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祭葉、夜、男と女

 夢を見ている間、ヒトは記憶の整理をしているらしい。と生前誰かが言っていた気がする。

 学校の先生だったかしら、それとも両親だったかしら。私はどっちのことももはや思い出せない。

 そういえば、私の親――母は美人だった気がする。父は美男子だった気がする。いや、母は醜女だった? 父は不細工? そもそも私に両親なんていたかしら?

 

……どちらでもいいわ。昔の話。

 

私は夢を見ている。頼んでも無いのに、私の無意識が勝手に行う、過去の記憶の整理。

 それは辛い記憶の再生。私の二度目の生の記憶。

 忘れたいの。

 でも忘れられないの。

 忘れてはいけないの。

 忘却は裏切り、記憶は鎖。縛られた者は罪人。

 右手に贈り物を、左手に毒薬を。愛するものには死を。

 その恋は悲劇。舞台装置は私。女が男を殺して物語は終わり。

 所詮私は機械仕掛け。きっと私はマクガフィン。物語(じんせい)にピリオドを打つための舞台装置でしかないの。

 なら、私は無慈悲な殺戮の機械に生まれたかった。そうであったなら、私はこんな気持ちにならずに済むのに!

 ……もしも一つだけ願いがかなうなら。この悲劇に幸せな後日談をください。

 もう一度だけ、私に恋をさせてください。


 ◇ ◇ ◇


 祭葉学園の少し外れの打ち捨てられた小屋、そこはかつては部室として使われていた場所だ。何部が使っていたかを知る人間はもういない。廃部した部活動のことなど憶えている人間の方がまれなのだ。

 現在夜道とマキナはその小屋を勝手に占領していた。公安の目を撒きつつ、マキナを休ませるためである。


「……ち……様……」


 それはまるで、誰かを呼ぶ声の様だった。

 夜道はひどい懐かしさを覚えて、はっと声のした方をを向く。しかしそこにメイドの姿はなく、居たのはマキナただ一人だ。カビくさいソファでもお構いなく眠っている。

 夜道はホロウィンドウの隅に表示されている時計を見た。既に午後七時を回っていた。


 ――もうそんな時間か。


 夜道としては、できればここから移動をしたかった。一応、夜道達は公安から逃げている身である。一箇所に長時間留まり続けるのは危険だ、と夜道は判断したのだ。


「マキナ、おーいマキナー。起きろー」


 と、声をかけてみる。しかし、よほど深い眠りに落ちているのか、目を覚ます気配は全く無い。


「マキナー。マキナー。頼むからー」


 夜道はマキナの方をわさわさと揺するが、それでも起きる気配は無い。


「……ん、だめ。あっ……顔……近いわ……」


 破壊的な寝言である。

 マキナは艶っぽい言葉を発して夜道の精神をくすぐる。心なしか体がくねくねと動いているような、なぜ頬が少し赤っぽいのか――その態度は夜道をただ困らせる。


「……俺は何もしていないぞ」


 ここは夜道とマキナしかいないのに、誰に弁解しているのだろうか。夜道は自分の名誉のためにそんなことをぼそりと呟く。


「……大胆ね。だったら、こっちだって……」


 突然、マキナが夜道の腕を掴んだ。そして、それを引き寄せると――夜道の腕はマキナの胸のふくらみに沈んだ。


「ちょ――ま――」


 マキナの胸は手の中に納まる、非常に適当な大きさをしていて、一言で表現するなら、魔性。思考回路を焼き切る、危険な白い果実。それを制服越しに触れているという事実は、夜道をただ困惑させるだけだった。


 ――いやいや、まずいだろ!


 そう思いつつ――すこし力を入れれば簡単に離す事ができるだろうに――夜道は胸から手を放すことができない。男の悲しい(さが)だった。

 せめて視線は外そうと、努力する。しかし胸を凝視していた目が次に見た者は艶のある唇で、「いやいやいや」と次に目が捕らえた者は艶かしい肢体。ソファに寝せるときは気がつくことができなかったが、少しスカートがめくれて下着が見えていた。「白か」などと意味不明な言葉。次は腰、うなじ――なぜ引きこもりがこんなにも芸術的なプロポーションを維持できるのか――と考えてしまう程度に、夜道はいつの間にかマキナの体を隅々まで観察していた。


「……ねえ、触るだけ、なの……?」


 官能的なウィスパーボイス。夜道は色々と限界に達していた。

 夜道は男である。そして思春期である。当然女性の神秘にも興味がある。特に衣服の下に隠された、遥かに遠い未踏の地に。

 夜道は悲しいくらいに童貞であった。


「私の体、あったかいでしょう。ほら……」


 そういうとマキナはぐっと、もっと力を入れて夜道の腕を引き寄せる。結果、胸をもまないよう何とか踏ん張っていた夜道の指は、その努力空しくその柔らかい胸の感触を存分に味わうこととなった。


 ――柔らかいなあ


 夜道は抵抗を放棄した。


「……もっと私を知って。心臓の鼓動……伝わる? ……そうよ、私はアンタと同じになれたわ。私はもう機械の体じゃないの」


 ――ハードな夢を見ているなあ


 マキナの台詞だ。サイエンスフィクションか何かだろうか、機械と人間の恋物語か何かだろうか。まるで映画の台詞だった。


「……それは、悲劇だな」


 急に夜道の思考は切り替わり、三年前を思い出した。

 人と機械の恋。嘘みたいな話だが、夜道にとっては現実に起きたことだ。

 もはや懐かしい記憶だった。

 はたして、と夜道は思う。ミヅキは命令だと言っていたが、実際は? もしかしたら、夜道を嫌っていたのでは? あの告白の言葉は、夜道の心は弄ぶための言葉だったのでは?


 ――だとしても。


 そういった嫌な想像が現実だったとしても、自分はミヅキに恋をし続けるだろう、と夜道は思った。

 なぜなら死してなお、まさに現在、夜道はミヅキのことを思い続けているからだ。


 ――救いようの無い。


 自分のことをそう評価した。もはや病的だとも思った。

 しかし、その気持ちが夜道の中で揺らぎつつあった。

 目の前の、緋之宮マキナという存在だ。


「……」


 まだであって間もない。お互いのことを良く知らない。だというのに、夜道はマキナという少女に特別な感情を抱きつつあった。


「一体どういうことなんだろうな」


 一目ぼれ――その言葉で片付けるには何かが違う。夜道は直感的に、このマキナという少女に懐かしさを憶えていた。もしかしたら昔に出会ったことがあるのでは? 幼馴染? ……どちらも正解ではなかった。思い当たる人物像が浮かんでこない。

 ではマキナは何者? その疑問に対する答えは出なかった。もやもやと、形になりそうな像が現れては、否定するようにその像が消えて行く。

 それでも夜道はその像を結ぶ努力をした。

 夜道の思考リソースのほとんどはこれにさかれた。

 それゆえに夜道は自分の指がマキナの胸に食い込んでいることを一時忘れてしまったし、マキナがちょうど今目を覚ました事実に全然気がついていなかった。


「――――!」


 マキナは驚き、目を見開いて、顔はペンキをぶちまけた様に真っ赤にし。声を挙げることことすら忘れた。


 ――ここどこ? くらげ? なんで? 何でくらげが私の胸を触ってるの? やだ、ちがう。これ私が触らせてるじゃない!


 あわわわわ、と狼狽する。が、当の胸を掴んでいる人間はどうだ、虚空を眺めてなにやら真剣そうな表情をしているではないか。手は胸なのにも関わらず。この奇妙な状況で、なぜ夜道はそんな態度を取れるのか。なぜ全く動じていないのか。夜道のその姿勢は、マキナを余計に混乱させた。


 ――どうしよう。どうしよう。くらげは一体、私に何を求めてるの?


 奇妙な状況である。どうしてこうなった、と言わざるを得ない。完璧にマキナが悪いのだが、そのことに気がつく術などマキナは持ち合わせていない。

 そして、この小屋にいるのは夜道とマキナだけだ。この状況にツッコミをいれ、打破してくれそうな人間もいない。

 ドッドッドッと胸が異常に高鳴るのをマキナは感じた。その鼓動は今までに無く早く、大きい。夜道に聞こえてないか、マキナが心配するレベルだった。


 ――誰か、この状況をどうにかして! お願い、おかしくなっちゃいそう……


 もはやマキナの目には涙すら浮かんできた。こんなにも純な恥辱があるだろうか、と潤んだ瞳が訴えてくる。それは一般男子にきけば「そそる」状況だったが、それでもなお夜道は気がつかない。


 ――誰かー! 誰かー! 誰かー!


 ぐううぅぅぅぅぅ……

 と、間抜けな音がなったのはちょうどその時だった。

 もう既に時計は七時を回っていた。普通の学生なら食事の時間、もしくは食事をとっくに済ませている時間だ。

 一つではない、二つだ。夜道とマキナ、二人が腹の虫を鳴らしたのだ。

 一応、電脳世界たるここでは食事をしなくても平気なのだが、電脳体とて空腹感は感じるし、空腹に対する警告もだすようになっているのだ。


「……あ」


 夜道がようやく意識を再びマキナに向け、現状確認。そして「やってしまった」という台詞がよく似合う表情をつくり、強引にマキナにつかまれている腕を引き抜いた。


「……んっ!」


 マキナが一瞬嬌声を上げたが、夜道の知るところではない。何分間も胸を握っていたその指の感触、それをどう整理つけるかが問題だった。


「あー」

「……」

「その、だな」

「……」

「……ごめんなさい」

「……ちょっと、何してるの? 口に銃つっこんで? それ弾入ってるの? え? 今頷いた? いや、何してるのよ! やめなさい! 気にしてない、本当に私は気にしてないから! だからやめなさい! 離しなさい、離しなさいってば!」


 引き金を引きかかっていた夜道の腕から、マキナは強引に銃を奪い取った。安全装置は外れていて、完全に撃てる状態だった。


「はあ、はぁ、はぁ……。くらげ、今何時よ」

「……七時半過ぎくらい」

「じゃあご飯にしましょう。私もアンタも、空腹みたいだから……この部屋ではなにもなかった、いいわね?」

「……正直、助かる」


 ◇ ◇ ◇


 と、マキナが提案したものの、食事に関して大きな壁が立ちふさがった。


「公安がまだ活動してるから、中央学生街(セントラル)の飲食店は使えない。東部学生街(イースト)は運動部とか航空部とかが使うだだっぴろい平野だし、南部(サウス)学生街は未認可部活動の巣窟だから論外だ」


 うーん、と夜道は悩む。


 中央学生街はいわば祭葉学園の拠点だ。学園本体はそこにあるし、学園のシンボルたる時計塔の最上階には生徒会室がある。その他委員会ビル等の事務オフィスもここにある。もっとも人が集まる場所であり、それゆえに生徒の活動が一番活発だ。飲食店や、小売店、ヘアサロン……等、あらゆる部活動が名前を連ねている。無論、公安の活動も活発であり、夜道達にとって、今は中央学生街は危険な街だ。

 なお、これらの店を展開しているのは全て部活動だ。それゆえに、同じカテゴリーの部活動がいくつもある。慣例的に部活動には創始者の名前の一部が入っており、例えば同じ料理系部活動でも『川越料理部』『陳健二料理部』といった感じだ。


 東部学生街は、街というよりは超巨大な運動場だ。ゴルフに野球、サッカー、テニス、ゴルフ……あらゆるスポーツがそこで行われ、航空部が飛行機を飛ばしたり、戦車部が撃ち合いしてるのもここだ。ここに店を構える生徒は少ない。理由は単純で、戦車砲がとんできたり、巨大ロボットが歩いてたり危険だからである。


 南部学生街は、いわばスラムだ。不良が跋扈し、未認可(アウトロー)部活(アクティビティ)の活動が最も活発な場所だ。ここに立ち入ったら、例え身ぐるみ全部はがされても文句は言えない。ちなみに、未認可部活動の定義は、単純に生徒会の認可を受けていない一定規模の団体のことをさすので、必ずしも不良集団のことをさすわけではない。例えば、自警団(ビジランテ)と呼ばれるの比較的マトモな活動を行っている集団も、未認可部活動として扱われ、ここに含まれる。ただ未認可部活動とよばれる団体の中で、悪事に手を染めている団体の割合が圧倒的に多いからそういったイメージを持たれやすいのだ。


「それで、くらげ? わざわざ西部(ウェスト)を外した理由は?」

「あー……」


 ポリポリ、と夜道は後頭部を掻く。いかにも話したくない、と言った風情だ。


「まあ、引きこもってたなら知らないか。祭葉学園って七年生の学校だろ」

「ええ、そうね。一応、一年生から三年生までと、四年生から七年生まででわかれてるけど」

「そうだ。いわゆる高校生と大学生に相当する部分で別れているわけだ。その、西部は大学生に相当する生徒の多い街でな」

「それがどうしたの? くらげは年上が怖いのかしら?」

「いや、そういう意味じゃない。結論から言ってな、若干言葉を濁すとな、西部は『大人の街』だ。カップルで無い男女二人っきりで行くところじゃない」


 西部学生街は、現実で言うところの大学生が好みそうな街だ。

 そこらじゅうに居酒屋、バーが乱立し、酔いどれが街を闊歩する。街の空気はアルコールの匂いで満たされ、それだけで酔ってしまいそうだ。中には美しい女性、逆にイケメンが晩酌してくれる素敵なお店もある。さらに西部の奥に行くと、カップル達がロマンスする特別なホテルがあったり、女性が男性をスッキリさせてくれる魅力的なお店もある。要するにエロだ。


 ……と、いうことをマキナはようやく理解し、顔が見る見るうちに、顔を林檎の様に真っ赤にしていった。


「あわ、わわわ、わ。あわわわわわ」

「……まあ、あそこはかなり公安の影響が薄いところだ。路地裏に入れば間違いなく見つからないだろう。酒は当然ダメだけど。軽食店もないわけじゃない。悪い選択肢ではないな」

「そそそそそそそ、そうね。悪い選択肢じゃないわね。どどどどどどーするのかしら! ま、まあ? 私はそ、そういうこと平気だから? 行っても別にかか構わないわよ」

「俺は別にいい」

「え?」 


 即答である。夜道としては本当に別にどうでもよかった。確かに色々危ない街だが、奥にさえ行かなければ、割と問題は無いことは三年生たる今まででで十分理解できた。

 夜道としてはそれより、三年生になるまで引きこもっていたマキナのことが心配だった。その手の雰囲気に耐性があるのかと。


「さて――どうする?」

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