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全ての転生者の墓標

 夜道は時計塔に無事入ることが出来た。自動ドアを抜けた先には広々としたエントランス。輝くシャンデリア、赤地のカーペット、なにやら高級そうな調度品の数々……いかにも、といった風情だ。

 夜道は警戒しつつ、エントランスを進む。警備の一人や二人いるのではないか、と思っていたものの、その様子は無い。

 奇妙、と夜道は思う。他の生徒の気配を一切感じないのだ。常駐しているはずの受付すらいない。


「どういうことだ?」


 罠の可能性を考え、思考操作(リガード)で目に付くものにアクセスする。しかし、怪しいものを見つけることは出来ない。

 その状況で、灯火が一つの可能性について言及した。


《……祭葉宗三郎、露骨過ぎだ。夜道、これは――》

「ああ、誘われてるな。今の今まで俺のことを阻んできたくせに。……何故だ。補習棟にあれだけ人員を割いて、二脚戦車まで持ち出して」

《こういうのはどうだ? 祭葉宗三郎は、出来るだけ君を消耗させたかった。その上で、君をここへ連れてくる必要があった》

「動機が分からない。何故そんなことをする必要が?」

《それを確かめるために、君はあそこのエレベーターに乗るのだろう?》


 灯火の言うエレベーターとは、受付脇に設置された華美な装飾のそれのことだ。これが唯一生徒会室へと繋がる道だと言うことを、夜道は知っている。

夜道の知る限り、エレベーターが止まる場所はたったの三つ。一つは一階エントランス、二つは時計塔のシステム調整用のコントロールルーム。三つは最上階の生徒会室。

 ゆえに、もう迷うことは無い。

 自然と脚に力が入る。緊張感で筋肉が縮まるのを感じる。それでも夜道は歩みを進める。

 エレベーターのスイッチを押した。スイッチには何も書かれていない。通常なら上向きの三角形くらいは印字されているはず、なのに上の階と下の階を区別する記号が無い――夜道は、まだこのスイッチの意味を知らなかった。

 少し時間がたって、【1F】のランプが光った。扉が左右に開く。


「……!」


 夜道はすばやく後ろに飛び、エレベーターから距離を置く。そして銃を抜こうとして――


 ――無い。補習棟で取り上げられたか。


 その夜道の思考を読み取ったかの様に零鳴(ゼロコマンド)が起動。軽い眩暈を伴って、右手に銃が生成された。

 ちかちかとする視界。その奥に見えるもの、エレベーターの先客に夜道は銃を突きつける。


「誰だお前は!」


 エレベーターには女性がいた。外見から判断して二十前後。喪服の様に黒いスーツを纏った、使用人風の女性だ。


「銃を下ろしてくださいませ。私はあなたに危害を加えるつもりはございません。そもそも、私は何かしら危害を加える方法を教えられていませんし、あらゆる攻撃行動は禁じられています」

「お前は何者だ」

「ただのエレベーターガールでございます。名乗るほどの名前もございません。あなたを祭葉宗三郎様の所へお連れする、案内役です」


 黒服の女性はそう答えた。声のトーンこそ抑揚のある優しげな印象だったが、その表情は一切変わらず、人形のようで不気味だった。


「祭葉宗三郎様は少々特殊な場所におりますがゆえ、私をよこしたのでございます。あなたがその銃で私を攻撃するのは自由ですが、そうなれば永遠にたどり着くことは叶いません」

「祭葉宗三郎は生徒会室にいるんじゃないのか?」

「違います」

「どこに?」

「私が案内いたします」


 あくまで教える気の無いエレベーターガール。夜道はどうするか、と悩んでいた。


 ――安易に彼女の言葉を信じるのも危険だ。が、もしも彼女の言葉が真実だとしたら? 俺は彼女に従わなければ、祭葉宗三郎へたどり着けないらしい。


《ここは彼女に従っておいた方がいいだろう。何、君なら例えどんな罠が待っていたって切り抜けることはできるさ》


 と、灯火も言う。ここで引き金を引くことは、可能性を一つ潰すということ。潰した可能性だけが、祭葉宗三郎へ続く道だとしたら? そう考えると夜道は、


「わかった、お前に従おう」


 夜道は拳銃を下ろしてそう言った。


「賢明な判断でございます。それでは、ご案内いたします。どうぞ、中へ……」


 言われるがままに、夜道はエレベーターに乗り込む。エレベーターガールがその事を確認すると、扉を閉じた。


「それではお客様、下へ参ります」

「何だって?」


 夜道は一瞬、言葉の意味が分からなかった。何故この女性は下と言ったのか――夜道が記憶する限り、時計塔に地下フロアは存在しない。このエレベーターも、上に向かうのみ。だが、エレベーターガールは、間違いなく下へ行くと言ったのだ。


「下のフロアでございます。厳密には【下層】でございます。これからお客様が向かいますのは、祭葉学園の同一空間でありながら、全く違う場所。この学園論理層の更に下――私達はそこを始まりの場所(プラットフォーム)と呼んでおります」


 ◇ ◇ ◇


 再びエレベーターの扉が開いた時、夜道は知らない景色を見た。


「ここは、一体……?」


 ドームの様に覆われた巨大な空間――全体的に白く、清潔感を通り越して潔癖な印象を与える。天井は高く、どこまでも伸びている用、空間的な広さは計測不能なレベルで広がっている。夜道の目を以ってしても果てを見ることができない。天井がある以上はどこかに壁があるはずだが、それを全く意識させない広さだ。

 だが夜道は同時に、この空間に蔓延する圧迫感を感じ取っていた。不気味なのだ、その圧迫感は、その空間ほぼ全域に敷き詰められた【箱】から来ていた。

 びっしりと、何とかヒトが一人通れる程度の隙間を空けて白い箱がびっしりと、規則正しく置いてあるのだ。人一人が入れそうな、大きさ約二メートルほどの直方体の箱だ。


《……五十年振りだ。ああ、五十年前に私は一度ここに来た》

 ――それ、俺は聞いたことが無いぞ。

《ふむ、すまない。素で忘れてた。私が補習棟で言った言葉を覚えているか? 私は祭葉学園の秘密を暴こうとして、失敗した。そこで私の本体は、その記憶を何分割化して学園に残した。そうだ、ここがその【秘密】だ。ここに私の本体が知りたかったことが存在し、祭葉宗三郎は間違いないくここにいる》

 ――秘密って、何だ。

《……安全を確保したら教えよう。君は知る義務がある》


 その言葉を聞いて、夜道は気を引き締める。未知の空間に灯火の言う秘密。警戒するすべき要素だった。


「行くか」

《ふむ、行くとしよう》


 夜道がいざ一歩踏み出そうとしたその時だ。


「お客様」


 と、エレベーターガールは夜道に声をかけた。


「ああいえ、お時間はいただきません。すぐに終わる話ですから、聞いていただけないでしょうか?」


 声の調子こそ何かを訴えかけるものがあったが、エレベーターガールは相変わらず無表情だった。夜道は少し気味悪く思いながらも、何か思うところがあった。


「……わかった」

「ありがとうございます」


 無表情に答える。


「個人的なお願いでございますが、名前をいただけないでしょうか」

「え?」


 あまりに唐突で、予想外の言葉だったので夜道はそう返してしまった。いきなり名前が欲しいとはどういうことなのか、夜道は説明を求めた。


「そのままでございます。まだ私には名前がありません。ですので、名前が欲しいのです。エレベーターガール、でも特に困らないのですが、やはり私を定義付ける名前が欲しいのです」

「名前が無い? 自分で好きな名前を名乗ればいいだろ」

「それでは駄目なのです。誰かに名前をつけてもらわなければ意味がないのです」

「なぜ?」

「誰かに名前を与えられて、初めて私は個としての人格を得るのです」


 夜道ははっきり言って、要求の意図が全くつかめなかった。だがなんとなく、本当になんとなくだが、このエレベーターガールが可哀そうだと夜道は思った。名前がなくて今までどうやって過ごしてきたのだろう、などと考えながらぱっと頭に思いついた名前を告げる。


「よくわからないけど、ならお前の名前はミレイユだ」


 夜道がまだ現実世界にいたころ、マンションの隣の部屋に住んでいた住人が買っていた黒い犬と同じ名前である。真っ黒な服装と、落ち着いた佇まいからなんとなく連想したのだ。

 言ってしまえば適当に考えた名前である。


「ミレイユ……」


 夜道から与えられた名前を口ずさむ。二回、三回と何度も呟いた。


「ありがとうございます。素敵な名前です」

《満足したか女。夜道、早く行くぞ》


 灯火がそう不機嫌そうに言う。だが灯火の声は夜道にしか聞こえていない。


「そうか。俺はもう行く」


 灯火の機嫌を損ねたくない夜道はそう言って、さっさと出て行くことにした。灯火は協力な力を持っている。だから夜道は、灯火をあまり刺激したくなかった。


「はいお客様。お気をつけて」


 ミレイユは夜道がエレベーターから出て行くのを見送り、扉を操作して閉じた。

 そしてエレベーターにはミレイユ一人だけになる。誰も話しを聞く者のいないそこで、変わらず無表情のまま、溜息をつくように独り言を呟いた。


「そう、私はミレイユ。名前を貰った、たった一人の私。決して名無しの商品なんかじゃない……」


 ◇ ◇ ◇


《海月夜道、一つだけ聞きたいことがある。その箱、一体なんだと思う?》

「何って?」


 灯火に言われて、夜道はびっしり並んだ箱の一つを見た。長さは約二メートル、高さは膝上ほど、幅は肩幅より一回り二回り大きい程度。直方体で、白い陶器の様なもので出来ている。よく見るとそれは蓋のされた箱だった。つまりこれは、何かを収めるための箱だ。


《――それが、ここ私立祭葉電脳学園の秘密だ。君は祭葉宗三郎を暴くためにここに来た。私もそうだ。最終的な目的は違えど、祭葉宗三郎を倒すという課程は同じだ。

 だから。ここに来た以上、君は知らなければならない。この場所が一体何なのかを――蓋のロックは掛かっていない。夜道、覚悟ができたら開けてみたまえ。常識をひっくり返すものが、そこには納められている》


 言われて、夜道はまた箱を見た。灯火はこの箱の正体を知ってるらしい――夜道は開ける前に中身を灯火に聞きたかった。しかし、灯火はあえて口にしなかったような気がして、問うことができなかった。


 ――いや、違うな。灯火は話したくないんだ。この箱の中身のことを、それだけ嫌悪感を感じるものがここに入っているんだ。


 ぐるりと周囲を見た。大量の箱が並んでいた。静かに、音を立てることのない真っ白の箱がはるか地平線の彼方、その向こうまで並んでいた。

 これほど大量の箱に一体何が納められているのだろう、と夜道は疑問に思う。一寸の狂いも無い同じ箱は一体何のために、と。

 夜道は一番近い箱に手を掛けた。蓋は意外と重かった。だが、男子高校生の腕力で動かせない程ではなかった。

 しっかり地面を踏みしめて蓋を持ち上げる。そして、箱の中身が見えてきて、


「――!」


 がこんと音を立てて蓋が落ちる。夜道が蓋を落としてしまったのだ。驚きのあまり――箱の中身を見て、いや見てしまって。


「な――これ――は――」


 夜道は体が動かなかった。――動かせなかった。

 夜道はもう一度はこの中を見ようとした。――だが何かが『見るな!』と警告する。

 それでも箱の中身を見ようとした。――自分の中に生まれた、悪い想像を否定する為に。

 その証明をするために体は動いてくれた。――だが現実は残酷だった。


「冷泉灯火! 一体これは……これは何なんだ!」

《見ての通りだ海月夜道。これが何なのか、わからない人間ではあるまい。ヒトだよ、それは》


 箱の中にあったのは――いや、居たのはヒトだった。祭葉学園の制服を身に纏い、目を瞑って箱の中に横たわっている、見知らぬ男子だった。

 直方体の箱、目を覚ます気配のない生徒。夜道の悪い想像が加速する。


「……死んでいる? 死んでいるのか、こいつは!」

《厳密には違う。だがほぼ同義だ。この電脳体はもう目を覚ますことはない》

「そんなバカな! こいつ祭葉学園の生徒だろ、制服を着ている! 祭葉学園の生徒は死ぬ事は無い! 致死ダメージを負っても保健室で修復を受けるだけだ! だって俺たちは、もうとっくに死んでいるのだから!」

《その通りだ。だから、これは祭葉学園の生徒じゃない》

「じゃあ何なんだ!」

《卒業生。祭葉学園を卒業した生徒だ》

「な――」


 夜道は言葉が詰まってしまった。灯火の言葉を受け入れられなかったのだ。

 目の前の遺体は祭葉学園を出た卒業生。もう目を覚ますことの無い、死後の世界で生きていた亡骸。矛盾の存在。そして、一年後の自分の姿。


《考えたことは無かったのか? この祭葉学園を卒業した生徒の進路について。――無いだろうな。この学園の生徒は、学園の愉快で楽しい狂乱の中で考えることを忘れてしまう。だから、今私が告げてやろう。祭葉学園の生徒は卒業後、死ぬ。そしてここに保管される。周囲を見渡せ、あの果ての果てまで続く箱の列を見ろ。全て棺桶だ》


 夜道はこの言葉で、ようやくこの空間に漂う謎の圧迫感の正体を掴んだ。薄気味悪くて当然だった。夜道の瞳に映る箱。それらは全て、ヒトの亡骸が納められているのだから。


《……私はある日、自分の未来について考えた。そして、気がついてしまった。卒業後の未来が暗くて見えないことに。私の本体はこの電脳世界であらゆることが出来た。未来だって見ることができた。最大で三年先の未来くらいまでは、その気になれば見れた。だが、四年生になった時に気がついた。卒業した後の未来が見えない。

 私は不安になった。こんなことは初めてだった。だから調べた。卒業後どうなるのかを。そして五十年前、私はここにたどり着いた。私もいずれこうなると考えたら焦ったさ。この事実を皆に知らせなくては! だがこんな大ボラみたいな話、誰が信じる? そもそも知らせて何になる? だから私は、祭葉宗三郎を倒すことにした。ここの管理者たるアレさえいなければ、この死の運命から逃れることができる、と。

私は天才だ、あいつに負けるはずは無かった。だが、私は負けた。そして学園の外へ逃げた。記憶の欠片を学園内にバラ巻いて。いつか自分と同じ志を持つものが現れると信じて》


 そう語る灯火の言葉は震えていた。堰を切ったように流れる一方的な言葉。ようやく誰かに話すことができた、という心情がありありと感じられる。


「一体何の為に、祭葉学園はこんなことを?」

《……わからない。それは祭葉宗三郎に問う必要がある》

「そうだ! ヤツはどこだ、祭葉宗三郎! お前はどこにいる! 俺はここに来た。お前の招きに従って! さあ、緋之宮マキナを返せ!」


 見渡しても祭葉宗三郎の姿は無い。夜道の叫びも殆ど反響せず、空気の中へ溶けて消えた。

 すると突然、空間に穴が開いた。ワームホール。そこから現れる人物を夜道は一人しかしらない。

 コツコツと革靴が白い床を叩く。そこに居たのは良く知る男子生徒、榎田海座。だがそれは見てくれだけという事を夜道は知っている。もはやラジエル奇眼を使う必要も無い。

 口角を吊り上げて、本当に嬉しそうに祭葉宗三郎は言った。


「海月夜道、良く来た。ああ、僕は君を攻撃したりしたが気がついたよ。やはり僕には――いや、彼女には君が必要だ。緋之宮マキナは君が必要だ!」

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