挿話 女神の饗宴
私の名は白雪沙織。米国の名門H大で生化学を学んでいる。昨年末以来二度目の帰国だ。一度目の帰国の際に知り合った瀬尾華理那さんの案内で、妹沙豊が出場すると言うインターハイ予選の最終戦を観戦することになった。
「たかが高校生の、しかも女子の試合にしては観客が多いわね」
「この試合は高校女子バスケ界の二大エースの直接対決ですからね」
強豪東商業のエース西条恭子。あの総志の妹として鳴り物入りでデビューし、その実力は折り紙付きだ。対する南高には両親とも元プロと言うサラブレッドの青木沙羅。
「そんな中にあって、うちの妹に出る幕はあるのかしら?」
バスケは高校二年から始めたという、まだ素人に毛が生えたような存在だ。
「二大エースの実力がほぼ互角である以上、この試合のカギを握るのは沙豊さんの出来次第と言っても良いですよ」
現地で合流してこの試合を一緒に観戦するのは速水貴真君と滝川太一君。ともに私の後輩に当たる中央高校の二年生。新学期から生徒会を率いるツートップだと言うが、速水君は恭子さんの恋人で、滝川君は沙羅さんの元カレだと言う。
試合の方は、東商業がエースの恭子さんを温存してきたために観客席からブーイングが起こる波乱の幕開けだった。
それでも前半終了時点で東商業の五点リード。沙羅さんの二十得点は流石だが、此処までの六試合(予選トーナメント四試合と決勝リーグの二試合)での平均得点が六十点超だと言うのでまだエンジンが掛かり切っていないのか。その一方で沙豊は五得点。此処までの一試合平均が四得点なので、前半だけでそれを上回っている。そればかりか格上の東商を相手にスティールを三本も決めている。
「出来過ぎじゃなぁい?」
「沙豊さんはスティールを売りにしているんですよ」
此処まで一試合に五本平均で、一部ではホワイトウォールなどと言う異名で呼ばれ始めているらしい。
「西条君もスティールを得意にしていたわね」
「兄の場合は一対一からのカットが七割でしたが、沙豊さんの場合にはすべてがパスカット。それを可能にするのが空間把握能力です」
西条君はコート全域を見通していたが、沙豊のその下位互換でコートの半分くらいらしいが。
「昔から周りを気にし過ぎる子だったけど、今はそれがポジティブに働いているのね」
後半から恭子さんが投入されると、二大エースの一騎打ちの局面が増えて、パスカットのチャンスが激減する。前半とは打って変わって後半は点の取り合いとなりで、最終的には五点差で東商が逃げ切った。
試合後の閉会式で、沙豊は大会ナンバーワンのポイントガードとしてベストファイブに選ばれた。南高からは沙羅さんがフォワードで選ばれたのは言うまでもないとして、残りの三人は東商から。インサイドを固めていたセンターとパワーフォワード。恭子さんはスリーポイントの多さもあって登録上のスモールフォワードではなく、シューティングガードとして選ばれていた。
「あの二人が同じチームだったら最強でしょうねえ」
「でも二人を束ねるポイントガードは大変ですよ」
と華理那さん。二人の共闘は国体の選抜チームで実現するのだが・・・。
閉会式を終えた沙豊たちを会場の外で出迎える。前回の帰国では行き違ったので三年半振りとなる妹は、
「お姉ちゃん。随分と垢抜けたわねえ」
と軽口を叩く。
「貴女は大きくなったわね」
最後に会った時には私よりも小さかったのに、今や私より十センチ以上も高い。
「身長差はあるけど、顔はそっくりですよ」
と隣にいた沙羅さんが笑う。違いと言えば私が眼鏡をしているくらいか。
「この後、両エースを囲んで食事会をする予定なのだけど、お二人もご一緒に如何ですか?」
と華理那さんに誘われた。
「私たちは一度学校へ戻って反省会があるから」
と言う事で、一足先に華理那さんの車で会場へ向かう。彼女はまだ高三だが、運転自体は中学の頃から神林邸内で習得済みで、実技試験も一発合格だったという。と言っても道中のほとんどが自動運転でその腕前を披露する局面は無かったが。
「ところで、二人も総理の血縁者なの?」
と第三者に聞かれる懸念の無い車中で疑問を切り出した。
「ぼくはまあ、ざっくりと甥です」
と私の隣に座る貴真君。瀬尾総理の実父が速水氏なのは知っていたが、彼の父親は総理夫人の実弟。つまり総理の娘である華理那さんとは父方でも母方でも従姉弟になるわけだ。
「僕の母は南高の現校長で、総理夫妻にとって高校時代の恩師になるのですが」
と助手席から太一君。
「諸事情から瀬尾総一郎氏から精子の提供を受けて生まれたのが僕です。なので中学に上がるまでは異母兄弟の存在を知りませんでした」
「僕の母は南高の現校長で、総理夫妻にとって高校時代の恩師になるのですが」
と助手席から太一君。
「諸事情から瀬尾総一郎氏から精子の提供を受けて生まれたのが僕です」
「父の遺伝子がそこまで自己主張しなければ、一部の兄弟だけの秘密に留まったでしょうね」
と華理那さん。
「僕の父は御堂家の御落胤なので、本家の兄だけはかなり早い時期にすべてを知らされていたみたいですけど」
「本家の兄と言うと、御堂春真君ね?」
「お知合いですか?」
「中一の時に同じクラスだったのよ」
「白雪さんは、うちの兄さんと同じで飛び級だから」
と華理那さんが補足してくれる。
「出会った当時はまだ私と同じくらいの慎重だったのに、一年生の終わりには十センチも伸びていて。今はもっと高くなったでしょうね」
「ええ。僕らよりも高いですよ」
「御堂の兄は、自社で開発した成長補助食品のモニターも兼ねていましたから」
成長期に与えると背が伸びると言うやつだが、
「御曹司自らが被験者に?」
と驚くまでもない。ご当主もその若さと美貌で御堂家の社是である”美容と健康”を体現していると言われるくらいなのだから。
車は今日の会場に到着する。私が高校生の頃は流行らない喫茶店だったが、今は改装されて「ミナーヴァの苑」と言うフクロウ喫茶になっている。「本日貸し切り」の札が掛かるドアを開くと、
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは御堂春真君。成程、背は高くなったが、印象は当時のままだ。
「やあ白雪さん、ご無沙汰だね」
会うのは飛び級で高校に受かって以来なので、向こうが覚えていたのは意外だった。
「まさか、御堂の御曹司がこんなところでアルバイトなの?」
春真君は執事風の衣装に腰エプロンと言う格好が板に付いている。
「此処の現オーナーはうちの妹なんだよ」
生まれたときから毎年百万ずつ積み立てられていたお小遣いを一気に投入したのだと言う。本人に渡されたのは高校入学時で、スマホの使用料もそこから引き落とされていたというから、厳しいのか甘いのか良く判らない。
「そのお小遣いは春真君も?」
「これは遺産の前渡しと言う側面があるからね」
なるほど、この金額なら贈与税は掛からない。
「俺は成人したときに株式譲渡を受けて、そこからの配当で学費を賄っているよ」
やはり別世界のお話ね。
「それで、りーせは厨房に?」
と華理那さん。
「ああ美紗緒もいるし。仕込みは終えて後は火を入れるだけだからね」
真梨世さんが所属する北女の声楽部は今年もNコンの県代表に選ばれていて、自身も祝われる側のはずなのだが、
「人件費の節約もあるけど、出来得る限りは自分達でと言うのが兄弟間の暗黙の了解なんだ」
「母親が違うのに?」
「そりゃあ、距離感と言うか派閥めいたものはあるけれど」
と断りつつも、
「母親同士が子育てに当たって協力し合ってきたからね」
「兄弟の不和と言うのは、その原因の大半は親の偏愛にあると思うのですが」
と華理那さん。
「そうね。その通りだわ」
とここで厨房からエプロン姿の女性が出てきて、
「料理が出来たから運んで欲しいのだけれど」
貴真君と太一君が即座に立ち上がる。春真君は戻ろうとする女性の手を取って、
「俺が行くから、君はゲストのお相手をしていて」
厨房へ消えた春真君に代わって華理那さんが、
「白雪沙織さんです。中央高校の元生徒会長で、昨年の兄の選挙にもご尽力いただきました」
と私を紹介してくれる。
「こちらが先ほど話に出ていた義姉の御堂美紗緒。ご存じと思いますが、昨年亡くなられた室町道長翁のお孫さんに当たります」
「夫とはどのようなご関係で?」
と詰問口調の美紗緒さんに、
「中一の時に同じクラスでした」
と応じると、
「そう言う事でしたか」
と納得した様子だ。
「御堂君だけが別行動と伺いましたけど、そちらの陣営を応援していたんですね。お付き合いはそれ以前から?」
「正式に会ったのは昨年の十月。私の十八歳の誕生会です」
言い回しに引っかかっていると、
「それより四年前にぶつかったらしいんです。お互いに名乗らずに」
と華理那さんが微笑みながら教えてくれる。
「それはなんともドラマティックねえ」
「中学生の頃の夫ってどんな人でしたか?」
対面時に見えた敵意はすっかり消えている。
「一言で言えばやんちゃなガキ大将かしら。先ほど見た限り、今もさほど変わっていないわね」
常に男子に囲まれていて、女の子と親しくしていた印象は無い。
「モテなかったよ、とは聞いていますけど」
「どちらかと言えば自分から距離を置いていたように見えましたね」
マザコン的な発言もしていたけれど、参観日で実際に真冬さんを見たら、それも仕方ないかなと思った。
「そう言えばこんなことがあったわ」
私は数少ない春真君とのエピソードを話した。
「校内で合唱コンクールがあったのだけど、誰かが伴奏のピアノを弾かなければならなくて…」
立候補を募ったけど誰も手を挙げない。
「誰も居ないなら、俺がやりましょう」
と言って手を挙げたのが春真君。
「楽譜も見ずにすらすらと弾いて見せたのでみんな驚いていました」
これは御堂君かっこいい。と言うネタではない。実は女子の中にちょっとだけピアノをかじった子がいて、その子に伴奏役を押し付けようという陰謀が進んでいた。その子と言うのが外ならぬ私なのだけど。
「白雪さんって、同性から嫌われていたんですか?」
美紗緒さんは悪気無く訊いてくる。
「周囲から浮いていた自覚はあるわ」
「春真兄さんは状況を察知して助け舟を出した訳でははなく、単にピアノを弾けることを隠しておきたくて躊躇っていただけ。だと思いましよ」
と華理那さん。
「ええ。私が後でお礼を言ったら、むしろ向こうから謝られました。実は変声期が進んでいて声が安定しないから渋々てを挙げたのだって」
「そうそう。兄さんって中学に上がる前はすっごいハイトーンボイスで。それをからかわれてよく喧嘩になっていました。今の声は低くて渋いですけどね」
すっかり警戒心を解いたのだろう。私の専攻を知って、
「卒業後の進路がお決まりで無ければ、うちにいらっしゃいませんか?」
とまで誘われた。
「楽しそうだねえ」
と春真君達が料理を運んで現れたので話はそれ以上は進まなかったが。
テーブルには大皿に山盛りのパスタとビザ。唐揚げとポテトサラダ。いずれも真梨世さんの得意料理らしいが、
「もの凄い量ね」
食べきれるのかと目を丸くしていると、タイミングよく主役が到着した。先頭が恭子さん。沙羅さんと沙豊がそれに続き、三人を送迎してきた西条君が最後に現れた。相変わらずのイケメンだ。単に顔立ちだけでなく所作までが完璧だ。預かってきたケーキを渡して帰ろうとするところを、華理那さんに引き留められる。
「兄さんを頭数に入れているから、参加してくれないと料理が余ってしまうわ」
「やあ白雪さん。うちの妻が宜しく言っていたよ」
と声を掛けてくれた。
「さーや先輩はお元気ですか?」
小学生の頃からやっていたバレーボールを辞めるきっかけになったのが、中学で出会った日野沙弥加先輩だった。私よりも小さいのに、広い視野と驚異的な跳躍力とで他を圧倒していた。彼女とその相棒西条総美先輩緒が中心となる新チームへの移行を見て部を去った。学業との両立が困難だと判断し、学業一本でいくことを決めたからだ。飛び級で高校を受ける際に、二人と同じ南高を選ばなかったのも無用な未練を断ち切るためだ。
「沙弥加も残念がっていたよ。君なら部を任せられると思っていたらしいから」
「その言葉だけで充分です」
さーや先輩はふーみ先輩と組んでチームを強くする事には成功したが、それを次の代へ繋ぐ事は出来なかった。それをやってのけた希総君の方が稀有なのだ。
「白雪さんはH大で生化学を学ばれているんですね。卒業後の進路がお決まりで無ければうちへ来ませんか?」
と誘ってくれたのは美紗緒さんの方だった。
「気が早いよ」
と春真君。
「もしかして、神林家からも既にお誘いが?」
「それはまだ何も。光栄なお話ですし、前向きに検討させていただきますわ」
大量にあった料理も、あっという間に平らげられていく。
「遠慮しなくて良いですよ」
と真梨世さんに言われたが、
「普通の女性はそんなにたくさん食べられませんよ。ねえ」
と私に共感を示してくれたのは美紗緒さんだけだ。
「食べられるときには遠慮するな」
と言うのが瀬尾総理が父親として数少ない訓えだと言う。同時に食事のマナーについても口うるさかったと言うが、誰も食べっぷりは見事だが、マナーに則っていて不快感を与える食べ方ではない。
料理があらかた無くなったところで、試合を見ていない春真君の懇願で試合映像を見ることになった。それもプロの西条君が解説してくれる特典付きだ。
壁のスイッチを押すと左右に開いてそこから大型スクリーンが現れる。貴真君と太一君が華理那さんから映像データを受けとって映写の準備を始めた。
「なんでこんなものがあるの?」
「此処を改装する際に、真っ先に手掛けたのが防音。外の音が入らず、中の音が漏れないこと。それをやったら、それだけではもったいないと思ってホームシアターを導入したんだ」
と春真君。
「年会費を払っていると特別会員だけにこのサービスを提供しているの」
「宜しければ白雪さんも会員になりませんか?」
ミナーヴァ(俗ラテン語でミネルヴァと言う方が通りが良いだろうが)とはローマ神話の女神でフクロウを従えている。音楽の発明者ともいわれ御堂家が経営する店の名にふさわしいと単純に考えていが、それだけでは無いらしい。此処の特別会員はほとんどがまだ二十代の若者たちだが、この国の将来を担うエリート揃い。かつて瀬尾総理が青年党を作って若者の政治意識を改革したように、ここが新たな時代の鍵を握る日もそう遠くないだろう。
「映像を流す前に簡単な講評を述べておく」
と切り出す西条君。
「俺は昨日の男子の試合に呼ばれて解説していたんだけど、今日のこの試合の方が数段エキサイティングだった。特に恭子が出た後半は身贔屓抜きで凄かった。結果論になるけれど前半の内に南高がリード出来れば、その後の展開も違っていたかもしれないが」
「前半で沙羅の動きが緩慢だったのは半分計算です」
と沙豊。
「リードすれば西条選手が出てくるだろうから、それをなるべく後に伸ばして、沙羅の体力を温存しようと思って」
「残りの半分は?」
と訊いたのは華理那さん。
「恭子さん、の不在でモチベーションが下がったことは否定しません」
と沙羅さん。
「うちの監督は、当初は私を出さない方針だったけどね」
と恭子さん。
「偵察が来ていたから、無理に情報を与える必要はないと。でも私は沙羅の実力を全国の強豪に知らしめてやろうと思ったの。彼女の全力を引き出せるのは私だけだから」
「じゃあ、恭子が出ていない前半は、面白くないから飛ばして後半戦から見よう」
映像は南高が誇る動画創作研究部(通称画創研)が撮ったものだ。コート全面を捉えた固定カメラがメインだが、スポットでボールの動きを追った画面がはめ込まれている。
「良い仕事をしているなあ」
と西条君が褒めるが、これは華理那さんによればAI制御らしい。
「ボールを持っている選手をズームで捉えて、ボールがコントロールを外れたらフレームを引いてボールの行方を追跡、誰かがボールを保持したら再びズームアップする」
と言うのを繰り返す。きわめてシンプルな処理である。
画面で展開される両エースの一騎打ちを、総志君は綿密に分析し実況していく。
「あんな早い動きなのに、よく目が付いていくねえ」
と感嘆する春真君に、
「二人の技はほぼ俺が教えたものだからねえ」
小さい頃から仕込んだ妹の恭子さんは当然として、沙羅さんも御堂家が企画したストリートの大会でチームを組んだ際に技を教え込んだと言う。いわば同門対決であるが故に、互いの読みが噛み合って目にも止まらぬ攻防が展開される訳だ。互いに判っていながらも防ぎきれないのは、基本的にボールを持っている方が有利だからだ。
「一見して両エースのスーパープレイに目が奪われがちだが」
と総志君。
「真に着目すべきは残りの選手の動きにある」
東商業の選手たちは全国レベルの実力者揃いで、エースの動きに連動して組織立って動いている。それに対して南高はエースと連携しているのは司令塔の沙豊だけ。残りの三人はエースとは無関係に自分に与えられた役割に徹している。南高の選手は沙豊も含めて一対一では東商の選手に及ばない。逆に沙羅さんを一対一で相手できるのは東商では恭子さんだけだ。恭子さん不在の前半は沙羅さんが二人以上を引き付けることで対等に戦えていたが、恭子さんが入ると勝手が違ってくる。それでもエース同士が一騎打ちに徹している第三ピリオドは残りの選手は完全に置き去りだった。
「取り敢えず勝っている間は好きにして良いと言う事だったので」
と恭子さんは悪びれない。東商は恭子さん抜きでも強豪ではあるが、恭子さんが入ることで得点力が爆発的に上がる。雇われ監督としては彼女を軽視できない訳だ。
第三ピリオドは両エースだけが得点した。二人が決めたシュートは同数だが、恭子さんがスリーポイントを三つ決めたのに対して沙羅さんはゼロ。その分だけ点差が広がることになった。
「沙羅もスリーを打てないわけではないけれど、確率は恭子よりも低い。その上東商はビッグスリーがゴール下を固めているからスリーを外してもリバウンドで勝てる。一方の南高は沙羅がインサイドの要でもあるからスリーを外したら確実にボールを失う」
と総志君が総括する。
「さて両チームの総力戦となった第四ピリオドだが、そこへ向けての選手交代について当事者から方針を聞こう。まずは東商業から」
「うちは予定通りの交代です」
ポイントガードとセンター、フォワードの一人が三年で、エースの恭子さんが加わるとあと一枠。まだ二年生のフォワードとシューティングガードのどちらかが入れ替わりで外れる事になるらしい。
「うちは追い付くためにスリーを強化するしかない。と言う事でシューターを二枚入れて、さらにリバウンドの強化のためにまだ未熟だけど長身のセンターを入れました」
「その昔矩総が考えた四枚シューター作戦の援用。仕込んだのは華理那だな」
と総志君が看破する。
「沙羅には外からかき回しながらパスを回すと言う芸当が出来ないから、パス回しは沙豊さんが受け持って、中にはセンターを一枚補強。と言えば聞こえが良いけど、シューターを四人揃えられなかったと言うのが正直なところです」
と華理那さん。
「あれは西条総志と言うチートキャラあっての作戦だからなあ」
と春真君が笑う。
「前半終了間際の三点ブザービーターも良かったが、第四ピリオド初っ端のこのスリーは見事だな」
と褒められて照れる沙豊。
「君は追いつめられると力を発揮するタイプなのかな」
確かにそういう面はあるかもしれない。
「パスをキャッチせずに、バーレーのセットアップの要領で弾くか。沙弥加が似たようなことをやっていたが、彼女では差かやパワーが足りなくて外からは届かないだろう」
「兄さんなら出来るんじゃないの?」
「右手一本だと一度掴んでから投げることになるからワンテンポ遅れる。左手を添えると入射方向が限定されるな」
とゼスチャーで示す。
「これは両手シュートに慣れた女子なればこそ、かもしれないな」
「兄さんが素直に出来ないと言うのは珍しいわね」
と華理那さん。
「システムから言えば、俺は出し手の側だろう。その意味では沙羅のパスタイミングも評価できるのだが」
「私は沙豊の声がする方向へ適当に放っているだけなので」
と沙羅さんが言うと、
「私はマークが外れる度にパスを呼んでいるんですが、来るのは十回に一回もないくらいで」
と沙豊がぼやく。
「君はほとんどボールを持たないな。受けたボールをワンタッチで味方に回す」
「途中からマーカーが恭子さんに代わったので、長く持っていると取られる危険性が高まりますからね」
「ずっと狙っていたのに、一度もチャンスが無かったわ」
と恭子さんも脱帽だ。
「その辺も評価されてのベストファイブだろうな」
と総志君も認めた。
「でも、三人のシューターで最も率の良い沙豊がシュートを打つ機会を封じられたのが敗因だわ」
と沙羅さんが言うと、
「そうなの。私は単にパスの出所を止めるつもりだったのだけど」
と恭子さんが笑った。
「さて今度はもう一人の主役にスポットを当てよう」
と総志君が言い出す。
「映像は撮ってないけど」
と春真君が言うと、
「そこは生で歌ってもらえば」
「じゃあ兄さんに伴奏してもらいましょう」
と言って真梨世さんが楽器を取り出す。
「バイオリンは勝手に持ち出せないから、代わりにギターを」
「これも結構高いんだけどなあ」
と言いながら受け取る。よく見れば左利き用だ。
「春真君って、左利きだったの?」
「父の数少ない教育方針で、鉛筆と箸だけは右手を使うんだ」
文字は右手で書く様に作られているし、食事のマナーは右利きを前提に考えられている。しかしそれ以外は、特にスポーツは左利きの方が有利なこともあるだろうから。との事。
「ピアノ以外も習っていたの?」
「バイオリンも弾けるけど、別に習ったことはないよ」
御堂家は家風として何か一つ楽器を修めることが求められるが、春真君は本邸にあった楽器を片っ端から自学自習したと言う。
「総志兄さんがスポーツ万能なら、春真兄さんは楽器に関して万能なんです」
と華理那さんが笑う。よくよく考えると、王子様キャラなのね。
締めに総志君が持ってきたケーキが配られると、
「お茶を入れてくるわ」
と華理那さんが立ち上がる。
「何が良いですか?」
と訊かれたので、
「コーヒーを」
と答える。
「他はいつも通りね」
と言って厨房へ消えると、程なくしてカートに飲み物を準備して戻ってくる。全員の好みを把握してそれぞれに出し分けているのだ。
「妻からも話が有ったようだけど」
と春真君。
「卒業したらわが社へ来ませんか?」
と持ち掛けられた。
「奥様もそうだけど、貴方に人事権はあるの?」
春真君はニヤリと笑って、
「美紗緒は大株主ですけど、人事に口を挟むのはあまり好ましくないですね」
と言いつつ名刺を差し出してくる。
「御堂財団理事ねえ」
「卒業後には”長”が付く予定だけど」
母親の真冬さんも同じ役職からキャリアをスタートさせたと言う。
「実をいうと、希総君からも名刺をもらったのよね」
「…まあ、一年あるのでじっくりと考えてください」
神林と御堂を両天秤に掛けるような形になってしまったのは申し訳ない。
時系列は少し戻りますが、第三者視点で見た兄弟たちのお話。