035[病んだ宴]
グラシュタンは、アオスブルフから西にある岩砂漠に、
濃霧と、無数の謎の生物の子供達を残し、
意識の戻らないイデアを背負って、アオスブルフへと連れ帰る。
その時に通り掛かる「舗装された道」の周囲、
マグマが下を通る今の危険地帯の様子は、何時もより危険な雰囲気で、
マグマが作る落とし穴の危険だけでなく、
泡立つマグマの風船が割れてでの、
火花、溶岩の飛び散りの危険も孕んでいた。
「モーントとフェーブスの容体が思わしくないのかもしれない」
グラシュタンが急ぎ足で城へと向かっていると、
街へ入る為の門の前には、シュピーゲルの部下達が待ち構えていた。
彼等は、グラシュタンの様子を窺い。イデアを見付けるや否や、
『シュピーゲル太子が御待ち兼ねです。』と言う。
グラシュタンは、人の姿になり、イデアを背負ったまま、
謁見の間へと通され、
そこで、棺の近くで待つ、暗い顔をした次期国王シュピーゲルにより、
モーントとフェーブスの訃報を知らされるのだった。
その場に置かれた棺の中を確認し、
モーントとフェーブスの死に顔を見たグラシュタンは、
2人の願いを叶えられた事が唯一の救いだと思い。静かに冥福を祈る。
その様子を眺めていたシュピーゲルの方は、
意識の無いイデアを眺め見て、突然、爆発するかの様に叫び出し、
グラシュタンの背中から、シュピーゲル自らの手で、
イデアの服の襟を掴み、強引に硬い床へと引き摺り落とし、
それでも、目覚めないイデアに対して業を煮やし、
手近にあった気付け薬代わりの魔法薬をイデアの全身に浴びせ掛け、
無理やりイデアの意識を浮上させる。
そうして目覚めたばかりのイデアに向かってシュピーゲルは怒鳴る。
感情に任せて、繰り返し怒鳴り続ける。
『モーントは、お前が魔法を教えた所為で死に、
フェーブスは、お前を連れ戻す為に死んだ!
イデア!お前が俺の息子のモーントとフェーブスを殺したんだ』と、
イデアは反論する事も出来ずに黙りこみ。
断罪され続けながら、グラシュタンの手を借り、支えて貰い。
棺の中の冷たくなったモーントとフェーブスに再会した。
人の血を引きながら、水霊と火霊の血を引く2人は、
人として死ぬ事は出来ず。
残った遺体は、魔力に応じた大きさ、属性に応じた水晶となる運命。
現実問題、既にそうなる様に、少しづつ変化の兆しは現れ始めていた。
水霊としての方の力と合性が良かったモーントは、
火霊の力の所為で、水に帰れず。暫くすれば、魂諸共、
小さな紫水晶に姿を変える事だろう。
火霊としての方の力と合性が良かったフェーブスは、
水霊の力の所為で、燃え尽きる事が出来ず。もう暫くすれば、
モーントと同様に魂ごと、小さな紅水晶に姿を変えるのだろう。
最愛の我が子を2人同時に失ったシュピーゲルは、
静かな怒りを意識を朦朧とさせたままのイデアに向け、
『イデア、お前に枷を与えよう。』と冷たい笑みを浮かべる。
シュピーゲルが準備した枷は、
シュピーゲルの全身全霊が注ぎ込まれた呪いの剣。
シュピーゲルが息子達の為に誂え、
モーントとフェーブスの2人が愛用していた2振りの剣だった。
イデアは、支えてくれていたグラシュタンから離れ、
それに誘われる様に歩み寄り、受け取ろうとし、
グラシュタンが、『モーントとフェーブスが死んだのは、
イデアの所為じゃない!
2人はそんな事、きっと認めない!間違っている!』と止める。
だが、シュピーゲルは『そんな事はどうでも良い』と言った
シュピーゲルは、目尻に涙を滲ませ、
『血を残す使命さえなければ、約束が守れたのに……。』と呟き。
亡き妻、失った双子な息子達への愛を語り。
『また、同じ苦しみを味合わなければならない』と、
今後の望まぬ未来、望まぬ再婚への愚痴を零して
『息子達が死んだのは、お前の所為だ』と言ってから、
『俺は、お前の残り多くない命を奪う事はしない。
するつもりもない!誰が何と言おうと、この枷は受け取って貰う!
他の誰でもない!俺に対して償え!』と言った。
イデアは言い訳をしない叔父シュピーゲルの為ではなく、
自分の「やり場の無い憤り」を誤魔化す為、それだけの為に
モーントとフェーブスの剣に手を伸ばし、受け取った。
すると2振りの剣は実体を失い。一瞬姿を消し、
背中からクロスする様にイデアを貫く。
シュピーゲルは、その光景を眺め喜んでいる様に見える。
イデアは、激痛に表情を歪めながら、シュピーゲルの表情をみて、
『その願いには、対価が必要ですよ?後で、後悔しないで下さいね。
この手の呪いの撤回は、受け付ける事が出来ませんから』と、
呪いを大切なモノの様に、受け止め、抱締める。
シュピーゲルは、イデアの言葉を笑い飛ばし、
『今後、お前の意思で、敵を逃がす様な事をすれば、
その後で、安全な時間、安全な場所にて、相応の罰を与える。
今後、息子達の為に生まれた対なる2振りの剣は、
お前に、絶対に死ぬ事の無い。死ぬ様な痛みを与える事だろう。
だが、俺の目が黒いうちは、この呪いを解く事は許さない。
最期の時まで、償って貰うからな!』と言っていた。
イデアは、それが好都合だと思う。
「逃がしたい」と「生きていて欲しい」と願う相手は、限られている。
その人物への未練を断ち切る為に、
「丁度、何かが欲しい」と思っていたのだから……。
イデアは愛しげに自分に激痛を与える剣先の刃に触れ、
『シュピーゲル様、条件は以上でよろしいですか?』と確認し、
シュピーゲルを苛立たせた後、
刃の上で指を滑らせ、2振りの剣と血の契約を交わし、
『剣の持ち主。モーントとフェーブスの遺体を贄に、
その願いを承りました。』と宣言する事で、
火霊にしか属さないシュピーゲルが掛けた呪いを強化し、
「新たな呪いの魔法を発動」させる。
そして、イデアに刺さっていた剣が、元の持ち主の元に戻り。
属性に応じた水晶になる筈だったモーントとフェーブスの遺体。
それを吸収し、イデアの体の中に入って行った。
その光景を目の当たりにして、呆然とするシュピーゲル。
それと時を同じくして、
傷だらけのアオスブルフの守護竜カルフェンが、窓から竜のまま、
人間用の謁見の間に入って来て、
息を切らしながら『イデア!なんて馬鹿な事をしたの!』と、
人の姿になり、イデアを抱き締めた。
カルフェンは今まで、イデア達が護っていた方とは違う場所。
草木も育たぬ山岳地帯から進軍してきた者達の排除に向かい。
今の今まで、国王ユヴェーレンを護る為に、
戻って来る事が出来ないでいたらしい。
カルフェンはイデアを護る為、
息子の遺体すら失い錯乱したシュピーゲルを結界に閉じ込める。
結界に閉じ込められたシュピーゲルは、
『返せ!返してくれ、息子達を返してくれ…』と繰り返し叫んでいた。
その日以降、アオスブルフの双剣は、イデアが戦場に出た日の夜に、
イデアを貫きイデアに苦痛を与え続ける様になったのだった。