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死神代行、或いは神の分霊。我が名はメモリア

「……ん」


 夜道は目を覚ます。頭が妙に重かった。ベッドの寝心地は最悪だった。ギシギシと硬いスプリングのせいで、それこそ床で寝たほうがマシだと夜道は思った。

 最初に見えた物は、打ちっぱなしコンクリートの天井、そして壁と床。それらは所々カビが生えていて、後は汚れたトイレと、鉄扉の小窓から僅かに光が入るばかり。余り良い環境ではないと言うことが理解できた。


「眠って、いや、気絶していたのか。ここは……」

『東部の補習部屋だよ。海月夜道』


 突如、ホロウィンドウが夜道の目の前に展開された。はっとして、夜道は目の前のそれに目を向ける。

 ホロウィンドウには流れるビデオ通話が繋がっているようだった。それを見て夜道は溜息をつく。


「最低だ。お前が管理する側に閉じ込められるとは。人間観察部部長、近藤寛治」

『おお、俺のことを知っていたとは光栄。しかし違うぞ海月夜道。私は生物部だ』

「提出書類上ではな。この、人を閉じ込めて観察するのが趣味の変態め。……公安が管理する補習棟。人間観察部が管理する私立補習棟。堅牢さで言えば公安の方が上だろうに、何で俺はこっちに閉じ込められたんだ?」

『忘れたのかね? 君は防衛委員会によって捕縛されたんだ。よって、保健室で電脳体の修復を受けた後の君の身柄の管轄は公安ではなく、防衛委員会と契約した人間観察部になる』


 そう話していると、夜道は腹部にずきりとした痛みを感じた。何か燃えるようなエネルギーが流動する感覚――それは、ちょうどマキナに刺された場所からだった。


「……ッ。ちゃんと治療したのか? 刺された場所が痛む」

『知らんよ。それは保健室の管轄だ。だが、痛む人間を観察するのは中々無いことだ。ここに送られるのは、保健室で治療を受けた校則違反者だから。ふふん、保健室には黙っておこう。いいや、礼状くらいは送ろう。貴重な機会をありがとう、と』


 この野朗、と夜道は心の中で思う。


「それで? 机はどこだ? 椅子は? 大量のプリントは?」

『おお、一体君は何を言っているのだ』

「お前こそ何を言ってるんだ。補習部屋は校則違反者に補習を受けさせる場所。罪の重さで補習内容が変わり、重罪であればあるほど難しく、長時間の補習を受けることになる。補習内容を消化すれば、はれて刑期終了だ。俺がやるべきプリントはどこだ? さっさと終わらせて外に出てやる」

『そんな物は無い』

「はあ?」

『君は無期懲役だ』

「冗談も大概にしろ。俺は元指導公安委員会だ。祭葉の校則に、無期懲役を課す罰則が無いことは知っている」


 夜道は低い声で言った。


『そんなこと俺だって知っている。しかし、例外(・・)はあるだろう』

「……くそ、また生徒会か!」


 その言葉を聞いた寛治は嬉しそうに笑って、言った。


『そうだ、生徒会だ! 生徒会がこの素晴らしい機会を与えて下さった! 人間災害海月夜道! 君をモニタリングするのが楽しみで仕方がない! この――絶望的な虫籠の中の君を!』

「悪いが、お前に付き合ってる暇は無い」


 そう言って夜道はこの部屋の扉に向かってハッキングを仕掛けることにした。

 思考操作(リガード)。所詮は鍵。アクセスさえ出来れば如何様にも操作できる、と。鍵穴なら内部機構を操作して開けてしまえば良い、暗号キーなら話はもっと簡単で、パスワードを読み取れば終了――しかし、夜道は今まで経験したことのない異常に遭遇した。


「……なんでアクセスできないんだ? この扉、判定はただの壁? 扉そのものが存在しないとは、どういうことだ?」


 戸惑う。夜道は確かに視界に存在する鉄扉に対してハッキングを仕掛けた。

 ところが、鍵らしい物は検知できなかった。何度アクセスしても、その鉄扉の判定はただの壁と同じだった。


『わははははは!! まさか君を閉じ込める為に普通の部屋を使うと思ったか! そいつは特別製だ、ただの扉じゃない! もがけもがけもがけ! 私は見るぞ、君のことを! 最後まで! 全ての行動を、全ての感情を! 海月夜道という怪物を! ああ――――楽しい! 面白い楽しい快感だ!

 さらに今日は前菜が三人もいたんだ。学園内最低最悪の女共! 一人は大人しくてつまらなかったが――他の二人はコメディだ、一人は獣の様に吠え始めたし、もう一人はあろうことか清潔な風呂を要求してきた! 高い金賄賂を払って、公安の補習棟から送還してもらっただけあった!』


 それを聞いた夜道、咄嗟に浮かんできたのは、よく知る女子生徒達。


「――まさかそれは」


 夜道は寛治の語る【最低最悪の女共】に心当たりがあった。

 一人は金髪全裸。一人は公安の生徒。そしてもう一人は、夜道に次いで破壊的な力を持つ女子生徒。


『おっと、口を滑らせてしまった。失礼失言! だが、それを知ったところで君はどうする? そこから出られない君は!』


 そういうと寛治は通信を切った。ホロウィンドウには【通話が終了しました】と表示されるだけだ。


「……くそ」


 夜道は改めて周囲を確認する。

 コンクリの部屋、トイレ、ベッド、あと壁だか扉だか分からない物。

 夜道は扉に近づいてみた。扉はスライド式の物で、手を掛ける部分は無く、内側からは開かないようになっている。触れてみてもただ冷たいだけだ。なんの変哲もないただの扉だ。

 小窓から外を覗いてみた。パチパチと点滅する蛍光灯で照らされた廊下。小窓から見える範囲に人らしい姿は無い。看守の存在すら確認できなかった。対面の部屋の様子は、夜道の場所からでは伺えなかった。他に誰が捕まってるかすら分からない。


「……」


 夜道はもう一度扉にハッキングを試みる。しかしやはり無駄であった。ただの扉に鍵開けのハッキングをしたところで、ただエラーが返ってくるだけだ。


「――くそ!」


 鉄扉を殴る。手に痛みが走ったが、それでも夜道は鉄扉を殴る。自分の中の焦りと苛立ち潰すように。


「くそ、くそ、くそ! 俺はこんな所にいる場合じゃないんだ。マキナを探しに行かなくちゃならないんだ! ――マキナ! お前はどうして俺のことを海月夜道様(・・・)と呼んだ! 俺の事を『様』で呼んだのは一人だけだ。どうしてお前はミヅキと同じ呼び方をした! お前は何者なんだ! ……人間に近づきたかった? それじゃあまるで、お前は人間ではなかったような物言いじゃないか」


 夜道は想起した。生前に夜道が綴った恋物語を。ミヅキ、海月家のメイドにして、夜道の初恋を。

 重なる。楽しげに笑うメイドの姿と、グレーの髪のマキナの姿が。

 夜道は何年か前に冷泉灯火から受けた説明を思い出した。

 祭葉学園は死者の学校である。屍から脳を取り出し、脳から精神情報を抜き出し、精神情報をデータに変換して学園へと送る。


 ――では、人格が元々データであるアンドロイドは?


 夜道は一つの仮説を立てる。


 ――あくまで、現時点では仮説にすぎない。けど、そうとしか考えられない自分が。そうであればいいと思う自分がいる……


 それは、緋之宮マキナとミヅキは同一の存在であるということ。


「……仮説だ。いまいち重ならない点もある。口調とか俺の知ってるミヅキと大分口調が違うし……。それを確認する為にも、ここは出なくては。出て――どうする?」


 夜道は緋之宮マキナの行方を知らなかった。マキナに刺されてからの記憶が無いからだ。だから夜道はここを脱出したところで、マキナを探しようが無い。そして、いきなりの敵対行動のこと。それの謎も解かなくてはならない。


「だが手がかりはある」


 榎田海座、もとい祭葉宗三郎。この男が唯一の手がかりだった。何故マキナに執着を見せるのか夜道にはまだ分からなかったが、マキナを狙い、マキナを攫ったという事実だけは確実だった。

 夜道はこの薄暗い独房で宣言した。


「祭葉宗三郎。お前は俺が、他の誰でもない俺が暴いてやる。お前が何を目的をしてるかなんて知るか。だが、お前は俺をこんなところに閉じ込めた。何よりマキナを苦しめた。許すものか。暴いてやる。例え電脳世界の果てまで逃げようとも、ワームホールで目の前から逃げようとも、例え俺の電脳体が崩壊しようとも、お前を追ってお前を暴く。逃げられると思うなよ、祭葉宗三郎(・・・・・)!」


 その言葉が鍵だったのだろうか。

 突如、夜道の体に異変が起きた。


「――ッ!」


 腹部に突然激痛走った。余りの激痛に夜道はその場でしゃがみこんでしまう。それでも耐えられなくて、夜道は床に倒れてしまった。

 ミミズの様にのた打ち回る。脂汗が額から噴出す。ぜえぜえと呼吸が荒れる。


 ――熱い。


 腹に手を当てた。そうすることで、痛みはマキナに刺された所から発生しているとわかった。そして、そこだけは真の意味で異常だった。本当に熱いのだ。その部分だけが高温を発生させていて、まるで鉄板に触れているようだった。


「か――、は――」


 その吐息は放熱板の様だった。体が息を吸うことよりも、息を吐くことを優先していた。電脳体が苦しいと悲鳴をあげている。


《落ち着け、もう少しで終わる》


 声が聞こえた。頭の中に直接語りかけてきた。念話通話のそれに近い。この一人だけの部屋で、夜道に語りかける何かがあった。


 近藤寛治――ではない。女性の声だ。


 ――誰だ?


 と、回らない頭で記憶を辿った。聞き覚えのある声だったのだ。どこかで、はるか昔に聞いた覚えがあったのだ。


 《ああすまない。だが、自己紹介はこの施術が終わるまでまってくれ。……ん? 君、特別な目を持ってるな。……大分丁寧に移植されてるな。この目の前の持ち主は相当なハッカーだったらしい。だがすまないが、私はそんな丁寧な書き込みは無理だ。この状態ではな。と言うわけで頑張って耐えてくれ》


「あ、ぐう!」


 そしてまた激痛が走った。


 ◇ ◇ ◇


 その声にとってもう少し、とは一時間のことを示すらしい、と夜道はやっと落ち着いて恨み言を紡いだ。


「……痛ってえ」

《良く耐えたな。常人なら一度は気絶してもおかしくないぞ?》

「その方がマシだ」

《違いない。だが気に入ったよ。根性のある男は好きだ》

「ああそう……それで、お前は誰だ」

《そういう君は?》

「海月夜道」

《そういう名前が流行なのか?》

「知るか」


 そう夜道が問うと、女性は《ふむ》と一言。そして、少し間を置いて応えた。

《私が名乗ったところで、と思わないでは無いけどね。では、名前を名乗る前に少し私の正体について話そうか》

「正体?」

《そう。私の正体。私はある女子生徒の記憶の一部だ》

「その時点で意味が分からん」

《いや、理解しろ。現に私はこうして君の腹に埋まった結晶から、君と同化している。少なくとも物体ではない、概念的なものであることは理解できるだろう》

「同っ、化?」


 夜道は驚いて声が裏返ってしまう。そんなことお構い無しに女性は続けた。


《ああ、腹に埋まってた結晶は溶けて消えたから気にしなくていいぞ》

 それはそれで何か問題が有りそうだが、と夜道は思ってしまった。

《私は不定形の記憶の欠片だった。他にもいくつも祭葉学園に散らばっているだろう。私は女子寮のある一部屋で漂っていた。記憶の主が元々住んでいた部屋だ。もう五十年近く前になるか――そこで私はふよふよと浮いていたわけだが。

 数年前、その部屋に緋之宮マキナという女子生徒が入寮してな。いや、不気味な生徒だったよ。喜怒哀楽が全く存在しない生徒だった。アレは壊れた機械のようだった。その女子生徒に、私は興味を持った。気まぐれさ。試しにその女子生徒に、今君にやったように侵入したんだが――驚いた。緋之宮マキナの電脳体は特異だ》

「特異? 別に変わったところなんて無いと思うけどな」

 その言葉に《外見上はな》と女性は答える。そして続けた。

《緋之宮マキナは、電脳体が内包する情報量が異常に多い。そのせいで私は今君にやっているように問いかけることができず、緋之宮マキナに呑まれて自我を停止させてしまった。しかし、だ。緋之宮マキナは突然私を電脳体から抽出した。そして結晶に封じ込めると、君に突き刺して強引に移植した。

 そして、君の中で目覚めた私は、どうしたものかなあと悩んでいたわけだ。何せ私は君のことを知らない。故に、興味が無い。このまま君の体の中で眠っていても良かったんだが、何? 祭葉宗三郎をぶっ殺すだと? 驚いたさ、まさかこの学園の生徒で、アレのことを知っている人間がいるなんて夢にも思わなかったさ!》

「それで、お前は俺に興味を持ったと」

《そうとも! 私という記憶は、そもそも私は祭葉学園の正体を暴く為に学園に残されたのだから。歓喜だ、祭葉荘三郎という大人を認識した、君という存在を祝福せずにいられようか! 記憶の主は己の記憶を抜き取って学園に散りばめた。その意図は、祭葉学園の謎を解くのに失敗した主が、いずれ自分の意思と同調するものが現れると信じて、バラバラに記憶の欠片残したのだ。

 さて、そろそろ名乗ろうか。私、という言い方はおかしいか? まあいい。この記憶の欠片の本体の名前は冷泉灯火。五十年近く前の祭葉学園にいた女子生徒、その残留思念が私さ》

「れ――!?」


 驚かないわけが無かった。冷泉灯火。それは夜道をこの学園に導いた者の名前だ。

 夜道はその姿をはっきり思い出した。ところどころほつれて薄汚れた白衣。床まで伸びた長い髪。よれよれのジーンズ。まるで浮浪者、或いはやつれた女子大学生。


《何だ、まるで私を知っているかのようだな》

「知っているんだよ! ポテトチップスを貪り食う、心を読むのが上手い神様!」


 その言葉に、灯火もまた驚愕する。


《……驚いた。本体の私も知っていたとは。どこかでのうのうと生き延びているのか。しかし、学園にはいられまい。おそらく、学園の外で適当に空間を生成して生き延びたのだろう。どうやってコンタクトを取った? 神様とは一体何のことだ?》

「……気にしないでくれ。こっちの話だ。ただ、彼女が俺をここに導いたんだ」

《ふむ、まあ私が言うのもアレだが、本体が考えてることなんてちっとも分からん。まあ、この場にいない人間なんてどうでも良い。今は祭葉宗三郎を見つけ出しすのが最優先だろう。ククク、ようやく会えるな祭葉宗三郎。……と、言いたいところだが。ここはどこだ、海月夜道。なぜ閉じ込められている》


 そう聞かれて、夜道はばつが悪そうに答える。


「……ここは近藤生物部の管理する補習棟だ。ここはその一室。祭葉宗三郎と相対して、ヘマしてここに閉じ込められた」


 それを聞いた灯火は「ああ」と理解して言う。


《人間観察部の根城だな。補習受講者を一日中観察し、同時に彼らを外部に安価な労働者として提供する性質の悪い部活動。私の頃からあったよ。それで、そこの扉から逃げないのか? 君は祭葉宗三郎を追うほどのハッカーだ。鍵開けの心得くらいあるだろう》

「そこに扉は無い」

《何?》

「何度かそこの扉にハッキングを仕掛けたけど、判定はただの壁。壁に対して鍵開けをしたって無駄だ。ほとほと困ってる。一体どうしろっていうんだ」

 

 それを聞いて、灯火は忌々しげに《……ああ、そういうことか》と呟く。


《……そのやり方知ってるぞ。私もやられた。もし五十年前と同じ方法なら――君、頭が重くないか?》

「頭?」


 夜道は確かに頭に違和感を覚えていた。妙な重量感――それは先の戦闘による疲れが残っているためだ、と夜道は思っていた。

 その事を灯火に伝えると、《ああ、多分それは違う》と答えた。


《海月夜道。これは笑えるほど単純な仕掛けだぞ。私も同じ境遇にあった時、これに気がついた時は大笑いしたさ。両目の周りを調べてみろ、全部分かる》


 何で――と聞こうとしたが、灯火の言葉は《いいからやれ》と言った雰囲気を漂わせていたので、黙って従うことにした。

 両指を目の周囲に当てて撫でるように調べるうちに、気がついた。


「……?」


 指が何かに引っかかった。目の周囲に何かが貼り付けられている。明らかに異物だ。目覚めた瞬間からこれが張り付いていたから気がつかなかったのだろう。


《何かあったか?》

「ああ」

《ビンゴだ。それを引き剥がせ》


 言われるままに、その異物を引き剥がした。


「痛っ!」


 目の周辺に張り付いていた粘着性物質は、夜道の手によって剥がされた。剥がれたそれに毛がついていなかった事から、眉毛と睫毛は無事らしいと夜道は安堵する。

 それは黒いゴーグルの様なもので、夜道はそれを見たとき「こんちくしょう」と、この単純な仕組みに気がつかなかった自分に向けて言った。


《気がついたか? それはよーするに、ヘッドマウントディスプレイの様なものだ。ゴーグルの裏に映像を投影して、装着者を没入させる。君はずっと映像を見せられて、偽物の空間に閉じ込められているように錯覚させられていたワケだ。ハッキングばかりに頼っていると、こういうことに気がつかなくなって困る。さて、今度は見えるだろう。本物の空間が》


 ああ、と夜道は周囲を見回す。

 汚いトイレ、寝心地が悪いベッド。コンクリの壁、床……


「待った。この部屋、何で扉が無いんだ」


 じゃあどうやって俺はこの部屋に入れられたんだ、と混乱する。


《いいや、天井を見てみろ》


 そう言われて夜道は天井を確認した。しようとしたが――不可能だった。夜道の頭上には天井など無かったからだ、代わりにあったのはどこまでも伸びる壁と、天井を隠す闇。


「そうか、俺はどこからかここまで下ろされたのか」

《その通り。おそらくここは、五十年前に私の扱いに手を焼いた公安が、人間観察部に依頼して作り出した地下空間。さて、地下何メートル地点だったか……》

「……」

《どうした、海月夜道》

「お前は相当なトラブルメーカーだったんだろうなあって思ってた」

《ククク、自慢するほどじゃないがね。今度試しに図書館の歴史年表を見に行ってみろ。おそらく私の名前があるはずだ》


 視認することは出来ないが、恐らく灯火はとても自信有り気な顔をしている――擬音で表すならドヤァとしている、夜道はそう考えて呆れた。

 さて、と夜道は考える。この部屋の脱出方法だ。現在地は地下で、周囲はコンクリートで塗り固められている。壁を破壊しても土があるばかり。


 ――穴を掘って脱獄?


 いいや、と夜道はその考えの優先順を下げる。それでは時間が掛かりすぎる、と。ではどうするか、夜道は空を飛ぶ方法でもあればなあと思っては見る。しかし、夜道はただのヒトだ。鳥類との合成種(キメラ)でも無ければ、変異種(ミュータント)でも魔法使い(ウィザード)でもない。


「コンクリの壁を変形させて梯子を作る」

《やめておけ。疲れるぞ。ただでさえ空気が薄い地下だ。途中で気を失ったら目も当てられない。それに、だ。君、電脳体に若干ダメージが残ってるぞ。結構な処理を行ったな。保健室が完全に修復する前に連れてこられたか。ここを上りきるまで耐えられるか?》

「じゃあコンクリを階段に」

《駄目だ。壁のコンクリートでは量が足りない》

「結界を階段代わりに――」

《ふむ、君は空間制圧が行えるのか。だが、それもやめておけ。万が一祭葉宗三郎がいた場合、結界を解除させられるかもしれない。ゴム無しバンジーは投身自殺と変わらん》

「――限界突破(オーバークロック)で」

《それは許さない。電脳体にダメージが残っていると、私は言わなかったか?》

「じゃあ」


 どうすればいいんだよ、と夜道は苛立って言う。

 ベッドに腰掛ける。はあ、と溜息を一つついた。肩が軋む。確かに体にガタが来ているのだろう、と夜道はようやく自覚した。


 ――手詰まりだ。


《――なんて、絶対に考えるなよ》


 夜道の考えを読み取ったように、灯火は言った。


《君一人なら現状打破は難しいだろうさ。しかし、今は私がいる。幸運か、緋之宮マキナが起こした奇跡か、はたまたこの事を見越してか、私が君の中にいる。私の力を忘れたのか? 冷泉灯火本体は記憶をバラバラにして学園中に散りばめた。そして、記憶を読み取ったものの助けになれば――と、自分の力を(・・・・・)それぞれの記憶に《・・・・・・・・》複製して分け与えた《・・・・・・・・・》》

「――なん、だと」

《なんだ、知らなかったのか。君のその目、【ラジエル奇眼】は冷泉灯火の力の一つだ。相手の状態を読み取る目。君、私本体と出会った時、名乗っても無いのに名前を当てられなかったか? おそらく本かを読んでいただろう。その本こそがその目のオリジナル、【ラジエル写本】だ》

 目のことを指摘されて夜道は驚く。

 

 ――これも冷泉灯火の力?

 

 言われてみると、灯火は何か本の様なものを呼んでいたかもしれない――と、先日の夢を思い出しながら考える。


「……この目は、祭葉学園を卒業した俺の師匠――花見梓(はなみあすざ)先輩から譲り受けた物だ。『第二ボタンの代わりにあげる』って」

《第二ボタン? それは二十一世紀、いや二十世紀風習だぞ。今時そんなことする人間がいたとは。それに、名前から察するに花見梓は女子だろう。ボタンを渡すのは普通男子から女子だ》

「うん? そうなのか。確かにあの人は中性的な外見だったけど……」


 と夜道が言う。灯火はそれを聞いて本気で呆れた。


 ――童貞か、同性愛者なのか、それとも異性を認識できないのか。


 問いただそうとしたが、やめた。同じ女子として、花見梓に同情するものはあったが――今はそんな話をしている場合じゃない、と思い直したのだ。


《まあそれはいいさ。おそらく花見梓に宿った私は、何らかの理由で君に移動することを拒んだのだろう。だからラジエル奇眼の私は君に宿らず、力だけが移植された、と。

 ――さて海月夜道。問題だ。私と言う記憶の欠片には、どんな力が宿っていると思う?》


 その問いに対して、夜道はすぐに答えを考え付いた。当然だ、灯火の言うところの【力】を、夜道は散々見てきたのだから。

 マキナは指を鳴らすと、結晶を生成することができた。夜道はそれを、物質のなりかかりと推理した。

 灯火は指を鳴らすと――あらゆる物(・・・・・)を生成することができた。


「ゼロから物質を構成する能力」


 それを聞くと、灯火は満足気に言った。

《そうだ、その通り。冷泉灯火が最も使い、最も信頼した書き加え行動、【零鳴(ゼロコマンド)】》

「その力を使ったマキナは、毎回毎回気を失って倒れたが」

《そうだろうさ。これは冷泉灯火の力だ。緋之宮マキナの力ではない。なら、彼女がこの力を使うには、本来なら最適化が必要だ。しかし、緋之宮マキナに宿った私は自我を停止させ、彼女のために力の最適化を行えなかった。

 しかし、今回は違う。私は自我を持って、君に話しかけている。私は君のために【零鳴】を調整しよう。力を使う際には、処理を出来るだけ請け負おう。

 さあ、私に少し時間をくれ。ここから脱出するぞ海月夜道。祭葉宗三郎に一泡吹かせてやろうじゃないか》

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