番外編 青年は烈火の様に
「リリーナ様ぁ〜私、私もう…我慢なりません!」
「あ〜…うん」
泣きついてくる花に例えると菫、といえる控えめだが可憐な一部の男性諸君から密かに人気がある後輩が私についに泣きついてきてしまった。
「ほら、顔を拭きなさい」
煮えきれない態度を拭うようにハンカチを差し出す。
その子―エルラナはぐすぐすと泣きながら「ありがどうございまず…」と鼻を啜る。
「それにしても、うちにはいってくる転入生はあの憎きセシリアといい今回のといいマトモじゃないわね」
「キャシー言い過ぎよ」
「だってそうでしょう。今度は成り上がり公爵の庶子だなんて」
「キャシー!」
さすがに、言いすぎだ。
私の咎める声に舌をぺろりと出しておどけた顔をする彼女、まったく懲りてない。
そう、この事件は一週間前に始まった。
どことなく囁かれていた新たな編入生の噂。『成り上がり公爵の一人息子、しかも庶子がやってくる』というなんともスキャンダラスで刺激的な、この平穏であり悪く言えばどこか停滞しているような雰囲気の学院には色が濃すぎる話題が流れていた。
そしてついに一週間前、その子息がこの学院へ編入したのだ。
見た目は「赤髪に小麦色の肌、金色の瞳にどこか子供っぽくてだけど野獣のような感じ」というのが会った者の見解だ。
野獣ってなんだ、野獣って、という感じなので私もぜひあってみたいものだけどそのことを恋人―エルンストにこぼした瞬間、徹底的に会えないように細工がされてしまった。
しかもかわいそうなことに普通なら色々と不慣れな新入生や編入生には世話役がつくのだがエルンストは私と例の野獣の彼を合わせないようにするために私の行動パターンを知り尽くしている親密で親愛なる後輩エルラナを世話役とし、本当に徹底的に接触を避けさせたのだ。
別にそんなに嫌なら会いになど行かないわよ、と言うけれどきっとエルンストには伝わってない。
「あの方はもう、考えられないくらい自由奔放で…!」
また泣き出してしまったエルナラ。私の無駄な発言のせいで被害者がこうもでるものなのか。
「自由奔放って…不作法で野蛮ってことでしょう?」
もうキャシーの辛口を止める力も私にはなかった。
「誰かその彼の行動を止めてしてくださる方はいらっしゃらないのかしら」
「無理よ、リリーナもわかってるでしょ」
そう、そこが問題なのだ。
相手は庶子とはいえ公爵家子息、下手に手を出すわけにも行かない。学院中で彼に刃向かえるものは王太子であるエルンスト、公爵家のフェーゼ、そして次期王太子妃である私。
どう考えてもエルンストとフェーゼはこんなくだらないことに動いてくれるとは思えない。きっと優雅に紅茶でも飲んでいることだろう。
―なら、私がやるしかないじゃない…!
「…私が例の彼に一言、いいますわ」
片眉を釣り上げるキャシー、真っ青になるエルナラ。
「で、でも王太子殿下がどう思われるか…」
「いいキャシー、エルナラ、これは興味本位ではなくて学院の秩序を守るためです。この学院の生徒として、彼に苦言を呈することができる者として放っては置けませんわ」
「リリーナ様!」
キラキラとした瞳で見つめてくる後輩に後ろめたさを感じながらそう言い放つ。
「ま、がんばりなさいね」
相変わらずつれないキャシーだがこれが彼女の常である。
私は決意を固めて例の彼がいるとされる中庭に向かうのだった。