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15章(4)最終話

その日浩二はジュンを送り、二人はお互いに意識を持ち始めた。

当初は浩二狙いだったジュンの気持ちが思い起こされたのだ。

浩一と恵美の間には到底入れない。浩二は自分の事をここまで考えていてくれた。

そのうちジュンは浩二に身を預けた。しかし浩二は優しくすり抜けた。

「ジュン、酔った勢いは駄目だよ」

その一言でジュンは我を取り戻した。

「ごめんなさい。馬鹿ね、私……」

ジュンの涙は悲しみの涙ではない。浩二の心の広さに感謝したからだ。

この時ジュンは心を決めた。『私の相手は、きっとどこかにいる。それまでは、

働くしかない』と。そしてジュンは付き添いを恵美に引継ぎ、仕事を探し始めた。

ママに言われたように昼間の仕事も当たってみたが、

経験も資格も無いジュンに世間は冷たかった。

そのことはやがて浩二の耳にも入り、お節介とは思ったが、

浩二は自分の下で働かないかと持ち出した。ジュンはこれを丁寧に断わったのだ。

「恵美さんみたいに出来ないし、資格も経験も無いの。無理よ」

とジュンは言った。

「経験など、これから積めば良い事だ。それに仕事が無くては困るだろう」

浩二は言い返した。

「そうね。私には、夜の経験しかないから……」

「じゃあ、いっそのこと夜の仕事に戻れよ」

ジュンは浩二の言葉が信じられなかった。

驚くジュンを無視するかのように、浩二は話を続けた。

「料理屋なんてどうだい」

「私に女中さんになれと言うの」

いくら浩二の言葉でも、ジュンは侮辱としか受け取れなかった。

「まあ、待てよ。ちょっと付き合え」

浩二が連れて行ったのは、かつて浩一と浩二が始めて恵美と食事をした店だった。

「食事なら御馳走になるわ」

ジュンは不貞腐れてそう言ったが、女将の挨拶を受けると、

顔が変わったように店を見渡していた。

「若いのにすごいわね」

「興味あるか?」

「私?そうね。夢ね。こんな素敵なお店ならね」

まるで夢見る乙女の顔つきだった。

「そうか」

浩二はビール一杯飲み終わらないうちに、ジュンを連れ出した。

浩二はジュンの手を無言で引っ張り歩いていた。

「もう、いい加減にしてよ」

ジュンは勢い良く浩二の手を振り払った。

浩二は立ち止まるジュンの手を握り、更に20メートルほど歩いたところで手を離した。

そして振り向き目の前の一軒の店を指差した。

「なんなのよ。ここは」

お洒落なビルの一階、しかも通りに面したところにシャッターが降りていた。

浩二は戸惑うことなくシャッターを開けると、ジュンを手招いた。

「どうだ」

浩二が店内の明かりを点けると、料亭でも思わせるような座敷と、

重厚な木材で作られたカウンターと、広く綺麗なキッチンが見渡せた。

シンクも蛇口も新品で、ステンレスは光り輝いていた。

全体は赤と黒を基調にした色彩と、入り口脇の大きな番傘が高級感をかもし出していた、

座敷のテーブルも、カウンターの椅子も、漆塗りの立派な造りだった。

「ど、どうしたの?」

ジュンは戸惑いながらも浩二に尋ね、一歩一歩店内に足を踏み入れた。

「ここをジュンがやるんだ。女将として、不満か?」

浩二は淡々と答えた。ジュンにはまだ理解出来ずにいた。

「ちょっとまって。私がここを経営するの?」

驚きと聞き間違えでは無いかとの気持ちでジュンは聞き返した。

「そうだ。嫌か」

浩二はまるで他人事のように答えた。

「だって、私……」

ジュンの気がかりは多すぎた。浩二にはその全てが理解してあった。

「いいかジュン、良く聞いてくれ。ここは我が社の子会社にする。君はその社長だ。

当面の経理や税制面は本社で処理する。君は経営だけに専念してくれれば良い」

浩二はジュンの両腕を掴み、心配はいらないと熱く語った。

「なんで、私に……」

「僕と兄、そして父の希望でもある。やってくれるね」

ジュンは長い間黙っていた。涙が言葉を邪魔していたのだ。

俯くジュンの顔からとめどなく涙が床に流れ落ちた。

「……はい」

ジュンはその一言を発するのが精一杯だった。

ジュンの勤めていたママの了解も得て、店は『来夢』と名づけられた。


 浩一の歩行訓練も順調に進み、恵美を思い出してから2ヶ月ほどで退院が決まった。

その間恵美は秘書の仕事を辞め、浩一に付き切りの世話をしていた。

ジュンは結局夜の商売に戻ったが、康之の取り計らいで自分の店を持ったのだ。

夜の商売と言っても、女を売る商売ではない、小さな小料理屋を始めたのだ。

そこには恵美の紹介で聡子も働きに来ていた。聡子は喜んでいた。

昼は娘と過ごせる上に、旅館の給金とは問題に比べものにならないほどの、

給料を得ることが出来た。ジュンの店は繁盛していた。浩二の会社の接待や、

関連会社などが毎日のように詰め掛けていた。

板前は恵美が浩二に始めて連れて行ってもらった小料理屋の女将の紹介で、

京都から腕の良い職人が集まったのも繁盛に拍車をかけていた。

恵美も何度か邪魔をされてもらったが、ジュンの活き活きとした姿を見るのが嬉しかった。

姉のような聡子までが店にいるだけでも、恵美は嬉しきかった。

 そして浩一の退院日。ジュンの店は貸切でお祝いの席が設けられた。

『家で静かに』との母の提案も『内臓が元気で動ければ、皆にも挨拶するべきだ』

との、康之の一声で決まったのだ。何よりも喜んでいたのは、父、康之かもしてない。

車椅子とはいえ、浩一はほとんど自分の事は一人でこなせるようにまで回復していた。

「今日は皆さんお集まり頂き、誠にありがとうございます。

乾杯に移る前に兄から一言挨拶があります」

浩二は全員が揃うのを見計らって口を開いた。

浩一は特別に作られた席から立ち上がり頭を下げた。

「皆さんこの半年の間、ご心配をお掛けしたことをお詫びします。

ご覧の通りいささか頼りないですが、社会復帰できるまで回復しました。

皆さんの応援があればこそと、心より感謝いたしております。特に父康之には迷惑ばかりと、胸が痛む想いですがこれからの私に期待して頂きたい。

そして浩二。最大に迷惑を掛けたのは弟浩二でしょう。済まなかった。

そしてありがとう。会社のほかの重役の皆様、秘書の皆様、これからも宜しくお願いします。しかし私の心を支え続けてくれたのは、ここの女将、ジュンさん、そして恵美さん。

この二人がいなければ今も私は病院のベッドにいたかも知れません。

一生、ジュンさんには頭が上がらないです。ジュンさんありがとう。

恵美さんにはもっと頭が上がりません。恵美さんこちらに……」

いきなり浩一に呼ばれ、恵美は照れくさそうに浩一と並んだ。

「皆さんも御存知だとは思いますが、私は彼女を愛しています」

そう言うと浩一は恵美に向き直り、正面から話し出した。

「恵美さん、結婚してください」

浩一は恵美に頭を下げた。

「はい」

恵美の答えは短いものだが、その声ははっきりと集まった全員に届く声だった。

康之と母には予め浩一は言っておいた。『お前が決めたことだ。何も文句はない』

康之は短いながらも、顔には笑いと混じって涙も浮かんでいた。

『良いお嫁さんが来たわ』母はもっと簡単だった。しかしその身体は早くも踊りだしていた。既に、恵美の存在自体が当たり前になっていたのだ。浩二はみんなの前で照れる二人を、

心から祝福していた。浩二は恵美への気持ちが吹っ切れたのだ。

その浩二の視線の先には、女将の姿がしっかりと定着した、笑顔のジュンの姿が有った。



長い間、『別れと出会い』を呼んでいただきありがとうございました。

みんながハッピーにとは行きませんでしたが、想像出来る程度に

残しておきました。ご不満もありましょうが、今回で終了となりました。

今まで、色々な御意見ご感想を頂き、心より感謝いたします。

次回作も、皆さんのご期待に添えるかどうかは

わかりませんが、一生懸命書いていきたいと思います。

引き続きの応援を宜しくお願いします。

ありがとうございました。

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