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machina

「お前ら準備はいいな」


 公安委員会、木戸幸太郎のその言葉に彼の部下五人が「うーい」だの「あーい」だの、やる気のなさそうな返事をする。

 三年四十七組前廊下。現在、そこにいるのは六人の指導公安委員会。その内の一人が木戸幸太郎で、六人のリーダーだ。


「木戸さん。早く中に入りましょうよ。もう俺腹へってしょうがないっす。さっさと終わらせて飯にしましょう、メシ」

「そうですよ。俺もこの後彼女とデートの約束があるんですよ。俺、この仕事が終わったら彼女と結婚するんだ――なんちって」

「やめろよー、お前それ死亡フラグだぞ!」

「おっ今日の晩御飯はパインサラダにでもするか」


 がやがやと騒ぎ立てる幸太郎の後輩達。彼らは二年生であり、幸太郎の一つ下の学年だ。二年生といえば学園生活にそこそこ慣れてきて、かつ委員会や部活動でまだ責任ある立場に立たない学年だ。つまり二年生はもっとも物事に真摯に取り組まなくなる、中だるみの時期だ。幸太郎の周囲の後輩達は、まさにそれを体現したような生徒ばかりであった。


「おいお前ら」


 幸太郎が後輩達の話しに割り込む。その言葉で後輩らは一瞬で黙った。顔には「しまった」という単語がありありと浮かんでいる。委員会の仕事中に雑談に興じすぎたことを責められるかと思ったのだ。

 しかし、実際のところはそうでは無い。幸太郎は数ヶ月前までは二年生で、三年生になってまだ間もない。中だるみ期間延長戦真っ盛りであった。


「そこの彼女連れ以外はメシをおごってやる。犯人を捕まえたヤツはデザート付だ!」

「おー!」「さっすが木戸さん! マジ半端ねェ!」「俺だけ仲間はずれですか! マジパネエ!」と口々に賞賛の言葉を並べる。


 類は友を呼ぶというが、幸太郎とその周囲にはその例が良く当てはまる。得意技は生返事、パッシブスキルは不遜な態度、男に厳しく仲間に優しく女子へは生暖かく、公安への志望理由は人を校則違反せずに殴れるから――典型的な不良少年である。


「木戸さん。俺もう行きますわ。あの教室の中に犯人がいるんすよね? ちゃっちゃと捕まえましょうよ」

「おい待てよ、俺も行く!」


 俺も、俺も、と黒制服の二年生が勝手に行動を始める。完全な独断専行であるが幸太郎は止めはしない。むしろ「仕事熱心でいいことだ」などと思っていた。


 ――俺はいつも通り適当に仕事して、適当に報告するだけ。


 今まではそれでも平気だった。面倒な仕事は幸太郎よりも有能な生徒が行っていたからだ。

 少なくとも――今この瞬間までは。


「あれ……あらら? 木戸さん、何かおかしいですよ」


 後輩の一人が、幸太郎に不測の事態を訴えた。


「ん、どうした」

「それが、この教室の扉が開かないんですよ」


 それはおかしい、と幸太郎は思う。公安委員会の権限の一つに【マスターキー】というものがある。それは黒い制服を着ている間のみ、全て部屋の鍵を開けることができるというものだ。

 無論、この場にいる公安委員会全員にその権限は与えられている。公安委員会はドアに触れるだけで鍵を開けることが可能なはずなのだ。

 後輩は今もスライド式ドアを一生懸命動かそうとしているが、びくともしていない。力一杯引っ張っているのに、一ミリ(・・・)も動く様子がない。


「いや――それはおかしい」


 幸太郎は妙な違和感を覚えた。

 扉が開かないのは鍵がかかっているからではないか、と考えるのは当然だ。しかし、マスターキーの権限がある以上、公安はあらゆる鍵は突破できる。

 考えられることはただ一つ、鍵以外の要因で扉が固定されている、ということだ。

 建てつけが悪いだけ? 扉がレールから外れてる? 他の物理的な要因? それならばすぐに気がつくはず――と、幸太郎は原因を特定すべく思考を働かせる。

 そして一つ可能性として思いついたのは、電脳世界たるここでしか起こりえない現象。もう一つ浮かんできたのは、とある男子生徒の顔。


「フザケんなよっ……! どけ!」


 舌打。最悪の事態を想定しつつ、幸太郎は教室の扉に手を掛けた。やはり縫い付けられたように全く動かない。

 幸太郎はホロウィンドウを展開した。そこには現在の、四十七組教室がビデオとして表示されていた。幸太郎の目を通して見ている風景が、ホロウィンドウに投影されているのである。幸太郎は指でそのビデオにフィルターを掛けた。

 すると、扉周辺だけが赤く塗りつぶされた。まるでその場所だけ結界で隔離されているようである。

 その現象について幸太郎は一つの結論を出した。


「くそッ! メンドくせえマネしやがって!」

「あの、木戸さん? どうしたんですか」

「これを見ろ、この動画にかけたフィルターは、不正な書き換え(ハッキング)をの異常を検知する機能があるんんだ!」

「つまり?」

「この赤いところがハッキングを仕掛けられた場所だ、扉が開かない原因はこれだ! しかもこれは空間制圧(・・・・)だ! この扉周辺の空間を固定しやがったんだ!」

「空間制圧……?」

「そうだ! この扉周辺の空間、そこの時間の流れが凍結(フリーズ)してやがる! 今扉の周りはあらゆる干渉は通らない、だから扉も開かねえ!」


 電脳世界における、あらゆるものは情報の塊と表現することができる。その為に力のあるハッカーは物体にハッキングし、書き換え作業を行い、物質に変化をもたらすことができる。無論、大きく変化させることは相当難しい。例えば石を砂に変えることができたとしても、石を水に変えることはハッカーの中でも一握りの人間にしかできないのだ。

 空間もこの電脳世界においては情報の一つであり、書き換え可能な物体の一つと考えていい。しかし、【空間】とは常に変化を伴う、流動的で漠然とした情報だ。その情報も時間の流れと共に絶えず変化し、一定ではない。そこにハッキングを行い、書き換え作業を行うことがどれだけ難しいか――幸太郎の知ってる人物の中で、空間制圧を行える人物はたったの二人。

 一人は指導公安委員会小隊長、雨宮一葉。だが和葉の空間制圧は完全ではない。有効時間は数秒だ。

 これほどの空間制圧を行える人間は、実質一人だ。


「海月夜道! てめえか!」


 ◇ ◇ ◇


「これで外野からの侵入は防いだ。空間凍結はもって五分と言ったところか」


 夜道がホロウィンドウを操作しながらそう呟く。


「さて」

「……!」


 夜道が視線を向けると、少女は露骨なまでに体を震わせる。


「うーむ……」

「な、何よ一体……」


 が、夜道はそんなことお構い無しに少女をまじまじと見つめる。密室、男女二人、とても怪しい状況で、少女には品定めするような視線。少女が恐怖を感じるのは当然のことである。もちろん夜道にそんな意図は全く無い。

 ふとして夜道が口を開く。


「――【緋之宮マキナ(ひのみやまきな)】」

「えっ」


 少女は夜道の言葉に驚き、困惑する。当然だ、夜道の語ったそれは、少女の名前だったからだ。まだ名乗っていないにも関わらず、夜道は名前を呼んだのだ。

 が、それだけではなかった。


「学年は三年、クラスは五十組。所属部活動は無し。委員会にも入っていない。電脳体異常は【運動不足】【拒食】【夜型生活習慣】か。特記事項は【引きこもり】……それにも関わらず、苦手科目は無し、得意科目は全部。運動不足の癖に体育も得意なのか、わからん。身長、体重、スリーサイズは……」

「わー! わーわーわー! 一体何をしてるのよ!」


 マキナは焦り、夜道の言葉を中断させる。夜道のから赤裸々につむがれる個人情報、それはいずれもマキナのことを指すもので、いずれも真実であった。


「その様子だと、だいたい当たりか」

「全部当たりよ! 一体どうして――」

「『眼』だ」

「は?」

「俺の右の『眼』は、見たものの状態(ステータス)を盗み見る力がある。成績、運動能力、電脳体の異常、趣味、校則違反の履歴……まあ、色々だ。さすがに記憶だとか、今考えていることだとか、そういう【神の領域】――電脳体の深層に沈んでいるような情報は読み取れないけどな」


 マキナは全く気がつかなかったが、夜道の右目の角膜には小さなホロウィンドウが張り付く様に展開されている。そこに表示されているものこそ、夜道が読み上げたマキナのステータスだ。【ラジエル奇眼】――これにはそういう名前が付けられた。

 夜道もこの眼の仕組みを知らない。ただ習得したから使えるだけの、オカルトじみたハッキングツールだ。これは邪視とも魔眼とも言うべき力。現在学園内扱えるのは夜道のみだ。一昨年まではもう一人この眼の使い手がいたが、既に卒業してしまった。


「デタラメよそんなの。私の変装を無理矢理解除して、私のハッキングを防いで、さらに最も難しいハッキングって言われる空間制圧を難なくやってのけて、挙句の果てにそのチートみたいな眼。海月夜道、アンタ一体どうなってるの?」

「ただの努力家。って、そんなことはどうでもいいんだ。今一番知るべきなのは、なぜお前が俺をつけていたか、だ」

「それは――」


 言いよどむ。その様子を見た夜道は、次の言葉をじっと待ことにした。制限時間は五分だ。五分以内にマキナが言葉を発しなければ、空間凍結は自然に解除されて、外で待機しているであろう公安委員会が突入してくるだろうことは容易に予想できた。

 しかし夜道にはマキナに尾行の理由を語らせる自身があった。その自信の根拠は? 単純な話だ。夜道はありありと自分の力をこのマキナという少女に見せ付けた。要するに「お前じゃ俺には敵わない」と夜道はマキナに印象付けたのだ。夜道の経験則だが、そうすることで自然に相手が語りだす。

 相手が強情な場合、中々喋りださないこともある。その時、夜道はもっと「お前は俺に敵わない」と印象付けてやるのだ。通常それは拷問と呼ばれる。

 もっともマキナ相手にそんなことはする必要は無いだろう、と夜道は見立てていた。ラジエル奇眼によれば、マキナの校則違反の履歴はゼロ。祭葉学園では珍しい潔白な人間だ。

 だからこそ夜道は気になった。なぜこの少女が尾行なんてしてきたのかを。

 少しして、マキナが話し始める。


「――お願い海月夜道、私を助けて」


 それは悲痛な、助けを求める声だった。

 夜道は面倒ごとに巻き込まれる覚悟をしていたが、マキナの言葉は予想外のものだった。大抵こういう場合、夜道に恨みを持つ人間がやってきて、夜道の隙を突かんと画策してきているからだ


「なぜ?」「追われてるの」「誰に?」「公安の生徒」「一体何をした?」「何にもしてないわ! ただ入学してからつい昨日まで寮にも引きこもってたから、勇気を振り絞って今日から登校しようとして……そしたらいきなり公安の生徒がお前を拘束するって!」「思い当たることは」「ないわよ、だから私何が何だか分からなくて……だから変装して逃げてきたわ。そしたらアンタがいて……」


 夜道とマキナの問答。最後に夜道はこう聞いた。


「なぜ俺を頼った?」


 マキナは即答する。


「海月夜道は一番信用できる人間――金髪(・・)の女子生徒がそう言ってたわ」

「その女子生徒は全裸か?」

「え、ええ。やっぱりアンタと知り合いなの? 何で服を着てないのかは知らないけど……。あの人は私の変装を見破って言ってたわ。『海月夜道を頼りなさい。声を掛けられないなら、せめて彼の周囲にいることですわ。そうすれば公安も手を出しにくい。公安には優秀な指揮官がいますもの、夜道のことを良く知っている指揮官が』って」


 ――アシュリーッ!


 金髪、全裸、特徴的口調。それらは全てアシュリー・スタンフィールドを示すものだった。


 ――回りくどい、ああ回りくどい! 何だよあの空き缶は! もっと直接伝えてくれ、俺を頼ろうとしている人間がいるってな!


 どうしてあんなにも面倒な方法でマキナの存在を伝えたのか、さっぱり夜道には分からなかった。

 がりがり、と夜道は頭をかく。


「公安がお前を訪ねてきたのは今日が初めてか?」

「ええ、そうよ」

「三万演だ」

「え?」


 夜道のいう【演】は、ここでは祭葉学園の通貨単位を示す。現実世界でいうところの、【三万円】だ。


「それで、お前を公安の手から逃がしてやる」


 夜道の心境は複雑であった。

 公安を相手すること、それはすなわち警察を相手に喧嘩することと同義だ。それは社会的にもかかる労力にも避けるべきことだ。

 しかし夜道はなぜか分からないが、このマキナという少女が気になってしかたがない。夜道は胸の奥のこの感情はなんなのか、と自問するが、わからない。――それは死して現実世界に置いてきた感情だと気がつくのは、まだ先だ。

 もやもやと気持ちの悪い感覚。夜道はそれを、とりあえずマキナという少女に対価を要求することで静めようとした。了承するなら、それで関係ができる。了承できないなら、そこで関係は終わり、と。


「――分かったわ。お願いよ、海月夜道」


 マキナはその要求を了承する。


「こっちも了解だ。まあ何だ。俺に任せておけ。アシュリーの紹介なら完璧に仕事をこなさないとな」

「アシュリー? 誰よそれ」「知らんのか。金髪全裸お嬢様口調の超有名人だ」「ああ、あの人……」「アシュリーを知らないとは、これは筋金入りの引きこもりだったと見れる」「うっさいわね!」


 そう応酬を繰り返していると、「そういえば」と夜道が何かに気がついたようで、マキナに言った。


「言い忘れてた。俺の名前は『アンタ』じゃない。だからといって『海月夜道』じゃ長すぎる。『夜道』と呼んでくれ」


 するとマキナは「うっ」と一つ呻き声。ぎくり、という効果音が似合いそうな反応だ。


「よ、よみ」

「……?」

「よみ、み、みち。よみ、ち……」


 マキナは恐らく「よみち」と発音しようとしている、ということは夜道にも分かった。しかしなぜかマキナの口調は噛み噛みで、上手く発音できていない。まるでゲームのバグを起こしたNPCの様だった。


「よ、よ、よ、よみ……ああもう! どうしてかしらもう!」


 その不可解な現象に関して、夜道は指摘する。


「よみち、と発音できない?」

「そうよ! ええ、そうよ! 何でかは分からないけど、よ……アンタの名前はちゃんと言えないのよ! 『うみづきよみち』不思議ね、フルネームならちゃんと呼べるのに!」


 本当に不思議だなと、夜道は思った。こんな現象は初めてで、全く原因が分からなかったのだ。

 うーむ、と夜道がその原因を考えているうちに、マキナは「閃いた!」と一言放つ。


「そうよ、いいこと思いついたわ。海月(くらげ)! そう、アンタは『くらげ』よ! 海月(うみづき)じゃ何かよそよそしいし……やっぱりそうね、くらげがいいわ!」


 そのマキナの言葉に対して夜道は露骨に、本当に露骨に、ありありと嫌な表情を浮かべた。『くらげ』――それはセラチン質で触手が生えた軟体性の海洋生物であり、生前の夜道のアダ名だ。

 夜道はこの呼ばれ方は好きではなかったし、祭葉学園に入学してからはこの呼び方を誰にも許していない。どうしてあんなぐちゅぐちゅの気持ちの悪い生物と一緒にされなくてはならないのか――それが夜道の本音である。しかし、


「……わかった。それでいい」


 不思議と、このマキナという少女にくらげと呼ばれても、そこまで嫌ではなかった。本当に不思議であった。なぜその呼び方を許してしまったのか、夜道にはわからない


「決まりね! よろしく、くらげ!」


 マキナは夜道の手を取ると、ブンブンと大きく上下に振る。大分モーションの大きい握手だった。


「それと、私は『お前』じゃないわ」

「じゃあなんて呼べばいい?」

「緋之宮でも、マキナでも好きに呼んでいいわよ」

「そうか、緋之宮」

「……やっぱりマキナが良いわ。私だけ親しげにニックネームで呼ぶのに、アンタだけ名字で呼ぶなんて不公平よ」

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