師匠
時計が「AM6:29」から「AM6:30」に変わると、少年のスマホから攻撃的でハイスピードな曲が轟いた。同時に少年は目を覚ました。こうでもしないと7時より前に起きることができない。
寝間着から制服のシャツに着替えてから少年は少女の部屋のドアをノックした。これから中間考査の勉強をする予定なのだが、いくらノックしても返事がない。痺れを切らした少年がドアを開けると、完全に熟睡している少女が暗い部屋の中に見えた。スマホにはマナーモードがかかっていてアラームがなっていなかった。少年は鳴らないアラームを止めると、少女の耳元で1発手を叩いた。
「ウーン、ちょっといま何時?」
少女は起きたようだが、少年はこの後少女が何を言うか想像出来たので「6:34」と表示されている時計を見ながら
「6時半だ。」
と言った。
「あと5分...」
そう言って少女は再び夢の中へ行ってしまったが、そこは想定内である。少年は少女の意識がなくなったのを見計らってもう一度手を叩いた。
「5分経ったぞ。」
少年は容赦なく少女の掛布団を取り払った。10月の朝は十分寒い。トドメを刺すかのように、少年は少女の口にカフェイン入のミントタブレットを5粒程放り込んで、無理矢理目を覚まさせた。
「うげぇ」
時計は「7:20」を指している。少女は口の中に残ったミントタブレット独特の痛みと苦味に耐えながら目標量の課題を済ませた。国語、数学、英語、社会、理科のワークブックが少年に指定された箇所、それぞれ5ページ程進められている。少年は少女の苦手を割り出すために、各教科の各分野から事前に抜粋していた。
少年は、その日の休み時間や自習の時間に抜き打ちで少女に問題を出し、徹底的に少女の苦手を探った。少年がここまで少女に勉強させている理由は二日前の夜に遡る。
少年が形だけの予習を終えて、華麗にベッドインしようとしていたその時、少女は自室でテスト勉強をしていた。少女は215年間この世界に生き、下積み時代に世界を飛び回り、ようやく《アスタロト》の名を負うようになった。そのため語学はほぼ完璧に出来ていた。しかし、ココ最近の科学の発展は凄まじく、少女も進歩についていけなかった。本来使い魔にそのような知識は不要だが、少女は人間になってしまった。たかが1年、されど1年。この世界で人間として、ましてや学生として過ごすには相応の知識が必要なのだ。
机に積み上げられた、約50cmの参考書の山から物理の本を取り出そうとするが、下の方から引っ張り出そうとしたために雪崩が発生してしまった。
少女が床に散乱した参考書を拾い集めていると、部屋に霧が発生した。霧は参考書を巻き上げ、机の上に綺麗に積み上げた。
「まったく、情けない弟子だ。」
そう聞こえたかと思うと、霧がいつの間にか老人になっていた。
「え、あ、ちょっと師匠これは違うんです。かくかくしかじかで..」
「問答無用!出世したからといって浮かれおって、貴様には何か罰を与えねばなるまい。まず手始めにこの宿主から引き剥がしてやる。」
老人が言うと、部屋の扉が開いて少年がやってきた。
「強く念じたらテレパシー出来るシステムのせいで寝れんわ。あ、どうも先代アスタロトさん、こいつの宿主です。」
「テレパシーで救援を要請したか、この馬鹿弟子が。」
「まあまあ一旦落ち着きましょう。」
少年は起こった事を詳しく説明した。そしてこう持ちかけた。
「ちょっとこいつへの罰について少し待ってくれませんか。」
そう言って少年は少女に寄り添ってさらに
「この国にはテストというものがあるじゃないですか。どうです?こいつが100%正答したらチャラってことで。」
「うんうん、ってええええええ!?!?!?」
「なるほど、ではそのテストはいつなのだ?」
「二週間後です。こいつが満点を取れなければ好きにしていい。」
少女はもはや黙って首を横に高速で振っている。
「よかろう、では結果を楽しみにしておるぞ。」
老人は忽然と部屋から姿を消してしまった。
こうして少女と少年の運命のかかった二週間が幕を開けてしまった。