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必要最小限の犠牲

空にたたずむそれはこちらを品定めするかの様に見下ろしていた。

眼球の焦点を細かく動かしながら俺たちの些細な行動も見逃さないように。


この場に居る誰もが身動きが取れずにいた。

それは誰もが動いた奴から喰われると本能的に察知できているからだろう。

しかし、このままでは埒があかない。

いずれ喰われるのは確かだ。


【全員、牽制射撃をしつつ撤退!】


三葉先生が事態を察知したのか素早い指示を出す。

それによって全員が一斉に行動を開始する事ができた。


俺も立てかけていた突撃銃に手を伸ばそうとしたが、そこで悟った。


このままでは死ぬと。


すぐさまその場から飛び退く。


すぐそばを高速で通り過ぎた物体が空気を震わせ、その振動は身体の奥深くまで響く。

さっきまで自分の居た場所は粉塵を舞い上げながら陥没し、そこには歯の隙間から水蒸気を溢れ出させながらこちらを凝視するアンダーがいた。


完全に嵌められた。


今自分はアンダーを挟んで仲間と孤立している。

僅かに狙う位置をずらし、俺が孤立する様にアンダーは降りて来た。

そしてその眼を見れば分かる。

奴は孤立した俺を甚振って遊ぼうとしている。

心なしか人間の口角にあたる部位を最大まで釣りあげている様にもみえた。

だが、これはチャンスでもある。

アンダーがこちらに集中する間に味方を逃す事が出来るはずだ。


「俺が囮になる間に撤退しろ!」


そう言いながらすでに俺は味方とは反対方向に走り出していた。


「ちょっと待ってよ!!」


当然とも言うべきか、葵がすぐさま反応した。

しかしこの場では最良の判断をしなければ誰一人として生きて帰る事は出来ない。


【葵!撤退しろ!竜樹のサポートはこちらで行う】


流石、特殊科高校の教師なだけある。

三葉先生がすぐさま命令を下した。


「了解・・・」


葵は不服そうにしながらもアンダーとは反対に駆け出す。

味方の安全を確認し、ようやく自分の事だけに集中出来る。


【今から撤退ルートを送る。あと、5分逃げ続けろ。】


三葉先生の声と共にヘッドディスプレイにルートが表示される。

商店街の裏路地や周りの建物が比較的に高い狭い道が多く選ばれているのは相手が飛行型だからなのだろう。

広い場所に出ればその時点で死んだも同然だ。

それにしても、あと5分で正規のアンダー討伐部隊が到着するのか。


「まずいなぁ」


そう呟いた瞬間には今通ったばかりの道が倒壊した建物で塞がれていく。

アンダーが遊んでくれている間は死ぬ事は避ける事が出来そうだが、もし本気で殺しに来たのなら果たして逃げる事が出来るのか。


そして3分が経過した頃。


突然アンダーの姿が見えなくなった。

足を止めて振り返って見るものの、そこにはただただ平凡な道があるだけだ。


「三葉先生。アンダーの位置は?」


そう問いかけるが渋い答えが返ってくるだけだった。


【それがだな。今、偵察機との連絡が途絶えた。恐らくそのアンダーの仕業だろう。

こちらからはこれ以上の指示ができそうにない。

だが、とにかく今は逃げろ】


背筋に若干の汗をかいた。


やはり知能が高い。


そもそも獲物で遊ぶと言う行為自体が知能の低い生物には出来ない。

その上、偵察機の存在にも気付いたとなるとかなりのものだ。

D〜Fのアンダーも知能はそれほど高くはないと聞いている。

流石はCランクとでも言うべきか。


ただそんな事はどうでもいい。

問題なのは「何故急に偵察機を潰したのか」だ。

いや、分かっている。分かってはいるのだが。

もしその考えが当たっていたならば、最悪だ。

自分でも恐怖を抱いている事が震える手によってありありと感じ取れた。


奴は本気で殺しにくる。


とにかく今は逃げる事しか出来ない。

そう思いもう一度足腰に力を込めて走り出し、いくつもの建物の角を曲がる。

しかしその先に待ち構えていたのは絶望だった。


突如轟音と共に崩れた建物が行く手を塞いだ。

瓦礫の上には当然のようにこちらを見下ろすアンダーの姿があった。


引き返そうと思った時にはもう遅い。


大型ショベルカーのアームと見紛うであろう腕が振り下ろされ、咄嗟に腕を交差し防ごうとするものの全く意味のない事だ。


体は軽々と宙を舞って近くの建物の壁を崩し室内に放り込まれる。


気がつくと粉塵の舞う室内で一人、うつ伏せになっていた。


「早く......逃げないと.........」


何故か痛みは感じなかった。

いや痛みを感じる余裕すらなかっただけかもしれない。


「それより今は逃げないと。。。」


そう思い立ち上がるために右手を床につこうとしたが、何故か右手は空を切ってしまい失敗した。


その事を疑問に思い、右手に目をやる。


しかし、そこにはもう右手はなかった。


「あぁ......」


声にもならない叫びが室内に響く。


ヘッドディスプレイ端には、人体模型の右手と右腹部が赤点滅している映像、その上には刻一刻と低下していく脈拍数やその他のバイタルの数値が映し出された。


気付けば目に見える範囲の床は深紅一色で塗りつぶされている。

おそらく腹部も見るに堪えない有様になっているのだろう。


建物の壁に空いた穴からはこちらを覗くアンダーの姿が見えた。



まぁ不幸中の幸いとでも言うべきか、このままだとアンダーに喰われる前に意識は飛ぶはずだ。


「痛い思いをせずに済むな....」


皮肉気味に口角を上げながら呟く。

ただ、それが最後の救いであるのは間違いなかった。


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