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 大地を見下ろす奇岩の頂上、中空へ浮かぶかの様にその"家"は建っていた。

 遠くから見た赤い屋根に煉瓦造りの外壁。間近で見た其等(それら)は色褪せている。

 だがそこに見窄らしさなど無い。

 却って、この建物にある種の存在感を与えていた。

 門扉を通り石段を昇り玄関へ辿り着くと、メリアが扉を開いた。


「いらっしゃい」


 招かれた扉の内は音の無い、長く伸びた通路。

 その空間は等間隔に置かれた、腰高の窓から指す夕影によく映える。

 暖かさを帯びている筈が何故か、何処か犯し難い。

 だがこれも見慣れた光景なのだろう。躊躇わず踏み入るメリアに黙って続く。

 通路には灯りの燈っていない壁掛けの燭台があるだけで存外、飾り気がない。

「ここは三階でこの家の入口なの。おかしな家でしょ?」

「あー、なかなか個性的だな」

「物は言いようね。……きっと貴方が思っているよりずっと個性的よ」

「そいつは楽しみだ」

 通路を行くとその先は下へと降りる階段。

 その階段を降りた先は壁画に挟まれた扉と、更に下へと続く階段のある階層だった。



 扉の左右には大樹を描いた壁画が其れ其れ四点ずつ。

 計八本の大樹はどれも皆違う種類が描かれている。

「二階は見ての通りこれだけよ」

「その扉は? 」

「開かないわ。だからその奥がどうなってるかもわからないの」

 メリアは、態とらしく肩を竦めた。

「それは残念だ。ところでこの絵はメリアが描いたのか? 」

 彼女は一瞬、眼を丸くしてからくすくすと笑った。

「私じゃないわ、残念だけど」

 そう言いながら彼女は一枚の壁画に近づく。

「この絵のテーマは何だと思う? 」

「テーマ? 」

「そう、テーマ。モチーフは見ての通りだけど、この作品に込められたものは何かしら? 」

 改めて壁画を眺める。八本の大樹は大きさこそ変わらないが色や形状は根から幹、枝葉までも個個に特徴を持っている。

 絵には明るくないがモチーフが木の時点で、これしかないだろうというものが一つある。

「樹木崇拝か? 」

「じゃあ八本描かれている理由は? 」

 この程度の答えは予想されていたようだ。もう一歩深く考えないといけない。

 だがこの質問は、それ自体がヒントと見做していいだろう。そして樹木崇拝と密接な関係にあるものといえば――

 「九つの世界か? 数は合わないが」

 そう尋ねると満足したのか、メリアは一つ頷いた。

「ええ、私もそう思うわ。世界を大樹として表現した絵なんじゃないかな」

聖像(イコン)か……だが後二本、いや最低でも一本足りないな」

 奇岩の頂上の建物にある開かない扉と両側の壁画。もしこの壁画が想像通り聖像だとするなら、この扉の奥はきっと――。

「……止めだ。考えたところで開かないのなら意味が無い」

「本当に開かないか試してみようとは思わない? 」

「試したところで開けられないと思っているのだろう? 経験上、こういう時は大抵開かない。それに」

「それに?」

「ここはそっとしておいた方が良さそうだ」

 一瞬、メリアの眼が大きく見開く。

「……そうね」

 一言だけ答えるとメリアは此方に背を向けゆっくりと一歩、二歩と進んでから振り返った。

「もうここの説明はおしまい。次に行きましょう」

 返事をする前に再び背を向け歩き出したので、黙ってその後を追い一階へと降りる。



 どうやら一階は居住階の様だ。この階には食堂と幾つかの個室がある。

 そのうちの一室の前に着くと彼女が立ち止まった。

「ここに貴方の荷物を置いてあるわ」

 そう言って彼女が扉を開ける。

 部屋の中は華美な装飾等は無く質素で、それでいて生活感の無い空間だった。

 一台のベッドに一枚の窓と窓際の机。

 そして持ち主より一足先に招かれていたポーチと曲刀が机の上に置かれていた。

「この部屋を好きに使っていいから、荷物の確認でもしながら休んでてくれる? 私も自分の部屋で少し休んだら夕食の用意をするわ」

「何か手伝う事はあるか? 」

「お客様に手伝わせる訳にはいかないわ。何より貴方、行き倒れだったのよ? 一応」

「すまないな。ではお言葉に甘えて休ませてもらうとしよう」

「それじゃあまた後でね」

 そう言うと彼女は自室へと向かった。

 図らずも一人になれた。荷物を確認した後、この場所を探索しようかという考えが浮かぶ。

 だが彼女とはまだ話す事がある。

 もし家探しした事がばれたら、一応友好的と思えるこの関係が壊れかねない。

 況してや、目的が分らないとはいえ一度は助けられた。この状況で不義理を働くのは好ましくない。

 それに折角夕食を用意してくれるというのだ、彼女の言う事に素直に従うとしよう。



 宛がわれた部屋へ入り扉を閉めると、一直線に机へと向かった。

 だが最初に確認するものは荷物ではない――外の景色だ。

 窓の外へ眼を遣るとそこには、予想外にも庭園が広がっていた。

 雑草や低木は我が物顔で長く伸び、放置された花壇は苔生し荒れ果てていた……という事はない。寧ろその逆だ。

 この家の三階へと通じる奇岩の頂上は狭かったが、一階の建つ場所は広い。

 滑車が設置されている。恐らく下界との荷物の運搬に使用するのだろう。

 今居る建物の他に別棟が見える。あそこに何が在るのかは、夕食時にでも尋ねてみるとしよう。

 気が済んだので大人しく荷物の確認をする。

 ポーチに曲刀と順に確認したが特に問題は無かった。

 但し、ポーチの中の焼き菓子が砕け散り、入り込んだ砂と混ざりあった事を除けばだが。

 残念な事にターバンと外套、革袋は見当たらなかった。

 倒れた後、飛ばされでもしたのだろうか?

 革袋はそもそも、落としたタイミグが砂嵐に飲まれる前だから在るわけがないが……。

 あれにはまだ酒精強化(フォーティファイド)葡萄酒(ワイン)が残っていたはずだ。

 正直、一番ここに在ってほしい物だった。

 惜しい事をしたと未練がましく思うが当然、仕方ない事も理解している。

 年相応には諦める事を覚えてきたつもりだ。

 などと馬鹿げた事を考えつつ、荷物の確認を終える。

 もうやる事は無くなった。病み上がりらしくベッドで休む事にしよう。

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