031[最悪の予兆]
イデアがアオスブルフに来て、数カ月が経過し、
その地の暮らしに完全に慣れた頃。
敵陣の後方に居る巫女姿の者が、2人から3人になり…、
「戦場のエキスパートが、敵の本陣として参戦する可能性」
それをイデアが、更に強く危惧し始める。
イデアは、もしもの時の対抗策として、
自分と自分の兄のメロウだけが使えた能力。
「水霊と火霊の亜種としての力」の使い方をモーントとフェーブスに、
レクチャーし始めた。そんな、ある日……。
2か所ある主な敵の進軍経路の見張り台にて、
イデアの緩くカーブを描くセミロングの髪に手を伸ばし、
モーントが、「母親の形見」なのだと言う「鼈甲の櫛」を出して来て、
『今日も、僕に任せて貰ってもいいかな?』と、
ピンク掛かった薄い色合いのストロベリーブロンドを梳かし出す。
イデアが事後承諾気味ながらに『お好きにどうぞ』と言うと、
モーントは、イデアの髪に自分の髪を指を絡めて、
『本当に綺麗な色だね、僕のとは大違いだよ』と言いながら、
自分の濃い赤の赤毛な前髪を弄り、
『僕の髪もこんな色だったら、良かったのにな』と、
見張り台の部屋に飾られたモーントとフェーブスの母親の絵、
蛟の子孫にありがちな色彩を持つ、朱色の瞳、白い女性の肖像画と…、
この国の守護竜であるカルフェンの肖像画…、
モーントとフェーブスの父親のシュピーゲルの肖像画を次々に見て、
儚げに笑っていた……。
イデアは、自分の兄、死んでしまったメロウを微かに連想させる。
目鼻立ちが綺麗で、睫毛も長いモーントの美人顔を鏡越しに見て、
『男なのに、これ以上、美人さんになってどうするんです?
モーント様ってば、一体、何処を目指しているんですか?』と返す。
その話を近くで聞いていたグラシュタンは、
『イデアは、視野が狭いなぁ~…、色々あるでしょ?
僕がもっと美人になれたら、その時は、その美貌を利用して、
ハーレムを作るよ』と無邪気に笑い出す。
フェーブスはそれを耳にし、微妙な顔をしながら、
『それって、どう言うハーレムだよ?』と言い。
一瞬、男色的なハーレムを思い浮かべ、
「あ…、こいつはそっち系じゃないか……。」と思い直し、
それでも「俺は、そう言うの、受け付けないな」と思っているのが、
密かにイデアには伝わって来てしまっていた。
そんなのが最近の日常。
イデアは、最近、特にモーント、フェーブス、グラシュタン。
この3人と、常時、一緒に行動する事になって来ていた。
その理由は簡単。
最近、「雷の魔法を使う巫女達の投入」の人数が増えて居る事。
モーントとフェーブスは、雷を防げる程には、水を操れていない事。
モーントとフェーブスが、フルグル国との戦争の対応担当である事。
敵側の密偵が、国内に入り込んでいる事があった事。
その密偵の中に、これから、
「雷の魔法を使う巫女が混じっていない」と言う、そんな保証は、
何処にも無いから…とか、
そもそも、モーントとフェーブスは、直系の王族だから、
しっかり護っておかねば不味いだろうし、
フルグル国のトリタ神軍が進軍して来ていない待機時も、
念の為、万が一の時の為に、
城の外では、一緒に居る事をイデアは国王から要望されてて、
近頃、『城から、敵陣が攻めて来た現地に行くの面倒だ!』と、
フェーブスが我儘言って、見張り台に居る事が増えた。とか、
そんな諸々の原因が積み重なった結果だったりする。
因みに、モーントとフェーブスは、
双子ならではの連携攻撃の御蔭で、戦場で2人だけ取り残されても、
何者にも引けを取らないレベルの戦士として、活躍できる実力がある。
だから最近、イデアは一緒に鍛錬していて、一緒に行動してて、
「巫女達を一掃したら、私、要らないんじゃないかな?」と、
勝手に一人で思っていたりしてから…、不意に気付いた……。
「最近…、高年齢層な巫女を見た様な気がする……。」
そう、老女が、雷の魔法を使ったのを昨日、イデアは戦場にて、
見た気がするのだ。
「ダエーワの巫女って、定年退職の年齢って18歳だよね?
御婆さんもだけど…、何で、シナーピは……。
他の巫女達と一緒に巫女装束を着て、戦場に居るんだろう?」と、
疑問符を浮かべ、
イデアは、自分とイグニスが結婚する予定だった日が、
疾の昔に過ぎていた事を思い出し、服の下の指輪を握り締める。
でも、それは、今は、どうでも良い事・・・
『モーント様、フェーブス様…今、私、思ったんですけど……。
ダエーワの巫女って、湯水の如く使い捨てても、大丈夫な程、
無駄に人数が沢山、存在するんでしたっけ?』
『いやぁ~、そんなには、いなかった筈だぞ、
って、言うか…、多分だけど、今、あっち側の陣営、
巫女を使った総力戦に出てきてるんじゃないのか?
旱魃も続いてて、水不足でヤバイ事なってるって話だし!』と、
イデアの質問にフェーブスが答える。
『そう言えば、確か、フルグル国の水源が枯れたとかも聞きますね。
その上、蛟の街の湖の水を枯らす為に、上流を塞き止めた所為で、
湖から流れ出る川も枯れて…、
その川の下流にあった街が壊滅状態になったとか。
それをどうにかしようとして、上流の水流を戻そうとしたらしいけど、
塞き止めた壁を崩しても、川の水が土に吸い込まれるだけで、
水流は戻らなかった。とか言うのも聞きましたよ』と、
グラシュタンが娼館で耳にした事を追加情報として教えてくれる。
そんな中で、モーントが、
『そんな大変な時にまで、戦争仕掛けて来なくても良いのにね』と、
率直な感想を述べ。
『苦しい時だからこそ、
アイツ等は、八つ当たりしたくて戦争してんじゃねぇ~のか?』と、
フェーブスが言い。
『そんな理由で、戦争仕掛けられてるんだったら、
ホント、洒落になりませんね…、仕掛けて来てる奴等が全員、
滅びれば良いのにね……。』と言ったモーントの素直な答えと表情が、
今日は、ちょっと怖かった。
そして今日も、フルグル国に潜り込ませた複数の密偵から、
フルグル国のトリタ神軍の動き、進軍予定の情報が齎される。
今回の経路は、嘗て、蛟の街の主戦力が誘き出され、殺され、穢され、
イデアの兄メロウが命を落とした場所。
イデアとグラシュタンが出会った場所でもある岩砂漠から、
進軍して来ようとしているらしい。
イデアの表情が曇り、
グラシュタンが心配そうに『大丈夫?』と、イデアを気遣う。
その理由をグラシュタンから聞き出し、
知っているモーントとフェーブスも眉間に皺を寄せた。
そして、何時もフェーブスより温和で優しい筈のモーントが、
『面倒だから…
岩山崩して、敵軍全部、生き埋めにしてしまおうよ』と言い出す。
双子の方割れであるフェーブスは勿論、イデアとグラシュタンが
「「何だかさっきから、
雰囲気的にモーントの発言が怖いのは、気の所為だろうか?」」と、
一斉にモーントの顔を見た。