§6 「私が君のことをお昼に誘うとでも思ったの?」
僕は長蛇の列ができている購買の中でも出来るだけ人が少なそうな列に並んだ。
僕がこの高校の内政を担当できるのであれば、昼休みに限らず購買を開放し、一部の時間にこんなにも人が集中することを避ける政策を考えるだろう。
もちろん、この学校の偉い人がそんなにバカだとは思っていないので、風紀が乱れるとか、食品衛生法上の問題とか、やむにやまれぬ事情があって、昼休みにだけ購買を開放してるのだとは思うが、僕は非効率が嫌いだ。
柏應では、昼食にありつく方法としては、弁当を持参する、学食に行く、購買で買うの大きく3通りの方法がある。
生徒が利用するそれぞれの構成比を簡単に表すと、弁当4、学食4、購買2と言ったところだろうか。
親が弁当を作ってくれる人、どれだけ家庭的に生まれたのか自分で弁当を作る習慣がある人が「弁当派閥」、みんなで集まってガヤガヤとお昼を食べたいという集団意識の高い人が「学食派閥」、親は弁当を作ってくれないし、自分で弁当を作るほど家庭的でもないし、みんなで集まってお昼を食べたいとも思わない人が「購買派閥」という感じだろう。
もちろん、僕はいま購買に並んでいるのだから「購買派閥」だ。
親は共働きのため、昼間に家にいることなど稀だ。
朝も早いし夜も遅い。平日に親と会話をすることなんて皆無と思ってもいいくらいだ。
弁当など当然作ってくれるはずもない。
そして、僕は、料理はできるが、毎日の弁当を作るほど家庭的ではない。
さらに言えば、友達もそんなに多くない。
典型的な「購買派閥」だ。
僕は売れ残ってるパンを品定めする。
飲み物は自動販売機で買うとして、今日は焼きそばパンとカレーパンにしよう。
気持ちがモヤモヤするときはガッツリ食べるに限る。
僕は見た目のとおり、そこまで大食いではないが、食べることは好きだし、むしろこの体型の割りにはよく食べるほうだと自負しているぐらいだ。
そんなことを考えていると、ようやく僕の順番が回ってきた。
予定どおり焼きそばパンとカレーパンを注文し、売れ残っていてよかったと、ほっと肩を撫で下ろす。
そもそも「売れ残っていてよかった」と安心する方がどうかしているのだと思うが。
なぜ僕が昼ご飯を買うためだけのために神経をすり減らさなければいけないのだ。
僕はモヤモヤした気持ちをさらにモヤモヤさせていると、
「大久野島翔斗くん」
後ろから突然声をかけられた。
振り向くとそこには糸魚川先輩が立っていた。
「糸魚川先輩お疲れさまです。ちょっと待っててくださいね。パン買っちゃうので」
僕は動揺を見せないようにすばやく切り返す。
僕は、購買のおばちゃん、いや、お姉さんからパンを受けとると、
「お待たせしました。糸魚川先輩」
僕は糸魚川先輩の方を振り向く。
糸魚川先輩は、中身は当然お弁当であろう黄色いお弁当包みを右手に持ち、左手を腰に当てて「待ちくたびれたー」みたいな仕草をする。
「ちょっと待っててくださいね? お待たせしました? 君は私が君のことをお昼に誘うとでも思ってたの?」
糸魚川先輩はあきれたような顔で言う。
「いやそういうことでは」
確かに僕は反射的に、これは先輩とお昼に行く流れだと判断し、その先入観を持って会話をしていた感はある。
「私はただ君を見かけたから名前を呼んだだけよ?」
「……」
「くすくす」
「……」
「冗談よ。私は大久野島翔斗くんをお昼に誘いにきたの。だからその推察は間違ってないわよ。じゃなきゃ『弁当派閥』のこの私がこんなところにお弁当包みを持って立ってるわけないでしょ」
糸魚川先輩はいたずらな笑顔を見せる。
また、完全にからかわれている。糸魚川先輩のペースだ。
僕は糸魚川先輩と仮にマラソンをしたとしても、この人のペースメーカーは務まらないだろうなーと確信した。
「ほら。お昼と言ったら屋上でしょ。早くいきましょ」
糸魚川先輩はクルっときびすを返すと階段の方に歩み出す。
僕は糸魚川先輩のペースに巻き込まれるように糸魚川先輩の数歩後ろを忠実についていった。