2章(4)
久しぶりのハイヒールに、恵美の気持ちは引き締まった。大丈夫足は痛くない。どんな形にしろ、新規のプロジェクトに参加したことで、こころなしかキャリアウーマンになった様な気がした。皆の誤解も解け、新規のチームにも受け入れらた様子で、自然と恵美の足どりは軽くなっていた。ただ1つ、京子のことは心に引っ掛かりが残った。
「どう、調子は」雅子が恵美の元を訪れた。
「まあまあよ」とは言ったものの、溜まった書類に目を回していた。
「はい、これね。それにしても、すごい経費の使いようね。ほかの部署だったら大変よ」雅子は、昨日の領収書の決済を持ってきた。
「何にもないところから、創めたみたいだからね」恵美はまだ手元に残る領収証などの束を見せた。
「ところで、京子、知ってる?」雅子は声を低くして尋ねた。
「えっ、なにを?」
「休みなの。無断みたい」どうやら、課長にも聞かれたようだ。
「そう・・。昨日から会ってないわ」京子への心配は、大きくなり始めていた。
「そうか。うん、じゃあね。頑張って」雅子を見ながら、昨日の京子を思い出していた。よそよそしい態度で逃げるように帰った京子。悩みでもあるのか?難題にぶつかっているのか?自分にも言えない事情があるのは恵美にもわかった。でもそう考えると、仲の良かった京子が急に遠い存在に思えた。昼食のとき、恵美は何度も京子に連絡したが、無情な答えが繰り返されただけだった。「電源が、入っていないか・・」5度目のメッセージを聞いたとき、孝子が恵美を迎えに来た。
「ほら、早く。もう出発するって」
「えっ?私もですか」恵美はてっきり、留守番だと思っていたのだ。
「専務の命令よ。全員ですって」図られた。専務の計略にしっかりと、乗せられていたのだ。午後は浩二たちの会社に向かい、顔合わせがあるのは知っていた。しかし恵美は、単なる経理で、顔合わせの必要などないと思っていたのだ。専務のニヤけた笑いが頭に浮かんだ。しかし、ここで断わったら、せっかく打ち解けた仲間から、疑惑の目が向けられるのはわかっていた。目立たぬようにするしかなかった。
玄関ホールには、専務をはじめ、部長と新規チームの皆が集まっていた。恵美が駆けつけると、専務と部長はかすかな笑みを浮かべていた。想像通りだ。恵美は諦めた。この状態で騒ぎ出すわけにもいかず、黙って皆のあとに続いた。社の前には、5台のタクシーが待っていて、皆は分乗して乗り込んだ。専務と部長は2人だけで乗り込むと、そのまま発進していった。あきらかに恵美を避けていた。
浩二たちの会社は、新しい立派な社屋が建っていた。4階あたりまでガラス張りの吹き抜けになったエントランスがあり、座り心地の良さそうな待合所が隅に設けてあった。恵美の会社よりも数段立派な作りだった。専務達が必死になるのも、なんとなく理解は出来るが、やり口には理解しようとも思わなかった。専務が受付に来訪理由を告げると、受付譲は笑顔で対応した。恵美の会社にも受付はあるが、ほとんどは誰もいないのが現状で、歴然とした差があった。受付譲が社内電話を持ち上げたとき、浩二が現れた。どうやら来訪者を送りに来たらしい。浩二は専務に気がつくと、両手で静止の合図を送ってきた。浩二は玄関先で来訪者と別れると、そのまま専務のほうにやってきた。恵美はすかさずみんなの後ろに引き下がった。もちろん浩二に見つからないためだった。
「どうも、よく来て頂けました。今、案内させますから」浩二は握手を求めた。
「すいません。お世話になります。皆、こちらが山田専務さんだ。今回のプロジェクトの総責任者だ」みんなは一斉に深くお辞儀をしたが、恵美は出遅れてしまい、浩二と目が合ってしまった。
「や〜恵美さん」無視してくれればいいものを、浩二は親しげに恵美に挨拶を送った。
「どうも、お邪魔してます」ほかに言葉が浮かばなかった。
「こないかと思ってました」浩二の親しそうな口ぶりに、チームの皆が目を丸くしていた。
「先に行ってて下さい。すぐ行きますから」浩二はそう言って部下に合図を送った。案の定、専務と部長はニヤけた笑いを浮かべていた。みんなは、不思議そうに恵美を見ていた。
「どうぞ、こちらへ」浩二の秘書だろうか、若い男性に案内されてエレベーターに向かった。4基のエレベーターは全てが忙しそうに動いていた。そのうち1基が到着し、みなはそこに移動した。扉が開かれ乗り込もうとしたが、数人が降りてきた為、みんなは扉の前を開けた。浩二の秘書が緊張の表情で、深くお辞儀をした。
「副社長。お疲れ様です」浩一だ。恵美は身を隠すところを探した、・・・なかった。
みんなは驚き、一斉にお辞儀をした。どうやら専務も部長も、浩一のことは、知らない様だ。
「うん?そちらは?」秘書が答える前に、浩一は恵美に気が付いた。
「恵美さん!!どうしたの」その場の一同が驚きの表情で恵美を見た。それどころか、浩二の秘書、エントランスにいた全員までもが恵美に注目したのだ。なぜならば、福社長が自ら女性に声を掛けることなど、今まで一度も見たことが無かったからだ。