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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
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希総最後の戦い 前編

本当は未来篇のゼロに追加すべきなのだけど、あえて最後の戦いを第一話に持ってくると言う捻り。

 六月。神林希総は生徒会長の任期を終えて最後の夏に向けて練習に励んでいた。スタメン候補であるAチームのセッターを務めるのは一年生の柳原高広。昨年の主将柳原高之の弟である。

「良いのかい。ヤナは確かに天才肌だが、現時点では神林(かみりん)の方が上だろう」

 と主将の桜塚。

「あいつに足りないのは経験だけ。それは実戦の中でしか得られないモノだ」

 希総には目先の勝利に対するこだわりが無い。そこを称してハングリー精神に欠けると評する向きもあるようだが、そもそもバレーボールをプレイする目的が違うのだ。

「私立の強豪校なら、全国大会で良い成績を挙げて大学からの推薦を勝ち取ると言うモチベーションも有るだろうけど、うちは公立の進学校だからね」

「まあ俺は良いけど、あの三馬鹿は推薦が有った方が大学には有利じゃないかな」

「まあどっちでも良いんだよ。僕の手元で使うにはね」

 希総は本人たちには言わない様に厳重に口止めをした。

 実戦形式でAチームと対峙するBチーム(ローテーションをせずに常に最強の布陣で戦う)でセッターを任されたのは二年の鹿角。スタメンのAチームが攻撃型(ほこ)とすれば、控えのBチームはそれを受け止める守備型(たて)である。双方を特化して競わせる事によってチーム全体の底上げをするのが希総の方針で、これが状況に応じて柔軟な戦術変更を可能にしていた。

 そして希総本人はこれを外から眺めつつ、初心者の一年生を指導していた。

 兄から色々と吹き込まれていたのだろう。柳原弟が不満を漏らす。

「素人を一から鍛えるのは時間の無駄です」

「お前、そう言うのは本人に言えよ」

 直訴を受けた主将の桜塚は相手にしない。

「言いました。そうしたらお前の為だって」

「相変わらず判り難い説明だな」

 と苦笑しつつ、

「あの男は今しか見ていない一兵卒の俺たちと違って、指揮官として来年以降のチーム編成まで見据えているんだよ」

「しかし藤村はともかく、運動神経の鈍い八橋がモノに成るとは思えません」

 身長こそ百七十に僅かに足りないが高い身体能力を持つ藤村防人。野球部もサッカー部も欲しがった原石であるが、全国区のバレー部の指名を受けると即答で入部を決めた。自他共に認める絶対的守護神であるリベロの望月の後継者として期待されている。

 それと対照的に長身痩躯の八橋尚武。成績は学年二位。同学年にミスパーフェクトと呼ばれた瀬尾華理那が居たのが不運であった。運動部の経験は皆無だが百九十五と言う長身に加えて手足も長く、特に肩の関節が柔軟である。背が高いことは大抵の競技で有利であるが、華奢過ぎる為に即戦力を求めていたサッカー部やバスケ部は手を引いた。

「八橋とは同じ中学だな」

「実は受験勉強では助けられました」

「まあうちは普通に入るには難関校だしなあ」

 公立なので、普通に入る以外の手段は無いのだが。

「神林先輩は何故あいつに目を付けたんでしょうねえ」 

 それは桜塚自身も気に成っていた点だ。

「そんなに言うなら、一つ試してみようか」

 桜塚を通じて柳原の不満を聞いた希総は言った。

「そもそも一対一なら八橋が柳原に勝つ見込みは無い。しかし生憎とバレーボールには一対一の状況などあり得ない」

 希総が提示したのは松木が柳原のトスを打ち、八橋は大鳥のサポートを受けてこれをブロックで迎え撃つと言うモノ。

「十本勝負で点数の多い方が勝ちだ」

「いくらなんでも無理だろ」

 と桜塚。八橋はまだレシーブ練習しかしていないのだから。

「普通なら無理だろうね。でもこの条件はアタッカーが固定だから、ブロッカーはトスに合わせて跳ぶだけでいい」

 左サイドからのオープン攻撃一択。大鳥は松木得意のストレートを締め、八橋はその左に立ってクロスに対応する。長身の八橋は最高到達点では大鳥を上回っている。

 一発目は大鳥がシャットアウト。二発目は松木が狭いストレートを強引に抜こうとして止められるが、ボールはラインの外に落ちる。

 1対1からの三発目はクロスに打たれた松木の球は八橋の手を弾く。止められはしなかったものの、

「ナイスタッチ」

 と肩を叩いて褒める大鳥。

「抜いたと思ったのに」

 と悔しがる松木。

「止められなければ意味は無いですよ」

 と冷静な柳原。

 四発目は再び八橋の手を弾いて上に飛び、コート内にポトリと落ちる。

「今のは、後ろの味方が拾えるな」

 リベロの望月がコートに入って、

「俺が後ろにいて、拾えたらこっちのポイントにしよう」

 と言いだした。

「じゃあ俺がこっちでブロックフォローをやろう」

 と桜塚も入ってくる。

「判った。今のは引き分けとして1対2から五本目だ」

 と希総。

 ルール変更に不満そうな柳原だが、

「状況の変化に柔軟に対応するのもセッターの資質だよ」

 と言われて黙る。

 セッターにボールを放るのが松木本人から桜塚に代り、これで松木はより長い助走を取れる事に成った。迎え撃つ大鳥は八橋に何やら耳打ちする。

 五発目は大鳥のワンタッチを望月が綺麗に拾う。後ろにレシーバーが入った事で狙いをキルブロックからソフトブロックへ切り替えたのだ。個々人が状況に応じて考えながらプレイするのが南高のスタイルだ。

 松木が柳原に耳打ちする。

「出来るか?」

「やってみます」

 二人が仕掛けたのは一人時間差。

「しまった」

 大鳥は見事に引っ掛かったのだが、八橋は釣られなかった。

「トスを見てから跳べ」

 と初めに言われた事を忠実に守っている。背が高いから、多少出遅れも充分に間に合うのだ。

 一進一退の攻防は九本目に八橋のシャットアウトで五点目を取ってブロック側の勝利が確定した。手に残るブロックの感触に陶酔している八橋。

「明日からBチームのローテーションに入ってもらう。その為に今日の残りは次のステップへ進む」

 コートの外に連れ出された八橋はその場ジャンプからのスパイクモーションを叩きこまれた。

「済みません。俺のトスが悪かったですね」

 と反省する柳原。

「正直言ってお前のトスは打ち難い。スパイカーが打ち易い球を挙げようと言う気遣いが無いからだ」

 と松木が指摘する。

「もう少しネットから離れた所に挙げていれば、松木ならブロックに触らせずに打ち抜けたろうになあ」

 と桜塚。

「セッターの仕事はスパイカーに気持ち良く打たせること。自分の技術をひけらかすことじゃない」

 戻って来た希総が留めを指す。

「それを忘れなければ、君は最高のセッターに成れる」

 とポンと肩を叩く。

「一つ良いですか」

 柳原は八橋の素振りを見て、

「あいつ、左利きなんですけど」

「え?」

 希総は右手でスイングしている八橋の元に駆け戻って左での素振りに切り替えさせた。


 場を変えて幹部会議の席上、

「全く。うちのボスの炯眼には恐れ入る」

 口火を切ったのは主将の桜塚。

「嫌味だなあ。左利きなのを見逃していたのに」

 と苦笑する希総。思い返せばトライアルのデータには左利きと明記されていたのに、

「右手で署名するのを直接見ていたから右利きだと思い込んでいた」

「御堂先輩と同じで、文字は右手で書いていたんですね」

 と望月。

「俺は正直言って、八橋はスコアラー要員として取ったのだと思っていたが」

 と松木。

「もちろん、そちらの仕事もやってもらうつもりだけど」

 と気を取り直した希総。

「彼の基本スペックがさほど高くないのは合同トライアルの結果で判っていたし、本人もそれを自覚した上でトライアルに臨んでいた。僕としてはその意気込みを買ったんだ。僕自身が余り運動が得意な方では無かったからね」

 希総がバレーを始めたのは異母姉西条総美の影響だが、続けて来られたのは異母兄御堂春真のお陰だと言える。体も大きく身体能力の高い春真の相手をするのは難儀であったが、彼をお手本とする事で正しいフォームを身に付ける事が出来た。春真の方も希総に教える事で基本に忠実な動きを身に付けて行った。

「僕としてはあの天才セッターに努力型の堅実な相棒を用意してやりたかったんだ。その意味でも大成功だったな」

 と会心の笑みを浮かべる。

「身長が高くて腕が長いから、最高点までの到達時間が短くて済む。速攻にどこまで対応できるかが今後の課題だが、誰が打つか限定される状態なら充分に使える」

 と実際に対峙した松木の評価。

「驚嘆すべきはあの集中力だよ」

 と相方を務めた大鳥は力説する。

「複数の事を同時にこなす器用さは無いが、逆に開き直って一つの事を黙々とこなす実直さは職人ぽくて評価できる」

 それはかつての大鳥自身とも通じるモノだ。

「ブロックはタイミング。タイミングさえ合えばどんなスパイクも止められる。とは思っていたけど、こんなに早くタイミングを掴むとは嬉しい誤算だった」

 と本音を吐露する希総。

「二人を噛み合わせた事が思いがけない効果をもたらしたようだ」


 最後の夏を制覇した時、神林希総の監督としての評価は頂点にあった。その一方で、選手としての評価は大きく割れた。既に終わった選手と言う見方が大勢で、その絶頂期は有るものは小学生の時だと言う。技術的には完成していたが、惜しむらくは体が全く出来あがっていなかったと。ある者は三年の全中がその完成形だったと言う。彼が使いこなせるエースを欠いたのが残念であると。一方でまだ終わっていないとする意見も僅かながらある。多くはインターハイで実際に対戦して敗れた監督たち。その最右翼は三年時の準決勝で戦った名門西海堂の加川清興氏であった。

 希総最後のインターハイ、準決勝は希総が予選を通じて唯一コートに立った試合であり、加川氏はこの試合で希総の真骨頂を目の当たりにした。

 優勝候補筆頭の西海堂を相手に初めて第一セットを落とした南高は、第二セットでリベロ以外をすべて入れ替えるという大胆な動きを見せた。言い換えると、リベロだけは替えようが無かったとも言える。

「このまま最後まで行ったらどうしようかと思ったよ」

 セットの合間に希総は珍しく軽口を叩いた。

「あの二人も出すのか?」

 と桜塚。

「まあ折角だから、彼らにも実戦を体験させておこうと思ってね」

 スタメンのAチームが攻撃型(ほこ)とすれば、控えのBチームはそれを受け止める守備型(たて)である。双方を特化して競わせる事によってチーム全体の底上げをするのが希総の方針だったが、これが状況に応じて柔軟な戦術変更を可能にしていた。今のBチームは二年生セッターの鹿角を対角に据えたツーセッターシステムを取っていた。そして公式戦初出場の一年生が二人。実はこの四月からバレーを始めた初心者で、県予選ではまだベンチ外だった。

 身長こそ百七十に僅かに足りないが高い身体能力を持つ藤村。野球部もサッカー部も欲しがった原石であるが、全国区のバレー部の指名を受けると即答で入部を決めた。絶対的守護神の望月が抜けた後を引き継ぐリベロ候補として期待されている。それと対照的に長身痩躯の八橋。成績は学年二位。同学年にミスパーフェクトと呼ばれた瀬尾華理那が居たのが不運であった。運動経験が皆無だが百九十五と言う長身に加えて手足も長く、特に肩の関節が柔軟である。背が高いことは大抵の競技で有利であるが、華奢過ぎる為にサッカー部やバスケ部は手を引いた。今大会ではミドルブロッカーとして起用されているが、左利きと言う事で将来的には攻撃の主軸としても期待されている。

 老練な王者がこの大胆な采配に翻弄された。

「ありえない。あんなど素人を使いこなして強豪からセットを取り返すなんて」

 と驚愕する柳原に、

「あちらさんが未知の戦力を過大評価して見に回ってくれたお陰だよ」

 と笑う希総。

「実戦の中でチームの潜在能力を限界まで引きだすってのがうちの大将の真骨頂だよ」

 と返す副主将の松木。

「言い換えると、それで勝てないならそれは周りの俺たちの力不足って事だけどな」

 と苦笑する主将の桜塚。

「それは大変ですね」

「笑いごとじゃないぜ。体力も限界まで削られるから、長時間は持たない」

 と鹿角。だからリベロ以外全員を入れ替えたのだ。

「攻撃に参加しないリベロだけはセッターの影響下に無いからね」

 と望月。

「現時点での最大値を体感したから、次回はそれが普通にやれる筈だ。但し、初体験の一年二人は筋肉痛で明日一日は動けないだろうけどね」

「そんな事が出来るなら普段の練習からやれば」

 と柳原。

「これは実戦か、それに極めて近い緊張感の中でのみ使えるのさ」

 練習で築かれた基礎体力が無ければそもそも引き出されるモノも生まれない。

「これが決勝戦で無いのが幸いだ。この勢いで第三セットは一気に奪う」

 決勝なら五セットマッチだが準決勝までは三セットマッチの二セット先取。一対一になったら後で取った方が勢いで有利な事が多い。

「それも最初からの計算ですか?」

「まあ第一セットを普通に取ってくれれば策を弄する必要も無かったんだけどなあ」

 と希総が不敵に笑う。

「僕はコートの中で手一杯なのに、先輩はコートの外から俯瞰で見ているんですね」

「それが僕の仕事だからね。去年までは君の兄上がそして今年は君が居るから僕は監督業に専念できる」

 初心者に実戦経験を積ませる目的は果たしたので二人の一年生は引っ込めて松木と梅谷を入れる。そして対角に居た鹿角に替えて柳原を戻す。

「ツーセッターはやった事ありません」

 と珍しく弱気の柳原に、

「心配しなくても、セッターは君だよ。僕はオポジットに回ってフォローに回る。桜塚は外から見て、二年生たちの限界を見極めてカードを切ってくれ」

 と指示を出す。

「さて柳原。君に唯一欠けている戦術眼を実戦形式で伝授する」

 と言ってから柳原の肩に手を廻して、

「僕が事前にハンドサインで戦術を指示する。その上で状況に応じて声を出すから、その場で好きな方を選べ」

 と耳打ちする。

「それだと味方も混乱しませんか?」

「敵を欺くには、だよ」

 とニヤリ。

 このシャドウセッター作戦により西海堂は完全に混乱した。試合後に西海堂の加川監督が歩み寄って来て、

「完敗だ」

 と言って右手を差し出した。この試合の事かと思ったが、

「お母上にも宜しく」

 大会を終えて帰宅後にこの話をすると、

「加川監督が辞職したらしいわ」

 と母から聞かされた。

「私も一度だけ会った事が有るのだけど」

 全中でベストセッターに選ばれた希総を西海堂へ迎えたいと直談判に来たと言うのだが、

「会ったんですか?」

「総一郎さま経由でアポを取り付けて来たのよ」

 と恨めしそうな目で総一郎を見る。

「わざわざうちの店まで来たんだよ。仕事の話なら俺の出る幕は無いんだが」

 当時議員を辞めて菓子職人に戻っていた総一郎の元を訪れたらしい。

「俺には発言権は無い、と念を押した上で仲介だけしたんだ」

「彼は日本のバレー界を背負って立つ選手に成る。と息巻いていたけど、息子は生まれた時からこの神林家を背負っていますから、母としてこれ以上の重荷は背負わせられません。と一蹴したわ」

「しかし、うちへ来れば本来監督がやるべき雑務からは解放されて選手としての鍛錬に専念できる」

 と畳みかけるが、

「むしろそれこそが私の目的なのですけどね。帝王学の一環として」

 希総はそれに加えて生徒会長としての職務まで背負いこんでこなしたのだから、

「そう言う意味での完敗、だったんですね」

 希代乃はにこりと笑って、

「まさに我が自慢の息子よ」

 立ち上がって後ろからギュッと抱きしめた。

「母さんに直接褒められたのは初めてかも」

 と困惑する希総に、

「それだけお前の優勝が嬉しいんだよ」

 と父の総一郎。

「勝ち負けには興味が無いと言いながらも、実際のこの人は負けず嫌いだからねえ」

「そんなこと無いですよ」

 と言いながら横を向いて拗ねる希代乃。他人には絶対に見せない、レアな表情である。


 夏休みが明けて希総達三年生は引退する。

「さて新主将を指名する前に、誰を次のリベロにするか決めたい」

 と希総が言う。

「なんだよ。藤村(むら)を次のリベロにするために鍛えていたんじゃないのか?」

 と桜塚が疑問を呈する。

「三年越しの宿題だな」

 と渋い顔の松木。

「三年前。つまり俺たちが中学の時の引継ぎの話でね」

 と説明を加える望月。

「当時の後輩たちの中で最も守備が上手かったのは菊池だったんだけど、主将をやれそうなのも菊池しか居なくてね」

 リベロは主将に成れない。更に言えば菊池は身長も高くてリベロにするには惜しいという側面も有った。

「今の面子なら、菊池をリベロにして猪口を主将に据えるのも有りだな」

 と松木。

「らしく無いねえ。この期に及んでぶれるなんて」

 と苦言を呈する桜塚。

「昨年、俺を主将に指名した時点で次は菊池に任せると決めていたんだろうに。今更差し戻されても猪口たちも面食らうだろうよ」

「じゃあリベロは藤村を鍛えると言う事で、主将は鹿角にやらせたいと思う」

「え?」

 三年全員が驚いた。

「一年の柳原を正セッターに据える以上、鹿角は自動的にBチームのセッターをやる事に成る。来年の新入生次第でもあるがチーム全体の底上げを考えると、鹿角を主将にして全体を仕切らせた方が良いだろう」

 指名を受けた当人も、他の二年生たちもさほど驚いた様子は無かった。

「何れにしても俺が対角に入るしかないですね」

 と菊池。

「やはりそうなるか」

 猪口を対角に据えて見た事もあるが、彼ではまだレシーブに難が有る。強力なリベロの望月のサポートが期待できて初めて試せた布陣だ。

「全体的に危なっかしいが、毎年面子が入れ替わる部活動チームの醍醐味でもあるな」

 と松木。

「大変だなあ。この新チームはインターハイ覇者として春高バレーに臨なきゃいけないんだから」

 とプレッシャーを掛けて来る桜塚。

「予選でこけるなよ」

 と後輩を叱咤する大鳥だが、

「先輩たちこそ、受験でこけないで下さいね」

 と返されて苦い顔に成った。

 引退する三年生たちには各大学から推薦の話が来ていたが、それも卒業認定試験をクリアしなければ意味が無い。

「大将は推薦に関係なく国立のT大へ行くんですよね?」

「A以上が取れればね」

 B以下でも本試験は受けられるが、学部によってはSとAだけで枠が全て埋まってしまう可能性も高い。

「極端な話、大学に行かなくたって将来は安泰だろうに」

 と茶化す桜塚。

「うちの母がそんな甘い人に見えたかな」

 と真顔で詰め寄られて、

「滅相も無い」

 と震えあがる桜塚だった。

 十一月の学力認定試験で三人組は辛うじてC認定を獲得できた。これでスポーツ推薦での大学進学が可能となる。B認定を取った主将の桜塚はスポーツ推薦ではなく自力での進学を決めた。

「僕の家で慰労会をやる事に成った」

 と言う訳で五人は神林邸を訪れた。

「何度来ても圧倒されるな、この御屋敷は」

 正面玄関を入るとその左手の控えの間に通された。

「よう、少年たち。おめでとう」

 と先に来て彼らを迎えてくれたのは、

「ご無沙汰しています。瀬尾さん」

 希総の実父瀬尾総一郎である。

「なんで此処に居るんですか?」

「今日は息子の為に腕を振るうから、俺は手を出すなと言われたんだ」

「神林の女王様って、息子に厳しいんですか、それとも甘いんですか?」

 と首を傾げる桜塚。

「俺の知る限り、希代乃は息子に具体的な目標を示した事は無いな。どんな結果であっても、希総が全力で挑めばそれを手放しで褒めるだろう。息子の方も努力が尋常で無くて、結果も半端ないから、期待値も自ずと上がる。選ばれし者の恍惚と不安、ってところかな」

「俺達にもそうでしたよ。君たちが勝ちたいなら僕は全力で支援する。結果は君立ち次第だと」

「それで自分たちでどんどんハードルを挙げて、遂には全国制覇か。まあ立派なものだよ」

 と素直に拍手する総一郎。

「何にせよ、頑張って結果を出したら褒めてくれる母親と言うのは無条件で有り難いものさ。俺の亡き母は息子の成績には無関心で、勉強は自分の為にするもので、親の為にするものではありません。と言う態度だった」

「それはそれできついですね」

「判るかい?」

「ええ。うちの母も後継ぎである兄には厳しいけど、次男の俺にはあまり干渉しませんから」

 そのお陰で同じ県内でも実家から遠いこの南高校への進学が許されたのであるが。

「後に残せる財産が無いからこそ、一人でも生きていける力を付けさせる。それもまた親の愛さ」

「支度が出来たってさ」

 と希総自ら呼びに来る。

 食事会を終えて、普段は使っていない希総の私室へ集まる六人。メイドがティーセットをカートに乗せて入ってくるが、

「後は自分でやるよ」

 と言うと一礼して下がった。

「手際が良いねえ」

 希総が手ずからお茶を入れる。

「あれって誰の書?」

 部屋の壁には神林家の家訓である率先垂範の文字が書かれた額が飾られている。

「え、僕の字だよ。書いたのは小学校五年の時だったかな」

 習字で書いたのを母に見せたら、額に入れて飾られてしまったらしい。

「言われなきゃ判らない。と言うか、小学生の書く字じゃないなあ」

 と苦笑する桜塚。

「全員ばらばらだな」

 と柄にもなくセンチに成る松木。彼は六大学のM大からの推薦を受けた。大鳥は同じくH大に、望月はいくつかある中でR大を選択した。桜塚はW大とK大の両方から誘いがあったが、自力でのW大進学を決めた。

「柳原先輩もW大だったよな」

「もうバレーはやっていないらしいけど」

 彼らの一級上、昨年度の主将であった柳原の兄は同級生でやはりW大に進んだ御堂春真と組んで色々とやっているらしい。

「僕は大将と同じT大に行くけど」

 と得意げな梅谷。彼は常に上位一ケタをキープする優等生で、希総と同じA認定を勝ち取っていた。

「ずるい」

 三人組が声を揃えるが、

「なんなら一般で受けて見るかい?」

 と言われて黙ってしまう。三人の学力レベルでは受かりっこない。

「俺たちの本来の学力なら、この高校に入るのすら難しかったものなあ」

「良く三年間付いてこられたよなあ」

 と頷きあう大鳥と望月。

「三人とも、留年せずにちゃんと四年で卒業して来いよ。そうすれば」

 希総の個人的なコネで採用できる。それは企業採用ではなく神林家としての私的な雇用である。

「側近を見ればボスの力量も自ずと判る。僕に恥を掻かせないでくれよ」

 と釘を指す事も忘れない。

「これが神林流か」

 と一人頷く桜塚であった。



長くなりすぎたので分割。


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