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13章(2)

浩一の夢ははっきりとしてきた。布団に包まる二人。もちろん一人は自分だが、その自分の胸に顔を埋める女性。そこまでは、はっきりと見えるのだが、その女性が顔を上げると画面は乱れるのだった。しかしそれはジュンではないことは確かだ。浩一は焦った。その焦りからくる苛立ちが向かった先は、新しい秘書の恵美だった。思い出せない苛立ちと、身体の自由が利かない口惜しさは、日増しに浩一の神経をすり減らしちょっとしたことで当り散らすようになった。

「君の報告は中途半端だ。調べなおせ」浩一に書類を付き返され、恵美は唇を噛んだ。それでも恵美は気丈に構え、平素を装い静かに答えた。

「わかりました。調べなおします」恵美は深く頭を下げると、病室から出て行った。

「恵美さん待って」ジュンが廊下まで追いかけてきた。

「あと二日よ、大丈夫」ジュンは恵美の顔を覗き尋ねた。

「ええ、平気です」恵美はそう言ったが、自分の涙には気が付いていなかった。ジュンはポケットからハンカチを取り出すと、恵美の頬を流れた涙を拭った。

「どうしてそこまで・・・」ジュンにはここまでする恵美の気持ちが理解出来なかった。

「ありがとう。でも、教えてしまったら、思い出してくれないかも知れないわ。それに思い出してもそれが教えられたことだと、浩一さんが勘違いをしたら・・・」恵美は言葉を失った。それ以上の想像は怖くて口に出せなかったのだ。ジュンは何も言えなくなった。

「強い人・・とても私には真似できないわ」ジュンは、何度も首を振った。恵美が自らを逆境に置いているのは、全て浩一の為だと、ジュンあらためて思い知らされた。そのため自分を最大限犠牲に出来る恵美が、本当は羨ましくさえ思えた。

「でも、私は幸せよ。浩一さんの近くに居られるから」恵美は涙を拭い笑顔で走り出した。恵美の後姿を見ながら、ジュンは一時でも自分が浩一と結ばれる夢をみたことに、怒りと恥かしさがこみ上げてきた。そしてジュンは浩二に連絡を入れた。

「もしもし、ジュンかどうした」

「浩二さんの知っている範囲で構わない。二人の出来事を教えて」ジュンは挨拶もほどほどに用件だけを伝えた。

「兄と恵美さんだね」浩二にも時間の無いことは解っていたのだ、直ぐに焦りの気持ちが声に現れた。

「ええ、このまま指をくわえて見ていられないわ」ジュンは残りの二日で、どうにか思い出すきっかけを作りたかったのだ。そのためには今まで二人に何があったのかを知らなくてはならない。恵美には悪いと思ったが、これが恵美のためだと浩二に聞いたのだ。

「わかった。僕の知っていることは全て話すよ」浩二も実のところ焦っていたのだ。約束の期限が迫る中、恵美からは希望に繋がる報告がなかったからだ。そんなときに丁度ジュンの申し出があり、浩二は協力することを約束した。浩二は毎晩仕事帰りに真っ直ぐに病室に顔を出したが、今日はいつもと違っていた。売店前でジュンと待ち合わせたのだ。

「ごめんなさい。待ったかしら」ジュンは腰も掛けずに浩二に尋ねた。

「いや、5分くらいだよ」実際には15分は待っていたが、浩二は気にせず答えた。

「ちょっと待ってね」そう言うとジュンは売店に駆け込み、雑誌を適当に買ってきた。もちろんカモフラージュのためだ。浩二と結託していたと浩一に感ずかれないためだ。ジュンは浩二の話を熱心に聞いていた。そして二人の出来事で何が一番、浩一の印象に残っているかを話し合った。その結果幾つかの案が出たが、結局は思い出すまで全てを試してみようとの結論に達した。

「どうだい、具合は」浩二が元気良く病室に入った。

「ああ、浩二か・・・まあまあだ・・」浩一の返事には元気がなかった。それも致し方ないことだ。恋人はジュンだと思っていたのが、自分の夢がそれを否定したのだ。しかも、本当の恋人は名乗りも上げない。そんな苛立ちと動かない身体とで、浩一の精神は崩壊寸前だった。そのことは浩二にも伝わった。浩二も、そんな浩一に一刻も早く思い出させる必要があると感じた。浩二は手土産の果物をテーブルに置くと、一つ咳払いをしてからソファに腰をおろし足を投げ出した。

「ジュンを見なかったか・・・。どこに行ったんだ・・」明らかに苛立っている。浩二は声の調子で浩一の苛立ちを悟った。

「ああ。売店で見かけたよ」浩二は何気ない素振りで答えた。

「まったく。いつも雑誌ばかりで・・・」声は微妙に震えていた。

「まあ、いいじゃないか。ずっと付き添っているんだから」そのとき病室のドアが開いた。

「ごめんね」ジュンは明るい声で病室に戻ってきた。そして浩一に近づこうとした時、浩二の足につまずきバランスを失い見事に転んだ。

「痛〜い。ヒールも折れたみたい・・」もちろん全て演技だ。浩一と恵美の出会いを再現したつもりだったのだが、浩一は何も言わなかった。

浩二がジュンに手を貸し起こしたが、二人は力なく首を振った。ところが浩一は何も言わないのではなく、言えなかったのだ。その状況は確かに自分の記憶にあるような気がしたからだ。浩一は激しい頭痛に襲われ、思わず大声で叫んだ。ジュンは訳もわからずその場に立ち尽くしていたが、やがてナースコールに飛び付き何度も押した。看護婦が現れるまでの時間が、三人には異常に長く感じられた。


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