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いつか、かえるところ  作者:
一章 【旅立ち―黄金の微睡み―】
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4

「見ててあげる。あれはちゃんと死ぬから行ってみて」

 ――彼女はそう言った。




 名前を付けて貰った後、合流したルドの仲間は二人いた。

 一人は、ブーツから外套まで黒と茶系統で揃えた男。白髪混じりの短髪で、無精ひげを生やしたアヴァリス。

 もう一人は、袖の長いインナーの上に袖の無い、革と鎖で作られた鎧と腰のマントが目立つ女性。プラチナブロンドの長い髪が綺麗なエッダ。


 簡単な自己紹介を済ませたあと一晩、丸太小屋で過ごす事になった。

「この場所は危なくないのか?」そうルドに聞くと「大丈夫。ヤドリギの力がまだ残ってるみたいだ」と言った。

 あのランプの中にヤドリギ――魔除けの力が込められていて、灰の化け物くらいなら、この小屋に入ることはできないらしい。


 四人で色んな話をしながら夕食を摂る。ルドは話し上手でエッダは聞き上手。アヴァリスは寡黙な男だったが不思議と嫌な空気にはならい。

 食料は、ルド達が分けてくれた。

 ちなみに、持っていた焼き菓子を食べるかルドに見せたところ「いや、それはとっておこう」と言われた。何でも、この焼き菓子一枚で一日過ごせる程の満腹感と栄養が得られるらしい。そして味も素晴らしいそうだ。そんな話を聞かされると食べたくなったが「貴重だからそう簡単に食べない方がいい」と釘をさされた。


 この日の夕飯は、少し硬く癖と塩分の強いチーズとライ麦に似た風味のパン、何かのベーコンとそして、濃い赤紫の葡萄酒だった。意外と悪くない。何より葡萄酒が素晴らしい。

 ガーネットを思わせる色合い、香辛料の香りとベリー系の香り。凝縮した果実味と力強い渋みを感じるが滑らかな飲み心地。そしてほんのり残るチョコレートの余韻。えらく感動して感想を告げると「それ、私が買ったの。やっと話の分かる人に会えたわ」とエッダが微笑んだ。

 そうして暖かな夜が更けていった。



 明朝、朝日が登ってから小屋を発った。

 ブランケットを置いていこうとしたらそれは外套だったらしく、身につけて行くことにした。


 一先ず、西へ歩いて四日程の距離にある集落を目指す。

 此処へ来る前にも立ち寄ったそうだ。

 何故この場所に来たのか、旅の目的は何か聞いたところ、ルドとアヴァリスは捜し物をしていて、エッダは旅そのものが目的だと言っていた。


「此処に捜し物はあったのか?」と尋ねると「なかったよ。たぶんね」という答えが返ってきた。


 数時間歩くと灰色の景色も終わりが見えてきた。

 普通の色の世界に安心と、期待が高まる。反面、何故か寂しさを覚える。退廃的で、それでいて妙に心の惹かれる場所だった。


 昨晩、ルドに教えてもらった。

 この灰でできた森は『死者の(みぎわ)』と呼ばれている。

 昔、翼を持った大きな蛇が、怒りに任せてその息吹で森を焼き払った。森とそこに住む者達は瞬く間に灰となり、自分達が死んだことに気付けなかった。時間すら焼きつくされたかの様に。

 只通りすぎる風や川の水は生きている。ここは生と死の水際なのだそうだ。


「灰になった者は全て、魂と命の境を失ってしまったんだ」

「境を失った?そもそも、その二つは別のものなのか?」


 魂は心だと言う。自我、記憶、精神的なもの。死んだ後は、まずは死後の世界へ行く。

 命は肉体と魂を繋ぐものでエネルギーだ。死後は肉体と共に地に帰る。そうして他者の糧となり、命を繋いでいく。

 境を失った者達はあの場所にいる限り何処へも行けず、さ迷い続ける。


「死後の世界?まずはってどういう事だ?」

「魂はね、旅をするんだ」


 死後、肉体を離れた魂は旅をする。死後の世界――そこは世界樹と呼ばれる大樹を中心に九つの世界がある。

 ありとあらゆる魂はそれぞれが交わした世界樹との約束を果たすため、輪廻を繰り返す。

 そして約束を果たすと、魂は世界樹と一つとなり自由を得る。

 ここで大切なのが名前。肉体という器――形を無くし輪廻を繰り返したとしても、その時その時の自分の記憶や世界樹と交わした約束を魂に留めておく為に名前が重要らしい。


「ざっと説明するとこんな感じかな?詳しく知りたかったらまた教えてあげるよ」



 ――そうしてこの世界の話を聞きながら集落を目指した。

 彼等の話と、目に映る全てが新鮮だった。



 だが楽しい事ばかりではなかった。この世界を歩いて痛感した、様々な事に慣れないといけない。

 そして今、その内の一つと対面している。

 

 生き物を殺すことだ。


 遭遇した化け物をルド達が殺したり、動物を狩り肉を解体するシーンに忌避感を抱いた。

 殺すな、なんて思わない。ましてや守ってもらい恵んでもらっている。

 ただ、慣れていなかった。


 記憶には無いが、化け物どころか人間も、おそらく動物を殺したことすら無いだろう。虫くらいなら殺した事はあるだろうが例えば蚊を潰す時、あれをいちいち命と数えて殺している者なんているのだろうか?


 名前、知識、食料を与えられ、命を守ってもらった。

 一方的に施しを受けるのは苦痛だ。

 自力で立てない。他者に縋り生きる状況は不安にさせた。惨めだ。

 縋っている癖に孤独を感じる。


 この状況を変えようと決意し、三日目の夜に相談すると「テラの意思を尊重しよう」とルドが言ってくれた。


 そして次の日、遠くに化け物を見つけると「先に行ってる。頑張れ」と言い、ルドとアヴァリスが行ってしまった。

 突然の事に驚いているとエッダが「見ててあげる。あれはちゃんと死ぬから行ってみて」と声をかけてきた。

 まずは動物でも狩るのかと思っていたら、いきなり化け物と戦う事になっていた。



 化け物はまだ此方に気づいていない、数メートル先にいるそいつは死者の汀で出会ったあいつと同じ種だ。

 だが、あいつと違って灰色ではない。

 亀を薄汚くしたような緑色の皮膚をしている。初めて見た時「これが生きた姿だ」とルドが言っていた。何となくだが、灰色の奴の方が可愛いげがあった。


 決意はしたが、それだけで急に殺し合う事に抵抗が無くなる訳ではない。

 それに今度は襲われて追い込まれた状況とは違う。此方から殺しに行くのだ。


 昨晩、エッダとした話を思い出す。

「少しだけ教えてあげる」

  彼女は心構えと、どうしたら生き物は死ぬかを教えてくれた。

「エッダなら、このナイフでどうやって立ち回る?」

 そう言うと彼女は「それは自分で見つけるものよ」と言いながらも、また少しの教えをくれた。

 相手をよく見る事。見るというのは手足の動きだけではなく、視線と呼吸も見て、次の動作を読むという事。

「実践したらわかるわ」

「あいつらは、何で襲ってくるんだ?」

「人類を憎んでるみたい」

「何で憎まれているんだ?……会話はできるのか?」

「……できてもしたくないわね。理由は今度ルドにでも聞いて。ただ、憎まれているのは目を合わせたらわかる」

 

  ーーそれも実戦したらわかるわ。


 そう言っていた彼女は、今は少し離れた場所から見ている。


 化け物との間に遮蔽物はない。

 ホルスターからナイフを抜きゆっくりと近付くと、向こうも俺に気づき目が合った。

 瞬間、理解させられる。爛々と光る目に、エッダの言葉が脳裏を掠める。



 彼我の距離がおよそ10mをきったところで、化け物は走り出した。

 迫る殺意とその急な動きにどうするか悩み、此方も走るかと脚に力を込めた時エッダの顔が浮かんだ。

 立ち止まり、半身になって腰を落とし、ナイフを肩の高さで構える。

 相手をよく見る。体を、視線を、呼吸を。

 化け物が息を止め、体が一瞬沈み、右手を振りかぶり跳ぶ。

 視線は俺の顔を見ている。

 化け物が叫び、放ってきた拳を狙い一閃。


 確かな手応え。勢いそのまま、化け物の拳に走らせたナイフが、中指から肘まで切り裂いた。

 交差し、倒れた化け物が何かを叫んでいるが、頭に入ってこない。

 地べたを這いずり回る姿が虫の様だ。

 あぁ、あれは痛そうだなと他人事の様にぼうっと観察していると「必要以上に苦しませたら駄目。貴方の為にもね」というエッダの言葉を思い出した。

 だが、這いずり回るこいつを一思いにやるのは難しそうだと思った。


 


 ――動かなくなった化け物を再び眺めていると、いつの間にかエッダが隣に来ていた。

 いつから居たのだろうか?俺はどれだけの時間こうしていたのだろうか?

「……行こう」

「えぇ。」

 

 こうして俺は、おそらく初めて生き物をこの手で殺した。

「何で、初めから化け物相手なんだ?」

「敵意のない相手に慣れて、今のあなたの覚悟が弱くなる前に……ね?」


 その考えが正しかったかはわからないが、その言葉は胸にすっと落ちた。

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