逆位置の女教皇
「わははーははははははは! 見たまえ有田君! 海月夜道がいるぞ! あの怪物が! 私達の実験室に!」
「素敵素敵素敵、部長!」
近藤生物部――もとい、人間観察部の管理する補習棟。その一室は巨大なスクリーンが設置された、映画館さながらの設計となっていた。その巨大なスクリーンはただ海月夜道を映していて、分割された画面には様々な角度、距離の夜道の姿があった。
そんな大げさな部屋にいるのはたった二人、一人は部長である近藤寛治。もう一人は副部長である有田優佳だ。
「おお海月夜道! なぜベッドに倒れこんでしまったのだ! 君にはまだまだ抵抗してもらわなければ困るのだ! もっともっと、もっと抵抗してくれたまえ!」
「策? 無策? 抵抗! 反抗! 部長!」
優佳の言葉はただの単語の羅列だ。普通の生徒なら言葉の真意を測るために、少し時間を要するだろう。考えた上で、おっかなびっくりに優佳に返答するだろう。
だが寛治は一瞬で理解し、そして返答した。
「有田君、君もそう思うかね! そうだ! 彼が何もしない? そんな道理あるまい! 有田君、五十年前の記録を見たことがあるかね?」
寛治がそう問いかける。優佳は「んー」と顎に指を当てて思考した。次は腕を組んで「んー」と記憶の隅々を精査する。そして答える。
「――?」
「はっはっは、なら説明しよう! 五十年前、とある女子生徒がいた。彼女は大変なトラブルメーカーでね、それに業を煮やした生徒会は彼女にこう持ちかけるんだ。『生物部の地下牢に君を閉じ込める。もしも脱出に成功したら、君は百万演の報奨金を与えよう』と」
「死亡フラグ! 死亡フラグ!」
「そう! 死亡フラグだ! わははは! 君もスラングを使うようなったか! その女子生徒はどうやったか知らんが、地下牢からロケットの様に飛び出して、閉じ込めた後に塗り固められた天井を破壊して脱獄したのだ! その時、一度この補習は女子生徒によって瓦礫に変えられてしまった! この補習棟はその後に建て直されたものという事だな!」
勢いよく笑いたてる寛治。それに合わせて優佳も「わはー」と真似するように笑う。
「ああ――ああ、ああ! 彼は一体何をしでかしてくれるのか! 脱獄? 自害? それを考えただけで興奮する! 興奮して、私の息子はギンッギンだよ!」
「股濡? 股濡?」
「おお!」
「――!」
はっとして目を合わせる。かと思えば二人はは獣のように取っ組み合いを始めた。
反映禁止処理である【謎の光】が二人の局部に走り、辛うじて未成年に見せられる絵となる。二人の間にはヨハン・パッヘルベルのカノンが艶やかに流れ、汗と笑顔とハートマーク飛び散るその空間は今、桃色に色付けされた立ち入り禁止区間となった。
「失礼しまーす……!?」
そこに何も知らずに入れば、驚くのも当然の話だ。何が起こっているのか――半裸の男女の訝しげな視線を感じて、ようやく理解した。
「えっ!? いや、その。覗くつもりは……」
溜息一つ。寛治のものだ。明らかに呆れている、と言った口調で、悲しくも想定外の事態にぶち当たった後輩を責める様に諭した。
「宍戸君。私達はちゅくちゅく絶倫ゲームの途中なのだぞ。君の役目は、明日何事も無かった様に振舞う私達に『夕べはお楽しみでしたね』と言う事だ。それが一年生たる君の仕事だ。雑用は得意だろう、君。そういう顔をしている」
「雑魚!」
はあ、と宍戸と呼ばれた男子生徒は答える。致命的なことに、彼はこの人間観察部を普通の生物部と勘違いして入部してしまった凡庸な生徒だ。退部届はいつも制服に忍ばせているが、色々とおかしい部長が怖く、中々出せないでいる。
「それで、何か私に用かね。言っておくが、君はお楽しみの時間を邪魔したのだから、つまらないことを言えば――」
「海月夜道が脱走しました」
「は?」
「歯?」
まさか、と思いスクリーンを確認した。
そこにはまだ海月夜道とおぼしき物はちゃんと移っていたが――
その齟齬の原因は紛れも無く夜道。話は少し遡って――
◇ ◇ ◇
「……という風に、脱出の時間を稼ぐ為にここにはデコイを置いていく。この部屋の壁にカメラが埋め込まれていることは既に分かっているから、それらをハックして偽の映像を送り続ける。同時にカメラを管理するシステムに侵入し、この部屋以外のカメラには俺が映らないようにする」
《ふむ、特に反論することは無い》
夜道は灯火と相談しつつ、脱出の準備を進めていた。とは言っても、やる事はたったの三工程のみ。
・夜道がカメラをハッキングし、偽映像を送って脱出を悟られないようにする。
・【零鳴】を用いて脱出に必要なツールを作成する。
・いざプリズンブレイク。
「……しかし、脱獄っていうのはもっと念蜜に計画を立てて行うものじゃないのか」
夜道はそうぼそりと一言。思考操作を用いてカメラをハックしているので、寛治には【脱獄】という不穏なワードは届いていない。
《念蜜な計画を立てずに済むくらい、楽な案件なのだからしょうがない》
「昔の人は牢屋の中のガラクタとか使って脱出道具を作ったんだろ? こんなのデタラメすぎる……」
《いいじゃないか、デタラメで。ところでモンテ・クリスト伯を知ってるか?》
「モンテ・クリスト伯?」
《アレクサンドル・デュマの小説だよ。主人公、エドモン・ダンテスは彼を妬む者の謀略により、無実の罪で投獄される。そこは難攻不落の孤島シャトーディフ。全てに絶望し、牢屋で自害しようと考えるが、そこでファリア神父という人物と偶然出会う。彼は牢屋のベッドなどから得た金属片を加工して脱出道具を作った。彼はシャトーディフからの脱出を試みている途中にエドモンとであったのだ。賢者たる彼にあらゆる知識を授けられたエドモンはシャトーディフを脱出し、自分を陥れた人々への復讐を誓う》
「お前が俺のファリア神父か? 神父って柄じゃないな」
《そしてエドモンは脱獄の後、結婚を誓った恋人メルセデスが、かつての恋敵と結ばれているという事実を知る》
「…………」
「そう怖い顔をするな。そうならないために、私は手を貸すのだ。エドモン・ダンテスは脱獄に十数年必要とした。君は一日も掛からない」
意地の悪い発現だったな、と灯火は省みて言う。夜道としてもむっとしたのは事実だが、それは心の奥にしまっておくことにした。
――灯火は真摯に協力してくれている。
そう、夜道は信じているからだ。
《尚、彼は後の時代の人々によって様々に曲解されて――例えば手からビームを出す超人になったり、虎顔の宇宙人になったり……》
「おいそれは一体なんだ」
《どうでもいいことだ。さて、どうやらカメラへのハッキングは終わったようだな。思考操作が停止した》
灯火にそう言われて、夜道は少し驚く。確かにカメラへのハッキングは終わった、しかしそれをなぜ悟られたのか、という疑問が浮かんできた。
「どうして分かった?」
《私は君と同化しているんだ。電脳体に生じた変化くらいは察せる。もっとも、あくまで漠然とした察知だがね。さて――始めよう。この世で最も雑な脱出撃を》
その言葉と同時に、夜道は体が軽くなるのを感じた。一瞬戸惑ったが、すぐに自分の身に何が起きたのかを理解した。
――処理を請け負う、って灯火は言ってたな。
《言っておくが、私が代行出来るのは零鳴に関する処理だけだ。例えば君が行う思いハッキングの処理を手伝うことなんかはできない》
「十分。さすがに何でも頼むわけにはいかないからな」
《結構、では零鳴を起動したまえ。使い方は教えた通りだ。何、簡単だ。強くイメージして、指を鳴らせば良い》
「……」
《どうした?》
「ゼロコマンドとかラジエル写本とか……その、個性的な名前だなあと、今更ながら」
《言うな。私の本体は十四歳病に罹ってるのさ。な? それ以上は言うな。言うなよ、分かったな》
「お、おお……」
それ以上は灯火の機嫌を損ねる気がして、夜道は話題を打ち切る。
そして想像する。ここから逃げ出す為の方法を。
――天井が見えない程の高さ。どうする?
――《翼でも生やせば良い》
――鳥の飛び方を俺は知らない。
――《その通り、道具を生成しても使い方を知らなきゃ意味が無い》
――なら、やっぱり階段だ。壁に沿うようにして階段を生成しつつ上るのが良い。疲れたら、途中で踊り場を生成して、そこで休もう。
――《ふむ》
――決まりだ
夜道はぱちん、と指を鳴らした。それが零鳴の起動キーだ。
「っ、なんて負荷……」
零鳴の反動が電脳体に返ってくる。それは、今まででの経験の中でも結構な負荷の処理だった。
――こんな物を冷泉灯火はポンポンつかってたのか!
夜道は灯火の規格外さをやがて夜道の想像通り、壁に沿う様に簡単な階段が生成され――
「……あれ?」
なかったのはなぜだろう、と夜道は疑問を呈する羽目になった。代わりに夜道は背中に妙な重量感を感じていた。それはリュックの様に背負うタイプのものだったが、収納能力は皆無で、その代わりに二つの噴射口があった。
「……おい、何だこれは」
《背中のそれのことなら噴射装置だ。ランドセルサイズまで小型化し、持ち運びが可能になった――》
「そうじゃない。なんでこんな物が生成されてるんだ。俺は階段を作ろうとして」
《その案なら却下だ。私が処理に割り込んで生成物を変更した。階段なんて生成量が多くてたまったもんじゃない。なによりつまらん。……ああ、安心しろ。それの使いかたなら私が知ってる。なんていったって、それは私がかつて機工科学研究部に所属していた際に作ったものだからな》
機工科学研究部。その名前を聞いた夜道は、背中にざわりとした痺れが走るのを感じた。夜道は知っている。その部活動がいかに悪質で手に負えない生徒の集まりであるかを。
「奇行科学研究部!? あのマッドサイエンティストの悪魔集会か!?」
《失礼だな》
「そう言われるだけのことはしてるだろ! 学園の列車を勝手に変形ロボに改造したのはどこのどの部活だ!」
《私だ》
「なんとぉ!?」
《それよりいいのか? 背中のそれはな、どうせ君は文句を言って点火しないだろうから、生成から三十秒以内にエンジンが入る様に設定してあるぞ》
「えっ」
ちょうどその時、夜道は背中の噴射装置が振動するのを感じた。やがてそれはほのかな熱を発し、シュッと何かが爆ぜた音が聞こえたかと思えば、小型の機械とは思えない爆音が部屋に轟くことになった。
「ちょ――――――――ま――――――――!」
《ククク。さあ両腕を伸ばせ、姿勢制御しろ。空への旅は今始まった。脱獄だ、脱獄の時間だ。かつての私の様に。判断ミスを思い知らせてやろう。同じ方法でヒトを閉じ込めようとする間抜けに》
「うおおおおおおおおおおおおおおお!?」
という叫び声を上げながら、夜道ははるか先の天井へ向けて飛び立った。
◇ ◇ ◇
「暇だなあ……」
と、人間観察部の二年生はライフル銃をハンカチで磨きながらぼやいた。やることがない、かといって持ち場を離れるわけにも行かない、というのが今の彼の悩みだった。
彼はある部屋の警備の仕事を請け負っていた。普段なら基本的には一室に一人の警備がつくなどありえないのだが、今回は特例だった。
「よお、交代の時間だぞ」
「お、もうそんな時間か」
と、やってきたもう一人の生徒とやり取りをする。
「いやー助かったよ。もう退屈で仕方が無くってさ」
「ハハハ、それはそうだろうな。だって……」
交代でやってきた生徒は、扉の小窓から部屋の中を覗いた。
その部屋の中には、不思議と誰もいなかった。ただ部屋の床は明らかに新しいコンクリートで塗り固められていて、まるで大穴を塞ぐような様だった。
「……この下に、例の海月夜道が閉じ込められてるんだってな。地下千五百メートルの長い空洞。まさかここから脱出なんて、まあ無いだろう。そりゃ退屈だろう」
だよなー、と二人で言い合った。
「あの海月夜道とて、地下からよじ登って、あまつさえ脱出なんて」
ありえない。そう言おうとしが、言えなかった。
轟、とした空気が爆ぜる音――音の発生源は、扉の向こう。
「!?」
二人は驚き、ライフルの安全装置を解除した。トリガーにも指が掛かっている。二人の警戒レベルは一気に最大までハネ上がる。
――まさか
と、二人に悪寒が走る。気分は最悪であった。脱出負荷の牢獄から、最悪の男が這い出てくるかも知れない――そう考えるだけで、今すぐ逃げ出したくなった。
海月夜道が閉じ込められていた牢獄――いや、牢獄とは呼べない。ただの深い穴だ。それゆえに、絶対強固なのだ。再び彼を外に出す前提など無い設計なのだから――それがいかにして破られようとしているのか、二人には想像も出来なかった。
「……下がってろ、俺が確認する」
と言って、一人が扉に近づく、扉の小窓から部屋の様子を確認しようとした。
コツコツ、と硬い床の上を歩く。そこで、
「……うおっ!」
ばしゃり、と聞こえたかと思えば、靴底から水が染み出して足の裏を濡らした。水溜りだ。
「ったく、驚かせないでくれ。……どうした?」
「いや、ここ地下一階だろ。何で水溜りがあるんだろうなーって……」
その疑問に答えたのは他の誰でもない。夜道であった。
水溜りは部屋の扉の下から伸びていた。その水は夜道が生成したものだからだ。
ぱちん、と夜道が指を鳴らせば指からスパークが散る。夜道は電気を生成した。小規模だが、雷と同等の力を持つそれは、水溜りを伝って部屋から外へ、そして――。
「ぎゃあああああああ!」
突如電撃が走り、意識を失う。
「――本当に、来た!」
幸運にも水溜りに触れていなかった彼は、冷静に一歩下がってそれに近づかない様にする。そしてホロウィンドウを展開、連絡帳から通信担当の生徒への連絡を試みる。
しかし、
「通信不可? どうしてだ?」
「俺がジャミングしてるからだろうな」
はっとして声の主を確認する。一瞥して分かった。間違えるはずが無かった。どこにでもいそうな外見のくせに、魔王のような雰囲気で他者を圧殺する、凶悪無比の権化!
「海月よみっ」
「いや、その流れはもういいぞ」
夜道は首筋にチョップを入れる。急所を適切に狙った攻撃だ。「うっ」と一言うめきを残して、その生徒は倒れた。
「……意外と快適な空の旅だった」
《そりゃそうだとも。空気抵抗を打ち消す為のバリア発生装置。可能な限り振動を除去する最高品質のショックアブソーバー。そして、暇を解消する映画配信サービス。至れり尽くせりだ。まさに小型ファーストクラス! ククク、自力で空を飛べるようになるまでは、これを使って鳥の合成種やら戦闘機やらとドッグファイトをな――》
「ホント何やってんだお前」
《やりたいことは、ほとんどやったさ》
軽口を叩き合った後、夜道は周囲を確認する。
「さっきのヤツはここが地下一階だって言ってたな。なら、フロアを一つ上がれば脱出可能なワケだが」
《何か気になることでもあるのか?》
「ああ、近藤寛治の話しによれば、かつて俺と一緒に暴れた仲間がここに収監されているらしい」
《ほう。成程。その仲間とやらも一緒に助け出したいワケだ。しかし、どうやって見つける?》
「……ま、誰かに聞くのが一番早いわけなんだけど」
そういって、夜道は近くにいた手がかり後方AとBを見やった。
一人は感電して瀕死である。
もう一人は首筋への一撃で気絶している。
《この有様だが》
「ま、まあ。大丈夫だ。少なくとも、一人は見つけだせる」
《どうするつもりだ?》
そう問われて、夜道は「まあ、その」と一拍置いて言った
「アイツな、うるさいんだよ」
◇ ◇ ◇
「おいテメエ! いつまでオレをここに閉じ込めるつもりだよ! あ゛あ゛!? この野朗、ここから出たら真っ先に八つ裂きにしてやるからな! 覚悟して置けよ、この×××野朗! おい聞いてるのかこの――」
うるさい、と見張りの生徒は溜息をつく。
どうして自分はこいつの担当になってしまったのだろう――と、自分の運の悪さを呪う。祭葉学園には関わってはいけない三人の女子生徒がいる。そして、この女はその中で最も頭のおかしい女――またはあ、と溜息をつく。
「あ、先輩お疲れ様っす。交代の時間っすよ」
「……もうそんな時間か、ありがたい。ここにいると病みそうになる」
「へへーん。俺に任せてください。あ、それとこれ見てくださいよ!」
そういって男が見せたのは、鞘に収められた剣のようなもの。鞘から抜くと、黒く焼きいれされた無骨なものが姿を見せる。
「大鉈? そんな物どこで手に入れたんだ」
「押収品の山にあったんですよ! 部長に確認したら、にやにや笑いながら『持ってっても構わないよ』って! うひゃー! かっこいいですねえ!」
「っておい! 危ないから振り回すなよ!」
「へへ……すんません」
「大鉈っつたかテメエ! ふっざけんな! それに触るな。それはオレのだ。オレの武器だ! 汚ねえ手で触るな!」
鉄扉に衝撃が走った。女が扉を殴ったのだ。それも一発ではない。二発、三発と、痛みを知らないかのように殴り続ける。
「……アシュリー・スタンフィールドじゃあるまい。お前の力じゃ扉は破れんよ」
ぽつり、とそう漏らす。ただの独り言、返答など期待していな。
「ああそうだ、力じゃ破れないな。なら、こうするしかないだろう」
しかし、その独り言を否定する声が聞こえた。
はっとして周囲を見渡す。その声は明らかに異物だった。
牢屋の女の声ではない。交代に来た後輩の声でもない。もちろん自分でもない
――では、誰だ?
そんな思考はすぐに停止させられた。
女が収監されているはずの部屋――その鉄扉が開いているではないか!
「な――!」
「『な!』じゃねえよこのクソ野朗! テメエよくもオレをこんな狭くて汚い部屋に閉じ込めてくれたな!」
勢いよく飛び出した女子生徒。その力を拳に乗せて、男子生徒を全霊を持って殴りつけた。
「ぐおおっ!」
女子のものと到底思えない怪力が、男子生徒を襲った。確かにそれは鉄扉を破るには不十分だったが、ヒトを怪我させるには余りに十分すぎる力だった。
「この野朗! この野朗! この野朗この野朗この野朗!」
左手で首を掴み、右手で顔面を殴り飛ばす。首を押さえられているせいで衝撃が上手く逃げず、殴られた痛みはほぼ百パーセント体に伝わっていた。
「ほら、何か言えよ! 謝罪の言葉は? 反省の言葉は? 早く! ほら、早く――何だ、つまらん。もう気を失ったのか」
女子生徒は糸が切れた様になったその生徒を、先ほどまで自分が入っていた牢屋に投げ入れた。その男子生徒の顔は目も当てられないくらい変形していて、モザイクの反映禁止処理がほどこされる程だった。
「あ、ひひ、ひいいいいいいいいいいい!」
それを見ていた後輩は一目散に逃げ出す。しかし、
「おっと駄目だ。お前には聞きたいことがある」
行く手を阻んだのは、夜道だ。逃げようとする男子生徒を足をかけて転ばせる。そして、あらかじめ生成しておいたガムテープでその口を塞ぎ、逃げられない様に両手両足をテープでぐるぐる巻きにした。
「ん――ん――!」
「悪いな。ちょっとだけ時間をくれ」
ふう、と夜道は一息つく。
――やっぱり、すぐ分かるな
夜道は牢から出た後、すぐに補習棟の各フロアの監視カメラにアクセスした。しかし映像にはアクセスしない。夜道は音声のみを取得した。とある女子生徒を見つけ出すには、それだけで十分事足りるからだ。
そして音声を取得しているうちに、異常に騒がしいフロアが一つだけあった。それは、目的の女子生徒が騒ぎ立てる音だった。
その女子生徒は今、夜道の目の前にいた。
少しくせっ毛で、三白眼が特徴的なその女子生徒の名前は、日柳薊と言った。
「アザミ」
と夜道は呼ぶ。すると、薊は振り返って、夜道に向かって駆け出した。その助走の勢いのまま、夜道に向かって、
――あ、やばいなこれは
「よみちーっ!」
っと叫びつつ、思いっきり抱きついた。
「ぐえ」
「夜道! やっぱり夜道だった! そうだろうよ! 夜道は鍵開けが得意だったもんな! わざわざ助けに来てくれたのか! 大好きだぜ夜道!」
《……ふむ、これはこれは》
と、灯火はなにやら意味深に呟く。
「よみちーっ」
「……」呼吸が出来ない。
「よーみーちっ」
「……」顔が激しく圧迫されている。
「……夜道?」
「……」巨大な双丘が、空気の流れを阻害する。
「……あ、わりわりい」そのことに気がつく。
「……っつは! ぜえ、ぜえ……」
ようやく開放された夜道は呼吸を荒くし、必死に酸素を取り込んでいた。
「し、死ぬかと思った……」
「嫌だぜ、夜道が死んだらオレは泣く。絶対泣く」
「まあ。もう死んでるけど」
「そうだったぜ!」
薊は快活に笑う。
《いや、中々勢いのある女子生徒だ。元気のあるのは良い事。ククク》
「……元気がありすぎるのも、困り物だけどな」
「ん? 何か言ったか?」
「いいや、なんでも」
「そうかー。いやーそれにしても、夜道がここにいるなんて。助けに来てくれたのか?」
「俺も捕まった」
「そうか、捕まったのかー。……え?」
嘘だろ? と薊は夜道に問う。不良行為を繰り返している自分と違って、夜道は捕まる理由はない、と薊はその表情で大いに語っていた。
「……はめられたんだ。事情は後で話すけど、ともかく俺はある連中をとっちめなくちゃならない力を貸して――」
「夜道をハメたァ!? どこのどいつだ、許さねえ! オレがぶっ飛ばしてやる!」
――協力的なのは嬉しいけど、最後まで話を聞いてくれないかなあ
《無理だ。この手合いは私の時にもいたが、誰も手綱を握ることはできなかった……例え、私でも》
――そうか……
夜道はおそらくどこか遠くを見ている灯火に同情する。苦労したんだろうな、と夜道は薊を見ながら、そんなことを考えていた。
「おっし、それじゃあ脱出するか。こんなところに長いする理由も無いぜ」
そう言う薊に、夜道は「あ、待った」とストップをかける。
「実はまだアシュリーと一葉を見つけてない。出来れば一緒に助けだして連れて行きたいと考えている」
「……何だ、あいつらも捕まってるのか。まあいいけどよ……全裸はともかく、一葉、一葉もか……あのちんちくりんもか……」
と、ブツクサと薊が独り言を呟く。夜道にはばっちり聞こえていたが、あえて無視することにした。
――薊と一葉は、異常に仲が悪い。
それは死神部隊の時から全く変わっていなかった。今更このことを指摘しても薊を興奮させるだけ――ゆえに、夜道は余計なことは言わない。
「まあ、そういうわけだ。今からこいつ――」
と、言って夜道はガムテープで拘束した男子生徒を指差す。
「こいつを尋問して、場所を聞き出す」
「待った。それ、オレにやらせてくれないか?」
その言葉を聞いた夜道は、悪寒を感じる。
すぐさま『眼』を用いて、薊の状態を観察した。
――あ、駄目だこれは。止められない。
そう判断した夜道は、薊の提案を認めることにした。
「……ちゃんと聞き出せよ?」
「おっし、オレに任せてくれって! じゃあこの、私が閉じ込められてた牢で尋問するから、夜道は外を見張っていててくれよな」
「はいはい」
「あと、……覗くなよ」
「分かってる」
「おっし! じゃあ、行って来るぜ!」
そういうと薊は床に転がっている男子生徒の髪の毛を掴んだ。そのまま引きずって、牢屋の中へと放り込む。男子生徒はガムテープ越しに抗議の声を上げていたが、薊は聴く耳持たない。
そして牢屋の扉は不機嫌そうに閉じられた。
《夜道、ラジエル奇眼で何を見た?》
「ストレスの状態」
《ストレス?》
「そうだ。明らかに許容数値をオーバーしていた。もうああなった薊は止められない。あの男子生徒は、その、ご愁傷様って感じだ」
◇ ◇ ◇
「いいか良く聞けお前がその汚い垢まみれの手で触ったのはオレの武器だオレが愛用する武器だ夜道が私にプレゼントしてくれた武器だオレのオレだけに夜道がくれた武器だオレの物だオレ以外の人間が触っちゃいけないものなんだわかるか?わからないよなあわからないからそんな易々と触ってくれたんだろお前が毎晩好きな女のことを妄想して××かいてるその汚い手でオレの物に触ったんだろ気持ち悪い不快だ最悪だお前ふざけるなよこれはオレのだぞ何勝手に触ってるんだおい眼を逸らすな何を泣いているんだお前が悪いんだから涙を流す権利なんて無いにきまってるだろふざけるなよああ不愉快だいつもなら眼球抉り出して踏み潰して踏み潰して踏み潰して地面にこすり付けて砂まみれにしてから戻してやるんだぜだけど今日はやることがあるんだ簡単に保健室送りには出来ないんだぜ残念だけど夜道の頼みなら仕方がないさて答えろ全裸とちんちくりんクソ女の場所はどこだ答えろ答えろ答えろ早く早く早く!ああ口をふさがれてちゃ何もいえないよな悪かったこれは私が完全に悪いマチェットで切ってやるからちょっと待てどうしてそんな表情をしてるんだぜ私が普通にガムテープを剥がすわけないだろだってそれは夜道がはったガムテープなんだから直接触ったら興奮して何をするかわからないぜ本当はゆっくり丁寧にオレの手で剥がしたい剥がしていけど今は興奮したら駄目だ聞くこときかなきゃ夜道に嫌われるぜそれはいやだ絶対にいやだああくそマチェットが汚れてる拭かなきゃ早く拭かなきゃこの夜道がくれた武器に夜道と私以外の手垢がついているなんてオレは耐えられないぜなんて苦行だ全部お前のせいだ他の誰でもないお前のせいだああ泣けてくる涙が出てくるそうだ泣いていいのはお前じゃないオレだけだおっと話がそれたなじゃあマチェットでテープを切るから大人しくしてるんだぜほらつーっとつーっとつーっとどうだ中々上手いだろこれでじゃべれるだろは?馬鹿かお前はまだお前に傷はつけないに決まってるぜだって聞くこときいてないんだから当たり前だろ馬鹿かお前ああだから私のものに気安く触れたのか馬鹿なら仕方がない許さないけどな許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
いいから、早く言え。アシュリー・スタンフィールドと雨宮一葉はどこの牢にいる? ……ふーん。あっそう。分かった。
じゃあ死ね」




