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三年と五十年前の物語

 時は三年前にさかのぼる。

 ここは曇り空の様にどこまでも灰色だった。光の濃淡が存在せず、影もできない。上も下も区別できない、のっぺりとした空間。まるで幻覚の世界。

 ただ一箇所、薄いタイルがひかれている床。そこだけは例外的に影も光もあって、人間が活動できそうな場所だった。


「やれやれ、行ったか。海月夜道、か。面白い男だったな」


 灯火が夜道を送り出してから、まだ数分も経っていなかった。

 んー、と冷泉灯火は伸びをした。ついでに欠伸も一つ、そして首をゴキッと鳴らした。数千にも及ぶ転生者を相手して、灯火は少し疲労を感じていた。灯火は椅子に腰掛けて休憩でもしようかと考えた。しかし、座るべき椅子がない。さっきまでそこにあったのに――と思ったが、夜道を送り出す際に全て片付けてしまったことを思い出した。


「ああ、そうだった。次に来る客用の一式を用意するために、あったもの全部片付けたのだった」


 そう言って灯火はぱちん、と指を鳴らす。そのサインに応じる様に灯火の周囲には物質が形成されていった。回転式の台座、その上には発射機構が組み込まれた機械、弾倉がセットされていて、いかにも準備万端といった様子。

 機銃(・・)だ。それも五十基。まるで地上に降りた艦隊のようだった。


「おっと言うな。君の言いたいことは分かる。確かにこれは人に向けるものではない。本来は軍艦に載せる対空機銃だ。さらにこれは私が改造を加えてスペックを底上げしてある。一度起動すれば自己索敵、超反応、超火力で人を殺す武器だ。まだ起動してないから安心したまえ。だが、私の言いたいことはわかるだろ? 帰れ(・・)私は君を(・・・・)歓迎していない(・・・・・・・)


 突き刺さる、弾丸のような警告――それは虚空に放たれた。


 現在この場には灯火しかいない。新しい転生者はまだこない。関係者以外はこの場所にはいってこれない。彼女の言葉を聞いている人間がいるとすれば、それは祭葉学園の管理者、祭葉コーポレーションの社長くらいだろう。


「……ふん」


 空間に穴があく。穴の輪郭は消えるか、形を成すかを繰り返している。この空間に対して安定したアクセスを構築できていないことをありありと示していた。まるで無理矢理連トンネルをこじ開けたかのようだ。


「当然だ。ここは私が何十年もかけていじりたおした空間。そうそう侵入できるものか。ようやく私たどりついたか。社長殿」


 その穴から一人の人物が現れる。きっちりと整えたスーツを着て、眼鏡をかけた中年。いかにも仕事人といったような雰囲気をまとった男性だ。


「君の顔を見たのはいつ振りだったか。まあいい、久しぶりだ。祭葉コーポレーション社長兼祭葉学園学園長、祭葉宗三郎(まつりばそうざぶろう)


 それがこの男の名前だった。

 宗三郎石の背筋はぴんとのびで姿勢は崩れる様子がなく、石ような表情は何事も周囲に悟らせない。まるで人造人間(アンドロイド)だな、と灯火は薄気味悪さを感じる。


「祭葉学園は計画的運営を望む」


 宗三郎が語り始めた。


「祭葉学園の基本理念は『自由』だ。歯止めのない自由だ。混沌と呼んでもいい。その混沌の中で、生徒達は己を知り、己を解放し、己を律する。全ては生徒が決める。だが、始まりと終わりを決めるのは僕だ。一万人の生徒を入学させ、一万人の生徒を七年で卒業させる。それこそが唯一学園の生徒に課せられた制約であり、計画的に行われるべきタスクだ。だが五十年前、たった一度だけ計画が狂った。どうしてか、その年度の卒業生は入学時一万人だったにも関わらず、卒業生は九千九百九十九人だ。その欠けた一人がお前だ、冷泉灯火」

「――なんだ、もう半世紀も経ったのか。気がつかなかった。いかんせん、ここは昼も夜も、時計もカレンダーもないのでね。いや、時計は一度だけ構築したか。何十年前だったか……私もマヌケだ。現在の時刻が分からなければ合わせようが無いというのに」

「そうだ、あれから五十年たった。五十年間、私はお前を追い続けた。この電脳世界という広大な空間を」

「それはご苦労様。どこまで探しに行ったのか想像するだけで面白い。ブラジルのインターネット? それとも人工衛星? はたまた未開拓の電脳空間?」


 ククク、と灯火はあざ笑う。


「お前の想像しうる場所全てだ。まさか祭葉学園のシステム内に残ってるとは思わなかったが。ここは本来人の立ち入る場所ではない。機械的に転生者を送るだけのシステムだ。そこに空間を展開して住み着くとはな」

「中々骨の折れる作業だった」

「僕もだ。なぜこうまでしてキサマを見つけ出そうとしたか分かるか」

「予想はできるが、私の知ったことではない」

「なら教えてやる。祭場学園の歴史の中で、唯一キサマがだけが学園の秘密を知ってしまったからだ。今でも思い出せる。学園の心臓部にハッキングを仕掛けられた、あの時を」


 宗三郎は初めて表情を崩す。奥歯をかみ締めるその表情は、いかにも憎たらしいといった様子だ。


「秘密は守られればならない。誰かに知られてはならない。学園の目的を知ってしまった者は、消さねばならない」


 ギギギ……と何かがきしむ音が響いた。一つや二つではない。五十基の機銃が回る音だ。

 灯火は機銃に対してまだ起動命令を出していない。にも関わらず、それは突然動き始めた。

 灯火は苦笑する。


「腕を上げたな社長殿。五十年前は私のハッキングに対して何もできなかったというのに。まさか私から機銃のコントロールを奪うとは」


 灯火が設置した機銃、それら全てが灯火に対して銃口を向けた。


「久しぶりだ、こんな明確に敵意を向けられるのは」

「そうだろうな。在学中はキサマのことを憎む者は多けれど、歯向かえる者はいなかったらしいじゃないか」

「ふむ、懐かしい記憶だ。思い起こせば、私はいつもなにかとトラブルを起こしていた。脳みそ筋肉な公安(バカ)がいれば機銃を打ち込んだし、悪事を働いてお金を稼ぐ未認可(アウトロー)部活動(アクティビティ)の連中がいれば彼らにハッキングをしてお金を掠め取っていた。ムカつく生徒会長がいればスキャンダルを垂れ流して下ろし、暇さえあれば電脳世界の仕組みを調べていた。例えば電脳体についてだとか、学園卒業後(・・・・・)進路(・・・)だとか」


 ぴくりと宗三郎の眉が動いたのを灯火は見逃さなかった「おっとまだ撃つなよ。私がいいというまではダメだ。今からがいいところなんだ」……灯火は話を続ける。


「何もかも『自由』な学園という熱に浮かされて忘れがちだが――いや、絶対に何人かは私と同じ疑問を抱いていただろう。卒業したら、私達はどうなるのだろうって。待て、まだ撃つんじゃない。分かっているとも、コレこそが君の秘密なのだと。だって冷静に考えておかしいじゃないか。祭葉学園は電脳世界に構築された死者の学校だ。私達は肉体から抜け落ちた魂。立派な社会の一員になる前に死んでしまった哀れな子どもだ。死者の学校から出て行く私達は、一体どうなる? 普通の生徒は就職活動に、進学に、色々な選択肢を取る。が、私達はそうじゃない。死んでるのだから」


 ふう、と灯火は一息。そして指をぱちん、と鳴らす。構築したのは椅子と、袋詰めのポテトチップスだ。リラックスするように腰掛けて、ポテトチップスを食し始める。

 この状況下でよくこんなことができるものだ、と宗三郎は思わずにはいられない。

 機銃のコントロールは未だに宗三郎のものだ。ひとたび命令を下せば全銃身が火を噴き、灯火を確実にデリートするだろう。


 ――時間の無駄か


「――って思ってるだろ、君。駄目だ(・・・)まだ撃つな(・・・・・)


 発射命令を出そうとしたところで、灯火が見透かしたようにそう言う。宗三郎の制御が灯火の言葉で中断されたため、機銃発射は中止された。


「そこで私は、祭葉学園の中枢に侵入した。そこならば卒業後どうなるのか知ることができると思ったからだ。ところが……」


 そこで灯火は言葉を切る。ポテトチップスを一口、そして申し訳なさそうに笑いながら言った。


「非常に残念だが、私の記憶はここで途絶えている」

「何だと?」

「言っただろ、予想はできるが(・・・・・・・)()の知ったことではない(・・・・・・・・・・)。私は祭葉の中枢にハッキングを仕掛けた、そこで祭葉の秘密……いや、祭葉学園の『正体』を知った。が、それがどんなものかは憶えていない。すっぱり記憶が抜け落ちてる。なぜだか分かるか?」

「単純に忘れただけだろう。……とでも答えればいいか?」

「例え冗談でもそんなチープな回答は聞きたくなかったよ。まあいいさ。さっきも言ったけども私は祭葉学園在学中、私は電脳体についても調査していた」


 電脳体――その単語は宗三郎に危険を予覚させる。これについては、祭葉学園の学園長たる宗三郎でも分からない点が多々ある。

 人の精神のデータ化、そして人の形を持たせて物質化……それが電脳体だ。魂という不定形を人間の形に練り直す暴挙、これは宗三郎以前の祭葉一族の先代が成し遂げた奇跡だ。その仕組みは既に葬られてしまった。現在はただそのシステムが残っているだけで、宗三郎は仕組みも分からずにそれを使用しているのだ。


「ま、神の領域だななんだの言われるだけある。電脳体の解析はとても難航した。一番きつかったのは、実験台を用意できないという事実か。仕方なく私自身を解析することにした。とても恐ろしかったよ。ブラックジャックという古典を知ってるか? アレの主人公は時折自分自身にメスを入れて手術をするんだ。似たようなことをやってわかったが、ブラックジャックは気が狂ってる」


 おおこわい、と灯火が自分の体を抱きしめる。その様子を、宗三郎は相変わらず無表情で見続けていた。


「おっと、話を戻そう。電脳体の解析、結果完全とはいかなかった。いいやはっきり言おうか。失敗だ、ただ一つの成果を覗いて。私は記憶領域、つまり思い出だとかそういった記憶(メモリアル)を憶えて保存する領域へのアクセスを確立した」

「――馬鹿な。いや、お前ならありえなくないか」

「意外とあっさりとした反応だな」


 そうは言うものの、実際の宗三郎の心中はひどい混乱に見舞われていた。灯火の言葉はまるでおとぎ話。ありえないはずなのだ。

 さらに続く言葉――それは宗三郎を焦燥させる一手となった。


「さて、ようやく私が言いたいことにたどり着いた。私のこの電脳体に(・・・・・・)残っている記憶(・・・・・・・)が正しいならば、――私は、私の記憶領域から、祭葉学園の秘密に関する記憶を抽出して祭葉学園に置いてきた」


 宗三郎は懐かしい感覚が体に上ってくるのを感じた。

 それは五十年前――祭葉学園の中枢にハッキングを仕掛けられたのと全く同じ感覚。恐怖、焦り、苦痛、絶望……あらゆる負の感情が一辺に襲ってくる感覚。

 宗三郎はめまいの中で幻視する。積み上げてきたもの全てが崩れ去る様子を。


「ふむ、焦っているな。ふむ、ではさらに詰めていこう。指摘しよう、君のミスを。今回の転生者の中でたった一人、自分は殺されたと知っている人間がいた」

「――さすがにそれはありえない。僕は、僕の会社のアンドロイドを使って全ての生徒を自殺、事故に見せかけて回収してきた。生徒は自分の死因を知らない」

「そのアンドロイド、一機だけ致命的なバグを起こしていたな」


 宗三郎ははっとして――その様子を見た灯火が指摘する。


「そうだ、愛称(ペットネーム)『ミヅキ』と呼ばれていたアンドロイドだ。彼女はアンドロイドでありながら、なぜか感情を発現している。アンドロイドは所詮機械、感情など持つはずが無いのに。彼女の感情が、命令遂行と良心の摩擦が、ある男に告発した。『私は祭葉コーポレーションの命令であなたを殺害します』と。この事実、解説するまでもなく意味はわかるな? 告発を聞いた彼は祭葉学園のほころび。少なからず学園に影響を与えるだろう。天才たる私が予言してやろう。三年だ。祭葉の秘密は三年以内にあばかれる。そのほころびによってな」


 それは根も葉もない妄言――宗三郎はそう思いたくて仕方がない。だが、冷泉灯火という女の発言は全てが重い。妙な真実味に溢れていた。

 それゆえに、宗三郎はこう答える。


「そうはさせるものか。僕は、僕の野望がある。そんなこと許すものか」

「ククク、私に対してその言葉は無意味だ。天才(わたし)の言葉は絶対だ。そうだ、ではもう一つ宣言してやる。私は必ず祭葉学園に戻る。今は君の先祖が作り上げた完全な防壁に阻まれて帰れないが――いずれ必ず」

「いいや、ここでキサマは死ぬのだ」


 宗三郎は命令(コマンド)を発した。五十基の機銃が起動する。灯火の改造を受けた機銃は速やかに弾丸を装填、灯火を捕捉、照準を補正、そして灯火の電脳体は金属すら打ち抜くその弾丸の雨を浴びた。

 ――そうなる前に、灯火はすでに行動を起こしていた。


「馬鹿め。機銃のコントロールは奪われたが、命令系統は丸見えだ」


 宗三郎が命令を下してから機銃掃射までのタイムラグ、その時間が灯火の行動時間となった。

 灯火は左手でぱちん、と指を鳴らす。すると大量のパネルが出現し、床しかなかったその空間に、一瞬で壁と天井が形成される。今この空間は、密室となった。

 同時に灯火は手に持っていたポテトチップスの袋を空高く放り投げていた。すぐさまぱちん、と指を鳴らす。

 すると、ポテトチップスの袋は膨らみ始め――やがてはじけた。

 袋から飛び出してきたのはでんぷんの粉。袋の許容量を明らかにオーバーした量の粉だった。


「――今この空間はある現象を起こしやすくなっている。タバコ一本すら許容しないデンジャーゾーンだ。私は逃げる。君も、その雑なトンネルで逃げたほうがいいんじゃないか?」


 しまった、と宗三郎は思う。だが時は既に遅かった。命令は実行され、機銃には火が入っていた。

 瞬間、空間を舞う粉に火がつく。粉から粉へ、連鎖的に燃え移るが移る。

 粉塵爆発。白い火炎が空間を埋め尽くし、その熱は全てを焼き払った。


 ◇ ◇ ◇


 そこは古いパソコンの壁紙のような、どこまでも広い草原だった。

 冷泉灯火はそこで、やはりポテトチップスをつまみながら、長い暇つぶしをしていた。


「はて、どれくらいたっただろうか。ふむ、やはり時計は必要だな。さっぱりわからん」


 ぱちん、と指を鳴らす。皿いっぱいのポテトチップスはそれを合図に消失した。


「ふむ、ではいこうか。予言の是非を確かめに」

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