037[遠距離での再会]
日がまだ登っていない時間の朝焼けで、
空が、イデアの髪色に似たストロベリーブロンド色に染まっている。
昨日、寝るのが早く、早起きをしてしまったイデアは、
アオスブルフ側の砦の見張り台の屋根の上、
カルフェンが立てた避雷針を背に、独り空を見上げ、
訪れた朝が、きっと今日も戦いの時間を連れて来るであろう事から…、
自分や、兄メロウの髪と同じ色をした空を見ても、
溜息を吐いてしまう……。
『昔は、朝焼けの赤が濃い程、蛟様と一緒に雨の予兆を歓迎して、
こんな、淡い色合いの朝焼けの日は、「凄く特別な日」だって喜んで、
メー兄と一緒に、笑い合ったりとか、してたのにな……。』
イデアは独り言を呟き、する事も無いので目を閉じ、
周囲の音に耳を傾けた。
イデアの沈む気持ちとは打って変わって、
アオスブルフの砦、見張り台の内部では、
夜勤の夜目の利く魔法剣士達と交代をする朝勤務の兵士達が、
運ばれてきた朝食を口に運び、危機感無く、楽しげに会話をしている。
彼等は、イデアの寿命を知らず。
イデアが行使する蛟の力の御蔭で有利な「今の戦況が続く」と、
自分勝手に信じ切って、完全に安心してしまっている。
イデアは幼少の頃に、修行して手に入れた力で兵士達の心を読み、
苦笑いして、近い将来の事を考えていた。
現実問題、イデアが居なくなれば、敵側の後ろに付いている者達、
ダエーワの巫女の「雷の魔法」を防ぐ手立てが無くなってしまう。
雷を通さない純水を使えるのは…、イデアだけ……。
電気を通す水を高速で操り、アオスブルフの兵士を護り、
敵陣への攻撃に変化させる事が出来るのも…イデアだけだった……。
そして、イデアが蛟の街から連れて来た10人の子供達中、
水霊の力を受け継いでいて、水の力が使える子供等は3人だけ…、
だが、その子等は…、そこまで「強い力」は所持していない……。
伸び代は無く、将来性は見込めない。
イデアが蛟から引き継いでいる力を、受け継がせられる器も無い……。
多分、蛟と繋がる血が薄過ぎるからであろう。
その力の欠片を受け継がせる事すらも相当に難しい。
更に、アオスブルフには、炎の魔法が使える者達が存在するが…、
炎では、雷の魔法を防ぐ手立てがない……。
アオスブルフの守護竜、カルフェンが戦場に出て戦えば、
勝算があるのだが…、戦いに出る場所を考えなければ、
空前の大事故に繋がる……。
カルフェンは、存在するだけで広範囲に溶岩流を生んでしまうのだ。
行った場所、周辺が草木も育たぬ焼け野原になってしまう上、
溶岩流の為に「その場所」が通れなくなり、その周辺の物流が死ぬ。
戦いに勝てても、アオスブルフが陸の孤島になっては意味がない。
正直、イデアの想定できる範囲内では、手詰まりだった。
斯くなる上は、攻めの一手、イデアが敵地に潜入して、
「ダエーワの巫女を根絶やしにするしかない!」の、かもしれない。
イデアがそんな事を考え、
そんな事をした場合、発生する特定少数の人間への罪悪感を抱え、
首から下げた物を握り締め、苦しんでいると、
遠くから微かに聞こえて来た「心の声」、
「その特定少数の人の気持ち」を不用意に受信してしまう。
そしてイデアは、
その声の持ち主の気持ちに感情を揺さぶられ、涙を零した。
イデアは顔を上げ、崖を越えた先にある高台へと目を向ける。
その場所に佇む者は、イデアの方向へと、顔を向けていた。
気付けば、涙腺から溢れ出すしょっぱい涙で目が沁みて、
目が痛い。嗚咽が洩れ、零れ落ちる涙を止められない。
胸が締め付けられる様に痛い。
嗚咽を抑えていたら、喉まで痛くなって来た。
でも2人は、互いにその場所から目が離せなくなっていた。
現在の立ち位置を代わってくれる者は存在しない。
愛しい相手の身代わりを立てる事も出来なくて、
出会う度に絶望感を禁じ得ない。
今回みたいに、涙を流したのは…、初めてだったけど……。
暫くすると、強い光を放つ朝日が昇り出し、
朝とも夜ともつかぬ曖昧な時間が終了を告げる。
その場所に佇んでいた者は俯き、砦に背を向けて歩き出し、
イデアは、その背中が見えなくなるまで見詰め続け、
呼び寄せた冷たい水で目元を洗い冷やしてから、
今、偶然に発生してしまった不都合を意図的にリセットして、
その気持ちに偽りを練り込み、違う風に思い込む努力をした。
そろそろ、本腰を入れて動き出さねばイケナイ時期がやって来る。
逃げたいけど、逃げられない。逃げる事は出来ない。許されない。
「未練を断ち切らねば、動けなくなってしまう。
このままでは、駄目!子供等までもを巻き添えにしてしまう。
そうだ!どうせなら、本物の加害者になってしまおう。
立ち切れないなら、断ち切られる側になればいいじゃない!」
イデアは決意を新たに立ちあがり、歩き出した。
イグニスも、イデアとは少し違う事を考えて歩き出していた。
イグニスは、イデアとは違うスタート地点。
神託を告げる「ダエーワの巫女」である妹シナーピの言葉を信じ、
自分達の崇拝する「厳つ霊」の神の言葉を鵜呑みにして、
自分達の仲間を罠に掛けて殺し、
妹と母親に深く残る傷を残した「水霊と火霊」、
死んだと言う噂の蛟を恨み、
アオスブルフを滅ぼし、その国の守護竜を退治する事を目指している。
そんな今日は、見上げた先、
砦にある塔の上にイデアらしき姿を見付ける事が出来た。
イグニスは、見付けた塔の屋根の上の人影に問い掛ける。
「イデア……。お前は何を願い。何を思って戦っているんだ?」と…、
勿論、その問い掛けに返答は無い……。
そもそもイグニスには、
塔の屋根の上にいる人物が本当にイデアなのか?確認を取る術は無い。
イグニスは、胸の中で蟠る今の気持ちを心の中で言葉にしてから、
踵を返し歩き出す。そして、それから、大きく溜息を吐く。
キャンプ地に戻ればきっと、出陣の準備が整っていて、
巫女代表であるシナーピと、その母親であるピペルを先導として、
馬鹿みたいな作戦の実行に向けての準備が整っている事であろう。
イグニスは、キャンプ地で耳にした作戦、
妹が大声を張り上げ、宣言していた馬鹿みたいな予定を思い出し、
これから無駄に死んで行く者達の冥福を祈りながら、来た道を戻る。
イデアは、その作戦を知り、
アオスブルフの兵士達を護る為の行動に、策を講じた。