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8章(4)

「彼女は誰かね」康之の質問はジュンの思っていた通りだった。下から覗き込むような疑いの眼差しと、意識してゆっくり話す特徴は康之のいつもの癖だった。康之との付き合いは長い。ジュンが『来夢』で働き出した時には、康之は既に常連だった。その上、二人の息子を連れてくるとの事で、かなり人気も有ったのだ。もちろん二人の息子目当てが多かったが。そんな時、康之が初めて指名をしてくれたのだ。それからはいつも指名を入れてくれて、二人の息子とも仲が良くなった。それからもう五年になる。ジュンが黙っていると、康之は言葉を続けた。

「店の子ではないのだろう。浩一とはどういう関係かね」はっきり言えば、ジュンは答えを持ち合わせてはいない。浩一からも恵美からも聞いたわけではないのだ。確かに仲は良い。だが、恵美は浩一と浩二、二人と仲がいいのだ。特に浩一と仲が良くても、恋人、あるいは付き合っているとは、言えなかった。

「仲はいいですが、詳しくは・・・」康之は、ジュンの答えに満足しなかった。

「あの、様子では普通とは思えん。付き合っているのかね」集まっている人々は、皆、ひそひそ話をしているが、恵美はじっと何かに耐えているように見える。それは心から浩一を心配しているようだ。

「はっきり聞いたわけでは無いのですが、お互いに好き合ってはいるようです」ジュンはあくまで推測に過ぎないと繰り返した。

「そうか・・・、うむ、ありがとう」康之が素直にお礼を言うのは珍しかった。浩一は浩二と違って女性には疎い。変な女に騙されないか、康之にはそれが心配だった。しかし、見たところ普通のお嬢さんにも見えた。恵美はジュンが隣りに戻っても、顔すら上げずに耐えていた。一時間が過ぎた頃、浩二が病院に姿を現せた。浩二は康之の所に駆け寄った。

「父さん・・・」浩二は康之の手を握った。康之も無言で浩二の肩を叩いた。そしてそのあと康之が見たものは、会社の重役、秘書からの挨拶など一切無視して、恵美に駆け寄る浩二の姿だった。そして抱き合う恵美とジュンと浩二。『浩二まで認めた女性か・・』それを見ながら康之は一人呟いた。

 さらにニ時間が過ぎようとした時、手術室から看護婦が現れた。

「御家族の方は、いらっしゃいますか」一同は顔を見合わせた。

「私は、父親です」康之は看護婦の前に歩み出た。

「弟です」それを見て、浩二も立ち上がり一歩前に出た。恵美はすがるような目で浩二を見たが、浩二は座っているように両手で合図を送った。二人は看護婦と共に、手術室へと入っていったが、恵美もジュンも気がかりではない。当の浩一は出てくる気配もない上に、浩二と父親はどこかに連れて行かれたのだ。待っている人々の中でもざわめきが起きはじめたが、恵美は黙って自動扉を見つめていた。二人は十分ほどで戻ってきた。浩二が恵美に話しかけようとした時、康之が浩二を引き止めた。

「あとで、話がある」その一言だけを残し、康之はその場を立ち去った。

「どうなの」痺れを切らしてジュンが尋ねた。恵美は黙って浩二を見ている。たったの十分だが、これほどまで浩二に会いたいと思ったことは無かった。浩二は二人に頷くと、皆に聞こえるように話し始めた。

「皆さん、ご心配をお掛けしました。命に別状はありません。今は、集中治療室にいるため会えませんが、経過が良ければ一週間ほどで一般病棟に移されるそうです。今日はありがとうございました」そう言って頭を下げた。恵美もジュンも力が抜けたように、ソファに寄りかかった。随分と力が入っていたようだ。身体のいたるところで痛みが起こった。見れば手のひらは真っ白。ずっと、握り締めていたせいだろう。安心と同時に極度の疲労と脱力感が二人を襲った。皆がその場を去るのを見届けてから、浩二は恵美に向き直った。

「恵美さん、少し付き合ってもらえますか」恵美は頷いた。恵美に手を貸しゆっくりと立たせると、浩二はジュンにも話しかけた。

「君もいいかな」ジュンの見当はついていた。康之の命令だろうと気づいていた。案の定、浩二が二人を連れて行ったのは実家。浩二の実家に向かうタクシーの中では、誰一人として口を開かなかった。恵美は心底疲れていた。本当ならば家に帰って休みたいところだ。しかし、浩一の両親とは会っておく必要があった。なぜならば、一般病棟に移った際には、毎日浩一に付いていようと思ったからだ。もちろん、仕事も辞めるつもりだった。ジュンはタクシーの中で考えていた。『なぜ、私まで浩一の異変を受け取ったのか』その疑問はずっと頭にあったが、答えの出ないままになっていた。『もしかして、浩一さんを好きなの』自分の気持ちにさえ気が付かない。『そんな馬鹿みたい・・・』流れる夜景を見ながら、ジュンは考えを巡らしていた。浩ニは聡子と知恵を思い出していた。しかし、恵美を前にすると、その気持ちが偽りであると思い知らされた。『やはり、恵美さんが好きだ』浩二の素直な気持ちは、はっきりとした。ただ、伝える術はもう無い。今は兄のことだけ考えようと、浩二は固く胸に誓った。父と自分と二人しか聞かされなかった話の為に・・・・。



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