022[蛟の街の死 2]
蛟の白い肌に白い鱗が現れ、蛟はその場で座り込み、
一瞬水の壁が消え、一回り小さな、朱色混じる透明な壁が出現する。
イデアは、蛟を支え、体の負担が少なくなる様に座らせて直し、
『もう、私には必要ないから』と、蛟によって、
長めな鎖の緑褐色なモルダバイトのペンダントを首に掛けられ
『後の事は、御願いします。』と言う。蛟の願いを耳にし、
『グラシュタンさん、メー兄を運んでくれて、ありがとう。』と、
メロウを引き取り、蛟の腕の中にメロウを帰した。
その時・・・
朱色混じる透明な壁の向こうで、シナーピが何かを叫んでいた。
蛟は『ありがとう』と言い。帰って来たメロウを抱き締め、
『メロウ、おかえりなさい』と静かに涙を流す。
それと同時に周囲が明るくなり、雷鳴と光が周囲を支配する。
先程までの空気の泡を含んだ純粋な水の壁とは違い。
血の色の混じる透明な水の壁は一瞬、帯電し、Oを消費し、
タンパク質の焦げる臭いを残して、不用なモノを土に返し、
Hの気体を壁の外に放出していた。
蛟は薄く笑い、呟く様に、
『私は、あの者達を、恨んでも恨み足りません。』と言い。
次の雷で、蛟がメロウを抱き締めたまま、最後の眠りに就き、
同時に水の壁の周囲を中心にして、周囲モノが全部、
一瞬で一気に吹き飛んでしまう。
イデアは、水の壁の維持を引き継ぎ、
蛟から貰ったばかりのモルダバイトを握り締め、
残された蛟とメロウを干乾びさせ、総ての力を受け取り、
灰も残さず燃やし尽くす。それから、一息付いて、
『グラシュタンさん……。安全を確保できるまで、
もう少しだけ、お付き合いください。』と、自嘲気味に微笑んだ。
水の壁の外では、爆発に巻き込まれながらも、生き残った者達。
特にシナーピが怒りをあらわにし、
『罰すべきは、魔物の癖に、神を名乗り。それだけでは飽き足らず、
信者に手を出した蛟だけの筈よ!何故なの、イデア!どうして、
メロウ様を殺したの!』と、訳の分からない事を叫んでいる。
そもそも、蛟は分類するなら水霊アルケーに属する「水の精霊」。
人間から見た分類では、神に近い存在。
蛟とメロウの関係は、人間の中で言う神と信者の関係だけではなく、
「始祖」と「末裔」で、先に手を出し続けていたのは、
メロウ以外の何者でもない。
更に言えば、メロウを殺したのは、厳つ霊側の少女。
シナーピが連れて来た2人の少女の内の1人だったりするのだが、
「さて、どうしよう」とイデアは思案する。
正直、シナーピの兄イグニスでさえ、
触れた上で、相手に伝えようとする気持ちを持って貰わなきゃ、
思考を読む事ができない。
それより格上のシナーピの思考は、強固で読めない。
どんなに努力をしても読まして貰えない。
イデアより格上のメロウでさえも、『読めない』と言っていた。
そんな精神的防御力の高い人種は、頑固で融通の利かないタイプだ。
思い込んでしまったら、それが間違っていても、受け入れられない。
直前に、自分のやりたい事では無いと気付いても、やり続けるタイプ。
『シナーピは、猪突猛進な女の子』なのだと、
シナーピの父親のグロブスとシナーピの兄のイグニスからも、
イデアは聞かされていた。
今のシナーピに、何を言ったとしても、例え通常運転時のシナーピに、
何をどう説明したとしても、もう、勝手な考えが纏まっているのなら、
こちらが努力しても無駄かもしれない。
イデアは、グラシュタンへの危険を減らす為、
折角、生き残れたと言うのに、シナーピの命令で、
馬鹿みたいに水の壁に、体当たりで立ち向かっている厳つ霊の傭兵と、
同じく、シナーピの命令で、
厳つ霊の巫女達が神に祈り、落としている雷を眺めながら、
早々にシナーピの説得を諦める。
イデアは、猫の目みたいな「蛇の瞳」で「敵」を見定め、
小さく安定させる事を諦めて久しい。暴力的な力を軽く暴走させ、
傭兵の総て、巫女を近い場所から順に水の刃で八つ裂きにした。
生きたままバラバラになった厳つ霊の傭兵達は、
沈黙の後、奇声を上げて助けを求めてくる。の、だが……。
イデアは、ここへ来る途中、
横目で見て通り過ぎた蛟の街の惨状を思い。そのまま放置し、
彼等には死んで貰う事にした。
イデアは、そのまま水の結界を素通りして歩き、
死に行く彼等を踏み、蹴りながら、生き残った巫女達の方へ足を運ぶ、
その場所で、蛟が残した「祟りを含んだ水」を手にしたイデアは、
『蛟の街を破壊して、同じ人間をも殺して、後悔は無いのか?』と、
生き残った巫女全員に問い掛ける。
シナーピの気持ちは不明だが、
傲慢な彼女等は、自分達がその立場になった時の事を想像もできず。
罪悪感無しに、純粋な心で、
『神様に代わって、正義の鉄槌を下したのだがら、
何一つ問題は無い!』と言っていた。
だからイデアも、自分の正義に従い。
触れると焼け爛れる水を彼女等、一人一人の頭上に落とし、
頭から足先までの体の約半分の表皮を浮かして剥がし、
罪の代償の一部として貰い受け。
それで人の皮膚を重ねて作った紙を精霊の力で生み出してから、
深呼吸し、イデアは精霊としての力を込めた言霊で、
『厳つ霊の国と蛟の街の盟約は、厳つ霊の巫女に寄り破られた。
水の加護の管理者である私、イデアは、盟約の約款に従い、
厳つ霊の国に貸し与えた加護を総て引き上げます。』と宣言し、
嘗て、花嫁修業名目で行き、修復したフルグルの国の水源を枯らし、
羊皮紙ではなく、規約違反を犯した厳つ霊の巫女達の人皮紙に、
彼女等がやった事を書き添え、
契約者である厳つ霊を崇拝する王へと、精霊の力で書簡を送り届けた。
一連の儀式が終わると、厳つ霊側の巫女達は全員苦しみ出し、
「蛟の祟りを含んだ水」に触れ、皮膚を奪われた場所が、
焼け爛れて行く恐怖と痛みにのた打ち回る。
イデアはそこで、グラシュタンへの危険が排除されたと判断し、
『ココまでお付き合い頂きありがとうございました。』と、
水の壁を排除し、頭を深々と下げた。
黙ってそれまでの光景を眺めていたグラシュタンは、
イデアに対し恐怖を感じながら、
苦しむ厳つ霊の巫女達よりも、イデアに事が気になってしまう。
やるべき事が沢山残っていたイデアは、
頭を下げられた側のグラシュタンの反応をみる事無く、そのまま、
シナーピ達厳つ霊に巫女の存在を忘れたかの様に、
彼女等が存在していないかの様に振る舞う。
そして残っていた湖の水。血色の染まった水の中に、
イデアは躊躇なく、足を踏み入れ、腰まで浸かり、
蛟が塒を巻き、護っていた亡骸の中から両親を探し出し、
手を繋がせる。
その後、イデアは無心に遺体を2種類に分け、
残っていた湖の水を干乾びさせ、
蛟の血族と母親の遺体をも干乾びさせ、その遺体は灰にして土に還し、
湖の深かった場所、窪みに残された遺体には、
周辺の土を剣で崩して掛けて、埋葬をしていた。