「おぼえていますか」
【アシュリー・スタンフィールド 七月四日生まれ 三年三十五組 水泳部所属
美少女というより、美人。お嬢様口調で話す。出版系部活動が発行するグラビア雑誌やファッション雑誌によく載っているため、学園内でも屈指の知名度を誇る。【お姉さまにしたい女子ランキング】一位。なぜか四六時中全裸。服を着ることを極端に嫌う。その徹底振りは、『学内で服を着ている姿を見たら願いが叶う』とまで噂されるほど。――祭葉美少女図鑑】
「いいこと? 『服を着る』ということは『抵抗が増える』ということでしてよ。水泳という競技でスピードを出すためには、できるだけ抵抗を無くさなければなりませんわ。そのために、普通の選手は体にぴっちりと張り付く、あの窮屈な競泳用水着を着ることでしょう。けど、それじゃまだまだ足りませんの。私には足りませんの。何とか抵抗を減らしたい――そう考えた結論が、全裸ですわ」
「ここは陸上だぞ」
「水中も陸上も空もこの私の領域! ですわ。ですから、どこでも例外なく全裸であることが望ましいのでしてよ。ご理解いただけまして?」
言い終わるとコーラを一口、そして教室に「オーホッホッホ」という高笑いが響いた。
夕暮れの教室に男と女の二人っきり……というのはロマンスある状況だが、そんな雰囲気は全く生まれそうになかった。
夜道とアシュリーの関係はおおむねそんな感じである。腐れ縁、悪友、気が置けない人間。、そう評価するのが適切だ。
夜道も今更アシュリーの格好に興奮することもなければ、嫌悪することもない。あいさつ代わりに「服を着ろ」と言うが、そんな言葉は無駄だということはとっくに理解していた。
「ボクネンジンですわねえ」
「はあ? 何だって?」
「私の格好を見ても驚きもしない、恥ずかしがりもしない、鼻血も流さない。そんな男子は夜道、アナタだけですわ」
そう言って、アシュリーは突然ジャンプし始める。凶器のようなその巨乳が上下にゆれ、躍動する。かと思えばその場でくるり、と全身をを見せ付ける様に回転し、最後に両腕を頭の後ろで組んでセクシーポーズを決める。
「いぇい、ですわ」
露骨なまでのアピールだ。キメ顔が眩しい。まるで羞恥心が欠如しているかの様だ。実際無いのである。彼女にとってこの程度のことは呼吸するのと同じ程度のものだ。
「どうです夜道? 私目立ってまして? そう、全ての視線は私に釘付けですわ!」
「ここにいるのは俺だけだぞ」
「その通りですわ! 夜道の視線も、例外無く私のモノでしてよ!」
「うわあざとい」
「え? 美人?」
「否定はしない」
「あら嬉しい。夜道がホロウィンドウの方を見てなければもっと嬉しいのですけど」
アシュリーはやれやれ、とポーズを解いて近くの適当な座席に座った。
夜道はというと、ホロウィンドウでウェブブラウジングを行っている。二枚のホロウィンドウにはそれぞれ【祭葉ウェブ掲示板】、検索エンジンである【浄天眼】が開かれていた。
「何か情報をお探しですの?」
夜道は苦々しい表情で答える。
「今日全部の授業を居眠りしてたから、ノートのコピーを見つけなきゃならなくて。もうどこかにアップロードされててもおかしくはない、はず」
そうは言うものの、芳しい情報は得られてなかった。最近の祭葉学園では授業内容のばら撒きに対して厳しい。ネットで授業内容だけ集めて学園に来なくなる生徒が度々現れるからだ。特にノートのコピーや板書内容を記録した画像や映像に対してはすぐに対応がとられる。それらをアップロードすると、情報管理委員会がすぐさま飛んできて消してしまうのだ。
「……ない。ないぞ。どうしたクソ広告ブログ共。いつもの様に扇情的なタイトルをつけて記事をつくれよ。掲示板もメンテナンスに入ってる。どういうことだ」
「あら知りませんの? 他人の製作物を無許可で使っている広告ブログは、昨日情報管理委員会が一掃しましてよ。今月はどこの委員会も動きが激しいのですわ。来月、つまり六月は生徒会選挙ですもの。体制入れ替わりまでに実績を残して、予算を減らされない様にアピールする時期でしてよ」
「ああ、だから掲示板も止まってるのか」
「ええ、あそこは黙認で成立しているような場所ですもの……」
「つまり俺はとてもピンチなのでは」
「八方塞りですわねえ」
くすくすと声を潜めてアシュリーが笑う。一方の夜道は笑い事ではない。はたして今日の分のノートをどうやって手に入れればいいのだろう、と頭を頭を抱える。
――誰かクラスメイトに連絡して、ノートのコピーをメールで送ってもらう?
できれば選びたくない選択肢だった。そんなことをすれば、対価として一体何を要求されることになるだろうか。お金かもしれないし、物品かもしれない。最悪のパターンは、これにかこつけて部活動に労働力として入るように要求されることだ。
祭葉学園において、誰もが欲しがる情報とはイコール価値だ。情報はタダで手に入るものではない。それが、情報世界である祭葉学園のルールだ。
「……ですが! 夜道、私はとても気前がいい人間ですわ!」
そういってアシュリーはホロウィンドウを五枚展開した。それを見た夜道は、はっと息をのむ。
「アシュリー、それはもしかして」
「そう、そのもしかしてですわ」
一枚は縦書き、四枚は横書きのテキストファイル。日付は今日のもの。
それは国数理社英――五教科分のノートであった。
「どうです夜道。クラスは違いますけど、やっているところは大体同じでしょう。欲しくはなくて?」
「欲しいです……そのノートが欲しいです……」
「ふふふ、素直ですわね。ですが……」
きた、と夜道は思った。
情報はタダではない。どんな対価を要求されるのか――夜道は身構える。アシュリーならそれほどえげつない要求はしてこないだろう、とは思う。一方で夜道が相手だからと、遠慮の無い要求をしてくる可能性も捨てられない。
「それでは、コレを処分しておいてくださいませ」
そう言って、アシュリーは机の上に先ほどまで飲んでいたコーラの缶を置く。
「……は?」
「ですから、これ」
コーラ缶を指差してアシュリーは言う。
「缶を捨てるだけ?」
「ええ、それだけですわ」
夜道はあまりに簡単な対価に気抜けする。
「本当に?」
「本当ですわ」
そうアシュリーは言うが、夜道は信用できない。
――さて、どうしたものか
夜道は空き缶を手に取ってみる。一見すると何の変哲の無いただのゴミだ。しかし夜道の直感がそうでは無いと告げる。
そう思うのも、アシュリーの対応があまりに不自然だったからだ。貴重な情報の対価が、ゴミ捨て――安い要求すぎて、逆に不審だ。
――ん?
観察を続けてみると、缶にメモ用紙のようなものが押し込まれていることに気が付いた。飲み口から引っ張りだせそうである。夜道はそれを取り出した。綺麗に丸まっていて、このメモがゴミでないことは明白である。
夜道は唐突に気がついた。アシュリーは何かをこっそりと伝えようとしているのだ。電子メール、音声通話、ビデオ通話、念話通話……連絡手段は多々あるが、これらは外部からのハッキングで漏れる可能性がある。時にはこういうアナログな手法も有効だ。
そして夜道は夜道は周囲に見えないように、手の中で身長にそのメモを開く。
『夜道、気付いていて? あなた朝から何者かに尾行されてますわ』
「――――」
驚きを表情に出しそうになるが、何とかこらえる。
――成程、これは口頭で伝えられないよな
「わかった。これは俺が責任持って処分しておく」
夜道のその言葉を聞いて、アシュリーは意図が伝わったことに満足して頷いた。
「それと――先ほどのハッキング騒ぎで、そろそろ公安が駆けつけることでしょう。がんばってくださいませ」
「えっ」
「それではお先失礼、ですわ!」
さすが運動部というべきか、アシュリーは良く鍛えられていた。逃げ足がとても速い。二百人規模の広い教室だというのに、もう既に出口近くまで移動していた。
夜道はぽかーんとして――こちらが本当の対価だと気がつくまでに少し時間を要した。つまり、囮になれということだ。
「アシュリーッ!」
ひとりぼっちの教室で空しい叫びが木霊した。
「無茶苦茶言いやがって!」
すぐさまカバンに手を突っ込み、一丁の拳銃を取り出す。
「やってやるとも、公安の連中に捕まったら補習部屋行きだ。そんなのはご免だ。それと――そこのがり勉」
夜道はおもむろに空き缶を掴む。そして、教卓の方へと投げた。
空き缶は放物線を描いて教卓の後ろに飛んでいった。通常であれば床に落ちるはずの空き缶、しかし今回はそうはならずに、教卓の後ろに隠れていたがり勉君へと直撃した。
「ッ!」
呻き声があがる。アルミの缶とはいえ、頭にぶつかればやはり痛い。
「とっくに気がついてた。アシュリーに指摘されるまでもなくな。追跡者を晒しあげるなら、この方法が一番だ。限界まで動かないで、相手の出方を待つ。アシュリーにも感づかれたのはびっくりだった。そのせいでお前との接触が遅れてしまったけどな。まあアイツなりに俺を心配してくれたんだ。文句は言わない。むしろ感謝すべきだ。俺にもまだ心優しい友人はいる。囮にされたのは癪だが――」
夜道は教卓の方へと向いながら言う。
「俺とアシュリーが会話しているときにこっそり教室に戻ってきただろ。そもそもお前、俺のクラスの生徒じゃないな。二百人もいるなら地味な格好してればバレないと思ったか? 人の素性を知ることは情報収集の基本だ。俺はクラスメイトの特徴は全て覚えている。誰だお前は」
夜道は途中、五本指で空中をスワイプする。夜道の前にホロウィンドウが出現した。それは入力コンソールとしての機能を有していて、はQWERTY形式のキーボードが表示されていた。
夜道は教卓にたどり着いた。教卓の後ろを覗いてみると、そこには頭を抱えたがり勉君がいた。
そして夜道は指摘する。
「それとアドバイスだ。変装するならもう少し上手にテクスチャーを張ること。鏡で確認したか? 頭と首の継ぎ目が不自然だ」
はっとして、がり勉くんは首を押さえる。だがもう遅かった。
夜道がキーボードを叩く。ホロウィンドウには夜道専用の言語が表示されていった。それは文字化けのような並びだったが、どれもが意味のある文字だ。
夜道の行っていることはハッキング。がり勉君の電脳体に侵入し、書き換え作業を行っているのだ。
もちろん電脳体本体を書き換えることは不可能だ。電脳体は【神の領域】ともよばれ、電脳体の書き換えに成功した生徒は存在しないという。
夜道が行っているのは、がり勉君の電脳体の外側に追加された情報の削除。つまりテクスチャーの削除だ。
「姿を暴かせてもらうぞストーカー」
そして夜道がキーを一つ叩くたびに、がり勉君からテクスチャーがはがれていく。削除されたデータが砂のように零れ落ち、そして消えていく。
がり勉君はあたふたと焦って、五本指スワイプ。そして夜道と同じ様に入力コンソールを展開、夜道のハッキングに対抗しようとする。
「――!」
対抗しようとするが、無駄な試行であった。がり勉君が何か文字を打ち込むたびに、それが削除されていくのだ。
半分自棄になってめちゃめちゃにキーを叩くが、それも消されていく。原因は夜道だ。夜道は電脳体へのハッキングを行いつつ、がり勉のハッキングを無効化していたのだ。
滅茶苦茶な現象である。何のための自作文字か、何のための暗号化か、夜道はそれらを易々と突破して、無効化してしまうのだ。
もはや成すすべは無かった。がり勉は諦めたようにホロウィンドウを閉じた。
テクスチャが剥がれ落ちていく。
姿があらわになっていく。
彼の、本来の美しい容姿が!
「……何?」
夜道は驚愕した。地味な男からテクスチャを剥がして、そこに現れたのは――言葉が出ない、という体験。それを夜道は久しぶりに味わった。
グレー系統の髪、人形の様に精巧に整った顔。その瞳はまるで水晶。体は平均より少し小さい程度。全体的に透明感を感じる様だった。アシュリーが『美女』なら、彼女は『美少女』と表すのが妥当だろう。
「……」
これは本当に人間か、人間はこんなにも美しいモノを生み出せるのか――そう、夜道は思わずにいられなかった。
◇ ◇ ◇
三年四十七組、教室前廊下。先ほどまで彼女とのデートを楽しんでいた佐藤遊は、黒い制服の生徒に取り囲まれていた。
「だから、僕は何もしていない! ハッキングなんてしてない!」
佐藤遊はそう抗議した。
「嘘をつくな。お前がSHIにハッキングしたんだろう。証拠はあがってるんだ。大人しくしろ!」
しかし、その言葉を黒い制服の男がバッサリと切り捨てる。
祭葉学園の制服は、基本は灰色だ。例外として、委員会所属の生徒のみ別の色の制服を着ることが義務付けられている。
配色は以下の通りである。
・黄緑…財務委員会
・緑…環境衛生委員会
・黒…指導公安委員会
・黄…動力委員会
・赤…防衛委員会(事実上の休止中)
・青…情報管理委員会
・茶…アーカイブアーミー(図書委員会)
・桃…行事実行委員会
・橙…テスト監視委員会
・紺…鉄道委員会
・白…保健委員会
・水色…SHI[seitokai hoso iinkai]
・紫…生徒会
現在、佐藤遊を取り囲んでいるのは黒色の制服の生徒。彼らは指導公安委員会、縮めて【公安委員会】の生徒だ。祭葉学園内において、唯一警察権限を持つ生徒だ。校則違反をした生徒を調査、拘束する。そして補習部屋へと送るのが彼らの仕事だ。
「ユウ君……」
「まって律子、僕は本当にやってないんだ。信じてくれ!」
「はいはい信じない信じない。ほら、両手だして。手錠はめるから」
「嫌だ!」
ユウは従わない。当然だ。彼は本当に何もしていないのだから。
不幸かな、彼はハッキングの際に身代わりにされただけだ。アシュリーはこの男の電脳体を介してハッキングを行った。その結果、実際にハッキングをしたのはアシュリーだが、ユウが実行犯のように見せかけられてしまったのだ。
そのことを、ユウは当然知らない。
「あまりにうるさいと、これだぞ」
そういって公安の男は腰のホルスターから拳銃を抜いた。メタリックカラーのそれは、公安委員会の生徒に配給される標準装備だ。
「俺はお前を保健室送りにしてやってもいい。修復を終えたあとに捕まえてやればいいのだから。そのあとでじっっくりとお話を聞いてやる」
公安の男は銃をユウの眉間に突きつける。そして威嚇するように撃鉄を起こした。
「……暴力委員会め!」
公安の生徒達の眉間に皺がよった。
暴力委員会――公安の蔑称だ。委員会の性質上、血の気の多い人間が多い。それゆえに、安易に思慮に欠ける行動をとる生徒が少なくないのだ。
さらにユウは追い討ちをかけた。
その言葉は、禁忌中の禁忌だった。
「【死神部隊】が暴れてた頃の方がずっとましだ!」
「……ほう」
そして引き金に指がかかった。
「あの裏切り者の連中の方がマシだと? お前はそう言ったのか!」
指に力が込められる。完全に頭に血が上っていた。もはやユウは、何か奇跡が起きない限り額に9mmの穴があけられる事になるだろう。
「じゃあな、保健室で寝てろ!」
いよいよ引き金が完全に引かれる時、奇跡は起こることになる。
「……あ?」
突然、公安の男の前にホロウィンドウが展開される。『呼び出し・雨宮一葉』と表示されている。
チッ、と舌打ち。銃を下ろして、ホロウィンドウの通話ボタンをタップした。画面表示が【音声のみ】に切り替わり、ホロウィンドウはスピーカーとして機能し始めた。
『こちら雨宮一葉、そちらの状況を報告してください』
「こちら木戸幸太郎、容疑者を確保。ただ少々手間取ってしまいまして……どうしようかなと」
先ほどまでの荒々しい口調とは打って変わり、丁寧な口調で上司と話す。
『佐藤遊容疑者のことなら、彼は恐らくシロです』
「……雨宮小隊長? 今なんと?」
『佐藤遊はシロです。彼の電脳体に対して不正なアクセスが行われた形跡を、情報管理委員会が発見しました。彼は踏み台にされただけです』
「……クソっ。情管の連中遅えんだよ! あの引きこもりどもめ!」
思わず本音が出てしまう。そして銃を腰のホルスターに収めた。
「おい、聞いただろ。そいつを解放しろ。そいつは無罪放免だ」
「え、いいんですか?」
「さっさとしろ、時間の無駄だ」
そう言われた公安の生徒はユウを取り囲むのをやめ、自由にする。
「……」
「さっさと彼女連れて帰れ。邪魔だ」
「勝手に拘束しておいて、よく言う!」
ユウの捨て台詞だ。幸太郎はぎろりと睨むが、すでにユウは背中を向けていて、彼女をつれて去ろうとしているところだった。
拳銃で背中を打ち抜きたくなる衝動に駆られながらも、なんとか血の気を抑えて通話に戻る。
「……それで、どうしますか」
『三年四十七組の教室を調査してください。ハッキングはそこから仕掛けられました。運が良ければまだ犯人がいるかもしれません』
「了解。突入します」
『それと、十分な警戒を。危険でしたら、撤退しても構いません』
「撤退? ありえませんよ。俺は天下の指導公安委員会です。どんなヤツでも捕まえてみせますよ」
自信満々に幸太郎は言う。ホロウィンドウの向こう側で、一葉がため息をついたことに幸太郎は気付かない。
◇ ◇ ◇
「……では任せます。それでは」
伝えることを伝えた一葉は通信を切った。
一葉は今、グラウンドから三年四十七組の割れた窓を見ていた。
嫌な予感――それが一葉の胸中を巡って止まらない。
ふと、二人の知り合いの名前を呟く。
「アシュリー・スタンフィールド。海月夜道」
それは一葉が最も尊敬する者の名前。
或いは最も警戒する者の名前。
そしてかつての同僚の名前。
「……今回は負けません」
一葉はどこから取り出したのか、二挺の拳銃を構えた。
臨戦態勢だ。




