2章(1)
ご飯と味噌汁、玉子焼き。京子の夕食はいたってシンプルだった。ご飯も味噌汁も朝に作ったものだ。料理が嫌いなわけではないが、一人きりだとつい面倒になるのだ。テレビも消してしまった。最近は、面白いと思う番組がなくなったと感じていた。静まり返った部屋での、たった一人の食事。味気なかった。京子は大きくため息をついた。その時、京子の携帯に電話がかかって来た。恵美の彼氏の浩二だった。元と言ってもいいかもしれない。
「すいません。恵美を探してるのですが」かなり動揺しているように思えたが、恵美の態度から、相当ひどい目に遭わせたのは想像できた。
「どうしたの?恵美、すごく怒ってたわよ。携帯も着信拒否にしたって」浩二は声に出して驚いた。
「そんな・・・。確かに、僕が悪いんです。待ち合わせをすっぽかしたから・・・」落ち込んだ様子は容易に想像できた。しかし、恵美の友人としては、一言、言いたかったのだ。
「それだけではないでしょ?」
「・・・・・」浩二は返事をしなかった。出来なかったのだろう。京子はちょっと不憫に思えた。
「恵美には伝えておきます。また、明日にでも、電話をちょうだい」
「すいません。お願いします」浩二はがっかりしたように電話を切った。浩二を恵美に紹介されたの1年前。二人が付き合い始めてしばらくしてからだった。浩二は今風の若者で、確かにいい男だった。少しの嫉妬もあったが、恵美の彼氏と言うことで、それ以上は考えなかった。京子も1人。浩二も今では1人。なぜかこの状況が、偶然ではないように思えた。そして彼からの電話が有った事。何かの暗示にも思えたのだ。しばらく考え込んでから、恵美は携帯に手を伸ばした。そして、着信履歴の浩二の番号をプッシュした。浩二はすぐに電話に出た。
「明日、会える?5時半に迎えに来て」
「行きます」二人の会話はそれだけだったが、心が通じたように思えた。
その頃恵美は、美味しい食事を堪能していた。
「足は、大丈夫ですか」浩一は真赤になりながらも、恵美と話すようになっていた。恵美も緊張が有ったのか、足のことなどすっかりと忘れていた。
「はい、大丈夫です」二人のやり取りを見ながら、浩二が笑った。
「へ〜、兄さん、話せるじゃない」
「こ、こら、恵美さんの前で・・・」赤い顔は、更に赤くなった。
「恵美さん、ありがとうございます。こんなに話す兄は、初めてです。もしかして兄は・・・・」
「浩二、恵美さんに、失礼だぞ」浩一はむきになって怒り始めた。恵美はそんな二人を羨ましそうに眺めた。恵美には兄弟はいない。一人っ子だ。子供の頃には、弟がほしいと親を困らせたこともあったが、結局は、兄弟を持つことは出来なかった。恵美はどちらとは言えないが、好意を持ち始めていた。活発だが優しく、兄思いの浩二。女性には弱いが優しい兄、浩一。二人とも、可愛い美男子。恵美はあらためて、自分がすごい席にいることに驚いた。しかし、いつまでも、送り迎えをしてもらう訳には行かない。もう、楽しい時間を過ごすことも出来なくなるだろうと思えた。もし、恵美がプロジェクトに参加すれば、少なくとも浩二には会える。そう思ったが、参加しても役に立たないと思われるのは辛かった。恵美の寂しそうな表情に気がつき、浩二が兄、浩一に促した。
「も、もし、よろしければ、三人で飲みに行きませんか」相変わらず真赤になるが、そこもまたかわいく思えた。大の男に向かって可愛いとは失礼かも知れないが、この二人は本当に可愛らしい顔つきをしていた。恵美は一瞬戸惑ったが、もう少し、2人と居たかった。
「喜んで、お供しますわ」恵美の返事に浩一は大喜びだった。浩一の喜び様は、これで仕事が出来るのか、とさえ思えるほど、子供のように無邪気な喜び方だった。浩二も満足そうに笑っていた。
二人が恵美を連れて行ったのは、見るからに高そうな高級クラブだった。入り口のドアには(会員制)の札が掛けられ、カウンターの中には、クリスタルのボトルが並び、着飾った女性が沢山働いていた。
「まあ、いらっしゃいませ」店のママが三人を迎えてくれた。よく来るようだ。
「どうぞ、こちらへ」通された席は、中でも一番大きく立派なテーブルだった。あっという間に、ママと4人の女性が席に付いた。出されたボトルは、カミュのXO。
「あら、女の方が同伴なんて、どう言う事?どこお店かしら」中でも、一際綺麗な女性が浩一に話しかけた。浩一は、慌てて言い返した。
「馬鹿、普通のOLさんだ。水商売じゃないぞ」恵美には話の内容が理解できないと同時に、普通に話す浩一が疑問に思えた。女性とは真赤になって話せないのでは・・・。
「兄にとっては、水商売の女性は、女ではないんです。だから、普通に話せるんですよ」浩二の説明は、恵美には理解出来なかった。普通の女性とどこが違うのだろうか。
「もう、ひどいわね。さあ、乾杯しましょ」ママの音頭で、グラスがいい音を響かせた。
「僕らの、オヤジの口癖なんです」浩二が理解に苦しむ恵美に、説明してくれた。
「僕らは、若いときからオヤジと飲みに歩いていました。そしていつも言うのが『飲み屋の女性は女性にあらず、仕事の道具と思え』ってね。接待で使うも、商談で使うも、自分は溺れるな。という意味でしょう。そんな、ことばかりを聞いていたので、飲み屋では兄も大丈夫なんです」
「失礼しちゃうわね。でも、いいわ。浩二さんがいるから」綺麗な女性は、ジュンと名乗った。ジュンは浩二に寄り添い、しっかりと腕を絡めた。恵美には、挑戦的な視線を送っていたが、恵美にはその視線の意味さえ判らなかった。事実、その後の会話も恵美には想像も出来ない世界であった。




