§18 「付き合ってほしいところがあるの」
僕はベットに横になり、今日ファミレスで翡翠先輩に言われた一言を考えていた。
翔斗くんは私に興味ある?
翡翠先輩は僕に何を伝えたかったのか。
純粋な意味での人に興味を持って接していますか?ということだろうか。
私のことをどれくらい理解していますか?ということだろうか。
それとも……。
そう考えると僕は一体どれくらい翡翠先輩のことを理解しているのだろうか。
そもそも僕は翡翠先輩のことを少しでも知っているのだろうか。
こう言ってしまうと元も子もない話だが、翡翠先輩とかかわりがあるのはロー研での活動だけだ。
なので、翡翠先輩が、ロー研の部長で、頭脳明晰、容姿端麗という才色兼備ということはわかるが、それはあくまで外面の話であって、内面の話ではない。
翡翠先輩が何を考え、何に思いをめぐらせ、何のために行動しているのかなんて僕は全くもってわかっていない。
当然、翡翠先輩の過去も知らない。
それに僕は、僕自身の気持ちさえ、ちゃんとわかっていない。
僕は翡翠先輩のことをどう思っているのだろうか。
確かに翡翠先輩は、綺麗で、優しくて、憧れの先輩である。ただ、これだけの表現では表すことができない何か別の感情がある気がする。
一般的な高校生であれば、これは「好き」という感情と片付けてしまうのかもしれない。
事実,翡翠先輩に「私に興味ある?」と聞かれてドキドキしてしまったことは否定しない。
だが,これは「好き」という感情とはちょっと違うようにも思える。
僕はそもそも「好き」という感情をよくわかっていないのだ。
そういえば、逆に翡翠先輩は僕のことをどう思っているのだろう。
まあ特に嫌われているという感じもしないし、むしろ結構世話を妬いてくれる。
翡翠先輩はどの後輩にも分け隔てなく優しいけど、どちらかといえば好かれているほうだろうか。
翡翠先輩なら僕でもわからない僕の気持ちをもしかしたらお見通しかもしれない。
まあ僕は嘘をつくのとかは得意じゃないし,別に隠し事もない。心を読むには最適な相手なのかもしれない。
いや。あるか。隠してること。翡翠先輩は知らないこと。
この「能力」のことは、翡翠先輩に教えるつもりもないし、もちろん使うつもりなど絶対にないので、知られることもない。
全てをお見通しの翡翠先輩でも、絶対に知ることができない領域。
僕のこの「不作為」を命じる能力があれば、今回の法律相談なんて一瞬で解決できただろう。
なにせ、「かつあげをしない」ように命じればいいだけの話なのだから。
それでも絶対にこの能力は使ってはいけない。
二度とあの悲劇を繰り返さないために。
ピロン♪♪
机の上から電子音がした。目をやると携帯電話が赤く点滅している。
友達が多くない僕にしては珍しくLimeを受信したようだ。
こんな時間に連絡してくるやつは……あいつしかいないだろうな。
僕はベットからのそのそ立ち上がると携帯電話を確認する。
『紅葉:明日の土曜なんだけど、ちょっと付き合ってほしいところがあるの。空いてるよね?』
やっぱり紅葉か。
僕のLimeを知っているやつなんて限られているのに、この時間にLimeしてくるやつは紅葉しかいない。
それにしても「空いてるよね?」ってこれじゃまるで僕が暇人みたいではないか。
まあ確かに明日はたまたま空いているが本当に失礼なやつだ。
『翔斗:どこ行くんだ?』
すぐに既読が付く。
この既読の付く早さには正直驚かされた。
紅葉のやつ Limeの画面を開けて待っているのか?
『紅葉:本屋に付き合ってほしいの。できればオススメの法律の本とか教えてほしい』
なるほど。そういうことか。それならば快く付き合おうではないか。
紅葉も翡翠先輩に復習しておくように言われていたし、今日の作戦会議を終えて、法律のモチベーションが上がっているのだろう。
この機会に法律の道に引き込むのも悪くない。
『翔斗:おーけー。13時くらいでいいか?』
『紅葉:おけまる。じゃあ13時にミドマド集合ね。楽しみにしてるから』
ミドマドか。柏駅の緑の窓口。通称「ミドマド」。東京駅の銀の鈴,渋谷のハチ公,新宿のアルタ前などと並ぶ有名待ち合わせスポットだ。
昔はよく紅葉とここで待ち合わせしたな。
そういえば,こうやって紅葉と土日に出掛けるのっていつ振りだろう。
中学の頃は結構一緒に出掛けることも多かった気がするが,高校になってからは土日に出掛けることはめっきり無くなったな。まあ部活があるからほぼ毎日会っているわけだが。
「楽しみにしてる」か。
ふと,さっきまで考えていた翡翠先輩の言葉を思い出す。
「僕も少しは人に興味を持ってみるか……」
そう自分に言い聞かせるように言うと,僕は本棚に向かった。
紅葉に何の本を紹介してやろうか。
僕は本棚の本を上から順番に眺めながら明日のことを考えていた。