レイジ
夢だ。
誰を追いかけているのか分からない夢。
いつものよう右手を伸ばすが、そこにはもう右手は無かった。
「夢の中でもなくなってんのかよ...」
そこで追いかける事をやめた。
すると誰か分からないその人も足をとめ、振り返った。
なびく髪を見るに女性なのだろう。
「約束したじゃない」
その女性は言った。
俺は突然の事に動揺した。
意味の分からないその言葉が何故か心の奥に深く刺さる。
「約束したじゃない」
もう一度その女性は言った。
「でも!もうどうしようもないんだ!!!」
何故か怒鳴り気味に自分の口から出た言葉にさらに困惑した。
約束?何のことだ?そもそもお前は誰なんだ?
自分に問いかけている間にその女性は目の前まで近づいて来ていた。
そこで気付く。
女性の背丈が自分より一回り小さい事に。
「大丈夫...」
そう言ってその女性は抱きついて来た。
頭を俺の胸に埋めながら、細い腕を精一杯伸ばし、まるで妹が兄に抱きつくようにして。
いつしか高まっていた感情も落ち着き、今は安堵感すら感じている。
「あなたならきっと大丈夫....」
そう呟く姿を見て、俺はその女性を両手で包み込んだ。
そこには無いはずの右手も今は何事も無かったかの様にある。
そして俺は言った。
「ありがとう...」
------------------------------------------
目を開けるとそこはあの室内だった。
ディスプレイに映る人体模型の右手と右腹部は依然赤点滅しているが、刻一刻と下がっていた各バイタルは平常値を示していた。
起き上がろうと右手を床につく。
本当ならば上手くいかないはずの行為が、今は出来た。
無くなったはずの右手を使い起き上がり、右腹部を見る。
すると黒い装甲板だけが抉れその隙間からは傷の無い地肌が見えた。
気付けば右手の装甲板も途中から千切れて消えていた。
そうこうしていると近くで何かが崩れる音がした。
何事かと思い、顔を上げるとそこには驚愕の表情でこちらを見つめるアンダーがいた。
次の瞬間アンダーは距離を取るために後方に飛びさった。
それを追って俺も崩れ落ちた壁からのそのそと外に出る。
そこで違和感を感じた。
さっきまでアンダーに対して抱いていた恐怖心はいつしか消えていた。
その代わりに湧き上がるのは確かな憎しみだった。
今すぐこいつを殺す。
そう思った時には体が動いていた。
アンダーめがけて走り出す。
「パイルバンカー!!!!」
そう叫び、右手を広げる。
するとどこからともなく光の粒子が集まり、瞬く間にパイルバンカーを形成していく。
まるで切り取った小枝が一瞬にして再生するかのように。
任務に持ってこなかったパイルバンカーの2倍ほどの大きさで、構造自体がそれとは多少異なるようだった。
アンダーはその出来事にさらに警戒し、もう一度距離をとろうと身体を沈める。
しかしその時にはすでに俺は懐に潜り込んでいた。
急所がどこにあるか分からないがとにかく胴体に杭を打ち込む。
するとアンダーは苦痛の叫びを上げ杭を打ち込む俺を引き剥がそうと腕を振り上げた。
すぐさま杭を引き抜き後ろに下がる。
パイルバンカーが貫いた穴からは大量の黒い血が吹き出ていた。
対象を貫くために突き出た杭をリコイルレバーを引き、再装填する。
アンダーも冷静を取り戻し体勢を低く保ち反撃の機会を伺っている。
次で決める。
そう決心して前に踏み込む。
それに反応しアンダーも腕を振り上げ横に薙ぎはらった。
しかし、俺はそれをパイルバンカーを斜めに地面に発射し、突き刺すことで盾にして受け流す。
物凄い勢いで薙ぎ払われた鉤爪と杭が一瞬だが激しく擦れ合い火花がちった。
パイルバンカーに鉤爪を受け流され、そのまま勢いを殺せずにアンダーが体勢を崩したことを確認して地面からパイルバンカーを引き抜き、そのまま杭が飛び出た状態でアンダーの喉元に突き立てる。
先ほどより、確実に、より素早く、より深く。
苦悶の咆哮をあげるアンダーだったが俺は御構い無しに力をさらに込める。
ヘッドディスプレイがアンダーの血で黒く塗られ、右手の装甲のない部分からは先ほどから生暖かい、どろっとした感触が伝わってくる。
すると次第に咆哮の声も小さくなり巨躯が傾いた。
それにつられパイルバンカーを握っていた俺も体勢を崩す。
倒れた俺の横には、何倍も大きいアンダーが力無く横たわっている。
こうして横に並ぶとその大きさを再確認させられる。
頭部のフルフェイス型の装甲を外し、横になったまま空を見上げていると突然の睡魔に襲われた。
疲れるのも無理はない。
そう思い、そのまま睡魔に身を委ね目を瞑る。
遠くで輸送ヘリの羽根が奏でるリズムある音が今は心地よかった。
------------------------------------------
彼女は気持ちよさそうに眠っている少年の顔を見つめながら、自分に問いかける。
「これでよかったのでしょうか...」
もちろん答えなど返ってこない。
頬を撫でるとくすぐったいそうにする少年の仕草がなんとも愛くるしい。
それを見て考えるのをやめた。
今更後には引けない。
たとえこの先、どんな未来が待ち受けてたとしても構わない。
ただ、前に進むだけだ。
「でも、できればそれが最善の未来である事を願いましょう...」
最後に彼女はそう呟いた。
設定の不備や誤字脱字などがありましたら是非お伝え下さい。
不定期更新ではありますがよろしくお願いします。