第四話
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「君は……」
宏の背後には――なんと夢の中で現れた少女が立っていた。
『お嬢、こいつは厄介だな……』
『ああ』
少女はしゃがれた声に対して頷くと、宏の妹を見て如何ともしがたい表情を浮かべた。
宏はそれを見て声を上げた。
「……助けてください、頼みます……お礼もします……」
宏が不安な表情でそう言うと少女が乾いた口調で一言漏らした。
『無理だ』
にべもないその言い方には微塵の配慮もない。無機質で無感情な少女の反応は宏の希望を打ち砕いた。
それを察したのだろうか、しゃがれた声の持ち主が宏に声をかけた。
『お前の妹が俺たちを拒否してるんだ……』
「えっ……」
『生きたいという気力が感じられない……死んでもいいと思ってるんだよ』
しゃがれた声がそう言うと宏は絶句した。
『自ら夢魔に犯されることを望んだ……そうとしか思えない……』
少女の一言に宏は『そんなはずない……』という表情を見せた。まだ15年しか生きていない妹が死を望むとは思えなかったからだ。
だがそれに対し、しゃがれた声の持ち主は静かだが強い口調で答えた。
『あんちゃん、お前の妹には何かある、それも芳しくない闇がな』
言われた宏は挙動不審になった。
『お前が知らないこともあるだろ、年頃の娘は色々抱えるものさ……だが、お前の妹の闇はガチだ』
言われた宏は呆然として立ち尽くした。想定外の展開に沈黙せざるを得ない。
それを見かねた少女は声をかけた。
『探せばいい』
「えっ?」
宏が怪訝な表情を見せると少女は凛とした表情を見せた。
『闇をみつけてやれ。』
宏はその言葉に頭を抱えた。
『探せって……何を探せば……』
宏が自問自答に窮し、アドバイスを貰おうとした時である少女の姿は病室から消えていた。
11
宏は妹の『闇』を見つけるべく、由香の携帯に手を伸ばした。交友関係やそのやり取りから何か糸口を見つけようと思ったからである。
『ロックがかかってる……暗証番号か……』
宏はお決まりの生年月日を入れてみたが芳しくない……だが続けて間違えればスマホの機能が停止に追いやられる可能性もある。
『下手にはいじれないな……』
宏はそう思うと、別の方法を思案した。
『そうだ、あいつ、家のパソコンも……使ってたな……』
宏は『閃いた』という表情を見せると押し黙った。
『でもアカウントを分けてるから、パスワードがわかんないと……意味ないな』
家族それぞれが別のアカウントを持っているため、居間にある共用のパソコンでも実態は別のパソコンが3台あるのと変わりない。
『あいつ……手帳、持ってたな……それに何か書いてあるかも……』
パスワードやメアドといったものをメモしている可能性は十二分にある。宏はそこにかけることにした。
*
2時間ほど探すとそれらしきものが見つかった。宏が修学旅行の土産として買ってきた皮の手帳だが、妹はそれを使っているようでびっしりと文字が書き込まれていた。
『これかな……パスワード……』
宏がパラパラと頁をめくると、それらしきものがいくつかあった。
『……片っ端からためしてみるか……』
宏はそう思うとPCにパスワードと思しきものを打ち込んでいった。
*
幸運にも3つ目の文字列が『当たり』だったらしく妹のアカウントでPCを立ち上げることに宏は成功した
『よし、友達関係から』
メールソフトを立ち上げて内容を確認すると、そこにはクラスメイトや部活動の後輩など、学校関連の交遊関係が見て取れた。特に部活関連はかなりマメにやり取りしているようで、活動に関わる内容は頻繁に送受信されていた。
宏はブラスバンド部に属する由香のことを思い出した。
『確か、あいつの部活……県大会に出るって言ってたな……』
宏は朝練に行く由香の姿を思いおこした。
『最近、忙しそうだったな……』
宏はここ一か月、妹がナルコプレシーを患う前の様子を脳裏に描いた。
『元気そうだったけど……』
由香とは毎日、朝、晩と顔を合わせて食事を共にしていたが会話もいたって普通で特に変わった様子はなかった。
宏は首をかしげながらメールのやり取りを確認した。
『部活の部長からメールが来てるな……頻繁に……』
宏はその内容に目を向けた。
ブラスバンド部の部長から由香に対するメールはそのほとんどが下級生の扱いに関してであった。その内容は挨拶の仕方、楽器の扱い方、パート練習の指示などいたって普通であった。中には説教くさいことも書かれている。
『面と向かって言いにくいことをメールでか……なるほど……』
文面の中には女子の裏の顔ともいうべき部分もにじみ出ていたが、宏にとって気になったのはその内容よりも別に分類されたいくつかのメールであった。
『……見れないようになってる……』
メールにはフィルターがかけられていて読めないようになっていた。
『何かあるのか……部活に……』
宏の中で疑惑が生じた。
『由香は何をやってたんだろ……』
宏は由香の交遊関係を引き続き調べたほうがいいと感じるとメールを送って様子を見ることにした。
*
メールの返信があるまで宏は由香のスマホのロックを外そうとした。
『こっちは駄目だ……たった4文字なのに……』
携帯しているスマホのほうが確実に由香の行動を反映しているだろうが、暗証番号は手帳の中から見つからない……
『どうしたらいいんだろ……』
宏はそう思うと単純な答えに行きついていないことに気付いた。
『そうだ、契約書をもってショップに行けばいいんだ!』
*
宏は携帯を購入した店舗に向かうと契約者である父の力を借りてショップの店長を説得させた。通常なら電話での応対では配慮しないのだが、由香が入院して意識がないことを考慮した店長は口外しないことを約束したあと、裏技を使ってスマホを起動させてくれた。
宏は店長に感謝すると、早速、由香のスマホの中を覗いてみた。
『きっと、ここに何かあるはずだ!!』
宏はそう思うと早速、交遊録(SNS、ライン、メール)をあたってみた。
だが……
なんと由香のスマホにそうしたものの履歴は微塵も残っていなかった。
『何故、何もないんだ……』
由香のスマホには上書きされたとしか思われないような情報しか残されていなかった。
『見られたくないものを消して……とりとめもない情報で上書きしたのか……』
宏は友人の言っていたことを思いだした。
≪消したデータはソフトで復元できるんだけど……新しいデータをかぶせるとメモリーが
上書きされて古いデータはなくなっちゃうんだ……≫
由香のスマホに残されたデータ群は明らかに情報操作された匂いがあった。宏はそれを感じてため息をついた。
『由香……お前……何をやってたんだ……』
宏はPCやスマホに関してほとんど知識のない由香がそれほどまでに情報を隠そうとすることに異常性を感じた。
「確か、あのしゃがれた声……『闇』があるっていってたな……」
宏はひとりごちると顔を上げた。
「直接、部活の連中に聞くしかないか……」
宏はそう思うと立ち上がった。
12
宏は学校の連絡網から内藤さおり(由香のクラスメイトで吹奏楽部の部長)の宛先を見つけると藁をもすがる気持ちで電話をかけた。
何度かコールすると内藤さおりの母、ゆかりが出た。由香の中学校のPTA会長をしている恰幅のいい女性である。地元の議員ともつながりがある地元の名士として知られていて、その面倒見の良さは定評がある。地元では皆が一目置く存在であった。
「あの、田中由香の兄、宏といいます。」
宏が名乗るとゆかりが驚いた声を上げた。
「確か、妹さんが入院して……」
さおりの母は由香のことをすでに把握しているらしく、すぐに見舞の言葉を述べた。その言い方は配慮のあるもので温かみのある声は宏の沈んでいた精神にちょっとした『元気』を与えた。
「じつは、娘さんに少し聞きたいことがありまして……」
宏がそう言うとさおりの母は協力する姿勢をすぐに見せた。そこには宏を訝るようなニュアンスはみじんもない。
「いいわよ、こんな時だもんね……ちょっと待ってね」
さおりの母は穏やかな口調で宏に話しかけると娘を呼んだ。
*
程なくすると、さおりが電話に出た。
「わざわざごめんね……」
宏がそう言うとさおりはくぐもった声でそれに答えた。
「いえ、そんなことありません……」
「わかる範囲でいいんだけど……妹の事、教えてくれないか」
宏がそれとなく尋ねるとさおりは静かな口調で由香の事を話し始めた。クラスでの様子、授業での成績、交友関係など淡々とした口調で宏に伝えた。
「じゃあ、特にこれといったことはクラスではないってこと?」
「ないとおもいます」
内藤さおりの口調はいたって普通でそこにおびえや震えはなかった。宏はその様子から『嘘はない』と判断すると質問の切り口を変えることにした。
「部活の方はどうかな……何かあったりしない……君は部長だから、いろいろ指示出しするだろうし……」
宏が核心をつかむべくさおりに質問をぶつけると、さおりは申し訳なさそうな声を出した。
「私の至らない指示が由香ちゃんに負担になっていたかもしれません。ごめんなさい」
さおりがそう言うと宏は素直な反応に困った
「いや、そう言う意味じゃないんだ……何か由香が部活でトラブってないか気になって…」
宏がそう言うとさおりは『それはない』と即答した。
「生徒間では何も問題ありません。あれば私も気づくはずです」
言われた宏はその声色から『嘘はないだろう』と判断した。
宏はさおりに感謝すると通話を切った。
『部活もダメか……手掛かりがない……ほかの人間にあたるしかないな……でも誰に……』
*
宏がそう思って落胆した時である、突然スマホの呼び出し音が沈黙を切り裂いた。
宏はスマホを手に取ると画面を確認した。
『………』
それは目にしたくない番号であった。宏は恐る恐る電話に出ると――電話の向こうで病院の事務員が声を上げた。
『すぐに来ていただけませんが、妹さんの様態が急変しました』
宏は言葉を失うと呆然とした。
しゃがれた声によって妹、由香には『闇』があると指摘された宏はその原因を探すべく努力します。ですが、由香はPCもスマホの履歴も消していました。
由香に対して『怪しい』という思いを持った宏はクラスメートや部活の関係者を当たりることにしますが……こちらもうまくいきません。
さらには由香のいる病院から緊急の電話がかかってきます……はたしてこの後、どうなるのでしょうか……