第十話 罠
Sランクパーティが1階層のボス、ポイズンスライムを倒してからセーフエリアに戻って、宿営するのをオレとアーサーは濃い目のコーヒーを飲みながら、モニターで見ていた。
彼らは冒険者ギルドで購入したダンジョンマップを確認したり、武器の手入れをしたりして時間を潰している。
竜殺しを装備しているのは、リーダーの騎士だった。尖った刀身に丁寧に砥石を当てた後、油を塗る様子に心穏やかではいられない。
時折、入り口の『蘇りのミサンガ』の自販機を確認しに行っているけど、もちろん売り切れのままだ。
夜になると、彼らはそのまま、一階層のセーフエリアで野営する支度を始めた。
「24時間経っても、自販機が品切れのままだったら、彼らはどうするかな?」
「諦めて帰って欲しいけど……。それは楽観的過ぎるか」
明日に備えて早めに寝てしまう冒険者たち。初心者用ダンジョンの1階層のセーフエリアなので、油断しきっている。
オレはマイクで、鬼どもに告げる。
「よし、そろそろ作戦を決行する! コードネーム:マーケットガーデン作戦! 目標は一階層セーフエリアだ!!」
マーケットガーデン作戦とは――セーフエリアで安心しきっている敵の寝込みを襲うこと。
セーフエリアは、ダンジョン内でモンスターが出現せず、中にも決して入って来ない場所――という事になっている。人族側の情報ではね。しかし物事には、ご多分に漏れず、例外というものがあるんだ。つまり人族側にバレなければダンジョン内では何でもあり。ルールはダンジョンマスターが決められる。他所のダンジョンに迷惑を掛けないようにしなきゃいけないけど。
ダンジョンのセーフエリアは、安全だと人族に思わせて油断させて置く。これは過去のダンジョン会議で決定されたことだ。そして奥の手を使った時は、絶対に情報漏洩はさせられない。もしセーフエリアでも襲われた、なんて情報が人族に洩れたら、オレはロキ神から大きなペナルティを科せられるだろう。
先兵のゴブリンが気配を消して、セーフエリアの入り口に近づく。懐から取り出したのは、香炉で入り口からセーフエリアの中へ、腕を伸ばして置く。ゴブリンが退くと、香炉から白い煙が立ち昇り始めた。
マスクをつけたオーク達が、墓石ゴーレムをセーフエリアの入り口に静かに積んで、塞いでいく。
香炉から出ている白い煙は、睡眠香をさらに一段強力にした昏睡香で、無臭のため気づきにくい。あとは煙がセーフエリア全体に充満して、冒険者たちが昏睡するのを待つだけだ。
見張りも立てずに、油断しきって寝ている冒険者たちはまんまと引っかかってくれた。
19階層草原エリアの村里の広場で、簀巻きにされ隷属の首輪を付けられた状態で目を覚ましたSランクパーティは、松明を持ったゴブリンやオーク達に囲まれているのに気づき、悪態をつき始めた。
「クッソ!! 嵌めやがったな!」
「セーフエリアで、だまし討ちかよっ」
「お前ら、汚ねぇぞ!」
すると、ゴブリン村長が前に出た。
「敵地で見張りも立てずに眠りこけて、嵌めたもだましたもねえべさ」
彼らからすれば、雑魚モンスターにしてやられた、という気持ちしかない。だが、メンバーの中で一番年嵩の賢者の男が、いち早く状況を判断し、声を張り上げた。
「我々はダンジョンマスターと、交渉を要求する! こちらは、有益な情報を提供できる!」
「もちろん、情報は洗いざらいしゃべってもらうだよ」
「お、お前がダンジョンマスターか?」
「まさか、ゴブリン村長がおらっちのダンジョンマスターなわけねえべさ」
ずずい、とオークの里長も前に出た。
「なんだおめえら、おらっちのボスを知らねぇべか? おめえらの相手なんぞ、ディーンさまにしていただくまでもねぇ。勿体なくて、おらたちで十分だべさ」
「「「そーだ、そーだ。Sランク冒険者パーティなんか、おらっちが相手で十分だ!!」」」
モニターで様子を見ているオレは、鬼たちがノリノリなのを見て、口をあんぐり開けてしまった。
「村長たち、あんなこと言っているけど、どうする? 尋問任せる?」
アーサーは口に手を当てて、笑いをこらえている。
「うん、なんか面白そうだから、もうちょっとこのまま見学するか」
鬼どもは、冒険者たちの装備を容赦なく身ぐるみ剥いでいく。
「守りの盾に、賢者のロッドだぁ? いいもん身に着けているじゃねぇか、はぁぁん?」
「 風の剣に祈りの指輪、なんか名前がカッコイイずら」
「おっとこれは、 竜殺しだべ」
「「「んだ、んだ。これを取り上げろとディーンさまが言ってたやつだ」」」
下着姿になった冒険者たちが、恨めしそうな顔で睨んでいる。
「女性に対してこの仕打ちは、あんまりでしょう?」
聖女が泣き言をいうと、元冒険者で村長の嫁さんが着替えを持って来た。
「村娘の服を持ってきましたよ。そちらの男の人にもゴブリンの服をどうぞ」
隷属の首輪をされて逆らえない彼らは、渋々粗末な布の服を着た。
高価な装備を着ていた一流冒険者たちが、ゴブリンの服を着ると、一気に貧相な印象になる。
「俺達はSランクパーティで、貴族位を持っている! 捕虜として正規の処遇を要求する!」
リーダーの騎士が、精一杯の威厳を込めて声を張り上げた。
「んだども、おらっちは人族の貴族とか戦の条約とか、関係ねぇべさ」
「「「んだ、んだ」」」
ゴブリン村長が、コホン、と咳払いをしてから重々しく告げた。
「お前さんたちには、明日の早朝から畑に肥溜めの肥料を撒く作業に入ってもらうべさ」
「「「ええ――――?!」」」
「待ってくれ、身代金を払う!」
「我らには国やギルド、フレイア教団の後ろ盾がある! だから……」
オークの里長は、冒険者たちの抗議を、パン! と手を叩いて鎮める。
「おらっちの村里の掟は、働かざる者食うべからず!」
「「「んだっ!!」」」
鬼どもが、「んだんだ」合唱しているのを見て、笑い転げているアーサー。ちょっと笑い過ぎじゃないか?
「肥溜めの肥料撒きをさせるのはいいが、情報収集もちゃんとやっとけよ」
オレは見かねて、マイクで村長たちに口出しする。
「はい、ディーンさま!」
「「んだっ!!」」
うむ。鬼どもも、なかなかやるなぁ。よしよし。




