016[婚約の果てに 3]
蛟とメロウの婚約は、その日の内に蛟の街中に知れ渡り、
翌日、月に一度の大きな臨時市場に来ていた客も、
蛟とメロウの婚約を祝う大安売りや、無償で配られた祝い酒で知り、
訳も分らず、盛大に蛟とメロウの婚約を祝った。
イデアは、母のイデアルと蛟の3人で、
一緒に糸から紡いで作って来た自分の花嫁衣装を持ち、
イデアルと共に『『蛟様が、先にコレを着て下さい』』と蛟に渡し、
これから飾りを作り付ける予定だったシンプルな花嫁衣装を着せ、
生花で蛟を飾り、皆と一緒に蛟とメロウの婚約を祝福する。
因みに、結婚式の予定は・・・
『花嫁衣装を引き継いで着たいから!先に結婚して下さいね!
で、蛟様が着た花嫁衣装を次に着るのは私!』と言う要望から、
イデアとイグニスの結婚式より先にするか…、
イデアルの意見、
『御揃いの衣装を着て、同じ日にするのはどう?』と言う。
イデアとイグニスの結婚式の日。来年の蛟の街の誕生記念日が、
有力候補となり……。
蛟とメロウの婚約を街包みで祝福した翌日、
『無職で花嫁を迎えるのは、嫌だから』と、
イグニスが、父グロブスと共に行商団へ戻る事を宣言し、
宣言に『無事で帰って来てね』と返しながら、トラウマを背負い、
自由に会えなくなる不安さを必死で隠そうとするイデア見て、
蛟とメロウの提案で、蛟とメロウの結婚式の日が、
来年の蛟の街の誕生記念日になる事が決定する。
蛟はイデアの心を守る為に
『鏡像となる御揃いの花嫁衣装を一緒に作りましょ』と言い。
イデアが、イグニスを静かに微笑み見送った後。
糸から作り、婚約式で蛟が着た元花嫁衣装の布地を2つに分け、
街の誕生記念日を目標に、一番時間の掛かる方法で、
欠けた部分を補う花嫁衣装の作り直しを始める事にした。
蛟はイデアの気を紛らわしてやりたかった。
悲愴性を見せるイデアの目は、蛟にとってトラウマだったのだ。
イデアは乳児期を越え、メロウが異変に気付く2歳の頃まで、
火霊の力で、抱ける者が母親のイデアルだけだったのにも関わらず、
その母親を、舞台で活躍する兄のメロウに持って行かれ、
愛情が足りず、感情を欠落させて育ってしまった。
奇跡的に、1年で、3年分の心が育ってくれたが……。
イデアの感情の欠落が発覚した時、
人形の様に動かない、あの悲愴性を漂わせた目を見た時の恐怖は、
今でも忘れられない。蛟のトラウマだ。
イデアの不幸は、蛟にとって耐えがたい事だった。
だから、本当は、蛟はイグニスだけでなく、
厳つ霊の者達総て、イデアの不安を煽った自分の子孫の子等をも、
抹消したいと思っていた。
「イデアが、イグニスに対して、恋心を残していなければ、
呪いでそのまま死なせれたのに」と思う蛟は、
後、一押しあれば、本当に、身内も殺し尽くしていた事だろう。
そんな風に思われているイデアの方は、蛟の気持ちも知らず。
心に傷を負い。月に一度「イグニスに会える」と言う事が、
尊いモノと感じ、大切にする様になっていた。
その傷で、子供の頃より、イグニスに会えない事が辛くなって、
イデアはイグニスに会えない時間に生じる虚無感を紛らわす為、
花嫁衣装を縫う合間、奉納の舞を練習する合間に、
イグニス周囲に集まっていた女性人より美しくなる事を求め、
何時でもイグニスに求めて貰える様に、何時も身綺麗である事。
物理的に、精神的に強くなる事を求めて奮闘する。
鬱な不安を抱えての努力は、無駄に心を擦り減らすが、
達成感を積み重ねて行けば、結果的な効率は良く。
達成感を得られる努力の結果は、不安定な心を支える力があった。
気を紛らわせる事は、鬱な不安への根本的な解決にはならないが、
イデアは虚無感を自分の仲に押し込め、
達成感を得る為に、目的と手段を選ばなかった。
それは、イグニスの方も同じだったらしく、
結果、イグニスとイデアは、会う度に互いの成果を見せ合い。
褒め合い。互いの愛を確かめ合い。
結婚して、一緒に旅に出る事を指折り数える様になっていた。
メロウは、そんな2人を見て、
蛟に『あの2人は、もう、大丈夫だから』と伝え、
蛟の心労を癒す過程で、総てを蛟の為に捧げてしまう。
そして、総てを捧げてしまったメロウの姿が、
必然的に少しづつ、蛟の本来の姿に近付き、変化して行く。
それに、一番、最初に気付いたのはイデアだった。
メロウの一番近くで生活を共にしていたイデアは、
ある日、メロウの腕に鱗がある事に気が付いた。
その時には、服に隠れた脚や背中にも、真珠の様な鱗が生え、
存在そのものが、蛟と縁が切れれば存在できない存在、
蛟の眷属と化していた。
『メー兄……。もしかして、蛟様と』
「主従関係を結んだのか?」を、イデアは訊きたかったのだが……。
『イデア、皆まで言うな!
僕と蛟様は大人で、同意の上の婚前交渉だから、問題無いんだ!
でも、未成年者のイデアは、しちゃ駄目だぞ!
イデアは!取敢えず、結婚した後からにして下さい!』
『「して下さい」って……。動揺し過ぎじゃないかな?』等と、
「ちょっと、まって!私は、メー兄達がヤッタかドウカとかまで、
そこまで突っ込んだ話は、訊いてないですよ!」と言う感じで、、
意思の疎通を失敗し、
少しばかりメロウが、暴走して余計な事まで話してしまい。
「メロウとイデアが2人で互いに赤面した」なぁ~んて事は、
メロウとイデア、2人だけの秘密です。
そんな風に、微妙な不協和音を奏でながら、
次の蛟の街の誕生記念日、結婚式の日に向かって、
2組の恋人達の歩み寄りの時間と、月日が経過する中……。
厳つ霊。雷霆ダエーワを祭る巫女に自分の意思でなってしまい。
日常から隔離されていたシナーピにとっての心の支え、
心に秘め続けていた「恋への訃報」が、遅まきながら、
シナーピに届く。
シナーピは・・・
素直に為れず、自分は気の無い酷い態度であり続けたのに、
自分にだけ、特別扱いで優しい笑顔を向けてくれたメロウ。
巫女となる前の月、シナーピの額に祝福のキスをし、
18歳の引退を選べる日が来まで、
巫女として神様にちゃんと仕えられる様に応援しくれたメロウに、
キスを貰った5歳の最後の月からずっと、過剰な幻想を抱き続け。
シナーピが18歳になり、巫女を卒業する数ヵ月後の日には、
王子様が迎えに来る的な、
「甘い期待」をメロウに対して持ってしまっていたのだった。