021[蛟の街の死 1]
2人少女の断末魔が、細く長く響き渡る中、
イデアは、死しても自分より美しい兄の遺体を抱き締める。
そしてイデアは、必死に考え、
「蛟様なら、メー兄を助けられるかもしれない!」と思い。
「メロウを蛟様の元へ連れ帰る」その為の方法を模索していた。
だが、目の前には、死体とゴーレムに壊された馬車しかない。
諦められないイデアが、
地響きと後ろからの気配に振り返ると、そこには、ゴーレムが居た。
「このゴーレム、メー兄を運ぶのに使えないだろうか?」と、
自分に向かって拳を振り上げたゴーレムに、
イデアが手を伸ばそうとすると…何処かで馬が嘶いた……。
続いて、馬が走って来る音が聞こえて来る。
気付けば、そこには・・・
最初、この場所にイデアが来た時、ゴーレムに追い掛けられていた馬。
イデアが、フルグル方面に逃がした筈の葦毛で黒い鬣の馬が居て、
ゴーレムの横まで走り寄り、
反転して、ゴーレムを後ろ足で簡単に蹴り壊してしまう。
イデアが唐突過ぎる有り得ない筈の展開に放心していると、馬は…
エルフの様な耳をした黒髪で色白、容姿端麗な若者へと姿を変え、
『御嬢さん、大丈夫ですか?』とイデアの手を握り、微笑んで、
イデアの薬指の指輪に気付き、表情を一気に暗くし……。
『しまった!既婚者だったかぁ~!』と叫んだ。
イデアは「まだ、結婚はしてなくて、婚約しただけだけど…
コイツに未婚だと知れると面倒臭そうだね……。黙っておこう」と、
馬だった者に対する対応を決め、握られたままの手を握り返し、
『蛟の街まで、兄を運ぶのを手伝って下さい!』と言った。
馬だった者は、イデアが抱きかかえたメロウの姿を見て、
『じゃ、こっちの御嬢さんは男?而も、死んでんじゃん!』と、
また、大声で叫んでから、正気に戻った御様子で、
『残念だけど……。
エルフである僕が、遺体運びなんて仕事はしないよ』と、
格好付けて言う。
イデアは、受け入れるしかない兄の死をゆっくりと受け止め、
それでも、
「メー兄が愛した蛟様の所に、メー兄を連れて帰ってあげたい」と、
馬だった者の手を握ったまま、放す事無く思案し、
不意に相手の嘘を発見し、ニヤリと笑う。
『嘘は駄目だよ…アナタ、水馬でしょ?水の魔物……。
水霊アルケーと火霊ヘラクレイトスの子孫、舐めないでね?
御願聞いてくれなきゃ、本気でアンタを燃やすよ?』と、
微笑んだままの冷たい表情で脅し、
敵に利用されかねない仲間の遺体をこの場から消し去る為、
水に還れぬ水霊の魂を回収する為、
朱色の瞳の者達の遺体を総て干乾びさせ、全部一瞬で灰にする事で、
相手に恐怖を与えて、蛟の街までの足を手に入れる事が出来た。
水の魔物は大きく溜息を吐き、幾度かイデアに、
『水馬、メー兄を背負って!』『急いで、水馬!』と言う様に、
「水馬」と言う名称で呼ばれ、
『僕の名前は、「グラシュタン」だ!』と自己紹介する。
イデアは振り返り、微かに哀愁漂わす微笑を見せ、
『私は、蛟の街の巫女「イデア」だ!メー兄を頼んだよ、
グラシュタンさん』と返し…自分の剣を拾い……。
次の分岐点にて・・・
『生きたままでは危険と分って、殺して弄んでいるのか……。
アンタ等、やったからには、やられる覚悟。出来てるよね?』と、
朱色の瞳の死者達を冒涜してくれた者達、
厳つ霊達の傭兵団の自前の武器を切り取り、
切り取られた事を相手にちゃんと実感させてから、時間差で、
その首を須らく刈り取った。
厳つ霊の者達の血の噴水が、不自然に上がり、
その血の雨が、朱色の瞳を持つ者達に満遍なく降り注ぐ。
グラシュタンは、その光景を目の当たりにしてしまい、
股間を抑えて青褪め、水霊アルケーの類の、
「穢した者の生き血で穢れを落とす」生態を思い出して恐怖し、
今日、最初に見た雷を見て、
追い掛けて来るゴーレムから助けてくれた相手の事が心配になり、
あの時、あの場所に戻った事を心底、後悔する事となる。
イデアは、グラシュタンの心境を知らず。先程と同様に、
朱色の瞳の遺体を灰にし、仲間の形をその場に残す事はしなかった。
そこから走って向かった先の道程も、本当に、殺伐としていた。
蛟の街を目指して進むと、厳つ霊の傭兵達が、
朱色の瞳の者達が身に付けていた宝石を戦利品に、笑い合いながら、
蛟の街を目指して歩いていた。
彼等は、イデアの姿を発見するなりイデアに斬りかかり、
返り討ちにされ、命を落として行く。
激しい水流を纏った剣の切れ味は、驚異的で、
朱色の瞳の者達の遺体を灰にし、土に帰してからのイデアは、
見るからに、鬼の様に強くなっていた。
『もしかしたら……。
亡くなった水霊達から、力を貰ったのかもしれない。』
グラシュタンは、そんなイデアに恐怖しながら、
興味本位100%で付いて行き、イデアに守られながら、
蛟の街に辿り着いた。
辿り着いた蛟の街は、厳つ霊の者達に燃やされ、
雨も降らないのに、繰り返し空が光り、雷鳴が何度も轟き響く。
イデアは、雷が落ちた場所を目で追い。
『グラシュタンさん!コッチ!!』と言って走り出し、
湖が存在していた筈の窪みに飛び込み、中心部へと走って行く。
その窪みの中心部付近には、まだ水が残っていた。
但し、その水は血で染まり、
針山の様に、槍を突き立てられた白い大蛇が、朱色の瞳を怒りに染め、
赤く染まった水の中で何かを守る様に塒を巻いて、
シナーピ達、数十人の「厳つ霊の雷霆ダエーワを祭る巫女」と、
幾度か見かけた事の有る「トリタ神軍の偉い人、数人」、
そして、白い大蛇を取り囲む「厳つ霊の傭兵達」を威嚇していた。
周囲には、蛟の街から流れて来る煙、生臭い血の臭い。
タンパク質の焦げる臭いが立ち込めている。
グラシュタンがイデアに話し掛ける為、人型になり、
メロウを背負ったまま、走るイデアに追いつくと、
白い大蛇は「それ」に気付き、護っていたモノを放棄して、
白い肌、朱色の瞳、日の加減で水色にも見える銀髪美女となって、
2人の前に舞い降り、水の壁の中に2人を閉じ込めた。
グラシュタンが美女の登場に意表を突かれ、閉じ込められた事に驚き、
雷の光と音に体をビクつかせて怯えた表情を見せていると……。
その間に・・・
真っ白な筈のドレスを赤い滴を垂らす深紅に染めた銀髪美女姿の蛟が、
『子供達が…ゲムマとイデアルも死んでしまった……。』と
涙をポロポロ零しながらイデアに近付き、
舞い降りて来た蛟の手前で足を止めたイデアも、
『蛟様!メー兄が!』と同じ様に泣きながら蛟に伝える。
そして、蛟とイデアは、
何かの儀式の様に、額を寄せ合い。目を閉じ合わせ、
『私が総て引き受けます。だからメー兄を御願いします。』とイデア。
蛟は『ありがとう。ごめんなさい。』と言って静かに泣きながら、
イデアに猫の目みたいな「蛇の瞳」を与えた。