狂騒の街で
西部学生街、その裏路地に小さなカフェがあった。
外観は白とを基調としていて、いかにもといった感じだ。そのお店は最近できたばかりで、看板はまだ新しい。【ソング・オブ・ベル】と名づけられたそのカフェには三人の店員がいた。
「……暇」
カウンター席の向こう側で、鈴乃音理子はそう呟いた。彼女は二年生で、七年生の祭葉学園ではまだ若い方だが、この店では一番の年長者だった。
ソング・オブ・ベルは料理系の部活動で、この店の部長にして店長は、彼女だった。
彼女は特徴的な外見をしていた。彼女の耳は、顔の両側ではなく、その少し上のほうについていて、毛むくじゃらだった。犬の耳だ。理子は電脳体に犬の情報を取り込んでおり、その外見に僅かに犬の性質が発現してしまっていたのだ。一般に、彼女は祭葉学園において合成種といわれる存在だ。
「暇だわー……」
退屈そうに耳を垂らして、理子はそう言った。
理子がこの店を開いて二週間、来店した客の数は片手を使えば十分な、そういうレベルであった。
致命的なレベルで、この店は流行っていない。それが理子の悩みだった。店を構えて、平均以上のモノを出してドンとしてれば客が自然と現れる――というのは幻想だったことを、理子は痛感させられる。
「だから言ったんですっ。西部は酒の街だから、カフェの需要は全く無いって! やっぱり中央学生街にお店を出すべきだったんですっ! それかお酒出すべきです!」
そう言ったのは、一年生の歌草舞だ。ソング・オブ・ベルの看板娘で、色々と豊満だ。
もっとも、客がいないので彼女を看板娘と呼ぶ人間は理子と、あともう一人の店員だけだが。
「仕方がない。中央は土地代が高い。そんなお金用意できない。あとお酒は出せない。私達全員未成年」
もう一人の店員、一年生の凛々燐が淡々としたトーンでそう言った。彼女はこの店の経理担当だ。理子たちが少ない予算で店を出せたのも、数字に強い燐のおかげだ。あと色々と貧相である。
「……でも、そろそろ客が欲しいのも事実。広告を出す予算も無いから、口コミに頼るしかない」
「え? 生徒会から下りた補助金は?」
「想定より少ない。生徒会が全部活動に対して出す補助金の減額が決定した」
「えー……。やっぱり【今世紀最低の無能会長】は伊達じゃないわねー。はあ……」
「客が少ないうちは知り合いで店を回すべき。だけど……」
「私達は一年生ですから、西部に来たがる友達はいません。部長のお友達は?」
「部長じゃなくて鈴乃音先輩と呼びなさい。私ねー前は別の料理系部活動にいたんだけど、そこで色々あって追い出されちゃってねー」
「つまり?」
「あなた達と同じ。同輩は西部に来たがらないし、このお店に興味を持ちそうな料理系部活動の知り合いは、多分圧力がかかってるでしょう、ここには来ないわ」
理子の言葉で全員が沈黙した。
「……もしかして、お店を出す場所間違えたのでは?」
「だーかーらー! 何度も言ったじゃないですか! 借金してでも中央に出すべきですって!」
「うるさいわね、この牛乳女!」
「ひゃあ!」
理子はカウンターを飛び越えると、客席に座っている舞に一瞬で接近、そして正面から明らかに平均よりも遥かに大きい舞のバストを鷲づかみにした。
「ん……はぁ……やめて、くださ、んんん! あ、はぁ……」
「エロい声出しちゃって、羨ましい! なによその胸は! 奥の歓楽街の連中が好きそうね! クーパー靭帯切ってやろうかしら! あああああああああ! そう思わない? 燐!」
「私は一定の需要がある」
「ちっくちょおおおおおおおおお! そうだわ! いいこと思いついた! 私はコックだからここから離れられない。燐には事務仕事をやってもらわないと困る。舞、アンタ暇でしょう? 外に行ってお客さん連れてきなさい!」
「え、えええ……」
突然の理子の発案。それは無茶振りと俗に言われるものだ。成年の多い西部に、まだ入学して一ヶ月のいたいけな新入生を放り込む。それはそれは残酷な提案だった。
「大丈夫、――最悪脱げば」
「一体何を言ってるんですか部長!」
「鈴乃音先輩ね。ここは西部、一人くらい全裸がいたって気にしないわ。……あ、そういえばモデルのアシュリー・スタンフィールドは常に全裸らしいわ。あなたも真似しましょ」
「嫌ですっ! 絶対に嫌ですっ!」
「い・い・か・ら! さっさと男誘惑して連れてきなさい!」
「ひええええええ!」
こうして、舞は蹴りだされるようにして店から追い出され。西部の夜を一人で徘徊する羽目になったのである。
◇ ◇ ◇
「ここが西部学生街……」
目の前の光景は、マキナを驚かせるものだったらしい。
爛々と鮮やかに装飾された看板が輝き、店々からは酒に酔う人々の声。道端には白眼をむいて口からよだれを垂らす酔っ払。皆千鳥足でおっかなびっくりに歩き、肩と肩がぶつかれば大喧嘩。それを止める殊勝な人間はいない。皆がみんな、手を叩いて囃し立てるだけだ。はたしてここは昼なのか、と思うくらいに明るい。眠りを知らないモノが狂騒し、やがて朝日が昇るころにようやく静かになる。
不夜城。暗がりを知らぬ街。――そうあだ名されるこの場所が、いわゆる西部学生街だ。
「……雰囲気だけで酔ってしまいそうだわ」
鼻をくすぐるアルコールの匂い、この場所の人間は皆酔っ払っていた。彼らが息を吐くと体の中に充満した酒気が空気を侵し、狂乱色に染めて行く。
だから、その空気に当てられた男が面識がある無しにともかく女性に声を掛け始めるのも当然であった。
「ねえねえ、キミ暇?」
そうマキナに声をかけたのは、一人の五年生だった。
まだ二十歳に成り立ての彼は、酒に慣れていない。平静を装っているが、体はゆらゆらと揺れているし、顔は真っ赤だ。
その容姿も、やたらと洒落た格好をしているが、全部が全部新品でこなれていない。服装はまだマシなほうで、髪の毛は全く整ってなく、だが眩しいほどの金色をしていて、ちぐはぐでアンバランス。非常に意識が高そうだ。
――モテたい、って思いが透けて見えるわ。
マキナは露骨に嫌そうな顔をした。が、男はお構いなく定型文を続ける。
「キミかわいいね。名前は? どこの寮住み? 今何してるの? 彼氏いる? 暇なら一緒にお酒飲まない?」
「私は未成年よ」
「大丈夫大丈夫! キミはソフトドリンクを飲んでればいいから!」
「例え私がお酒を飲める年齢だったとしても、あと一杯でも飲んだら倒れてしまいそうな人と一緒なんて御免だわ」
「え? 酔ってないよ! ぜんぜん酔ってない! まだまだ平気だよ!」
へらへらと笑いながら、男はそう答える。どうしてその体たらくで酔っていないなどとのたまえるのかマキナは疑問でしかなかった。そこまでしてナンパを成功させたいのか、と。
「いいじゃん。のもーよ、ね?」
そう言って男はマキナの手を掴み、強引に手を引いた。知らない男に触られるということだけでマキナは不快だった。その上男の「俺の誘いに乗らないなんておかしい」という内心が見えすき、マキナは反吐がでそうだった。
「ちょっと何? 離しなさいよ!」
「気にしない、気にしない。ほら、あそこのバーなんか雰囲気が素敵だよ。きっとキミにぴったりだと思うんだ」
「離さないと危ないわよ?」
「んー? 何が?」
「アンタの後ろには酔っ払いの為に設置された公衆トイレ。その中にいるのは、アンタよりもずっとかっこいい男」
男は首筋、うなじの辺りに硬く冷たいものを感じた。何か金属のような物――それを確認するために後ろを振り向く。
「……俺がかっこいい男かどうかは置いておく。だが、お前はクソだ」
海月夜道だ。右手には銃だ。男の首に触れていたのは、夜道の銃、その銃口だったのだ。現在も銃は至近距離で男完全に捉えていた。夜道が引き金を引けば、男は速やかに保健室に送られるだろう。
「ひ、ひいいい! お、お前は……海月……夜道……!」
「俺のことを知っているとは光栄。だが、俺はお前のことなんて知らん。知るつもりも無い。興味が無いからな。だから、容赦はしない。さっさと寮に帰れ」
「わ、わかった。あ、そういえば君の名前聞いてなかったね。最後に連絡先だけでも……」
夜道は銃を男の首に力一杯押し付けた。
「ごめんなさあい! 誰か助けてー!」
男はすぐさま回れ右、夜道から逃げるように走り去って行った。
「トイレが長いわ、くらげ。もう少しであの男にホイホイされるところだったわよ」
「……ま、西部にはあの手合いが多いってことだ」
「アレで引っかかる女子が本当にいるのかしら? 馬鹿じゃないの?」
「一部、ナンパされることがステータスだと思ってる頭の緩い女もいるらしい
「ひどい話だわ。私、そんな軽い女に見えたのかしら?」
「下手な鉄砲でも数を撃てば当たる」
「前提が違うわ。そもそも射程に入ってないの。弾の無駄ね」
「キミかわいいね。名前は? どこの寮住み? 今何してるの? 彼氏いる? 暇なら一緒にお酒飲まない? ていうか連絡先ちょうだい? 笑」
割り込む様にして、先ほどとは別の男がマキナに声をかけた。
「こいつは?」
「論外よ」
夜道は無言で銃を突きつける。「あ? 何だてめえ……」と、男は夜道を挑発しようとした。が、夜道の顔を見ると態度は一変「ハハハ……」と、ごまかしたような笑い。そして、その場で回れ右、どこかへ去って行った。
「……ありがと。酔っ払いは困りものねえ」
「皆奥のホテルに泊まりたいのだろうさ」
と、言う夜道の言葉で、マキナはここに来る前に夜道が話したことを思い出したのだろう、顔をかあっと紅潮させてしまった。夜道はマキナの頭から湯気がでている様に空目した。汗でも蒸発したのだろうか、一体それほどに何を想像しているのだろうか。マキナの過剰な反応に、夜道は興味惹かれる。
「ムッツリ?」
夜道の言葉である。
「違うわよ!」
「……スケベ?」
「もっと表現を濁しなさいよ!」
「ねえ君可愛いね?」
「くらげ!」
夜道は無言で弾丸を、その男の眉間に叩き込んだ。そして男は状況を全く理解できないままに、保健室へと送られる。
一瞬、銃声に反応して周囲の生徒が夜道達に注目したが、「何だ、ナンパが撃たれたのか」と納得すると、全員興味が失せたように西部の狂騒へと戻って行った。
「……はあ、どうして私ばかりこんな目にあうのかしら。周りを見なさいな、もっとかわいい子がいるでしょうに」
「原因、分かってるじゃないか」
「何が?」
「お前が跳びぬけてかわいいからだろ」
突然の夜道の指摘だ。告発じみたそれは、マキナの思考を一瞬滞らせた。
しばしの沈黙、西部学生街の騒がしさは二人にとってありがたいものになっていた。とりあえず、音が聞こえる。間がもたない、という状況をいくらか緩和してくれている気がしたのだ。
「……え?」「……いや、なんでもない」「いいえ、私はしっかり聞いたわ」「幻聴だ」「それは嘘よ」「気にするな」「……もう一度」「は?」「もう一度、言いなさい」「……は?」「ほら、早く」「恥ずかしいだろ、俺もお前も」「ならなんで言ったのよ」「仕返しだ。……一体誰がかっこいい男だって?」「アレは馬鹿を追い払う為の文句よ」「もう一度、俺に対してかっこいいと言えるか?」「……か、か、かっこ――くらげはとてもかかか、かっこ」「もうやめようこの話題」「それがいいわ」
そこでマキナと夜道の会話は途絶えた。
西部学生街は明るく輝く。人人人のその中には、カップルも少なくない。たとえ狂騒が街を包んでいたとしても、彼らの周囲だけはロマンチックな空間が形成されていた。
――場違いだな、俺達
そう思っていたのは夜道だけでなく、マキナもらしかった。顔は下を向きがちになっている。
夜道はなんとなく間がもたなくなって、それが苦しくてこう提案した。
「表通りはああいう手合いが多すぎる。裏通りに行こう」
マキナはこくん、と肯定の意を示した。
◇ ◇ ◇
碁盤の目の様に広がる西部学生街。西に向かってまっすぐと延びる中央の広い道が、もっとも人の賑わうところだ。
そこから北へ、南へと移動すると、だんだんと暗くなり、人が少なく、静かになってくる。夜道達が移動したのは北側だ。
とぼとぼと夜道達は歩いていた。すると、ぐう、と裏通りの静寂を破るような音が夜道の耳に聞こえた。
「……ここに来た目的、忘れそうになってたわ」
恥ずかしがりもせずにマキナが白状した。
夜道も忘れそうになっていたが、西部に来た理由は食事のため。空腹状態を解消するためだ。
「指を鳴らして、ポテトチップスを作ったりは?」
「何言ってんのアンタ。――あの結晶を作り出すやつの事ね。残念、私はあれしか出現させられないわ。それに百パーセント結晶がだせるともかぎらなし、さっきのは運がよかったのよ」
不便よねえ、とマキナ。そして夜道は続ける。
「どこでアレを憶えた?」
夜道が気になっていたところである。夜道の知る限り、ゼロから物質を生み出す力を行使できるのは冷泉灯火だけだ。かくいう夜道も、過去に灯火の力の再現を試みてはいるが、成功した試しは無い。
「……聞きたい?」
「ああ」
「別にいいわ。でも……」
と、マキナはそこで言葉を切る。
すると――どうしたことか、マキナはふらりと体を大きく揺らし、力なく倒れようとしていた。
危ない、と夜道はマキナの体を支える。マキナは「ぷしゅー」と意味の分からない言葉(或いは擬音)を発していて、その顔に世紀は無い。体は糸の切れた人形のようにぷらんとたれていて、明らかに異常だった。
夜道はラジエル奇眼を使用、マキナの電脳体の状態を判定を試みる。
マキナの電脳体はは【運動不足】【夜型生活習慣】とに加え、【空腹】が追加されていた。
「くらげー……。私はもう駄目だわ……あの結晶の壁を作る力……あれ」を使うと猛烈にエネルギーを持ってかれるのよ。私、多くは食べれないのに、不便だわ……ほんと不便……夜道の言った通り、何かお菓子でも出せれば多少はマシでしょうに。もう限界……無理……どこかはやく入りましょう……」
呻き声とも形容できるような、細い言葉でマキナはそう言った。
――あちゃー
と夜道。成程、だから灯火はポテトチップスを大量に摂取していたのかと思いつつ、これからどうすべきか必死に考える。
マキナを肩に抱え、きょろきょろと周囲を見渡した。西部に食事に来た夜道達、一軒くらい食事処があると思っていたが、その見通しは甘かったことを痛感させられる。
裏路地には店が少なく、その少ない店は目に付く限りパブだった。どれもがまだ三年生である夜道達には不適当な店。どうしても食事する場所が見つからず、どうにもならなかった場合、最悪そこに入ることも考えたが、未成年の夜道達では入店の時点で断られる可能性が高かった。
仕方が無く夜道はマキナを引きずるように歩き出した。
「……軽い」
「当然よー……私は昔とは違うんだからー……」
何を言ってるんだ、と夜道は思う。
――もしかして昔はデブだったのか。ダイエットでもしたのか。だから【拒食症】なんてステータス判定が出てたのか。
と、思って夜道は気がついた。先ほどの判定で、なぜか【拒食症】の判定が消えていたことにだ。
なぜ症状が回復したのか、夜道には皆目検討がつかなかった。
――回復するに越したことは無いけどな。
そう思って、とりあえずその疑問はおいておくことにした。
――ともかく食事だ、食事。
そして夜道は、また当てもなくさまようことにした。
……はずだったが、夜道達の現状は、思わぬ闖入者のおかげで解決することになった。
「ひえぇぇ助けてくださいいぃ……」
夜道はどこからともなく、その言葉を聞いた。
「誰かー、誰かいませんかー……」
明確な、助けを求める声だった。続いて「ふえええ……ふええええ……」という呻き声。夜道は耳を澄まして声の発生源を特定することを試みた。
――真後ろ?
夜道は後ろをちらりと覗くようにして見た。
そこに居たのは男三人と、彼らに壁際に追い込まれた女子生徒だ。男三人はどこにでもいそうな平々凡々有象無象の、大学デビュー真っ盛りな容姿をしていた。一方の女子生徒はなぜだかウェイトレスの格好をしていて、色々と豊満だった。
「ねえ君」――壁ドン
「おっぱい大きいね?」――両手の指をいやらしく動かす。
「今暇?」――自分が一番かっこよく見えるポーズ。
「彼氏いる?」
「一緒にお酒でも飲まない?」
「ていうか連絡先ちょうだい?」
「笑」
「笑」
「笑」
「ひえええええ……」
ナンパであった。男三人で、女子を囲んで半ば脅迫じみた様相でナンパをしていた。
男達の表情は中々に下卑ていて、下心が丸出しだった。その女子生徒の色々と発達した部位が、男達の心を見事なまでに堕落させたのだ。
――ひどい絵だ。
西部ではよくあること、ただの他愛のない日常だ。と夜道は理解している。
しかし、目の前でこういうことをされては夜道も見てらず、止めることにした。
「おい」
その言葉と同時に思考操作を行う。
――目標指定。座標決定。凍結範囲設定。思考開始――
「なんだい」
「君は」
「僕たちの」
「邪魔をするのかい?」
「普通に喋れないのか?」
男達三人は振り向き、夜道の顔を見て「おや?」といった表情を作った。
「君は」
「海月夜道」
「死神部隊の海月夜道」
「なぜここに?」
「おい待ったこれマズいんじゃないか」
「ヤバイ、マジヤバイ。逃げるか? いや逃げよう。学園内でトップクラスに頭のおかしいヤツが、オレ達の目の前にいる」
「俺はイヤだね。折角の上玉がいるんだ。なんとしてでも、このおっぱいの大きい女の子はお持ち帰りする!」
「ひっ」
ぐへへへ、と汚い笑いで男はポケットからナイフを取り出した。電脳体の隅々までアルコールの情報が回り、明らかに正常な判断ができなくなっている。夜道がラジエル奇眼で確認するまでもなく明らかだった。
西部は公安の目があまり行き届いていない。公安の生徒も西部という街で娯楽に興じているからだ。その為、西部を訪れる生徒は必ず何らかの自衛の手段を有していた。
当然、そのことは夜道は折込ずみだった。
「ついでにおまいの肩を借りてるその女もお持ち帰りだ。へへ、今日はツイてるぜ! メイド! 美少女! おっぱい! 美少女! 美少女! エビバディセイ、美少女!」
「セイじゃねえよ馬鹿ッ。俺はしらねえからな!」
「お先に失礼! 面倒ごとは御免だ!」
一人は残り、二人は逃げ出そうとした。逃げ出した二人は賢明だ。しかし夜道は三人とも逃がすつもりは無かった。逃げ出した二人の気が変わって、仲間を助けんと夜道の不意を撃つ可能性が無いわけではないからだ。
「保健室送りだ、海月夜道! 君をブッ倒して、女の子に武勇伝として語ってやるぜ! そうりゃおれもモテモテよ!」
などと男はのたまうが、夜道はただの一言も、活字ならただの一文字も、その男の言葉を聞いてなかった。そもそも聞く必要がなかった。
三十秒。夜道が空間凍結及び、結界をを発動するのに必要とする最低時間だ。そしてその最低時間は、男達がぎゃあぎゃあと喚いている間にとっくに経過していた。
「キエエエエエエエエエエエッ!」
男がナイフを構えて夜道に突っ込もうとしていた。奇声を上げながら、目をぎらぎらと剥きなが駆け出そうとするその様子は、気狂いのそれである。月光を反射して光るナイフは、まっすぐに夜道の左胸を狙っていた。
常人なら焦燥に刈られるその状況下でも、夜道は身じろぎ一つしない。というのも、夜道はそのナイフに当たるつもりは毛頭なかったし、それ以前にもはやそれが夜道に届くことはないと確信していたからだ。
男が一歩踏み出す。そして二歩目を踏み出そうとしたところで、夜道は呟いた。
「凍れ」
「あ―――?」
地面につこうとしていた二歩目、それはいきなり動きを止めた。夜道によって、男の周囲の空間の流れが止まったのだ。時間の流れが止まった男は片足立ちの、ナイフを構えた奇妙な表情の彫像のようになっていた。
そうなったのは、一人だけではない。
「――」
「――」
逃げ出そうとしていた男二人も同様だった。完全にとばっちりである。あとは煮るなり焼くなり夜道の自由だが、夜道はこれ以上、男達に何かをするつもりはなかった。
――思考操作は疲れるし、銃弾も残り少ないし。
それよりも夜道がやるべきことは、この襲われていた女子生徒を安心させることだった。
ずるずるとマキナを引きずりながら、その女子生徒に近づいた。
「ひっ……。ひどいこと、するんですか……?」
おびえた顔で、夜道にそう言った。夜道は首筋をポリポリと掻きながら答える。
「しない。それよりも、その連中はあと五分は動かない。今のうちに逃げたほうがいい」
そういわれてウェイトレスの格好をしている彼女は、ようやく現状を飲み込んだ。なぜ男達が突然氷のように固まったか。彼女には検討もつかなかったが、ともかく自分は助かったのだと理解することができた。
「……あなたがやったんですか?」
「そうだ。……と、俺はそろそろ行く。ちょっと先を急いでいて――」
ぐううう、と気の抜けた音。
「……くらげー……まだ何か見つからないのー……。そろそろ限界よー……お腹の皮と背中の皮がくっつきそうだわー……。ヒモノみたいねー……。おいしそう……」
先ほどからずっと黙っていたマキナが、搾り出すようにそう言った。
「……気にしないでく」
ぐううううううと、また音だ。こんどは夜道の腹の音だった。
「お腹空いているんですか?」
「うぐ」
他人に指摘されると、こうも恥ずかしいものなのか、と夜道は思う。今すぐここから離れたいという心情が湧き上がってくる。
しかし、その恥ずかしさは、次の少女のことばですっ飛んで言ってしまった。
「あの、先ほどはありがとうございました。私は歌草舞って言います。良かったら、私のお店に来ませんか? お礼がしたいんです。軽い食事ならだせると思いますが……」
断る理由が全く無かった。




