涙はとまったけどどうしよう
「…どうして、私を助けたりしたのですかっ!?」
「知りたいか?」
そういって意地悪く微笑むのは王太子殿下エルンスト様。
ここは学院内の寮がある領域の一つの館、学院に直系の王族が入学した際にだけ使われる特別な館だ。
そのなかの王太子殿下の一室に私は招かれていた。
「まぁまずは紅茶でも一杯どうだ、酒でもいいぞ」
「紅茶を一杯、貰いますわ」
なんと素行不良な王子様なんだろう。
じきに運ばれてきた紅茶をぐびっと飲み干す、そして本題を切り出した。
「私と王太子殿下が逢瀬を重ねているなんて…とんでもないスキャンダルです」
「お相手は伯爵家令嬢だ。相手としては十分だろう」
「…私は庶子で、まともな教育さえ受けていません。ご存知でしょうが」
言葉にしてみると、とてつもなく惨めな気持ちになる。
なんで私の母は私を伯爵家に売り渡したのか、なんでわたしだけあんな扱いを受けなくてはならなかったのか。
「そうだな。あの頃のお前は薄汚い野良猫のようで…懐柔するのには時間がかかったな」
「王太子殿下に懐柔された覚えはありません」
「フェーゼにはあるのに?」
なんて、意地悪い人。
「…誰にも、懐柔された覚えなどありませんわ」
「なら、今からしてやろう」
真意のとれない王太子殿下の言葉に俯いていた顔を上げると
―なにか、唇に
音も立てずに唇と唇が静かに触れ合う
王太子殿下の熱が敏感に感じ取れる。
ゆっくりと唇が、顔が離れていく。それを私は現実なのか妄想なのかあまり判別出来ずにいた。
「どうだ、すこしは懐柔されたか?」
「…王太子、殿下」
「ん?」
「私のこと、嫌いなのですよね…」
この王子様は、フェーゼと仲良くする私に辛くあたっていた。だから意地悪な王子様より王子様らしいフェーゼの方が好きだった。
「嫌いだなんて、誰が言ったんだ?」
「だって昔、私に…」
「ああ、フェーゼとばかり仲良くするお前が気に食わなかったんだ」
嘘でしょ。
十年目にして衝撃の真実である。夢か現か、私は確かめるために頬をひっぱる、うん痛い。
「こら、せっかくの真っ白な頬が赤くなるだろ」
「だって、こんなこと」
「―現実だよ」
かつての意地悪な王子様、王太子殿下は私に跪き(!)ひざ下丈のスカートの裾をそっと掴む
「リリーナ・エル・ローレル嬢、私の最愛にして至高の人。どうか哀れな私めに愛を下さりはしませんでしょうか?」
「王太子殿下っ、やめてくだ―」
「私の華、私の姫君、どうか俺と夫婦の契りを結んでください」
頭の中はすでにパニックで手が負えない。
この黒髪の王子様に、求婚されるなんていつ考えたことか
「愛しているよリリーナ」
そういって上目遣いでこちらをみてくる彼の微笑みに私は、なんとも軽い女だと思うが負けてしまったのだ。