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 握手をした後、湖を発つ前にブランケットを拾った。

 メリアは何もしていないと言ったが実際、ブランケットを掛け看病してくれたのは彼女だろう。


「メリアが看病してくれたんだろ? すまないな」


「気にしないで、大した事してないもの。そういえばいつ眼が覚めたの?」


「君達に会う少し前だな」


 一度、意識が戻った事は黙っておく。 


「どれだけここで気を失っていたと思う?」


 気掛かりだった事だが生憎、記憶にない事をいくら考えても思い出せない事は十二分に分かっている。

 申し訳程度の時間も考えず直に音を上げる事にした。


「どうだろう? 良く寝れたとは思うが」 


「一日だけ。正直、立ち上がってる貴方を見て眼を疑ったわ」


 彼女は苦笑いをした。


「この子達を見て犬だなんて言うし。……貴方っておかしな人ね」


「そうか? 初めて言われたな」


「ぜったい嘘――あっもしかして気に障った?」


「そんなことは無い。それより早速で悪いが家まで案内してくれないか?」


「いいわよ。少し歩くから休みたくなったら言ってね」 




 湖を発ち少女と狼の根城を目指す。

 スコルとハティが先導し、意外な事にメリアは俺の隣を歩いている。

 狼に乗らなくていいのか尋ねると彼女は、普段から自分の脚で歩いていると言った。

 だが物事には何事も例外があるそうだ。 


「例えば――身の危険を感じた時。何かに備える時には乗せてもらう事にしてるわ」


 そう語るメリアの瞳は悪戯に笑っていた。


 他愛の無い話を続けながら木立を抜け平原を進む。

 行倒れていた理由について雑に説明――旅の途中、観光で立ち寄ったら砂嵐に呑まれた――したところ「……貴方って見かけによらずちょっとあれな人なのね」と呆れられた。

 メリアと会話をしていると時折、スコルが此方に来ては構ってほしそうな顔をする。

 彼は少なくとも体高1mはあるだろう。美しい銀の毛並みに獣らしい(しな)やかな筋肉。活動的な彼がその巨躯を維持する為の食事は一体、どうしているのだろうか。

 一方でハティの方は大人しく、此方に近づいて来る事は無い。だが稀に振り返ると此方―というより俺の事を見ている。

 まるで品定めされているかのようだ。だが敵意のようなものは感じない。


 まだ出会ってからあまり時間は経っていないが今のところ、彼女達の印象は悪いものではなかった。

 メリアは、武器を携帯し倒れていた男を看病する良心を持ちながら、無警戒でいない程には聡い。

 狼達が何を考えているかなど分かるはずもないがそもそも、砂漠から生きたまま俺を回収したのはこいつ等は命の恩人だ。

 とは言え純粋に善意で助けられたとも思えない。そう思うには現状では少しばかり難しかった。




 暫く平原を進むと緩やかな勾配を登り始めた。傾斜は少しずつ緊くなっていく。

 坂道は広く、九十九折に続く道沿いを低木が群生し壁を形成していた。周囲を見渡すと幾つもの奇岩が山の様に(そび)え立ち、その威容を示してる。

 初めて見るはずのその景色に、何故だか郷愁を覚えた。

 ……この場所で眼が覚めてからどうも妙な事ばかりだ。


 ふと立ち止まり振り返る。一望できた景色の中に目当てのものは見当たらない。だが何やら視界の一角に違和感を覚えた。

 違和感のする方へ視線を這わせると、あの灰白色の木々に行き当たる。そして木々の中には拓けた場所があり、そこには輝くもの――湖があった。

 陽の光を受け輝くその遠く小さくなった湖に、思いの外歩いている事に気付かされる。

 どうやら隣の小さな同行者は、見た目よりもタフな様だ。


「どうしたの?」


 立ち止まり景色を眺めているとメリアが問いかけてきた。


「ここは景色がいいな。だがメリアの家からの眺めはもっといいんだろ?」


 年頃の子がタフと言われて嬉しいのか分からないので、それについては黙っておく。


「景色は凄いわよ。私もここに来た頃はよく眺めてたわ」


「ここに来た頃? 元々、何処か別の場所に住んでいたのか?」


「……小さな村だったわ。何処にでもある普通の村よ。ここと違ってね」


 言外にこの場所は普通ではないと語る彼女の頬に、出会ってから初めて影が差した。だがそれも一瞬の事で、何事も無かったかのように話を続ける。


「聞きたい事、たくさんあるでしょ? もう直ぐそこだから、家に着いてからゆっくり話しましょう」




 再び歩き始めると数分もしない内に、目的の奇岩まで辿り着いた。垂直に切り立つ巨大な奇岩。だが幸いな事に周囲のものと比べると小さい方だ。

 見上げると頂上の崖の縁、そこに白い壁と赤い屋根の建造物がある。あれが彼女等の家なのだろう。


「あそこから登るわよ」


 彼女が指した場所まで歩くと、幅の広い石段があった。少し急な勾配のその石段に足を掛け改めて見上げる。

 頂上まで何段程あるだろうか? きっと100や200では利かないだろう。奇岩を削り造られた石段は所々が欠け、一部が風化している。

 嘗ての住人達は何を思い、こんな場所に住んでいたのか? 仮に少し散歩したくなっただけで、結構な運動量になる。


「少し休まないか?」


 彼女は一瞬、考える様な素振りを見せた。


「……疲れた?」


「あぁ、これだけ歩くと流石に応えるな」


 そう答えると、彼女が不意に笑顔になった。 


「嘘が下手ね」


「……どうして嘘だと?」


「おでこ」


「おでこ?」


「息を切らすどころか、汗一つかいてない」


 迂闊だった。言われてから初めて気付く。


「気を使ってくれたんでしょ? ありがと。でもここまで来たら――そういえば貴方、病み上がりだったわね。やっぱり休みましょうか?」


「いや、大丈夫だ。このまま行こう」


 この様子ならメリアは大丈夫だろう。

 いつからかスコルも先を行き、二頭の狼は既に石段を登り始めている。後を追う様に石段を登り始めた。



 どれだけ登っただろう? 振り返れば石段が長く長く続いている。数えてはいないが想定した以上の段差を登っただろう。

 気付けば太陽も沈み始め、遠くの空は暖かみを帯びている。緑に溢れた大地が、遠く黄昏の地平線まで続いていた。

 話題も尽きてきたのかそれとも、夕陽に当てられたのかメリアの口数も減っていった。ふと見上げてみると、先に行った狼達はもう見えない。

 その代わりに少し先で、幅広だった石段が細い橋の様に変化している事に気付いた。


「あれを渡れば頂上よ」


 如何やらあと少しで彼女等の家に着くらしい。見かけよりタフだったメリアも流石に息を弾ませている。

 家に着いたら一息入れよう。そう思いながら次の石段に足を掛けた。




 橋を渡り辿り着いた頂上は酷く狭く、僅か6畳程度の踊り場の様だった。

 右を見れば石段を登りながら眺めた景色。

 左を見ればこの踊り場よりやや低い位置にある中庭の様な場所。

 そして正面には横引きの黒い門扉あり、そこを潜り短い石段を登れば漸く彼女等の家だ。


「お疲れ様」


 メリアは頬を上気させていた。


「良く歩いたな」


「今は調子がいいの。それよりどう? ここからの景色は」


「想像以上だ。まるで空に浮いているみたいだな」


 彼女達の家は中空へ浮かぶような場所にあった。


「凄いでしょ? ……ここに来たら言いたかった事があるの」


「言いたかった事?」


 彼女は一歩前へ進んでから振り返り、一つ咳払いをするとこう続けた。


「――ようこそテラ、ここはウルズよ。歓迎するわ」

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