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再集結

「ふー、全く疲れたぜ。夜道、アシュリーは二階の二〇三番室、ちんちくりんのアホは五階の五一三番室に閉じ込めらてるってよ」


 首を鳴らして、アザミはそう言う。

 アザミの尋問は一分も掛からなかった。打撃音と斬撃音、それと悲鳴の響く濃厚な一分であったが、短時間で情報を引き出したアザミの手腕を、夜道は素直に評価していた。

 なお、部屋の音は外部に漏れないように、夜道は物理障壁で簡単な防音室にしていた。


「お、おう……」


 アザミの何でもなさそう様子を見て、ああやっぱりやったんだな、と夜道は頭を抱える。


 ――落ち着いてる時は、特に言うことのない優良生徒なんだけどなあ。


 暴力的な面だけが話題に上がりやすいアザミだが、実際はそれだけではなく、冷静な判断力を持ち合わせていることを夜道は知っていた。

 窮地にこそ真価を発揮する。熱しやすい冷徹。それが日柳薊という女子生徒だった。


《それ本当か? 私にはただの粗暴な女に見える》

 ――……ただ粗暴なワケじゃないって事で。


 苦い顔をしながら、夜道は灯火に返答する。その様子を不審に思ったアザミは訝しげに聞いた。


「夜道? なんだか様子がおかしいぜ。一人ごとを言ったり……調子悪いのか? 大丈夫か? 疲れてないか?」

「あ、いや。大丈夫だ、問題ない。それよりも、早くアシュリーと一葉を助けなくては。正直、今の今までばれずに行動できたのは運が良かっただけだからな。まずは二階のアシュリーを拾っていこう」


 ◇ ◇ ◇


「あら夜道、どうしてここに? (わたくし)としては大助かりですけど」

「……」

「ここでぼーっとしてるのは飽きましたわ。そろそろ刺激的な学園に帰りたいと思っていたところですわ」

「……」

「それにしても、ここはかび臭いですわねえ。一度天日干しにした方が良いですわ」

「なあ」


 と、夜道がようやく口を開く。つっこむべきか、スルーすべきか、どちらを選択すべきか夜道を悩ませていたのだが、やはり気になってしまった。


「全裸なのは――まあいつもの事だけど、どうして風呂になんか入ってるんだ?」

「あら、おかしいかしら?」


 室内は白い湯気が立ち上り、湿気で室温が高くなっている。おかしいだろ、と夜道は呆れたように言った。。

 補習棟の大きな目的は、校則違反者を閉じ込めて、違反内容に応じた補習を受けさせること。必要なモノは机と椅子と、紙とペン。それ以上の物は与えられない。

 それが普通、なのだが。


「日に日に垢まみれになっていく私の美貌をあなた達にお見せするのは心苦しい、とカメラ越しに伝えたらその日のうちに用意してくれましたわ」

「……あっそ」


 ◇ ◇ ◇


「死ね、このチビガキ!」

「開口一番あなたは一体何なんですか!?」


 振りぬかれた鉈を一葉は間一髪でよける。空を切った鉈は火花を散らし、硬い床に突き刺さる。


「よくもオレを豚箱に放り込んでくれな。鉛の味は最悪だったぜこのガキ」

「それだけのことはしたでしょう! 公務執行妨害です!」

「悪い。黒い制服でちんちくりん、かつ黒髪でいつも写真も持ち歩いてるヤツを見ると反射的に手が出る」

「何ですか? 貴女昔の同僚の名前も言えないのですか? 記憶障害ですか? 貴女の記憶領域は32MBしかないんですか? 昔の携帯ゲーム機以下ですか?」

「なんだとこの貧乳」

「貴女は品がない」


 一触即発の火花が散る。日柳薊と雨宮一葉が接触した際の恒例行事であった。まずアザミがけしかけて、一葉がアザミを小馬鹿にし――延々と続く。結末は大抵の場合、鉈と拳銃。そうなる前に割り込んで止めるのが、夜道の仕事だ。


「ちょっと落ち着けって、頼むから。ほら、一葉はポケットのそれをしまって、アザミは鉈から手を」

「夜道、コイツは牢に入れといていいと思うぜ。脱獄したオレ達をまた捕まえに来るに違いない、そうに決まってるぜ」


 けっ、とアザミは一葉を憎々しく睨みつける。犬と猫。龍と虎。水に油。ともかくそりが合わない。


「……残念ですが、そうもいかない事情があります」


 しかし一葉は――夜道からすれば本当に珍しく――アザミに対して攻撃的な言葉を抑えた。


「そうでしょう、アシュリー」

「はい? ワタクシからすれば、あなた達二人とも貧乳ですわよ?」

「そうではありません! 真面目にやってください!」


 あらノリが悪い、とアシュリーは一言。そして、言われたとおり真面目に真面目に――それこそ一葉とアザミを黙らせるような雰囲気を纏って答えた。


「緋之宮マキナを護衛するのが夜道の仕事。ですけど、あなたはなぜかここにいる。緋之宮マキナはここにいない。正直、状況は余り良くありませんわね? そうでしょう、夜道」

「……ああ」


 夜道はそう答えるしかない。アシュリーの指摘で、夜道は焦燥を感じる。


「――さて、では状況を整理しましょう。大丈夫ですわ。何せ祭葉学園最強の四人が、偶然にも全員ここにいるのですから」


 ◇ ◇ ◇


「おいおい夜道、また面倒なことに巻き込まれてるな。生徒会が出張ってきた? しかも防衛委員会を再編して? たった一人の女子のために?」


 そういえばアザミだけ全く関わってなかったな、と夜道は思いながらその言葉を肯定する。


「そう、生徒会ですわ。最初は公安を動かしてたみたいですけど。それにしても夜道、防衛委員会、と言いまして?」


 ああ、と夜道は返答する。声のトーンはいかにも何故? と言った様子だった。それについて一葉が説明する。


「緋之宮マキナの案件について、夜道が関わった時点で手を引くべきだという意見が公安内部で出始めました。海月夜道を相手するには力が足りない。一度きちんと対策を練り、その上で当たるべきだ、と。また、そもそも何故緋之宮マキナを拘束しなくてはならないのか――その理由が全くの不明。公安上層部も知らなかったそうです。目的不明の仕事に対して不満が噴出、夜道のこともあり、士気下がりっぱなしでした。そこで、生徒会は自分達の動かしやすい委員会を組織しました」

「はん、公安形無しだな」


 アザミは意地の悪そうに言う。それに対して一葉は冷静に答えた。


「その通りです。生徒会の決定は考案の存在意義を揺るがすものでした。対外の防衛委員会。対内の指導公安委員会、と役割が分かれていたのは昔の話です。防衛委員会が学園内部の事件に干渉することは、私達の領分に踏み込むのと同じこと。もちろん生徒会に抗議しました。結果はごらんの有様です。一部の生徒は防衛委員会に流れ、抗議の声は封殺され、それでも抗議した生徒は補習棟に閉じ込められました」

「昨日から今日で、事態は恐ろしく動きましたわねえ。それで、夜道」


 とアシュリーは夜道に向き直り、言った。


「さあ、どうしましょう?」


 どこか試すようなその態度。この問いが来ることは、夜道は用意に想定できた。だから、こう即答する。


「マキナを取り戻す」

「あら、それは生徒会――全校生徒の代表を敵に回すということ。それが何を意味するか、夜道はお分かりで?」

「――分かるとも。その上で言う。知ったことか」

「何故?」

「その質問の意図は?」

「アザミさんは例の事件の後も嫌われ者の烙印を気にせずに振舞いました。ですけど、夜道はその烙印に苦しんだ。でしたら、そう簡単に知ったことか――なんて言えないでしょう?」


 そうだったな、と夜道は答える。過去形の返事だった。

「だが」と夜道は続ける。


「多分それはもう関係ない、と思う」

「それは?」

「――きっとマキナのことが好きなんだ。俺はそれだけで良いんだ」


 アシュリーはそれを聞いて目を丸くする。一葉は唖然として、アザミはそれ以上に衝撃を受けたのか、口をあけて打ち上げられた魚の様だった。

 一瞬の沈黙。そして、


「ふふ、ふふふふふ……」


 その告白――告発は、アシュリーにむず痒さの症状を発症させた。腹の中をくすぐられるように、夜道の言葉を何とか消化しようと努力する。


「ふふ、ふふっ、ふふふふふふふ!」


 だがそれは叶わなかったようで、我慢しきれず腹を抱えて笑い始める。


「ふふふふふ、最高ですわ! 夜道から『好き』なんて甘ったるい言葉が聞けるなんて! あの鈍感で、性欲が死んでる夜道から!」

「……おいおい、ちょっと傷つくぞ」

「あら、私の裸を見ても全く欲情せず。一葉さんのツンっとした態度の隙間に隠れるデレを感知できず、アザミさんの愛の告白を断ったあなたがそれを言いますの?」

「あー……そんなこともあったな」


 夜道は特に、最後に言及されたことについてそう言った。頬を書きながら流そうとしたが、アザミがそれを許さなかった。

 胸倉を掴もうとしたが、服を着てなかったので空ぶる。そして両肩をがっちりと掴んで、前後に大きく振りながら言った。


「はああああああああああ! おいアシュリー! 何でその事知ってるんだよ! おい! おい!」


 顔を真っ赤にしてアザミが叫ぶ。


「……えっ? 告白? アザミが夜道に、告白?」


 一葉は困惑してアシュリーの正真正銘告発を飲み込めないでいた。アザミが夜道に対して露骨な好意を見せていることは、一葉も知っていた。しかし、


 ――そこまで踏み込んでいたなんて……!


 わなわなと、震える指をポケットに入れて夜道に言った。あきらかに、受け入れ難いといった様子だ。


「夜道、一体どういうことなんですか」

「銃を突きつけながら聞くヤツがいるか。どうって言われても。俺が一年生の時にアザミが告白してきて、」「それで」「いやどうもしないけど」「断ったんですか?」「断った」「ならいいです」


 と、一葉は安堵して銃を下ろす。


「冷静に解説するなよバカ! 夜道のバカ!」


 うおーと子犬のようにアザミが吠える。アザミは腰に下げた皮ケースから鉈を抜いて、言った。


「ジサツしてやる! あああああもおおおおお!」

「おいバカ! やめろ! 第一俺たちはとっくに死んでるだろうが!」

「うるせー! バカ! バカ!」


《何だ、君結構モテるな》

 ――うるさい黙れ。なんだ静かになったと思ったらいきなり。

《そう言うな。それより、時間的にそろそろマズイんじゃないか?》

 ――何?


 灯火の言葉の意味をすぐ夜道は理解することになった。

 アシュリーの一言から始まった与太は、突然甲高い不快音で塗りつぶされた。

 夜道ははっとして、現在の状況を理解した。


「――くそ、気がついたか」


 サイレンの音だ。補習棟全域にけたたまし警告音が鳴り響いている。無論それは、夜道達の脱走を告げるものだった。


「あららら、もっとこのガールズトークを広げたかったのですけど残念、時間切れですわ」


 アシュリーが心底残念そうに言った。だが、その言葉には明らかな余裕を含んでいて、全く動揺を見せていない。


「では夜道、そろそろ行きましょうか。生徒会の根城へ」

「ああ、――ん?」


 一瞬肯定、だが夜道はアシュリーの言葉に余計なワードが混ざっていることに気がついた。


 ――生徒会? なぜ?


 そう疑問に思ったのも、アシュリーが生徒会室を目指す理由が検討つかなかったからだ。夜道は緋之宮マキナを取り戻すという明確な目的がある。だが、アシュリーは? と夜道が疑問に思っていると、アシュリーは答える様に言った。


「あら夜道、怪訝な表情ですわね。わたくしだって生徒会には恨みがありましてよ。これは生徒会にぎゃふんといわせるまたとないチャンスですもの、便乗させていただきますわ」

「具体的には」

「水泳部の予算削られましたわ」


 そう言ったアシュリーの表情は、夜道が今まで見たことないレヴェルの、それこそギネスブックに項目立てられてもおかしくないくらいの、とても良い笑顔だった。


「それで、あなた達はどうするんですの?」


 その言葉が向けられたのは、一葉とアザミだ。


「わたくしは夜道と生徒会に乗り込みますわ。あなた達は?」


 その問いに最初に答えたのは一葉だ。


「私は、本来ならあなた達を止めるべきなのでしょう」

「ええ、確かに本来なら(・・・・)


 すると一葉はポケットから写真を一枚取り出して、握り締める。『平面召喚状(コールフラット)』の効果が発現し、写真は一挺の拳銃となった。

 夜道に突きつけていた銃を右手に、今生成した拳銃を左手に構える。


「私は指導公安委員会です。……防衛委員会などど言う新参者にイニシアチブを取られたまま黙ってられますか」


 両腕の二挺拳銃は、戦闘準備完了の証。細めた眼は既に獲物を捕らえているような、まさに打ち倒すもののそれだった。


「――チビガキ、オレはお前に抜かされるのだけは絶対に嫌なんだ」


 アザミはそういう。夜道にざわりとした冷たさが走ったのは気のせいではない。アザミは完全に切り替わっていた。その様子はさながら幽鬼。あらゆる感情が一気に振り切れるアザミは今、非常に冷徹ななにかに変貌していた。


「大体、夜道を出し抜いた連中をオレが放っておくわけないだろ。ふんだ、ついでに夜道が好きになった女子とやらも拝見してやるぜ」

「……すまん」


 自然と夜道の口からそうこぼれる。


「ふふふ、よくってよ。死神部隊、再結集ですわ」



【雨宮一葉 六月六日日生まれ 三年一組 指導公安委員会所属 

 少し髪の毛が跳ねたショートカットが特徴的。その態度は気高い貴族を思わせる。つねに落ち着いて、しかしやる時は徹底的にやるので、校則違反者からは恐れられている。その様子がウケるのか、なぜか同姓人気が異常に高い。貧乳。本人はさほど気にしていない。――祭葉美少女図鑑】


【日柳薊 十二月二十九日生まれ 三年五十組 無所属

 危険。関わるな ――祭葉美少女図鑑】

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