うるさい街の、三つの鈴が聞こえる場所
「暇ねー」
舞を店からたたき出した張本人、鈴乃音理子が耳をひょこひょこと動かしながらそう言った。
「同じ言葉。五回目」
二枚のホロウィンドウを展開し、事務作業をしながら燐はそう答える。一枚のホロウィンドウには仮想キーボードが表示されていた。それを叩いて、もう一枚のホロウィンドウに表示されている表計算ソフトウェアに数字を打ち込んでいた。
「……仕事終わり」
そう言って、燐は腕でホロウィンドウを払うジェスチャーをする。すると、今まで展開されていた二枚のホロウィンドウが一度に閉じられた。
「お疲れ様。早いわね」
「繁盛していない店の事務なんてこんなモノ」
「悲しいこというわね」
「事実」
「暇ねー」
「六回目」
「今日はお店閉めようかしら。誰も来る気配ないし」
と、いうことを理子は考え始めた。
「……誰か忘れてる」
「え? ……あー」
まるですっかり忘れていた、お店のウェイトレスのことを理子はたった今思い出した。今頃何をしているのだろう、と理子は約一時間ぶりに思った。
「ねえ、燐。あの子ちゃんとお客さん連れてくると思う?」
「無理。おそらく、今頃男子から必死に逃げてる」
「かもしれないわね。それじゃ、行きましょうか」
「どこへ?」
「舞を迎えに」
その言葉を聞いた燐は、目をぱちくりとさせた。まさか理子からそんな台詞が出るとは思わなかった、とその眼がありありと語っていた。
心外だ、と思い理子は答える。
「意外? でも半分ノリでたたき出したようなモンだからね。さすがにちょっと罪悪感があったり、なかったり。まあいいか。燐、何か身を守れそうなもの持ってる?」
そう聞かれた燐は何も言わず、言葉の代わりにホロウィンドウを五枚展開した。そこには理子には読めない、暗号化された文字列が並んでいた。
それが示すことは一つであり、燐の言いたいことを察した理子は後輩を諭すように言った。
「ハッキングねー。それも一長一短よ? 確かに何かを仕込むならそれ以上のものはないけど、咄嗟の事態には反応できない。襲われてからキーボード叩いても遅いから、ね。やっぱり何か護身用の武器を持ったほうがいい、と先輩から後輩へアドバイスよ」
「……私に武器を振り回せるほど、運動能力があると思う?」
「だからハッキングに頼ると」
「そう」
――それは危険な考えなんだけどねー……
と理子は思うが、口には出さない。一触即発がゴキブリのように潜んでいるこの祭葉学園で、咄嗟の対応ができることがどれだけ大切か。そんなことをまだ一年生の、入学してまだ一ヶ月の燐に説いたところで、いまいちリアリティに欠けて想像しにくいだろう、と思ったからだ。
――そういえば、ねえ。
にやりと理子は笑う。
「でも、それは二番目の理由ね。一番の理由は別にあるでしょ?」
ぴくり、と燐。理子は当然それを見逃さない。「一体何のこと?」――などというお決まりの台詞を燐が吐く前に、理子は追求する。
「憧れの人がいるんだって? なんでも、すごい実力のハッカーだとか……。誰のことかは知らないけど」
「……何のこと? それは根も葉もない想像に過ぎない」
「――って舞が言ってた」
「あの爆乳殺す」
「ってことは、本当に憧れの人がいるのね。ね、ね、誰なの? 男? 女?」
うふふふふ、と理子の思考は完全に女子会脳へと移行していた。或いは、後輩をいじる先輩脳か。ともかく、理子はかわいい後輩から秘密を聞き出そうとするのが楽しくてしょうがなかった。
「……教えない。それより舞は?」
と、強制的に話題を締め切る燐。理子は全然聞き足りなかったが、舞のことを放置するわけにもいかず、
「そうね、いい加減行きましょう」
と、棚からフライパンを取り出した。
「なぜフライパン?」
「知らないの? コックの武器はフライパンって相場が決まってるの。海の上のコックはマーシャルアーツで、丘の上のコックはフライパン」
「意味がわからない」
「そういうもんなの」
と言うと、理子はホロウィンドウを展開した。ホロウィンドウにはマイクのアイコンが表示されている。音声認識型の操作コンソールだ。理子は料理で両手がふさがる事が多いので、この形式を好んで使っていた。
「加熱開始!」
その言葉を合図に、理子の電脳体はあらかじめ組まれていたハッキングプログラムを作動させた。
ハッキング対象は、理子の持つフライパンだ。外見からは変化が見えない。一体フライパンに何をしたのか、燐は理子に聞いた。
「何、それ?」
「フライパンに属性を付与したの。これは今から自分から熱を出す、触れたら大やけどする鈍器。中々強そうでしょ? しつこい男子はね、これで股間を焼くの。燐は知ってるかしら? 出産の痛みと金的、どちらが痛いか。私は金的の方が痛いと思うの。出産はね、希望があるから耐えられる。たとえどんなに痛くたって、可愛い赤ちゃんの為ならきっと私達は耐えられるわ。でも金的は絶望しかない。痛みの先に何もないからね。ふふふ、このフライパンが直撃した元カレの顔、今でも思い出せるわ。思わずサディスティックな快感に目覚めそうになって――って、そこ。どん引きしないの」
燐は背筋が凍るような感覚を得た。彼女は生まれてからずっと女子として育ってきたし、生物学上も女子だ。だから男子の気持ちはあまり良く分からなかったが、男性の生殖器はなぜか体の外に出ていることは知識と知っていたし、それゆえに一番狙いやすい男子の弱点だということも知っていた。そして、そこを叩かれると想像もしたくない激痛に襲われることも。
そういえばと、学園内には電脳体の情報を書き換えて、性別を変更しようとしている集団がいるらしいことを、ふとして燐は思い出した。もっともそれはただの噂にすぎないし、この話を聞いて性別を変更しようとも思わなかったが。
「……ん?」
理子は、どこか気になる匂いを感じた。犬の因子を持つ理子は嗅覚が通常の人よりも遥かに鋭い。常人では感じることのできない匂いまで、細かく嗅ぎ分けることができるのだ。
「これは、どう転ぶかしらね……燐、ちょっと静かにね」
は? と燐が言いかかるが、理子はそれを「しっ!」と制止する。
ゆっくりと一歩、二歩と、抜き足差し足で理子は店の扉の前まで移動した。その両手は、熱されたフライパンをしっかりと握っていた。いつでも振り下ろせるような状態で。
「――6……5……4……」
そして意味ありげにカウントダウンを始めた。何の説明も受けていない燐の目には、ただの奇行としか映ってなく、お客さんが来なさ過ぎてついに頭がおかしくなったのかと考えてしまった。
実際のところ、一応ちゃんと理子なりの理由はあった。匂いの強さで、とびらの向こうのある人物との距離を測っていたのだ。
「3……2……1……」
いよいよ、理子の目的の人物が目の前まで迫ってきていた。今頃、目的の人物は店のドアノブに手を掛けてる頃だろう、と予想できた。
「……ゼロ!」
その声と同時に扉が開いた。現れたのは女子生徒二人と、男子生徒一人。それぞれの名前は、歌草舞。緋之宮マキナ、そして海月夜道だ。
「……わっ! ちょ、部長!」
舞が驚き、声を上げる。それも当然だ。理子はフライパンを明らかに不適切な使い方――すなわち、一人の人間に対して振り下ろしていたからだ。
攻撃の対象は、夜道だ。
「貰い! ……いっ!?」
いざ、直撃しようとした時、その軌道は突然何かにはじかれた様に阻まれた。なんと夜道の危機管理能力の高いことか、そうでないなら優れた直感と反射神経か、夜道は明確な攻撃の意思を感じ取り、物理障壁を展開したのだ。
そんなことされて、夜道も黙っているわけにも行かない。
――明確な敵意。
夜道は思考操作を行った。すると、理子のフライパンに白線の幾何学模様が浮かび上がる。それは夜道の思考操作の影響で、フライパンに施された不正改造を解除するものだった。
幾何学模様は数秒して消えた。それは解除タスクが終了したということを示す現象であった。
夜道は理子からフライパンを掴み、ひねる様にして取り上げる。自然と鍋の側を持つことになったが、夜道のハッキングで熱を発する機能は完全に取り下げられており、危険の無い、いたって普通の調理器具へと戻っていた。尚、もう片方の腕側では相変わらずマキナがぐでっとしていた。
――あ、これマズいわ
そう判断し、理子は床を蹴って後ろに下がる。しかし、店の中という空間での移動距離は有限だ。理子はまだ、夜道の攻撃の届く範囲に居た。
一方の夜道、マキナに肩を貸しているために理子を追いかけることができない。ならばと、夜道は拳銃に手をかけようとして、
「ストップ! ストップですっ!」
夜道の行動をさえぎる様に、舞が声を上げた。
「何をしてるんですかー! お客さんですよ! 当たったらどうするんですか! 店の評判ガタ落ちですよ!」
「は? お客さん? 舞、もしかしてあなた客引きに成功したの?」
「そうですよっ! 料理代金は私が全部だしますけど! その人は私をしつこい人から助けてくれた恩人ですよ! 私はお礼をしようと……」
「え?」
舞の言葉を聞いて――燐は我知らずと言った風にそっぽを向いていて、どんな状況か察した夜道は内心やれやれと思いつつ、既に銃を修めていた。
「もしかして私、盛大な勘違いをしてない? 舞に悪い虫がついたのかと……しかも、とんでもない男の匂いを感じたから。えと、海月夜道であってるわよ、ね? あ、頷いた。――さて、ようこそ私のお店へ。死神部隊の海月夜道センパイ。現在お店は絶賛閑散中。肩の女子とお好きな席へどうぞ」
何事も無かったのように接客を始める理子。その白々しさ夜道は一周回って関心した。
舞の方はそうは行かなかったようで、理子の代わりを務めるように「ごめんなさい、本当にごめんなさい……迷惑かけっぱなしで」と何度も頭を下げていた。
◇ ◇ ◇
「舞を助けてくれたんでしょ? じゃあこれは私の奢り。遠慮なくたべなさいな」
慣れない敬語は理子には難しかったようで、口調は元のフランクな言い方へと戻っていた。
ゴト、と夜道とマキナの座るカウンターに理子の料理が置かれた。皿一杯に盛られたナポリタンだ。ともかくたくさん食べたい人間からから見れば、それは空腹の人間からすればありがたい量だった。かもしれない。
「……何グラム茹でた?」
「三百グラム。あ、乾麺で三百グラムね。学生には質より量のほうがウケがいいのよね。ウチはおしゃれなカフェなんて目指してないから。そういうのは中央学生街の連中にやらせていけばいいのよ」
実に三人前である。
「『鈴乃音理子』」
「おお? 私まだ自己紹介してないわよ」
「名前を当てるのが特技で。ついでに特技も当ててやる。お前、大分鼻が利くだろう。犬の情報を電脳体に付与したのか」
「かわいい耳でしょ? でも合成種としての力は、『千在幻獣』に遠く及ばないわねー」
「当たり前だ」
「お二人は知り合いですか」
「違う」
「そうは見えないんですが……」
「初対面ねー。間違いなく」
そうは見えないんですが……と舞がぼそっと呟く。それを聞いた理子は捕捉するように言った。
「でも、私は一方的に知ってる。さっきも言ったけど、知らない方がおかしいのよ。『限界異常』『平面召喚状』『千在幻獣』『論理結界』。死神部隊四人の二つ名ね」
その四単語を聞いて、夜道はため息を一つつく。
「その恥ずかしいアダ名で呼ぶな」
「え? かっこよくない? 初めて学校新聞で見たとき、腹を抱えて笑ったわ。ホント、可笑しなアダ名! いやーうわやましいわー、私もほしいわー」
「……新聞部め。許すまじ」
さらっと本音を言った理子。自分の通り名が世間でどういう扱いを受けてるか知った夜道は微妙にショックを受けていた。
それをごまかすように、夜道はナポリタンをつつく。ちん、とフォークが皿を叩く音が聞こえてきた。
「……?」
夜道は気がつくことには、三百グラムも盛ってあるそれにフォークを突き刺しても、深すぎて皿に到達するわけがない。つまり明らかに量が減っている。少し減った、なんてモノではない。目測で三分の二は減っていた。
「部長には『無礼者』がよくお似合いだと思います」
「だから鈴乃音先輩だってば。それに、え? 無礼者って何? 泣くわよ? 犬みたいに、あおーんって」
「近所迷惑だからやめてくださいっ!」
「わー! 舞がいじめるー! 燐ちゃーん助けてー……って、あら? 燐はどこに行ったのかしら」
理子と舞が何かやり取りをしていた。それは夜道にとって別に気になるものではなかったが、後輩にいじり倒されている理子に対して『ざまあ』と思わなくもなかった。
――そういえば。
と、ふと思い当たる。先ほどから完全に存在が消えている。緋之宮マキナはいったい何をしているのだろうと。
「どうしたマキナ。さっきからだんまりで」
夜道は思い出したように、護衛対象の名前を呼んだ。
「ひゃい?」
口の周りをケチャップでべったりと汚し、頬を膨らませた護衛対象がそこに居た。まるで愛玩動物の様である。喉を鳴らせて、ほおばっていたナポリタンを飲み込む音が夜道の耳に聞こえてきた。
こほん、と。マキナは一つ咳払いをして、
「少し雑な味付けだけど、値段と量を見れば悪くないわ。お腹が空いている時にはぴったりね。少し具が少ないかしら? でも見た目のインパクトでそんなのは帳消しね。料理の基本は味、香り、それと見た目よ。人間、味は舌だけで感じてるわけじゃない、五感を全て使って味を感じるのよ。料理は見た目で大分味が変わるわ。美しく盛り合わせれれば理想だけど、こういう山盛りの方向性もアリね。これだけ盛りに盛ってあれば、多少材料費をごまかしたってばれないし、美味しく感じるわ。でも、これだけだとちょっとしつこいかしら? コーヒーとかとセットで出したほうが」
「口を拭け」
「はい」
マキナは備え付けの紙ナプキンを一枚取り、口の周りを恥ずかしそうに拭き取る。その動作はぎこちない。上手くケチャップを拭き取ることができておらず、まるで子どもの様だった。
という夜道の心情を、なんとなく察したマキナが言うことには、
「し、仕方がないじゃない! こういうのを食べるのは初めてなんだから! 電脳体は何も食べなくたって動くことはできるんだし!」
と説明した。
めちゃめちゃな回答である。
マキナの説明を聞いても、夜道は少し納得が行かなかった。ナポリタンとぶよぶよのパスタをケチャップであえるという、イタリア人発狂物のパスタだ。日本製の、日本人ならだれもが知っている料理である。それをマキナは初めて食べた、と言った。
確かに電脳世界たる祭葉学園では、確かに食事はとらなくても電脳体を維持することはできる(生命活動という枠から外れた、ここ電脳世界では栄養もなにも無いからだ。ただし、空腹を感じるので多くの生徒はちゃんと食事を取る)。
しかし現実世界、すなわちまだ生きていたころはどうなのだろうか? そこが夜道の疑問点だった。
あんなにも普及した料理を初めて食べた?
――まあ、ありえなくは無い。
しかし、夜道が不思議に感じた点はそこよりも、もっと根源的な問題だった。マキナのぎこちないその様子は、まるで生まれて初めて食事をしたかのような様子に見えたのだ。
現実世界で、どんな食生活を送ってきたのだろう――と思い、マキナ本人に聞いてみたくなった。しかしながら、夜道は思うだけで留めることにした。
――祭葉学園において、生前のことを聞くのはタブーである。
不思議な話しだが、祭葉学園に入学する生徒はおおむね生前にいい思い出が無いとかたる(らしい、と夜道は聞いている。確かに夜道は、死ぬ直前に最悪を経験をするはめになった。
――他のやつはどうだかは知らないけど
せっかくこの電脳世界で自由に暴走しているのに、死ぬ前のことをほじくり返されるなど、大部分の生徒にとっては苦痛以外の何者でもない。
しかたがないので夜道は、
――マキナは多分、栄養サプリメントか何かを摂取してたんだろ。よく考えると珍しい話じゃない。少なくとも、俺が生きていた現実世界では。
と納得することにした。
未だにマキナは口の周りを拭いていた。せっせとがんばってナプキンで顔を磨いているが、その成果が現れる気配はまだない。顔の汚れは押し広げられて、むしろ悪化していた。本当に子どもの様である。
「子どもか」
「……? 私はまだ三年生よ? 当たり前じゃない」
当の本人は特に気にしていない様子だったので、夜道はそれ以上指摘しない。
ついでに、理子がカメラアイコンの表示されたホロウィンドウを展開していたことも、あえて教えなかった。夜道の電脳体に画像データの受信要求が来ていて、思考操作でそれを許可したことも当然教えなかった。理子は「くっくっく」と笑いを抑えられないようだ。
「そういえば、アンタは夜道を見ても怖がらないのね」
マキナが思いついた様に言った。
「ん、一体何のこと……あー、私がこの人を見ても、怖気づいてないってこと?」
「そうよ。何でかしらないけど、会う人会う人夜道を怖がってるみたいだわ。教室に来た公安委員会も、ここに来てから遭遇したナンパ男も。はっきり言って、異常よ。いろんな人が言ってる、『死神部隊』っていったいなんなの?」
マキナがふと、思い出したように言った。
異常――人に対して使うにははばかられる単語だ。マキナはあえてそれを使って夜道のことを形容した。
それを聞いた夜道は、
――まあ、そうだろうな。
と、その言葉を受け入れた。素直に受け入れた、というよりはもう言われなれた、と言った感じだ。
自覚しているのだ。自分がはみ出し者だということを。
「……あなたもこの人のこと知らないの?」
「今日の今日まで引きこもりを楽しんでたわ」
「堂々と言うものじゃないと思うな、私。言っておくけど、私もその人は怖いわよ。尻尾を前に巻きそうだもの。でもねー客にいちいち怖気づいてたら、コックなんてできないってね。ふふふ、私の前では誰もが平等な扱いよ。……でも、他の生徒はそうは行かないってのも当然ね。だって――」
「死神部隊が結成されたのは二年前。私達が入学する前の話」
理子の言葉は、突然さえぎられた。
「あ、燐。どこに行ってたのよ」
凛々燐だ。夜道はラジエル奇眼でその名前を確認する。
「死神部隊、という名前は彼らが名乗ったものではない。彼ら四人の、圧倒的な力と全く躊躇い様子から、周囲が恐怖を持って勝手に呼び始めて定着したもの。」
「あなたは詳しいわねー。一年生なのに」
「彼らは公安委員会から派生した自警団系の未認可部活動。彼らは去年の冬まで活動し、解散した。彼らの活動する間、祭葉学園はもっとも平和な状態だったと言われる。そのメンバーは――」
「ちょっとちょっと、さっきから私のことを無視しないでー返答してー」
燐は無視しすることにした。
「『平面召喚状』雨宮一葉。『千在幻獣』アシュリー・スタンフィールド。『論理紋様』日柳薊。そして『限界異常』海月夜道。死神部隊の四人はそれぞれを象徴する、特別な技能を持っている。
雨宮一葉は自分の電脳体にバグがあった。そのバグは通常の電脳体には無い特別な力を持っていた。そして彼女は写真から無限ともいえる火器を生成、敵を征圧する超能力者となった。
アシュリー・スタンフィールドは合成種の力であらゆる障害を排除した。獣の姿は余りに醜く、直視できた者はいない。鳥とも言われる。魚とも言われる。蛇とも言われる。
日柳薊は死神部隊でもっとも危険な女。彼女は二振りの大鉈を振り回し、案山子を切るように敵を薙いだ。不思議なことに、彼女はあらゆるハッキングを受け付けない。その力のことを彼女自身もよく分かっていない。ゆえに彼女は、自分自身を人では理解不能なモノ――魔女と呼んだ。そして――」
と、燐は夜道を見据えた。燐は夜道から少し遠い位置に居る。まっすぐに、彼女の瞳は瞬きもしない。腕は後ろで組んでいて、背筋はぴっと伸びている。姿勢が崩れる様子はない。その機械のような態度に、夜道は緊張を高める。
「海月夜道は、他の三人と違って特別な力は無かった。――そう言うと見劣りしそう。けど、誰もが覚える基本的な技術『ハッキング』の能力が恐ろしく高かった。書き換え、書き加え、侵入、侵食、剥奪……あらゆるハッキング行動において、彼に敵う者はいない」
といった風に、燐が夜道の評価をつらつらと述べた。
「って言われてるけど、夜道。ただ者じゃないとは思ってたけど、まさかこんなになんて思って無かったわ」
マキナにそういわれて、夜道は首筋がむず痒くなるのを感じた。
――はっきりいって、恥ずかしい。
などと思っていても、燐は夜道を見たまま視線をずらさない。
自分はこの女子生徒に対して何かアクションを起こすべきなのか考えてしまった。しかし、夜道が何か思いつく前に燐が行動を起こした。
「海月夜道は尖った力は無い。でもハッキングという、もっとも基本的な力が高い。だから、彼はこの学園の大抵のことには対応できる。それは、敵対するものには恐怖。見方からすれば尊敬に値するもの」
と燐が言った後、燐は一歩踏み出した。ローファーが古い床の上を歩くたびに、ギィと軋む音がなった。
音が止まったのは、燐がちょうど夜道の目の前に来た時だ。
「だから」
何かを躊躇っているのだろうか。燐は後に続けたかった言葉を飲み込んでしまった。
おや、と燐の異常に最初に気がついたのは、理子と舞だ。なんだかんだと、燐と一緒にいる時間が多い二人。彼女らの知る燐は無表情で、自分から喋ることはあまりせず、黙々と仕事に取り組む静かな女子生徒だ。
その燐が、少し俯きがちにもじもじとしていた。なぜだか顔も僅かに赤い。
「だから、さ、サ……」
と言いながら、燐は後ろに回していた手を夜道にむけて出した。その手には、四角形の金色で縁取られた紙があった。
「サイン、ください……」
夜道はぽかん、と思考が止まり。
マキナは現状が飲み込めず。
舞はこの世の終わりを見た気がして。
理子は爆笑した。




