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§11 「すごいかっこ悪かったよ」

「それで何なのこの状況」


 紅葉がいかにも不機嫌そうな声を出す。


 せっかくなので紅葉の問に答えておくと、僕と紅葉が2人で大手コーヒーチェーンであるスターライト・コーヒーでカフェを楽しんでいるところに、翡翠先輩が通りがかり、合流する流れになったところである。

 そして、現在、僕の前には紅葉が座り、なぜか僕の隣には翡翠先輩が座り、翡翠先輩は僕が1000円札と引き換えに手に入れたウルトラ・デラックス・エクストリーム・フラペチーノを満足げに食されているところである。


「翔斗くん悪いわね。私が通りすがりに話しかけてしまったばっかりにこんな大きなパフェを御馳走になってしまって」

「それは別にいいですよ。どうせ僕1人じゃ食べきれなかったところですし。ただ、通りすがりというのは納得しかねますけどね」

「ホントですよ」


 紅葉がテーブルに肘をつきながら小声で毒づく。

 ただ通りすがったというわけではないのだろうが,おそらくさっきの部活での出来事を気にしているのだろう。


 翡翠先輩はさっきの紅葉の毒が聞こえていたのか紅葉の方に目を向ける。


「柏の葉紅葉さんとはこうやって直接話すのは初めてかもしれないわね。柏の葉さんにも申し訳ないわね。せっかく翔斗くんと2人きりだったところを邪魔しちゃったみたいで」

「あっいえ。大丈夫ですよ」

「それにさっきはみっともない姿を見せてしまって申し訳なかったわね」

「いえいえ。あれは糸魚川先輩は全然悪くないというか、相手の男としょーとが悪いです」


 やはり僕も悪いのかと思いながらも、翡翠先輩の大人の対応に紅葉も少しトーンダウンしたようだ。

 テーブルについていた肘を取り払うと、翡翠先輩に向き合うように座り直した。


「糸魚川先輩だと堅苦しいから翡翠でいいわよ」

「じゃあ翡翠先輩って呼ばせていただきます。わたしのことも紅葉って呼んでください」

「そう? それならお言葉に甘えて紅葉ちゃんって呼ばせてもらおうかな」

「先輩にちゃん付けしてもらえるなんて光栄です」

「翡翠先輩は紅葉には『あら?翡翠先輩と呼んでいいなんて言ってないわよ?翡翠と呼んでいいと言ったの』みたいな意地悪は言わないんですね」

「言うわけないでしょ。バカじゃないの」


 こういうのを「梯子を外される感覚」というのだろうか。

 当然と言えば当然なのだが、翡翠先輩の僕に対する態度と紅葉に対する態度は全然違うものであった。正直なところ、僕はこの2人は絶対に性格が合わないだろうと思っていたが、実は、案外合っているのではないかと思い直すほどに。

 最初は居心地悪そうにしていた紅葉もいまではどこ吹く風だ。


「ところで、いつもこの質問をしてるような気がするんですけど、今日は何か用事ですか?」


 僕が翡翠先輩に視線を向けると、


「だからー、いつも答えてるような気がするけど、用事なんて無いわよ。通りすがりでスタコに寄っただけって言ってるじゃない。私だってコーヒーを飲みたい気分のときはあるのよ」


 翡翠先輩はいつになくムッとして言った。


「翡翠先輩の食べているそれをコーヒーというのかという問題が生じますけどね」

「いいの。甘いものは別腹なのよ」


 翡翠先輩は「ふん」とそっぽを向く。

 心なしか今日の翡翠先輩はいつもよりも弾けているというか、感情が豊かというかそういう印象を受ける。確かに、僕と2人でいるときと、このように複数人でいるときとではテンションが異なるのはわかる。それに、ここは学校ではなく校外だから、翡翠先輩とていつもよりも気を抜いているということもわかる。


 その前提に立っても、少なからず、翡翠先輩のテンションに違和感を覚えた。

 もしかしたら、学校での翡翠先輩はあくまで仮面をかぶった翡翠先輩であって、今が素の翡翠先輩なのではないかと思わせるほどだ。


「ところで、翔斗くんと紅葉ちゃんは付き合ってるの?」

「!?」

「!?}


 僕は飲んでいた水を吹きこぼしそうになった。


「いやいや付き合うとかないですよ。ただの幼馴染です」


 僕はいやいやあり得ないという仕草で全力で否定する。

 確かに紅葉のことを可愛いと思うことはあるが、付き合うとか考えたことなど1度もない。幼馴染はどこまでいっても幼馴染であって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。


「あらそうなの? いつも夫婦漫才をしてるから、てっきり付き合ってるんだと思ってたわ」

「僕らがいつ夫婦漫才をしましたか」

「だから『いつも』って言ったじゃない。今日の翔斗くんは注意力が散漫ね。紅葉ちゃん、翔斗くんはこんなこと言ってるけど、本当に付き合ってないの?」


 翡翠先輩は追及の手を緩めない。


「ええー。本当ですよ。なんていうか腐れ縁?みたいな感じです」

「ふぅーん」


 翡翠先輩は納得していないようだが、これ以上は食い下がってはこなかった。


「翡翠先輩こそ、お付き合いしている方とかいないんですか? 翡翠先輩絶対モテますよね?」


 紅葉が身を乗り出して聞く。


「えっ?私?いないいない。いるわけないじゃない」


 いつもの翡翠先輩の感じなら「どうかしらね?」みたいな人を小ばかにしたような返答をすると思っていたが、返事は思ったよりもストレートだった。

 それに予想に反して動揺しているようにも見える。自分からカップルの話を持ちかけたのだから自分にも同様の質問が来ることはぐらい容易に予想できそうなものだが、翡翠先輩は顔を真っ赤にしていた。

 このような才色兼備な女性こそ、実は恋愛経験は少ないということなのだろうか。


「えーそうなんですか。なんか意外です。でも絶対たくさん告られてますよね?」

「うぅーん、どうだろうね? そんなことないと思うけど」


 翡翠先輩が紅潮した顔を取り繕うようにニコッと笑う。

「そんなことない」というのが「たくさん」に係っているのか、「告られて」に係っているのかが気になるところである。

 どこまで考えて発言しているのかは定かではないが、おそらく「告られてはいるけど、そんなたくさんじゃないよ」ということなのだろう。ただ、僕も野暮じゃないのでこれ以上の追及はしない。

 今日はウルトラ・デラックス・エクストリーム・フラペチーノを食べれなくても、翡翠先輩の真っ赤な恥ずかしがる顔を見れただけでお腹いっぱいである。


「じゃあ、好きな人とかはいるんですか?」


 しかし、紅葉が想像以上に食い下がる。もう完全に紅葉の独壇場だ。

 紅葉の質問は尋問とか悪意のある類のものではなく、どちらかというと無邪気に発せられているところが逆に性質が悪い。


 翡翠先輩は「うぅーん」と少し唸ったあと、


「気になる人ならいるかな……」


 と真っ赤だった顔を更に真っ赤にしながら答える。


 翡翠先輩お得意の「冗談」を言っている感じではない。

 翡翠先輩にも気になる人がいるのか……。

 それはそれでなぜか「意外だな」と違和感を感じてしまった。

 僕はどこかで翡翠先輩を神格化していたというか、芸能人を見るような偶像崇拝的な目線で見ていたのかもしれない。それゆえに「気になる人がいる」という、一般的な、ましてや高校2年生であれば、ごくごく当たり前のことに、違和感を覚えたのかもしれない。


「それはうちの学校……」

「もうさすがに恥ずかしいから私の話はやめましょう」


 翡翠先輩もさすがに耐えられなくなったのか、紅葉の話を両手を振りながら制止する。


「えー! せっかく翡翠先輩の恋バナが聞けると思ったのにー」

「今度ね。今日はもう遅いしそろそろ帰りましょう」


 翡翠先輩は僕らにも帰るのを促すように、食べたゴミを綺麗にまとめ出す。


「そうですね。じゃあちょっとわたしはお手洗いに行ってきます」


 紅葉はそう言うと席を立った。

 後半の恋バナパートのところは僕は本当に空気だったなーとしみじみ思う。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、翡翠先輩は、


「あら。翔斗くんいたの?」

「僕はずっと昔からここに座ってますよ」

「てっきり空気なんだと思ってたわ」

「僕が空気なのであれば、翡翠先輩には僕は必要ないですね」

「どういう意味?」

「翡翠先輩はさっきの恋バナで顔が深紅(真空)になってますからね」


 ボコっ!

 翡翠先輩のボディブローが僕の右わき腹を正確に捕らえた。

 僕はあまりに洗練されたパンチに思わず顔をしかめる。


「誰がうまいこと言えって言ったの!」


 翡翠先輩はさっきの真っ赤な顔を通り越して、もっともっと紅潮した顔を僕に見せる。

 ぐぅ。僕は声にならない声を出す。


「私もう帰るからね」


 翡翠先輩はカバンを持って立ち上がると、ぐいっと僕に顔を寄せてきた。

 僕はまた洗練されたパンチが見舞われるのだと思って、とっさに目を瞑る。


「……部活のときはありがとね。すごいかっこ悪かったよ」


 えっ?


 翡翠先輩は、僕の耳元で、それこそ僕にしか聞こえないような小さな声で、そうささやいた。

 僕はあまりにも衝撃的な告白に、パッと目を開けると翡翠先輩を見た。


 翡翠先輩はニコッと笑い、


「じゃあまたね。紅葉ちゃんによろしく。あとゴミもよろしく」


 と言うと、クルッと踵を返し、出口に歩き出した。


 かっこ悪かったよ……か


 その言葉は、言葉の意味に反して、僕にとっては最高の褒め言葉だった。

 紅葉とゴミにはちゃんとよろしく言っておかないとなと、そんなくだらないことを思いながら、翡翠先輩の後姿を見送った。




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