§17 「翔斗くんは私に興味ある?」
あなたたちはこの問題をどうやって解決に導くつもりなの?
確かにこれは難しい問題である。翡翠先輩の言うように僕らは弁護士でもなければ警察でもない。
本件はまさに単純な話で、犯人もわかっていれば、適用法条もわかっている。
法律相談のレベルとしては翡翠先輩が表現したように「スライム」という評価が妥当なところだろう。
それにもかかわらず「これを解決してみてください」と言われると、適切な対応策が思い付かない。
僕はいままで法律相談とは、「法律的にどう評価できるのかの解釈をアドバイスするもの」という風に理解していたので「解決する」という観点はスッポリと頭から抜け落ちていた。
じゃあ翻って考えてみて、解決するにはどうすればよいのだろうか。
警察に通報する?
防犯カメラの映像とかが残っているわけではなく、言ってしまえば証拠すら無いのに?
しかも学校内で起きたトラブルについて外部機関である警察に頼るのが果たして妥当なのか?
じゃあ学校の先生に報告する?
いやそれも違う気がする。学校の先生に言ったところで適切に対応してくれるかというと疑問が残る。先生とは得てして怠惰なものだ。いや怠惰と言ってしまうと全国の教職の方を敵に回してしまうな。業務に忙殺されて、一個人の事情などに割いている時間はないだろう。
それに、もし先生に頼るのであれば、彼は最初から先生に相談すればよかったのであって、僕らの存在など必要なかったということになってしまう。
先生ではなくロー研を頼ってくれているのだから、ロー研としての対応を期待されているということに他ならない。
僕が腕を組んで考えていると、
「かつあげの現場を写真で撮るとかは?」
紅葉は自信なさそうな表情をしながら、僕と翡翠先輩の顔色を伺う。
なるほど。現行犯でおさえるということか。確かにそれなら動かぬ証拠も得られる。
やはり紅葉の視点は鋭いときがある。もしかしたら紅葉は深く考えて提案しているわけではないのかもしれないが、これ以上の案はないかもしれない。
「おお、紅葉すごいな。結構いいかもしれないよその案」
「ホント?」
紅葉の顔がぱあっと笑顔になり、やった!とポーズを取る。
僕らが取るべき彼を救う行動としては、①現状の打開と、②報復の阻止に終始すると思われる。
①現状の打開とは、現在行われているかつあげ行為をやめさせること、②報復の阻止とは、同じ行為が再発することを防止することである。
この紅葉が提案した「現場を写真で撮る」という対応案は、過去の行為こそ裁けないものの、①現状の打開と、②報復の阻止という彼を救うための目標を達成できる実に絶妙で、巧妙で、光明となるような対応案である。
「紅葉の案でいこうか。僕はその案に賛成するよ。翡翠先輩いいですか?」
僕が翡翠先輩に目を向けると、翡翠先輩は少し考える仕草をするが、そこまでの時間を要することなく「いいよ」と答えてくれた。
「ただ、私からアドバイス。写真を撮るということは危険が伴う可能性もあります。絶対にケガとかはしないようにね。何かあったら翔斗くんは紅葉ちゃんを守ってあげるんだよ?」
翡翠先輩は冗談めかして言っているが、目が本当に心配に満ち溢れているのを強く感じた。
紅葉も翡翠先輩の心配を感じ取ったのだろう。僕と紅葉は静かに頷いた。
「さて、作戦会議もそろそろお開きかなー」
翡翠先輩は細い腕を真っ直ぐと上に伸ばし、伸びをしながら時計に目をやる。
「なんか話してたら喉渇いちゃった。わたし飲み物取ってきますね」
紅葉がバタバタとコップを持つと、ドリンクバーに向かって走っていく。
僕らを待たせちゃいけないと思ってるんだろうな。別にまだこれくらいの時間ならそこまで焦る必要ないのに。
僕も帰る前にもう1杯くらいコーヒー飲んでおこうかなとケチくさいことを考えていると、
「ねぇ、翔斗くん」
翡翠先輩が僕に問いかけるように囁く。
「なんですか」
「翔斗くんには、もう1つだけアドバイス」
「アドバイス?」
「うん。よーく聞くんだよ」
翡翠先輩の大きな黒い瞳に吸い込まれそうになりながらもその瞳を見つめ返す。
「君はさ、もう少し人に興味を持つようにしようね」
「……ん?」
僕は翡翠先輩が言っている意味が即座には理解できず、思わず聞き返してしまった。
「もー鈍いなー。法律論だけじゃなくて、人の感情や性格、好きな食べ物から、好みのタイプにまで興味を持って接するようにしてねってことだよ。わかった?」
翡翠先輩が少し呆れたような顔をしながら僕に説明してくれる。
「はぁ……言わんとしていることは何となく」
「本当にわかってるのかなー」
翡翠先輩は不安そうに首を傾げる。
「じゃあさ、翔斗くんは私に興味ある?」
ん? それはどういう意図の質問だ。
予想外の質問であったため心臓がバクバクし出すのがわかる。
「ん? えっ……。それは……」
「ふふっ。じゃあ宿題ね」
翡翠先輩は僕の動揺を見て満足したのか、筆箱などをかばんの中に入れ始めた。
ほどなくして、紅葉が戻ってきて、記念すべき作戦会議は終了した。
僕は最後まで翡翠先輩に与えられた動揺を消し去ることができず,最後のコーヒーを飲むことはできなかった。