の音声データが無いと完結しない。

「正門は開かないの?」

「これは車が出入りするときだけよ」

 この中に停められるのはこの家に暮らす総一郎と矩華の車だけだ。

「思ったよりも立派ね」

「敷地面積で言えば、神林邸と同じくらいかしら」

「後ろの山まで含めると御堂本邸に匹敵すると思うよ」

 と皆人。

「山ごと買ったの?」

「買ったというか、付いてきたのよ」

 専門業者が来て定期的に間伐をしてくれる。転がしてある間伐材は適当な長さに切って薪として利用できる。冬場の暖房費はこれで全て賄える。

「まずはこちらにご挨拶を」

 と華理那に案内されたのが仏間に安置された祖母の仏壇である。

「こちらに引っ越されたのね」

 元々はマンションの共用スペースに安置されていた仏壇だが、総一郎が想い出の一軒家へ越す際に同道し、公邸へ入る際には長男の総志に預けられた。総一郎が公務から解放されたので手許に引き取った訳だ。

「昨日はお祖父さまで、今日はお祖母さまね」

 祖父秀臣がみさきを孕ませたことがきっかけで、江利夫人が夫以外の相手との子を生すことになった。ある意味で敵同士とも言える総一郎と真冬の子である春真と真梨世は二人の祖母の確執と和解の象徴だ。しかしながら当事者だった母の真冬はいざ知らず、真梨世は二人の祖母の確執に頓着しない。彼女が生まれた時には二人とも亡くなっていて、記憶がないからだ。

「じゃあ家の中を案内するよ」

 とやる気満々の皆人に引っ張られて屋敷内を巡った後、総一郎の仕事場のある東棟に向かう。東棟への通路は二階にあるので、矩華が居残った希代乃とその従妹副島加津乃と談笑しているところへ合流する事に成る。

「あら真梨世ちゃん。パーマをかけたの?」

 と加津乃に言われ、

「昨日から誰も言ってこないから、気付かれないのかと思ったわ」

 と真梨世。

「なんと言うか、見慣れないから反応に困って」

 睨まれた華理那は頭を掻く。

「これが天然なんです。いままではパーマでストレートにしていたから」

 と説明する真梨世。

「あれは七五三の時だったわね」

 と昔語りを始めた矩華。

「華理那と真梨世ちゃんと、恭子ちゃんが三歳の年」

「うちの希総が五歳で、総美ちゃんが七歳と大忙しだったわ」

 と希代乃が割り込むが、

「それは良いんだけど」

 曲っ毛の真梨世が母親と同じ髪型にしたいとごねたので、髪を全部剃って鬘を被せた。

「子供の髪にパーマは無理と言う判断だったのね」

「あれって鬘だったのね」

 と驚く華理那。

「気が付かなかったの?」

 と言う真梨世だが、

「自分でも覚えていないのでしょう」

 と返された。

「とにかく、それ以来ずっとストレートにしていたのよ」

 と矩華。

「母の方針かと思っていました」

 と真梨世。

「毎月だと金も掛かるから、普通ならどこかで打ち切る所だけど、そこは御堂家のお嬢様だからね」

「小さい頃は櫛が入らなくらい頑固だったけど、今のそれは?」

 と希代乃に訊ねられて、

「何もしてません。普通にシャンプーして乾かすだけ」

「御堂製のでしょう?」

 ドライヤーを使わずに自然乾燥で髪が纏まると言う、ちょっとお高い製品である。

「あれは真梨世ちゃんの髪に合わせて調合しているからね」

「御堂家の製品てそう言うの多いからねえ」

 と笑い合う希代乃と矩華。

 そこへ午後の準備を終えた総一郎が上がってきた。

「増えているな」

「お父様、お勤めご苦労様でした」

 真梨世が立ち上がって綺麗なカーテシーを披露する。

「髪は戻したのか」

 総一郎は余計な事は言わずただ娘の頭を撫でた。

 程なくして、御堂家の一行が真夏の運転する車で到着した。真冬の車なら登録してあるのでそのまま中まで入れたのだが。ともあれ先着していた真梨世と合流して午後の部が始まる。

 真冬は久しぶりに会った娘に対して、

「元気そうで何よりだわ」

 と一言だけ述べて、姉の真夏と総一郎を囲んで速水秀臣の四十九日に関する打ち合わせを始めた。

 真梨世は義姉の美紗緒と従妹の千秋と三人で談笑する。美紗緒がナイフとフォークを使うのを見て、他の二人も真似をした。

「普段もこういう食べ方をされるんですか?」

 と千秋に訊かれ、

「いいえ。用意されているからなんとなく」

 と答える美紗緒。

「これは多分、午前中に来た希代乃さんのリクエストだと思います」

 と真梨世が解く。

「皆人君も来ているのね」

 庭の方に目を向けた美紗緒が指摘する。

「私も泊まっていきたい」

 と千秋が大人組が帰りの話をしていたところへ割り込んだ。

 それを受けて真夏は千秋を残し、その代わりでは無いが総一郎に頼まれて午前の部から居残っていた都知事夫人を同乗させて帰っていった。真冬は、希代乃が残ると知って自分も残りたかったようだが、明日も仕事があるので渋々帰っていった。神林家はトップである希代乃の権限が強いだけに仕事の融通が利くらしい。

 その日の夕飯は華理那と真梨世の合作であった。より正確に言えば、真梨世がメインで華理那がサポートだった。千秋は二人を手伝おうとしていたが、割り込む隙が無くて観戦モードだった。

「やっぱりお父さんの料理の再現度ではりーなが一番ね」

 と真梨世が言うと、

「それなら一番良いのは本人に作ってもらう事だと思うけど」

「それだと戻った時にまたお父さんの味が恋しくなってしまうから」

 つまり日本にいる間に自身の腕前を挙げたい。つまり華理那の部屋に留まるのは、料理を習うためだ。

「それなら一番上手なのは希総兄さんだと思うけれど」

「まれ兄さまの腕は、ある意味で父さんを超えているから」

 希総に料理を教えたのは母の希代乃で、希代乃の目的は総一郎を喜ばせる事。なので総一郎の料理に一味加えてしまう。

「りーなの料理が百点だとすれば、まれ兄さまのは百二十点なのよね」


 真梨世の公式日程は祖父の四十九日と、自身の十九歳の誕生会のみ。それらについては別に語るとして、以下にプライベートの動きについて紹介する。

 某日、恭子を加えた三人で真梨世がオーナーを務めるフクロウカフェ・ミナーヴァへ向かった。

「お帰りなさい。ミナーヴァ様」

 店に入ると雇われ店長が声を掛けて来た。店の経営状況についてはネットを介して定期的に報告を受けている。

 席に座った真梨世が一声発するとスタッフが一斉に反応する。古株の一羽が代表して飛んできてテーブルの上の止まり木に留まって真梨世をじっと見つめので、店長に許可を貰って餌をあげる。フクロウたちは実に行儀よく、順番にやって来る。

「見た所、半分くらいは新顔ね」

 と真梨世。

「見ただけで分かるの?」

 と驚く恭子に、

「単にサイズが小さいからよ」

 大きな個体は繁殖用に貸し出されていて、新顔は今年生まれた若鳥である。そんな若鳥も既に真梨世に懐いている。

 店の名前の由来となったミナーヴァとはローマ神話の女神で医師と医療と司る御堂家のお嬢様に似つかわしい愛称である。ギリシア神話ではアテーナに相当するが、かの戦女神ほど好戦的ではない。そのイメージに近いのは華理那だが、この店では勝利の女神であるウィクトーリア様と呼ばれる。ギリシア神話ではアテーナの従神ニーケーに相当するが、ローマ神話の中では独立して崇拝される。ちなみに恭子は狩猟の女神であるディアーナ様と呼ばれる。

 三女神揃っての降臨は直ちに拡散され、三人のファンを中心に客が押し寄せた。ミナーヴァはワンドリンク付きで入場料千円(一時間、三十分超過ごとに二百円加算)なのだが、その日は記録的な売り上げを記録した。来店客の九割が現役の高校生、しかも女子である。

 店内に撮影ボックスが置かれていて、そこで撮影した写真の中から気に入ったモノをダウンロードすると手数料が発生する。自撮りは鳥たちを驚かせる恐れとして厳禁とされる。通常ならフクロウたちとのツーショットになる筈だが、その日は三人の誰かを入れたスリーショットが売れ線だった。

 華理那の店から納入されているケーキが品切れとなり、追加分を配達に来たのが長姉の西条総美だった。

「普段なら品切れになったらオーダーストップにするのだけど、こちらにオーナー様がいらっしゃるから」

 店に電話して店舗売りの分をこちらに回してもらった。一号店の常連客は地元高校生が多いので、夏休みの時期はどうしても売り上げが落ちるのである。

向こうで買えば学生割引が利くので、

「注文された方には、一号店で使えるポイントを出します」

 と華理那。

 ポイントを貰えるのは一号店の登録会員だけだが、この場で簡易登録を行って一気に会員を倍増させた。

「このポイントを使う際には学生証を提示してください」

 と悪用を防ぐ手段もきっちり講じている。これは学割対象者へのサービスによってリピーターを増やす戦略なのだから。

 追加分も売り切れて、店内には四姉妹のみとなった。

「得したのは果たしてどちらの店かしら」

 と総美。

「短期的にはこちら、長期的にはうちかしら」

 と華理那が分析すると、

「年間パスも何枚か出たからトントンじゃないかしら」

 と真梨世。

「いずれにしても、客の少ない時期だから大助かりですよ」

 と店長がドリンクのお代わりを持ってくる。

「展示用に一枚写真を撮りたいのですが」

 と言う要請を受けて出来たのが、ミナーヴァさまと従者のフクロウの図。真梨世は白い布を体に巻き付けて、フクロウを左手に留まらせている。

「良いですね」

 プリントアウトした写真を額縁に入れて悦に入る店長であった。

「ところで姉さんはいつ結婚するの?」

 と切り込む真梨世に、

「それはまーりんが一号店をさーやに引き継いでからね」

「姉さん、宮園さんをまーりんって呼んでいるんですか?」

「そうよ。政彦で、まーりんだけど」

 総美は一瞬だけ照れたが、すぐに開き直った。

「引き継いで、独立ですか。それとも新支店の立ち上げ?」

 と真梨世。

「うちから独立して成功した人はまだ居ないのよね」

 と華理那が笑う。

「職人としての腕は確かなのだけれど、経営の方が立ち行かなくて、半分は戻ってきたわ」

「それって菓子職人の話、それとも政治家の話?」

 と真梨世が混ぜっ返す。

「いまの一号店店長のままではダメなの?」

 と恭子。

「一号店は固定給だから」

 他の店舗は儲けに応じて加給制度があるが、一号店だけは利益に関係なく人件費を一定に設定している。

「そもそもが父さんが利益から一定額を自分の小遣いとして抜いて、残りを回転資金に使うと言う大雑把な経理体制だったから」

 加えて今の一号店は新人職人の研修場所であると同時に試作品のモニター販売も行っていて安定した利益を出しにくい。そこで人件費を固定にしてその中から店員に一定額を支給し、残りが店長の報酬になっている。

 一号店の所属である西条沙也加は現在産休中で規定額の六割が支給されている。差額分だけ店長の宮園の取り分が増えている訳だが、その分仕事量も増している。開業時には総一郎と惣村せつらの二人で廻していたので、ある程度のスキルが有れば問題ない。最低でも中で作る役と外で接客する役の二人はいないと廻らないが。

「要するに姉さんの結婚はかつての相棒の手中にある訳ね」

「さーやのセットしたボールを私が打つ。今も昔も同じね」


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