§3 「正解じゃなくていいの」
なぜ『図書準備室』って名前なんだと思う?
僕は予想外の質問に少し呆気にとられてしまった。
僕がまず考えたことは、この質問に対する答えではなく、この質問は何の意味があるのだろうか、この質問はロー研の活動と関連するのだろうか、である。
しかし、糸魚川先輩は、「この質問の意味は?」などという質問返しにはおそらく応じてくれないだろう。
それに僕はこの質問の答えには大方見当はついていた。
「答えは、図書準備室は、図書カードとかを管理したり、本の修繕を行ったりするための部屋だからです」
僕を見つめていた糸魚川先輩の瞳が少し揺れたように見えた。
「それがあなたの答え?」
「そうです」
「その答えの理由を聞かせてもらえるかしら」
ほんの少しだけではあるが、糸魚川先輩の声のトーンが下がった気がした。
「理由ですか。少し長くなりますけどいいですか?」
「どうぞ」
翡翠先輩は少し俯くと、また髪の毛をくるくるといじり始めた。
「こんなこと言ったらなんだこいつはと思うかもしれないですけど、僕は昔から『図書準備室』とは一体何をする部屋なのだろうと疑問に思っていました。プールの更衣室とかならわかるけど、本を読むのに準備をする必要はないじゃないかと」
「ふむふむ」
糸魚川先輩が俯いていた顔を少し上げる。
「でも、僕は1つ大きな間違いを犯していることに気付きました。『図書準備室』は『読書』の『準備』をするのではなく、『図書』すなわち『本』の『準備』をする場所なのだと。その点を理解したとき、本の修繕などを行う部屋の名前は『図書準備室』が相応しいと納得しました。これが答えの理由です」
糸魚川先輩は完全に顔を上げると、満足そうな笑みを浮かべていた。
「へぇー、ちゃんと考えてるじゃん」
「屁理屈だけが取り柄なもんで」
どうやら僕は糸魚川先輩が納得するだけの回答をすることができたようだ。
「もし、あの説明がなかったら、私は君に失望してたかもしれないけどね」
「そうなんですか。変なやつと思われても説明しておいてよかったです。それで正解はなんなんですか?」
「正解じゃなくていいの。考えることが大事なのよ」
糸魚川先輩が決め台詞を言うかのようにウインクした。
僕はウインクの破壊力にどうにかなってしまいそうだったので、もう一度部屋の中を見回してみた。
いままでは深く意識していなかったが、こうやって見回してみると、本を修繕するための機会が置いてあったり、業者から搬入されたばかりであろう箱詰めになった本などが置かれていることに気付く。
ここは、これ以上の図書準備室は無いというくらいに図書準備室だった。
糸魚川先輩の求める正解かどうかはわからなかったけど、僕は自分の答えにすごく納得ができ、同時に満足感を得ていた。
「糸魚川先輩。初めての部活で緊張している後輩にはもうちょっと優しくした方がいいと思いますよ」
「あら。私なりに精一杯の歓迎をしたつもりだったのにお気に召さなかったかしら」
「おそらく僕じゃなかったらお気に召さなかったと思いますよ」
僕は精一杯の皮肉を込めて言葉を放つと、糸魚川先輩から目を離した。
「さて、そろそろ他の新入部員も来る時間よ。準備しなきゃ」
糸魚川先輩は、さっきまで読んでいたであろう分厚い法律書を抱えあげると、壁際に並んでいる本棚に1冊1冊戻した。
そして、「整頓」という言葉を使うにはあまりにももったいない程度の小手先で、糸魚川先輩がさっきまで座ってた椅子の位置を少しだけ動かした。
~ガラガラガラ~
後ろで部屋の扉が開く音がした。
「しょーと?」
聞き覚えのある声がした。
振りかえるとそこには見覚えのある少女が立っていた。




