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§16 「かつあげ罪?」

「それでなんで作戦会議がファミレスなんですか!」


 作戦会議とは、文字どおり、尾木くんからの法律相談の対策について話し合う作戦会議である。

 僕と紅葉にとっては初めての法律相談になる。これまでのロー研の活動は、先生から法律の講義を受けるという、ごくごく単純で、極めて単調なものであったが、やっといままで学んだことが実践で活かせるチャンスが訪れたということだ。


 法律相談が来るのを心待ちにしていたと言ってしまうとさすがに言い過ぎかもしれないが、いざ法律相談を受けてみると、気持ちの高ぶりを隠し切れなくなっていた。


「なんでって、そりゃドリンクバーがあるからに決まってるじゃない」


 翡翠先輩はさも当然であるかの如く、あっけらかんとしている。


「いやそういうことを言ってるんじゃなくて、法律相談なんだから部室で作戦会議もするべきではないんですか」

「翔斗くんはそういうところ堅いよね。別にどこでやっても作業効率は変わらないし、むしろ下校時間を考えなくていい分、ファミレスの方が議論に集中できると思うのだけれども」

「そりゃそうかもしれないですけど」


 翡翠先輩は僕から目線を外すと、紅葉の方に満面の笑みを向ける。


「じゃあ紅葉ちゃん、せっかくだし、一緒にパフェ食べよっか」

「わーい!そうしましょう!」


 紅葉が甘いもの好きなのは知っていたが、翡翠先輩も前回のなんたらフラペチーノを一瞬で完食していたところを見ると、相当の甘いもの好きなのだろう。

 翡翠先輩もあーだこーだと自分の正当性を主張していたが、この状況は完全に甘い物が欲しくなったという女子特有のものに起因するだろう。

 まあ2人が楽しそうだからこの場はこれでいいとしようか。


 僕は2人の無邪気な笑顔を見ながらホットカフェラテを口に運ぶ。


「さて、じゃあ本題だけど、さっきの法律相談、翔斗くんと紅葉ちゃんの2人に任せていいかな?」

「えっ」

「えっ」

「どういうことですか?」

「あはは。別に丸投げしようってわけじゃないから安心してね。でも、私は今回の相談は基本的に見守るだけ。もちろん、アドバイスはするつもりだし、本当に困ってたら手助けするつもりだけど、まずは2人で考えて、2人で解決してほしいと思ってるんだけど、やってくれるよね?」

「わたしたちだけでできるでしょうか」


 紅葉が少しか細い声になり、いつになく不安そうな顔をする。


「2人なら大丈夫よ。それに今回の相談はレベルでいうと『スライム』だし、そこまで気負わなくていいからね」


 スライムか……。翡翠先輩の口から「スライム」という言葉が出たことに少しばかり驚いたが、考えるべきはそこではなく、本当に僕と紅葉でこの問題を解決できるかどうかだ。


 僕と紅葉は顔を見合わせるが、ただ、翡翠先輩にあそこまで言われてしまってはさすがに逃げ腰にはなっていられない。

 できるかどうかを考えるのは二の次だ。とりあえず挑戦してみよう。


「わかりました。出来る限り頑張ってみます」

「うん! その意気だよ! じゃあまずは相談の内容を簡単にまとめてみよっか。翔斗くん、紙とペンを出してくれる?」


 僕は翡翠先輩に命じられるがままに、かばんからルーズリーフと筆箱を取り出す。


「それじゃあ、まずはここに今日の相談の要旨を書いてくれるかな。箇条書きでいいから」


 翡翠先輩はさっきのパフェモードから少し仕事モードに入ったのか、丁寧でありながら、少し強めの口調でテキパキと指示を出す。


 相談の要旨か。尾木くんはどんな内容しゃべってたっけな。

 僕はとりあえず思いつくままに先ほど尾木くんが話したことを書き出してみる。


     ○相談内容

      ・お金を脅し取られる

      ・校舎裏などに呼び出される

      ・継続的

      ・犯人は裏門にたむろしている兵藤先輩グループ


「こんなところでしょうか」

「うんうん。大体こんな感じだね。じゃあ紅葉ちゃん。この行為が何罪に当たるかわかる?」


 紅葉は眉間にしわを寄せて、ううーんと唸ったあと、


「かつあげ罪?」


 と自信なさげに答える。


「ぷっ」


 僕は紅葉の予想外の答えについ噴き出してしまった。


「ちょっとしょーと! なんで笑うのよ! わからないんだからしょうがないじゃん!」

「いや、なんか食べ物の名前みたいで紅葉らしいなと思っただけだよ」

「もう! わたしが唐揚げ好きの食いしん坊みたいに言わないで」


 翡翠先輩が紅葉をまあまあとなだめる。


「うーん、着眼点はいいんだけど、かつあげ罪って罪は日本には無いんだなー。紅葉ちゃん。じゃあ翔斗くんは何罪だと思う?」

「そうですね。恐喝罪でしょうか」

「せいかーい。これだけあっさり答えられちゃうと何も教えられないお姉さんは少し寂しくなっちゃうなー」

「ねぇ、しょーと。恐喝罪って?」

「うん。じゃあ紅葉ちゃんのためにも、ちょっと条文引いてみてくれるかな? 六法持ってきてるよね?」

「僕のかばんは四次元ポケットですか。まあ持ってますけど」


 僕は渋々かばんに手を伸ばす。


「ありがとう。ドラえもん。私もさすがに六法は重いから持ち運びは勘弁なんだよね」


 翡翠先輩が手をグーにしてニヤニヤしているのを傍目に六法を取り出すと、該当するページを探してぺらぺらとめくってみる。


 法律の初心者の人は「六法」という言葉を聞くと、よくテレビでコメントなどをしている弁護士の背景の本棚に写りこんでいる大量の「六法全書」をイメージするかもしれない。

 しかし、実際には六法全書を使うことは稀であり、「ポケット六法」や「判例六法」などの小型の六法を使うことがほとんどである。


 僕が持っている「判例六法」も大きさでいうとハードカバーの小説よりも小さいし、値段も2、500円程度でどこの書店でも購入可能である。


 しかも、判例六法は、条文ごとに重要な判決、すなわち「判例」が掲載されており、参考書としても非常に有用である。


と法律あるあるの六法の宣伝はこれくらいにして「恐喝罪」の条文を引いてみる。


      刑法第249条第1項 恐喝

       人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する


「はい。恐喝罪見つけました。ほらのび太くん、ここ読んでみて」

「わたしはのび太じゃない。ついでに暗記パンでも出しなさいよ」


 紅葉もドラえもんいけるじゃないか。

 さて、くだらない話はこれくらいにしておいて、恐喝罪である。

 恐喝罪は、正に本件にドンピシャリな条文である。刑法にはこのほかにも本件に該当しそうな条文はいくつか存在するが、これほどまでに的確に、適切に、適確に本件を捉えている条文はないだろう。


「へぇーこんなのがあるんだ」


 紅葉は驚きと、興味に満ち溢れた表情で六法の文字に目を通している。

 紅葉の「こんなのがあるんだ」というのはダブルミーニングであり、「こんな六法があるんだ」という意味と、「こんな条文があるんだ」という両方の意味を含んだ発言だろう。

 紅葉が少しでも法律に興味を持ってくれたところは、親心ではないが、非常に感慨深いところがある。


「よし。これで適用法条はわかったね。じゃあここからはちょっとお勉強だけど、本件は他の罪に該当する可能性はある?」


 僕は腕組みをして少し考えた後、


「そうですね。強要罪とかの適用可能性はあると思います」


「そうだね。他に適用可能性があるとしたら、刑法222条脅迫罪、刑法223条強要罪、刑法236条1項強盗罪って言ったところかな」


 翡翠先輩は刑法の条文をサラッと言ってのける。


「まあ、あんまり一遍に言っても覚えきれないと思うから、紅葉ちゃん後でちゃんと復習しておいてね」


 翡翠先輩は「はい!これやってきてね!」と言わんばかりに、僕のルーズリーフに刑法の条文番号を書いて紅葉に渡す。


「翡翠先輩、スパルタすぎるー。難しい言葉ばかりでもう頭むりー」


 紅葉は頭を抱え、もう限界とばかりに顔を机に突っ伏せる。

 翡翠先輩は、ふふっと笑うと、同時にぐぐっと身を乗り出す。


「さてさて、じゃあここからが本題の本題です。君たちはまさか適用法条がわかったからもうお終いだと思ってるわけではないよね」

「……ん?」


 僕と紅葉はまたもや顔を見合わせる。

 翡翠先輩は人差し指を立てながらちょっと力を込めて言う。


「私たちはね、弁護士でもなければ警察でもない。あくまで学校内の1つの部活なのよ。あなたたちはこの問題をどうやって解決に導くつもりなの?」




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