プロローグ
――生とは旅だ。何かを求め、あるべき姿を探しだす。
いつか何処かで、得心しうる風景に出会う為に歩き続けていく――
"彼"が旅するこの世界は、大海に浮かぶ一つの大陸と幾つかの小さな島でできている。
大陸北西部。そこに嘗て一つの国があった。
その国の始まりは人間達の小さな集落。それが長い年月を掛け少しずつ大きくなり力をつけ遂には国へと至る。他の人族より劣る人間達が成し遂げた偉業だ。
だが今はもうその国は影すら見えない。
遥か昔、恐ろしい争いが消し去ってしまった。
幾つもの想いを遺して。
時は流れ、その今は無い国の首都だった場所に人間達の村がある。
大陸の北方、湖畔にあるこの村の夏は冷涼で過ごしやすいが、冬は北から降りてきた山風に手が悴む。
当然、この村の家屋一つ一つに暖炉があり、そこから出る煙と熱気を床や壁の中に走らせたパイプへ通し、皆暖を取っていた。
今夜も村中の家々の煙突から暖を取る様子が見て取れる。
そしてその中の一軒には、暖炉の前で木製の揺り椅子に揺られながら、眠る赤ん坊を抱く母親の姿があった。
この親子は元々村の者ではない。一年程前、ふらりと現れては身重だが訳あって身寄りが無いので住ませて欲しいと、年老いた村長に掛け合い住人となった。
赤ん坊が産まれたのは三ヶ月程前。
三人の子供を育て助産の経験もある村長の妻とその娘、そして妊婦と赤ん坊の生命を維持し悪霊から守る為の時編みが付き添った上でのお産だった。
陣痛が始まってからお産椅子に座り約十時間もの間、激しい痛みと戦った。
そうして産まれてきた赤ん坊を抱いた母親は涙を流し、また付き添った彼女達も我が事の様に喜び、労いの言葉をかける。
「生きるっていうのは辛いんだ。だから、泣いて産まれたその子を、あたし達は祝福してやらないといけないよ……勿論、あんた自身のこれからもね」
そう言った村長の妻は、今日も彼女と赤ん坊の世話を焼いて自分の家へと帰った。
「ここは本当にいい場所ね……昔と変わらない」
揺り椅子に揺られながら、不安を抱かずに眠る我が子を見て目尻を下げている。
「でも、もうお別れしないと」
顔を上げ、暖炉の火に照らされた彼女の髪は美しい。
「息を殺そう、目立たずに行こう。誰にも気付かれてはいけないよ?」
そう囁き静かに立ち上がる。
「それでもきっと……君のパパが見つけてくれる」
この日一軒の家の灯りが、煙突から立ち昇っていた煙がそっと消えた。




