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§10 「じゃあ私がもらってあげようか?」

「しょーと、大丈夫?」


 紅葉が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


 今日も紅葉との2人の帰り道。まるで2人で帰るのが当たり前かのようになってきているのに少しだけ問題というか、違和感を感じる。


「大丈夫だよ。少し制服と自尊心が傷付いただけさ」


 僕は制服についた汚れを払うような仕草をしながら、吐き捨てるように言う。


「あはは。しょーとかっこ悪かったよね」


 紅葉はぎこちない笑顔を見せる。


 僕らは大堀川の遊歩道を抜け、アスファルトに囲まれた住宅街の抜け道に差し掛かっていた。


 住宅街と言っても閑静な住宅街というわけではなく、お店なども多数並んでおり、街の中に生活区域があるという感じだ。


「ねぇしょーと! 今日思ったよりも早く部活終わっちゃったし、あそこ寄っていかない?」


 紅葉が指を差した先には、いま流行りの緑の看板が掲げられたコーヒーチェーン店があった。


「僕はコーヒーを飲んだばかりなんだけどなー」


 正直なところ、僕もさっきあんなことがあったので今日は寄り道をしたい気分だった。

 ただ、ついつい嫌味が出てしまうのが僕の性分だ。


「えーいいじゃん。いこー。わたしが飲みたいのー」


 紅葉は僕の嫌味など意に介さず既にテンションが上がっている。


「ほら。早くいこ」


 紅葉は僕の腕を掴むと、お店に吸い寄せられるかのように足を早めた。






「いらっしゃいませー」


 店の中に入るとそれなりに混んでいる。満員とは言わないまでも2人で座れる席はほぼ埋まっている状態だ。さすが人気のチェーン店。


「僕は席を取っておくから、なんかテキトーなやつ買ってきてくれ。紅葉」

「おけまるー」


 僕は紅葉に1000円札を渡すと空いている席を探す。


「テキトーなやつって言ったけど、ちゃんとしたもの買ってくれよ」

「おけまるーおけまるー」


「おけまる」ってなんだ。いまの流行りだろうか。ちょっと可愛いが。

 紅葉は上機嫌に僕から1000円札を受け取ると、1000円札をヒラヒラさせながらレジの方に向かう。


 店内をうろうろしていると、ちょうど4人用の席が空いたので僕は素早く鞄を置いて席を確保する。


 僕は奥側の席に座りこみ、紅葉の姿を確認する。


 紅葉は、まだ順番待ちをしているようだった。

 案外あっさりと僕のミッションが完了できてしまったので紅葉には申し訳ない気持ちになる。


 さて、もう少し時間がかかりそうなので、なぜ僕がさっきあいつに掴みかかったのかを考えてみることにする。


 僕は確かに理屈っぽく、負けず嫌いではあるが、そこまで短絡的なタイプではない。

 元々暴力を振るうタイプでもないし、感情に流されるタイプではないと自分では思っている。


 じゃあなぜだろうか。


 翡翠先輩を助けたかったから?翡翠先輩がひどいことを言われていたから?

 いやしっくりこない。


 僕は混み合っている店内を見回してみる。

 ああそうか。僕はきっと翡翠先輩の考えに共感してしまったのだ。


 勉強だけじゃ得られないものをみんなと共有したかった。相談者が喜んでくれる顔を見てみたかった。


 翡翠先輩のこの言葉を聞いて、僕も翡翠先輩がやりたかったことをやりたくなったからだ。


 だから、あいつに翡翠先輩の考えを否定されたときに、自分が否定されたのと同じ感覚になって……。


 そして、やっぱり翡翠先輩はどこか僕と似ているのかもしれないと思った。


「僕に似ている」わけでもなく、「僕が似ている」わけでもなく、「僕と翡翠先輩が似ている」ということだ。決して、僕が翡翠先輩のコピーなわけではなく、翡翠先輩が僕のコピーなわけでもない。


 あくまでそれぞれの独立した個が存在する上で「どこか似ている」のだ。


 僕はいままで翡翠先輩は完璧な人間だとばかり思っていた。

 しかし、冷静に考えてみれば完璧な人間などいるはずがない。


 そう。翡翠先輩も完璧な人間ではなかったのだ。

 僕はさっき図書準備室から出るときに見た翡翠先輩の姿が思い浮かんだ。


 だってそうだろう。確かに翡翠先輩が言っていることは正しいことが多い。

 だが、それは正しい「ことが多い」だけであって、100%正しいわけではない。


 それに、翡翠先輩の「正しい」解答も、多くの人が納得してしまう、いや、納得させられてしまう、言わば「正論」なのである。


 だが、果たして、「正論」=「正しい」なのだろうか。


 僕はこの答えを知っている……。


 人間という生き物は論理的思考以外に、コントロールのできないもの、例えば、感情というものを持っている。


 それゆえに、人間の感情を全て排除した、排除したとは言い過ぎかもしれないが、人間の感情を軽視した合理的思考は実際の生活ではうまくいかないのだ。


 そういったどこかで生じた少しの考え方の違いが、きっとロー研を空中分解させる結果にしてしまったのではないだろうか。


 そんなことを考えていると紅葉が戻ってきた。


「おまたせー。買ってきたよん」


 紅葉はルンルンしながらコーヒーを乗せたお盆を置く。


「じゃーん! しょーとにはこのウルトラ・デラックス・エクストリーム・フラペチーノをあげよう」


 紅葉が信じられないくらいのでか盛りのコーヒーだかパフェだか分からない物体を僕の前に置く。


 この物体は、イチゴ、チョコ、ウエハース、生クリームとこの世の甘い物の全てを突っ込んだのではないかと思わせるほどに、豪勢で、かつ、甘美なオーラを放っていた。


 心なしか周りの視線が僕に集まっているような気がする。


「いやいや『テキトーなやつを買って』とは言ったけど、こんなでかいの買えなんて僕は言ってないぞ」


 僕は呆れながら言う。


「『ちゃんとしたの』って言うからわたしのセンスで買っちゃった。このフラペね、いまネットで超話題になってるんだよ」


 紅葉が「てへっ」っとばかりに下を出す。


「僕はブログとかやってないし、映える写真なんか撮れないぞ」

「あーそういうのはわたしがやっておくからしょーとは心配しなくていいよ」

「あとさっき渡した1000円のお釣り返せよ」

「いやそんなのないよ」

「どこの世界に1000円するコーヒーがあるんだよ」


 紅葉が僕の前に置かれたウルトラ・デラックス・エクストリーム・フラペチーノを指差す。

 こいつまぢでふざけやがって。


「それに『ウルトラ・デラックス・エクストリーム・フラペチーノ』ってなんだよ。名前だけじゃどんなものか特定できないじゃないか。一体この中には何が入ってるんだよ。闇鍋かよ」

「えーすごそうなことだけ分かればいいじゃん。美味しそうだよ。ちなみにわたしはストロベリー・オン・ザ・ストロベリー・フラペチーノだよ」


 紅葉が、顔の大きさぐらいにイチゴが山盛りになったパフェのようなものを見せてくる。


 確かにこれはストロベリー・オン・ザ・ストロベリーだと分かるくらいイチゴがイチゴの上に乗っている。


「こんなに食ったら太るぞ」

「はぁ? 甘い物は別腹だから大丈夫だよ。わたしは甘い物食べるために生きてるようなもんなんだからこれで太っても本望だし。このアイスと生クリームがたまらないのよー」


 そう言って、紅葉は生クリームのついたイチゴを口いっぱいに頬張り、恍惚な表情を見せる。


「いや冗談じゃなくて僕はこんなに甘い物食べれないよ」


 僕が食べる前から胃もたれを起こしたような顔をしていると、


「じゃあ私がもらってあげようか?」


 紅葉の甘ったるい声とは違う、透き通るような声が真横からした。

 僕は驚いて横を見ると、そこには鞄を肩にかけた翡翠先輩が立っていた。




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