登校
朝になり、少年は目を覚ました。いつものように着替え、いつものように鞄を準備したが、ドアを開けて廊下に出た時疲れ果てた少女と鉢合わせした瞬間、少年は昨日のことと、今日から非日常が始まることを思い出した。
少女は今日から始まる人間生活に不安を募らせていた。私立召亜学園は2人が通う石川県の私立校である。小中高の校舎をもつ学校だ。中学校までは義務教育から1歩前進した学習をするため評判がいいが、高校からは外部から進学してくる生徒がいるためあまりいい学習ができないらしく、毎年多くの生徒が外部に進学する。しかしそんな学園の情報を一切少女に伝えなかったのは少年のミスだった。
一限目のチャイムが鳴った。今日の一限目は数学だ。少年は礼のあと、流れるような動きで就寝した。
「えー、今日から新単元に入っていきます。」
授業は粛々と進んでいき、残りは簡単な方程式を解いて答えを出すだけのタイミングで、少女に白羽の矢が立った。
「明日香、これの続きを黒板に書いて。」
少女は黒板に素早く書くと席についた。クラス内がざわつき始めた。
黒板には
x(2x+4)+1=0
0=0
と書かれていた。
「ちょっと、方程式で両辺に0かけるアホがどこにいるんだ。」
先生も怒り気味である。
「だって、全て無に帰趨すると考えればあながち間違ってないと思うんですけど。」
「屁理屈こねる暇があったら、頭の中をこねくり回して考えろ。」
先生は黒板を消して
x=-2±√4-1
x=-2±√3
と書き直した。
「えーこのように、これは二つの異なる実数解を持ちます。しかし、ここで判別式をつかえば...」
少女は机に死んだように突っ伏していた。
授業は淡々と流れて昼休みになった。少女は少年の席に無言で机を合わせた。
「なんか範囲違うんだけど、明らかに範囲違うんだけど。」
少女が少年の前で愚痴をこぼす。
「確かに二次関数はちょっと範囲外かもしれないけど、何故解の公式をつかわなかったんだ。」
「それは、方程式は全部0=0でいいかなと思って。」
少年は父親が作った弁当を取り出しながら少女に質問した。
「じゃあ解の公式言えるよな、もちろん口頭で。」
少女はしばらくためらった後答えた。
「x=abc/-b√b^2だっけ?」
少年はつまみ上げただし巻き玉子を思わず落としてしまった。
「x=-b±√b^2-4ac/2aだ。」
「あれ?間違えちゃった。」
「間違えちゃった、じゃねえよ。このままだと進級できない可能性だってあるんだぞ。」
「だって昨日あんなに神通力使っても中2ぐらいまでしかできないような量をこなしたのに、なんでここは参考書に書いてないことをやってるの。おかしいじゃない。」
少女が泣き始めたので、少年は見て見ぬ振りをして弁当を食べた。
午後の授業も終えて終礼の時間になった。先生が伝達事項を読み上げているが、少女は死んだような目で天井を見上げていた。
「えー、今日の14時頃、近くで不審者の目撃情報があったから十分注意して帰ってください。」
「起立、気を付け、礼」
放課後の掃除当番を済ませた少年が教室に戻ると、少女が1人で机に突っ伏していた。
「トイレ行ってるから帰る支度しとけよ。」
「....はい」
少年が教室を離れて数秒後、何者かが窓から侵入し、少女の手足を拘束した。
「え、ちょっ、何するんですか。」
「君には人質になってもらう。」
少年がトイレから出ると、先生が生徒を誘導していた。
「何があったんですか。」
「不審者が君の妹を人質にとって教室に籠城しているんだよ、とりあえず早く避難して。」
少年は校庭に誘導されると、教室に少女を見つけた。
(また面倒くさいことになった)
と、思いながら騒ぎに乗じて校舎に潜入していった。