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§12 「ここからがお前らの司法試験研究部だ」

 1週間後の月曜日、図書準備室に集まったのは先生を除くと,翡翠先輩と新入部員を合わせて、全部で11人だった。

 先週集まっていた新入部員のうち1人が入部を辞退したという計算になる。

 新入部員の顔ぶれを見渡すと、やはり僕が掴みかかった大柄な男はここには来ていなかった。


「本日ここに集まってくれた者は、入部の意思ありと判断する。今年の新入部員は全部で11人だな。うん、まずまずだ」


 先生が力強く新入部員を1人1人確認する。


「私も最初ということで出しゃばってしまったところがあるが、これからは基本的に部長である糸魚川に司会・進行を任せようと思う」


 そして今度は力強く翡翠先輩の肩を叩く。


「はい」


 翡翠先輩は、先生の力強さに背中を押されるように、椅子から立ち上がる。


「本日から司法試験研究部の活動を開始します。まずはこの場に集まってくれたことに感謝申し上げます」


 翡翠先輩は深々と頭を下げた。

 うん。今日はいつもの完璧なオーラを身に纏った翡翠先輩だ。

 先週のことがあったので、少し心配していたが、取り越し苦労で済んだようだ。


「それでは、まず1つ決めておきたいことがあります。それは班決めです」

「班決めですか?」


 名前はよく分からないが、僕の右隣に座ってる女の子が首を傾げる。


「そう。班決め。今後の部活は2人1組を1単位として、活動を行ってもらうことになります」

「2人1組?」


 またしても、僕の右隣に座った女の子が首を傾げる。

 どうしてこの女は話を最後まで聞こうと思わないのかと、僕は少しイライラしてきた。


 まず、翡翠先輩は、「2人1組」ではなく、「2人1組を1単位」と言ったのだ。

 その辺の文言の違いをまずは考えようと思わないのだろうか。


「そうそう。恋路ヶ浜実咲(こいじがはまみさき)さん。2人1組を1単位とします。つまり、最小単位が2人ということです。例えば、人数が必要な作業が必要な場合は、2人1組を2個くっつけることによって、4人で活動することになります」

「なるほど。わかりやすい」


 こいつ,恋路ヶ浜実咲というのか。

 できればこいつとは同じ班になりたくないと思うが、あんまりにも強く念じてしまうと、逆に一緒になってしまうフラグが立ちそうなので、こいつのことを考えるのはもうやめておこう。


 翡翠先輩は続ける。


「なぜ、班を2人1組1単位にするかというと……せっかく初めての部活なので、ちょっと誰かに聞いてみようかな。それでは、班決めをするメリットについて、恋路ヶ浜実咲さん。なんだと思う?」


 翡翠先輩が微笑みながら恋路ヶ浜実咲に視線を送る。


「えっ……えっと。助け合えるからでしょうか」

「そのとおり! まず、班を組むことによって協力することを学べます。協力は1人ではすることができないことの代表例です。協力することによって、1人では解決できない、より大きな困難に立ち向かうことができるし、コミュニケーションスキルの向上にもつながるということです」


 本当に翡翠先輩のプレゼン能力には恐れ入る。

 当たり前のことを言っていても、ついつい「あーそのとおり」と思わされてしまう。

 いまの答えも恋路ヶ浜実咲ではなく,ほとんど翡翠先輩が答えたようなものだ。


「じゃあ、他に班決めをするメリットについて、紅葉ちゃん」

「はい!!」


 紅葉は驚いて立ち上がる。


「えーっと、えーっと。勉強をお互い教えられる?」

「うん。まあ正解といえば正解だけど、それはさっき恋路ヶ浜さんが言った協力の一種かな?」

「じゃあ、お互い競い合える?」

「そのとおり! 競争も1人ではすることができないことの代表例です。人間というものは1人では怠けてしまったりして本来の実力が出せないことがあります。競争の無い世の中では進歩や技術革新というものは到底発生しません。競争は切磋琢磨し合って、お互いを高め合うことにつながるのです」


「ちょっと質問いいですか?」


 僕は翡翠先輩の話が終わると同時に手を上げる。


「翔斗くん、どうぞ」


 いきなり翔斗くんって呼び方はやめろ。変な誤解を招くだろう。


「いまの「班決め」をするメリットについては十分理解できましたけど、さっき翡翠先輩がおっしゃった「班決めを2人1組」にする理由にはならないんじゃないですか? 班決めをすることが前提だとしても、2人1組は必然ではないと思います」


 翡翠先輩は僕が話しているときは終始ニコニコしていた。

 この先輩には、どうやら僕の言葉は効果がないらしい。いや逆に好物なのではないかと思わせられるぐらいの余裕綽々ぶりだ。


「そのとおりだね,翔斗くん。じゃあ、逆に質問するけど,翔斗くんは班決めのデメリットは何だと思う?」

「意思決定が遅くなることです」

「君は優秀だね。他には?」

「責任の所在が不明確になったり、それに関連して人任せになったり、参加に積極的じゃない人が出てくることです」

「正解! 私が言いたかったことは全部言われてしまったわね。そういうこと。班決めには、さっき恋路ヶ浜さんや紅葉ちゃんが言ってくれたメリットがある一方で、翔斗くんの言ってくれたデメリットもあるの。そのメリットを最大限に活かしつつ、デメリットをいかに殺すかを考えた結果が2人1組なのよ」


 翡翠先輩はそう言い終わると,机を指でコンコンと鳴らす。


「さて、班決めをする前の説明でこんなに時間を使っていたら、いつまで経っても班が決まらないわね」

「あのー?」


 また恋路ヶ浜実咲だ。このタイミングでこいつは一体なんなのだ。


「1つ提案があるんですけど、いいですか?」

「どうぞ」


 翡翠先輩は笑顔で頷く。


「みなさん下の名前で呼び合いません?」

「はぁ?」


 僕は思わず声が出てしまった。

 いや僕だけではない。翡翠先輩ですら瞳の奥がわずかな驚きに揺れている。

 僕の左隣に座ってる紅葉なんて開いた口がふさがっていない。


「だって、さっきから私はフルネームで呼ばれたり、柏の葉さんはちゃん付けで呼ばれたり、大久野島くんは下の名前で呼ばれたりで、全然覚えられないんだもん」

「ふふ。確かにそうね。わかったわ。じゃあこれからロー研ではお互いがお互いを下の名前又はあだ名で呼ぶように心掛けましょうか。みんな、私のことは翡翠先輩と呼んでくれていいので。提案ありがと。実咲ちゃん」


 翡翠先輩が恋路ヶ浜実咲に向かって軽くウインクする。


 翡翠先輩は可愛いな,いや,優しいなと思う反面,僕はとりあえずの感想としては,「とんでもない爆弾女が混ざってるな」であった。

 いや,別に僕は下の名前で呼ぶことについて否定するつもりは更々ない。むしろ,コミュニケーションを取る上で下の名前で呼ぶことに一定のメリットがあることは認めよう。

 しかし,この女は何かが決定的に異なるのだ。発想という以前の問題ではなく,空気というものがきっと読めないタイプなのだ。

 僕が常に正しいと思っているわけではないが,僕であればこのタイミングであの発言はしないし,このシチュエーションでもあの発言はしないだろう。

 それくらい僕とあの女では性質を異にする決定的な違いがあるのだ。


「さて、本題の班決めですけど、あんまり恣意的に決めるのもあれかなと思いますので、苗字のあいうえお順でペアを作ります」


 そう言って翡翠先輩が新入部員のリストに目を落とし,ペアを読み上げる。


「えっーと、まずは、「お」だから大久野島翔斗くんと、次は「か」だから柏の葉紅葉さん。まずはこの2人がペアね。えっーと、次は……」


「やったー。しょーととペアだ。まぢで誰とペアになるんだろうってドキドキしてたから安心した」


 紅葉がはしゃいで僕の腕を掴んでくる。


「まぁなー。でもコミュニケーションって趣旨もあるんだから僕らで組んじゃっていいものなのか?」

「いやいや別にいいでしょ。わたし法律のこととか全然分からないからしょーとに教えてもらいたいし」

「それなら翡翠先輩と組めばいいんじゃないのか?」

「なんでそうなるのよ!」

「翡翠先輩なら法律も詳しいし、この前は恋バナで盛り上がってたし、法律も学べて仲良くなれるという一石二鳥じゃん」

「本当にしょーとって性格悪い! 童貞!」

「おま! 意味わかんねーよ。そういうの大声で言うのやめろ!」


 僕が紅葉を押さえにかかっていると、後ろからポンと叩かれた。


「何やら楽しそうね? 私も仲間にいれてよ?」


 翡翠先輩がニコニコしながら立っていた。

 僕はああこれはうるさいから怒られるやつだと身構える。


「翡翠先輩ちょっと聞いてくださいよ。しょーとがひどいんですよ」


 紅葉が翡翠先輩を仲間に引き入れようとする。


「あら。私も班に入れてくれるのね。ありがと」


「は?」

「は?」


 僕と紅葉は二人で同時に同じ反応をしていた。


「だって、いまこの部活は奇数だから私は2人組になれないの。でも,やっぱりどこかの班に入りたいじゃん。ちなみに,私の苗字は糸魚川で『い』だから本当は私と翔斗くんが組むはずのところだったんだけどね」


 翡翠先輩がいたずらっぽい笑いを見せる。


「いや……はあ」


 紅葉は明らかに嫌そうな顔をしていたが、さすがに断りづらいのか僕の方に視線を向ける。

 いや,ここで僕に振るなよ。それにお前この前は恋バナでかなり仲良くなってたじゃん。

 僕は紅葉の意思をくみ取って出来るだけ合理的な理由付けを考える。


「翡翠先輩は部長業務も大変だと思いますので、マネジメントに専念されてはどうですか?」

「そうねー、確かに部長業務も大変だけど、それは翔斗くんや紅葉ちゃんが手伝ってくれればいいんじゃない?」

「えっ!」

「えっ! 僕らが部長業務のお手伝いですか?」

「そうよ。別に部長業務を部長1人でやらなきゃいけないという決まりはないんだし、部活には例えば副部長や会計とかの役割があるでしょ。うちの部活は上級生って私1人しかいないから、さすがにそれを1人でやるのはキツいんだよねー」

「いやまあそうですけど。」

「手伝ってくれないの? それとも私を論破してみる?」


 翡翠先輩がいつものにやにやした顔に加えて、うるうるした目で僕を見てくる。

 この人は、頭がよく論理的なだけじゃなく、小悪魔能力まで持ち合わせてるのか。

 紅葉の視線がなぜか痛い。


「わかりました。紅葉はともかく、部長業務なら僕が手伝います」

「本当? ありがと。さすが翔斗くんね」

「えっ……じゃあわたしもやる」

「あら紅葉ちゃんもやってくれるの? ありがと。これで班の打ち合わせと部活の運営が同時にできそうね」


「……」

「……」


 いやいや部長業務については手伝うと言ったが、班に入ることを承諾した覚えはないぞ。


 まあ僕は別に翡翠先輩を拒む理由は無い。こんな綺麗な先輩と法律の勉強が出来るなら正直なところ願ったり叶ったりだ。

 ただ、全てが翡翠先輩の計算どおりみたいなところは少し癪である。


 紅葉の機嫌が悪くならないのであればだが……。


 僕がこの2人の仲を取り持たなきゃいけないかと思うと骨が折れる。


「さて、そろそろ班での話し合いも終わったかしら?」


 翡翠先輩が回りを見渡して、それぞれの班の状況を確認する。


「うん。みんな大丈夫そうね。それでは班も決まったことだし、今日は部活の初日に相応しい……」


 なんだろうか。今日班を決めたということは班で活動するものだろう。

 早速の法律相談だろうか。


「先生によるありがたい講義になります」


 がくっ!


 僕は机についてた肘が思わず外れて、危うく顎を机に打ち付けるところだった。


「実は、京華先生はこう見えて法律の専門家ですので、みんなも先生の講義を聞いて、バンバン法律の知識をつけていきましょうね」


 法律の専門家?京華先生が?

 あの無愛想な雰囲気と、強い口調から完全にヤンキー上がりの体育教師だと思っていたが、まさか法律の専門家だったとは人は見た目によらない。


 でも「法律の専門家」ってなんだろう。弁護士?いや弁護士なら法律の専門家と言わずに弁護士と紹介するだろう。大学教授?いや大学教授なら高校で教師などやっていないだろう。他に法律の専門家とはなんだろう。いやここは何か踏み込んではいけない雰囲気を感じるので、これ以上の詮索はやめておこう。


「ということで、これから私がお前らに特別授業をしてやる。ここからがお前らの司法試験研究部だ。高校生活という貴重な3年間,悔いのないように私がみっちりしごいてやる」


 こうして僕らの司法試験研究部は始まったのであった。




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