014[婚約の果てに 1]
広大な平原の恵みを受け、遊牧や放牧をする畜産と、
軍の遠征部隊を行商団にして発展した国家「フルグル」の、
「6歳から婚約者を持つ事が許される」と言うルールに則り。
妹の巫女デビューを見届けた「その足」で、
6歳になったイデアに、求婚しに行った当時9歳のイグニスは、
「怪我の功名」と言うのに助けられ、
何処の国家にも属していない「蛟の街」で、
自国の宗教が許さないかもしれない婚約を正式に成立させ…、
イデアは、花嫁修業の名目で、母親と共にフルグルへと赴き、
蛟の鱗の効果が薄れ、途切れがちになっていた「水源の修復」をし、
「この婚約は、国家的に有益なモノである」と示し、
フルグルの国王の名の元、
トリタ神軍の遠征部隊行商団、団長グロブスの息子、
イグニスの婚約者として自分の存在を認めさせた……。
それは、イデアの両親とイグニスの父親の策略。
想定外を含みながらの思惑は、叶い。
平和的な形で、フルグルの国からの侵略攻撃は回避された。が…。
蛟は、イデアに対する罪悪感を拭えず……。
「大人達が促したイデアの愛が、
年上に対する尊敬や友愛ではなかったか?」と、心を痛め続ける。
そんな事を知らない2人・・・
髪も目も黒く、肌も日焼けで浅黒いイグニスと、
そんな彼とは対照的な白っぽい色合い、
ピンク掛かった淡い色の金髪とアルビノ種に近い白い肌、
朱色の混ざるワインレッドの瞳のイデアは、
一緒に巣作りをする小動物の様な雰囲気で、誰が見ても仲睦まじく、
互いを思い合って、寄り添い合っていた。
それと同時に、イグニスの父「グロブス」を「師匠」とし、
兄妹弟子として、格闘技、剣の技術を競い合い。馬術を競い合い。
イグニスとイデアは、奇妙な程、互いを喪う事を恐れ、
行商で危険な地域に行くイグニスの無事をイデアが願い。
蛟の他の子孫達と一緒に、「人間を護る為に、魔物をも狩る」
イデアの無事をイグニスが同じ様に願っていた。
結果、別々の場所で危険に晒されるより、
ずっと一緒に居て、一緒に危険に遭う事を求め。同じ景色を見て、
同じ物を食べ、同じ生活を一緒にする将来を想定し、
互いを育て合い。
互いの気持ちや思いの本音を語り合う事の無いまま、知らぬまま、
無意識に切磋琢磨する道を選び取る。
何時の間にか、2人が、互いを大切に思い合うのが当たり前になり、
イグニスとイデアの仲に進展するモノが無い中で、月日が流れた。
長い婚約期間の後半・・・
イデアの周囲の朱色の瞳を持つ同じ蛟の子孫、イグニスと仲の良い、
イグニスに好意を抱く、イグニスに年齢が近い娘達が、
厳つ霊の信者達が喋った「蛟の恩恵に関する噂」を耳にし、
『馬鹿じゃないの?私達のが、女としてイグニスに好かれてるわよ?
イグニスは、国の為、蛟様の恩恵を受ける為に、
雑種なアナタの引き取り手になっただけでしょうに!
勘違い甚だしいわね!』と意地悪くイデアに向かって言い放った。
これまでの経緯を思い出し、不安を煽られ、
不意に自信を無くし、怖くなった15歳のイデアは、
蛟の街のルールでは、結婚できる年齢になる18歳のイグニスに、
どうしても、その日の内に会いたくて、単独で行動し、
イグニスの気持ちを確認する為だけの為に、危険な道を通り、
獣の群れに襲われ、傷を負い、獣を斬った帰り血を浴び、
酷い状態で辿り着いた先にて、
不安をそのまま具現化した様な現実を見て、心を折られる。
公衆の面前、他の青年達と同じ様に、
裸に近い恰好の女性の腕の中で、イグニスも笑っていた。
イデアは深呼吸し、首から下げていた指輪を外し、
自分の指には大きい「イグニスに最初に貰った指輪」を手に、
密かにイグニスの近くに居たイグニスの母ピペルに近付き、
指輪をイグニスに返却する様に頼んで、渡して、
そのまま、行方を眩ませてしまう。
その事は暫く、ピペルによって隠蔽される…が……。
蛟の街での事が発覚し、イデアを捜しに来たメロウによって、
イデアがココに来たかもしれない事と理由がイグニスに伝わり、
捜し始めて直ぐ、イグニスの母ピペルの服に残った血の汚れ、
ピペルがイデアから指輪を受け取る時に付着した血液と、
隠し持っていた血の付いた指輪が発見される。
その御蔭で、イデアがイグニスに会いに来た事。
ピペルの自白で、イデアがココで何を見たのかが発覚する。
メロウは静かに、
『そう言うのは、お前等にとって、当たり障りの無い事でも、
水霊の者にとっては、裏切り以外の何モノでもない。
その程度の貞操も守れないなら、水霊の者と、付き合っては駄目だ。
イデアが死ぬか、将来、お前がイデアに殺される事になる。
イグニス、お前はもう二度と、イデアには会わないでくれ』と言い。
そのまま立ち去ろうとして、
『そんな事より、優先されるべきはイデアの安全だろ』と説得され、
イグニスに引き留められ、メロウはイグニスと一緒に、
イデアを捜す事になった。
イグニスは、自分が贈った婚約の証だった指輪を手に、
商売女を自分に宛がった親戚の男と、それを祭り事だからと許し、
自分にも強要した父親を巻き込もうとするが、
『事情があるなら、断固拒否して、断ればよかったんだ!
自分で受け入れてからの損失は、自業自得だろ?』と笑われ、
父親にも、『世の中そう言うモノだ』と諭され、
商売女達からの祝福を受け入れた事を後悔し、
受け入れてしまった自分にも憤る。
そして、血と言う情報から、
普段は避けて通る血の臭い、タンパク質が焦げた臭いを辿り、
水溜りと血溜まりの泥に塗れ、
樹に取り込まれていく獣達の死骸と、既に意識を取り込まれ済みで、
眠って衰弱が始まってしまっている無傷の馬を発見する。
メロウは、その樹に近付き、
イグニスには見せた事の無かった冷たい表情で樹に触れ、
触れた場所を炭化させ、
『ドリアード!その馬は、僕の家の馬だ。
馬の近くに、僕に近い姿の女の子は居なかったか?
それは僕の妹だ!答えろ!何も答えないと、
枯らして周囲の木々と一緒に燃やし尽くすよ』と言った。
ドリアードと言う「樹の精霊」だったらしき樹は、
カサカサになった葉を落としながら、
『いや!ちょっと、止めてぇ~!乾涸びちゃう!』と
緑色の髪をした小柄な美女の姿を樹の中から出現させ、
『脅すのは止めてよ!』と半泣きで、樹洞の中の琥珀を見せ、
中で丸くなって眠るイデアを見せて、
『この子は、元素の霊としての影響で、選択を迫られて、
魔物になるのではなく、潔く失恋を受け入れて消える所なの!
でも、水霊として水に溶けて帰る事も、
燃えて火霊として帰る事も出来ないから、私を通して、
母なる大地、土霊クセノパネスの元に帰る所なのよ』と説明した。