夢の共闘
十月。僕は従兄弟の速水貴真と共にバスケの試合を見に行った。国体のバスケットボール少年女子の部。我が県は選抜チームを編成して臨んだ。と言うのもその年の夏のインターハイで二校がベスト四に残ったからだ。チームの中心は強豪東商業の点取り屋である恭子姉さんと南高の大黒柱青木沙羅の二大エースである。
貴真は恭子姉さん、僕は沙羅さんから誘われての観戦で有った。特に南高は夏のインターハイで引退するのが原則なので、この選抜チームへの参加は特例である。
「これが高校生最後に成るから絶対に来てね」
と念を押されたのだ。
「面白いモノが見られるから」
と言うのだが、
「あの四番ってまさか」
「見覚えがあるねえ」
と僕らは顔を見合わせた。バスケに置いてキャプテンを意味する四番を付けてコートに立っているのは姉の瀬尾華理那であった。
元々青木沙羅さんを僕に紹介したのが華理那姉さんである。姉さんが生徒会長に立候補する際に副会長候補として沙羅さんに白羽の矢が立った。南高のジンクスを憚って男性候補を排除した結果の人選である。僕が沙羅さんと初めて会ったのは生徒会執行部に加わった直後の文化祭。
「うちの滝川校長の息子さんよ」
と紹介された。
「貴方、瀬尾総理に似ているわね」
と訊かれて、
「ええ、良く言われます」
僕は実父の存在を知ってから髪を短くして伊達眼鏡を掛けている。この簡単な変装で指摘される機会はめっきり減っていたが、
「この子の父親はうちの父の同級生なのよ」
と華理那姉さん。
「青木さんって、総志さんのチームの監督ですね」
さて話を戻して、何故華理那姉さんがチームに参加しているのか。これは試合後に訊いた話だが、時系列を考慮して先に紹介しておこう。
「元々情報担当として呼ばれたのよ」
と華理那姉さん。
姉さんは部活動で他校の試合の映像を集めて分析すると言う活動をして運動部を後方から支援していた。その実績を認められての招集だと思っていたのだが、
「司令塔の選手に情報を叩き込んでいたら、そんなに言うなら自分でやって見ろと言われて」
「それは普通なら辞めても良い場面ですよねえ」
頼まれ仕事に手を抜けない父譲りの性格から、実際にコートに立って実地指導を始めたら、
「貴女以上にうまくやれない」
と言って渡されたのが四番のユニフォームだったと気う。
「後から聞いた話では沙羅と恭子が企んでいたらしいのよね」
「企んだとは人聞きの悪い」
と沙羅さん。
「私たちは普通に推薦しただけよ」
と恭子姉さん。
半信半疑だったコーチ陣は、選手たちの判断に委ねるべく傍観していたらしい。むしろ選手たちの方は華理那の噂を聞いていたらしく、初めから受け入れる気満々だったと言う。
さて試合の方は全国レベルの二大エース青木沙羅と西条恭子の二人ずつマークを付けられた。何しろこの二人は夏のインターハイでベスト5に選ばれた最強選手であり、ユース代表はおろかA代表の合宿にも参加した事がある。
「それにしても思い切った作戦だねえ」
バスケは五人なので残る一人でこちらの三人に対処しなければならないのだが、華理那姉さんを含めた三人はいずれも無名の選手である。先発を選んだのは華理那姉さんで、
「二人とも全国の経験は無いけれど得点力の高い選手よ」
敵の打ち手を予測して二大エースを敢えて使わずに残りで攻める作戦なのだ。第一クォーターはそれが当たったが、点差はさほど大きくない。姉さんが抜擢した二人はディフェンスが不得手だったからだ。
「仕方ないからスリーで突き放しましょう」
と一枚交換してシューターを入れる。第二クォーターでは五本のスリーが効いて差が二ケタに乗った。当然ながら後半にはシューターにマークが付く。そこで二枚目のカードは長身選手を入れてゴール下へ詰めさせてインサイドを強化。と見せかけて姉さん自身もスリーを打つと言う作戦だ。と言っても姉さんはスリーポイントシュートが得意な訳ではない。
「取り敢えず適当に打っておけば後は中で二人が取ってくれるでしょう」
実際、沙羅さんは二人掛かりでもリバウンドで勝っていたし、そこにもう一枚リバウンドが得意な選手が加わった事でリバウンドは完全にこちらのモノだった。結果的に姉さんのスリーは七本中四本が決まった。
そして最終クォーター。恭子姉さんに付いていた一人が外れた。ここまで無得点で眠っていた最強のスコアラーが目を覚ます。沙羅さんと恭子姉さんは一対一ならほぼ互角だが、外からも打てる姉さんの方が得点力は高い。第四クォーターだけで三十点を叩きだし、最終的にはダブルスコアでの圧勝となった。
試合が終わった後、僕と貴真は三人を誘って祝勝会をした。三人とは言うまでもないが恭子姉さんと沙羅さん、そして華理那姉さんだ。
「お見事でした」
と労うと、
「この二人が居れば、どんなポンコツ指揮官でも勝てるわよ」
とあくまでもクールな華理那姉さん。
「問題は次の相手よ。インターハイの優勝校」
ベスト5の残り三人が揃っている上に、それを束ねるポイントガードの鵜野天音は恭子姉さんや沙羅さんと同じくユース代表でもある。
「どんな選手なんですか?」
と貴真。
「私たちと違って頭も良いわよ。マネちゃんは」
と笑う恭子姉さん。
「一緒にしないでよ。まあ天音が切れモノなのは認めるけれど」
と返して、
「私としては華理那と天音を戦わせてみたかったのよ」
「無茶振りね。私に勝ち目がある訳ないでしょう」
と首を振る姉さん。
「珍しく弱気ね」
「私の仕事は鵜野さんに勝つことではなく、貴女達を勝たせることだからね」
決戦当日には華理那姉さんの彼氏である竜ヶ崎麗一さんも駆け付けた。
「麗一さんは、知っていたんですか?」
と貴真が訊いた。
「ああ。恭子ちゃんから、華理那をお借りしますって、事前に連絡を受けたよ。本人からは当日に、応援に行けないからって」
麗一さんも剣道の団体戦の出場メンバーで、日本選手権者として大将を任されて優勝を果たしている。
「今日の試合はどうでしょうね」
と訊いてみたが、
「今日のマッチアップの相手は、インターハイの頃からデータを集めているけど、未だ底が見えないと言っていたよ」
「自分で点を取らずに廻りを生かす役割だから、本気を引っ張り出すには実際に当たって見るしかないでしょうね」
「剣道でも後の先を取る希理華さんタイプなのかな」
「廻りを生かすと言う事なら、他の四人の実力では引けを取らない。むしろこちらの二大エースの方が力は上だと思いますよ」
と力説する貴真。
「但しこちらが選抜の、言い換えれば寄せ集めのメンバーで、向こうは中学から六年間を共に過ごしてきた気心の知れたメンバーだ。この差を如何にして華理那が埋めるのか。楽しみだねえ」
「流石に絶対に勝つとは言わないんですね」
「相手があの鵜野天音だからねえ」
「知り合いですか?」
「喋った事は無いけれど、彼女もインターハイの常連で、それ以前に有名人だからね」
「元天才子役でしたっけ」
中学に上がると同時に仕事から離れてバスケを始めた。子役から大人の女優への移行期に一旦仕事を辞める事が多いのだが、バスケを始めたのは単に体づくりの為だった。と言う話はちょっと調べれば直ぐに出てくる。父親が作家の鵜野天馬、母親が大女優加賀魅良音。母方の祖父は諏訪部元総理。つまりはこの対決は元総理の孫と現役総理の娘の対決なのだ。
「観客が多いねえ」
テレビカメラまで入っている。
「地上波では無いな。あれは」
「ああCSですよ」
僕はスマホで流れている動画を示す。
「外に中継車が有って、そこで実況と解説を入れて流しているんです」
「この解説って、まさか」
「ええ、総志兄さんですよ」
兄さんの解説を適宜入れながら試合を見て行こう。
「何と言うか、両ポイントガードの存在感が凄いですねえ」
「インターハイ覇者の鵜野選手は当然としても、対する瀬尾選手は」
とここで一瞬間をおいて、
「俺の後輩でもあり、俺が母校に残した瀬尾システムの正統継承者でもあります」
瀬尾システム。瀬尾総一郎が現役の頃にバスケ部を全国へ送り込んだ戦術で、その息子たちが入学した時に復元発展させている。
「センターの青木沙羅選手はその当時の相棒で、同じくフォワードの西条恭子選手は俺の妹で全ての愛弟子に成ります」
「瀬尾華理那選手に対しては何か教えたんですか?」
「ポイントガードに関しては、技術的な事は教えられますが、戦術眼の様なものは教えて身に付くものではない。実際、恭子には伝えられなかった。逆に華理那選手については教えずとも自然に身に付いていた」
先攻は華理那姉さん。いきなりと言うか当然のように両指揮官の直接対決から始まる。
アンクルブレイクからのパス。それを受けた恭子姉さんのシュートで先制。
「抜きに行かなかった?」
と貴真。
「掛りが甘かったのも有るけれど、後ろの選手が直ぐにフォローできる状態だったからね」
と麗一さん。
「相手も既に対策済みだった訳ですね。初戦では使わずに封印していたのに」
「アンクルブレイクは恭子さんも使うし、華理那も当然使ってしかるべきと考えていたんだろうねえ」
この技を得意とするのは矩総兄さんで総志兄さんのそれは不完全だと言える。恭子姉さんもこの技だけは矩総兄さんに直接指導を受けたらしい。華理那姉さんは、特に習わずして見ただけで身に付けたと言う。
「見ただけと言っても、一度見れば出来てしまう矩総さんと違って、映像を繰り返し見て反復練習をした上でと言う事だけど」
「全然動揺していませんね」
と貴真。
「横綱の風格とでも言うのか」
この程度は危機の内にも入らないのだろう。
攻守交代。こちらの守備体型はトップに姉さん。その背後に恭子姉さん。そして一番後ろに沙羅さん。左翼、敵から見れば右翼でシューターが対峙して、右翼は東商業の長身パワーフォワードが待ち構える。変則のゾーンディフェンスだ。事前の下馬評でもインサイドではこちらが優位と言われていた。
ボールを持って迫ってくる鵜野選手に対して迎え撃つ華理那姉さんは棒立ち状態だ。
「あれは作戦なんでしょうか」
と実況に訊かれ、
「まあ八割方ブラフでしょうね」
と解説の兄さん。
「残りの二割は?」
「判らないからブラフなんですよ」
鵜野選手が左右に揺さぶりを掛けてくるが、姉さんは全く反応しない。それに対して鵜野選手の打ち手は、頭の上を通過するシュート。姉さんは初めて反応して膝を曲げて体を沈めるが当然に間に合わない。が後ろに居た恭子姉さんがそのシュートに反応して叩き落とす。華理那姉さんはそれを確認もせずに前方へ走り出していた。
カウンター攻撃に、しかし鵜野選手はきっちりと対応して前を塞ぐ。それを見て華理那姉さんは背後から追って来た恭子姉さんにノールックパス。姉妹のホットラインで連続得点を挙げた。
「これが作戦だったのでしょうか」
「何もしないのを作戦と呼ぶならね」
「どう思いますか?」
と麗一さんに訊くと、
「あれも一種のスクリーンプレイなんだろうかねえ」
と答えが返ってきた。
「二人の間に何らかの連絡があったのは確かだね。恭子さんには鵜野選手のシュートが見えていない筈だから」
答えは次のプレイで判った。
鵜野選手が右から抜こうとした時に、華理那姉さんは左へ体を動かし、背後の恭子姉さんが逆を抑えて鵜野選手を止めた。鵜野選手が立ち止った瞬間に華理那姉さんの手が伸びてボールを掠め取る。そしてその背後から走ってきた沙羅さんにパスをする。
「三位一体の、ジェットストリームディフェンス。かな」
と麗一さん。
「姉さんは二人を勝たせるとか言っていたけど、実態は二人を使って自分が勝つと言う事じゃないかな」
「試合の帰趨はほぼ見えましたね」
と解説。
「まだ試合は始まったばかりですよ」
「神奈川の二大エースは、攻撃力に置いては国内屈指。一対一で止められる選手は同世代では居ないでしょう。その二人の唯一共通する欠点がディフェンスなんですが。と言っても一対一で彼女たちからボールを取られずに守りきれる選手はそう多くありませんが」
取られそうなら味方へパスしてしまえば良いだけの事だ。
「一人で複数の敵を封じるとか、パスコースを読んでカットするとか、総志さんはそう言うのが得意だったからねえ」
あれを真似ろと言う方が無理だ。
「二人の攻撃を止めるのは至難。となれば点の取り合いを挑むしかないのだけれど」
総志兄さんの予測通り、点差はじりじりと開いて行く。詰めるにはスリーを決めるしかないのだが、その唯一の手段を華理那姉さんは先手を打って潰していた。
会場の外に出た所で、
「やあお疲れ」
と声を掛けて来た総志兄さん。
「私はあんまり動いていませんけど」
と素っ気ない華理那姉さん。
「鵜野選手には気の毒な展開だったな」
と兄さんに言われ、
「向こうは飛車角落ちで指しているようなものだものね」
と答えると、
「どちらが飛車で、どちらが角なの?」
と沙羅さん。
「そこを気にするの?」
と苦笑する恭子姉さんを横目に、
「イメージとしては沙羅が飛車で恭子が角行じゃないかしらね」
と真剣に答える華理那姉さんだった。
「試合直後に、鵜野選手に声を掛けられていなかった?」
と麗一に訊かれ、
「貴女に負けた訳じゃないわ。と言われたわ」
「それでなんて返したの?」
と総志兄さん。
「この戦力で負けたら恥だから大変だったわって」
とにっこり。
「貴女性格悪いわね、と言われたから、性格の良いポイントガードなんて使い物に成らないでしょう。と言ったら握手されたわ」
「あれはそう言う握手だったのかぁ」
と笑う麗一さん。
「噂をすれば。マネちゃんからメールが来たわ」
恭子姉さんはメールを読んで、
「兄さん。この後お時間ありますか?」
「明日もう一試合解説を頼まれているから、今日は一泊していくけど」
「実は、前々から紹介してくれって頼まれていたんですよ」
「じゃあどこかで食事でもしようか」
と言う訳で鵜野天音さんを交えての食事会となった。
「これはどう言う面子なの?」
と天音さん。
「私の隣は彼氏の速水貴真くんとその友人の滝川太一くん。二人は同じ市内の友好校の二年生で会長副会長よ。もう一人は知っていると思うけど剣道の日本選手権者の竜ヶ崎麗一さん。華理那さんの彼氏よ」
天音さんは僕をじっと見て、
「貴方、瀬尾総理に似ているわね」
「ええ良く言われます」
「もしかして総理の隠し子かしら?」
「うちの父は公人として婚外子が居る事は明言しているけど、私人である子供の方はそれを隠す権利があると思うのだけれど?」
と華理那姉さん。
「それは半分認めているのと同じでは無くて?」
「そうね。でも事実であっても、本人が望まない事を広めると名誉棄損に成るのよ」
「まあ、隠し子と言うなら俺もそうだなあ」
と総志兄さん。
「俺は嫡出子である矩総よりも先に生まれているけれど、母が結婚を望まなかったから非嫡出に成っている」
「気を悪くしないで下さいね。私は母と腹違いの叔父が居るし、腹違いの兄も、これは父の前の結婚で生まれた嫡出子ですけれど。単に母親が違う兄弟が仲良くしている状況が興味深いだけです」
と頭を下げる。
「お祖父さまは瀬尾総一郎と言う政治家を高く買っていましたし、政界を引退した時は残念そうでした。お祖父さまが亡くなった時には総理は議員では無かったので、葬式にもお見えに成りませんでしたね」
「父が復帰後に総理に成る気に成ったのは、亡き元総理の影響があったと思いますし、総理に成った後でご焼香に伺ったと聞いています」
「私は以前から瀬尾総一郎氏のファンで、バスケを始めたきっかけも、西条選手が彼の息子だったからなんですよ」
「それは初耳だわ」
と恭子姉さん。
「だぁって、ミーハーっぽくて恥ずかしいじゃない」
「貴女、そんなキャラだったっけ?」
と困惑気味の沙羅さん。
「単なるチームメイトに素顔を晒す訳ないでしょう」
「じゃあ今のが素顔?」
「さあどうかしら」
そして次の試合。矩総兄さんと希理華姉さんが揃って応援に来た。
「父さんたちも来たがっていたけれどね」
「警備が大変になりますからね」
「ところで後ろの女性を紹介してくれないか?」
「初めまして、瀬尾先生。鵜野天音と言います」
「彼女はインターハイ優勝チームのポイントガードで、前の試合の相手だったんです。ユース代表でうちの二大エースと並び称される実力者で」
と紹介したが、
「鵜野さん?」
と首を捻る兄さん。
「どうしました?」
「どこかで見た気がするのだけれど、名前が違うなぁ。いやそもそも年齢が違うな。恐らく貴女の近親者だと思うのだけど」
「諏訪部では無かったですか。私の母方の祖母ですけれど」
「彼女は諏訪部元総理のお孫さんですよ」
と言い添える。
「ああそうか。父が総理に成った時に同行して元総理の未亡人にお会いしたんだ」
とすっきりした表情の兄さん。
「そちらは久世希理華さんでは無いですか、剣道で大学選手権四連覇の」
とここまでは良かったが、
「日本選手権は残念でしたね」
「貴女も、お母様に似て失言が多いわね」
と苦笑する姉さん。彼女の母加賀魅良音は天然失言女王としても有名だ。
「彼女のお母さんは有名な女優よ」
と補足する姉さん。
「そうなのか。僕はテレビや映画を見ないからな」
と言って首を捻る。
「お二人はお付き合いを?」
と訊かれ、
「妻です」
と対抗心をむき出しにする姉さん。
「あれ。希理華さんはまだ大学生ですよね。もう入籍を済まされたのですか?」
「ええ。この八月の彼の誕生日にね」
「誕生日はまだ海外に居られたのでは?」
「あれ、僕の誕生日を知っているのかい?」
「新聞に乗っていました。当選の際の記事に、史上最年少議員の誕生と言う内容で」
確かにあの時に生年月日が乗っていたが、よほど注意して居なければいちいち憶えてはいないだろう。
「そうですか。まだ時間的に余裕があると思っていたのに」
と残念そうである。
「彼女は瀬尾総一郎のファンだそうです」
と言ったら、
「それなら本人に当たって見たら?」
と煽る姉さん。
「既に当たって見ました。ファーストレディ、つまり先生のお母様に」
「母は何て?」
「今更元総理の孫なんてラベルに価値は無いって、一蹴されました」
「そうだねえ。僕も既に総理の息子と言う肩書があるから、有り難みは無いなあ」
「総理の椅子には興味が無いと?」
「政策実現の手段として座るのは有りだけれど、別に目標では無いね」
とばっさり。
「父のファンと言うなら、父に一番似ているのはそこに居る太一だけれど」
「やっぱり総理の息子なんですね」
と声を落として訊いて来る。
「あれ、まだ説明して居なかったの?」
と苦笑する兄さん。仕方が無いので、
「後で時間を取って説明します」
大会の終了後、
「何故青木さんまで?」
「私の方が知り合ったのは早いのよ」
と先着権を主張する。
「説明して頂きましょう」
と天音さん。
「事情を説明するにはあと一人同席者が必要なのよ」
と華理那姉さんが割って入る。
「お待たせ」
と現れた春真兄さん。
この料亭は御堂家の御用達だ。
「僕の素性については兄の許可が無いと話せませんので」
「いや、それはもうほとんど話しているのと同じなんだが」
と苦笑する春真兄さん。
「まずは食事を楽しもうか」
と言って料理を運ばせる。席次は兄さんが上座に座り、上座から見て左手に僕と姉さんが、右手に沙羅さんと天音さんが座る。
御堂家のお家事情は主に兄さんから説明した。
「瀬尾総一郎の遺伝子がここまで自己主張しなければ、そして瀬尾総一郎の顔が世間に広く知られていなければ、本人にも内密に済ませたのに」
と締めくくる。
「事情は判りましたけど」
と天音さん。
「それを私たちに話して良かったのですか?」
「隠し子扱いされる方が本人にとって害なんだ。太一は千万太叔父さんと翼夫人の愛息である事は間違いないのだし。父が公職を去った後なら公表したって構わない。太一が社会人に成る頃には父は一民間人に戻っている筈だからね」
「一期で辞める。次の選挙には出ないと言うのは本気なんですね」
「元々、矩総兄さんの踏み台に成るつもりで出馬したんだからね」
「太一さんが受け継ぐ滝川氏の財産は総理への財産供与と見做されかねませんが」
と懸念を示す天音さんだが、
「御堂家が春真兄さんの素性を暴露したのは太一の抱える秘密を相対的に小さくする為だったのかもね」
と華理那姉さん。
「太一が受け取るのは御堂のほんの一部に過ぎず、本体を継承する俺に比べれば微々たるものだからねえ」
と笑い飛ばす春真兄さん。
「二人に打ち明けた本当の理由は、総理の息子と言うレッテルで変に構えたりしないでくれと言いたいだけなんだ」
「私にとっては、瀬尾の小父様は総理ではなくて父の旧友でしかありませんから」
と沙羅さん。
「諏訪部に実家はもう政界からは距離を置いていますから、むしろ実父よりも養父の方が重要ですね」
諏訪部家は九州福岡の資産家で、天音さんも福岡の高校に通っている。
「諏訪部家のお家事情は御堂としても興味あるなあ」
と兄さんが軽口を叩くと、
「諏訪部の本家は祖父の兄の御長男が継がれています。祖父は自分の取り分はほとんど政治活動で使ってしまって、東京の邸宅は祖母の持参金ですわ」
と真面目に答える天音さん。
「そんな本気で答えなくて良いのよ。単なる社交辞令なんだから」
と姉さんに窘められた。
「じゃあ、俺は先に引き上げるので後は宜しく」
と兄さんが退席する。
「貴女は話を理解出来たの?」
姉さんが一人黙っていた沙羅さんに問い掛ける。
「面倒くさいと言う事は判ったわ」
と大雑把な沙羅さん。
「一つはっきりしたのは、これで太一君は私たちのどちらかを選ぶと言う事が出来なくなったと言う事。選ばれなかった方から不都合な情報が漏れかねないものね」
「貴女、時々鋭いわねえ」
と姉さんにからかわれ、
「時々は余計よ」
と苦笑しつつ、
「自分から身を引くなら話は簡単だけれど」
と半ば挑発をされて、
「そんな事よりも、抜け駆けしないでよ」
そんな事よりも?
「何よ。抜け駆けって」
「私は高校を卒業したら東京に出てくる予定だけど、それまでは遠距離だから」
「大丈夫よ。私たちは十八歳までは禁止に成っているから」
と姉さん。
「太一が十八に成る頃には貴女もこちらに出てきているのでしょう」
「なら安心ね」
こうして僕はなし崩し的に二人の美女を手に入れた。いや僕が二人の美女に捕まったと言うべきだろうか。
滝川太一のお話3。