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5章(2)

二人は浅い眠りについていた。恵美は浩一の胸に顔を埋め、規則正しい寝息を立てていた。浩一は恵美の髪の匂いを楽しむように、僅かに笑いながら目を閉じていた。そんな至福のときだった。部屋の電話が静寂を破った。浩一は恵美の布団から飛び出した。恵美も気が付き眼を開けたが、眼前の裸の浩一に目を背けた。浩一も慌てて寝巻きを巻きつけ、照れくさそうに笑った。しかし、電話に出るなり表情は険しくなった。恵美は電話の内容を一瞬で理解し、急いで起きだした。受話器を置いた浩一が、恵美を優しく抱きしめた。そして、諭すように恵美に話しはじめた。

「よく聞いて。京子さん・・見つかったよ」恵美は次の言葉を息を飲み込み待った。

「病院にいる。命には別状は無いようだよ」恵美は身体から力が抜けるように感じた。それでも京子の無事を知り、恵美は泣き出した。『良かった』恵美は心から祈った。誰に祈ったかは分からない。それでも誰かに祈りを捧げたかった。

「今朝、浜辺で見つかったそうだよ」浩一は恵美を抱きかかえて言った。

「じゃあ、やっぱり・・・」京子は入水自殺を図ったと、恵美は直感した。

「あの海水浴場だった」二人が見た影かは分からない。ただ、昨晩京子もあそこに居たのは確かだった。

「食事を済ませたら行ってみよう」恵美は頷いた。それでも、安心したせいか朝食はいつも通りに食べら

れた。昨夜の女中もしきりに『よかったですね』と、繰り返していた。恵美は宿泊をしばらく延長した。

場合によっては、数日は京子に付いていようかと思ったのだ。浩一には帰ることを強く要望した。

「もう、大丈夫。本当にありがとう」恵美の笑顔に浩一は安心したように、チェックアウトをしてから宿を出た。京子が収容された病院は伊東市の総合病院だった。車でも20分とかからない。タクシーを呼んでもらい国道135号を南下した。女中から二人の事を聞いたのか、病室の前では、私服の警官が二人の到着を待っていた。

「昨夜のうちに連絡をもらって助かりました。ただ、身元の証明が出来ませんで・・・。旅館の電話番号を持っていたので、分かった次第です」警官は手帳を取りだし、恵美に質問を始めた。恵美としては、一刻も早く京子に会いたかったが、焦る気持ちを抑えて返答を繰り返した。警官は丁寧にお礼を言って、病室前から去っていった。

 京子は静かな寝息を立てていた。どことなく顔には安らぎさえ浮かんでいるようだ。恵美は静かに京子の手をとった。『辛かったんだね』呟いた途端、恵美の目から涙が溢れた。浩一が後ろから抱きしめ、恵美を椅子に座らせた。恵美が落ち着くと、浩一は病室を静かに出て行った。恵美の会社に連絡を入れる為だ。連れ出した以上は、責任があると浩一は思っていた。恵美の部長はことの重大さに驚いていた。そして社内のトラブルに巻き込んでしまったことを、浩一にしきりに謝っていた。『恵美さんを責めないでください』浩一は恵美のファローも忘れなかった。そのまま浩二にも連絡を入れた。

「そうか。大変だったね。連絡が付かないから心配してたんだ」そう言いながらも、浩一が携帯の電源を切っていたことを責める口調ではなかった。

「心配かけてすまん。昼頃にはこちらを発つつもりだから、夕方には戻れると思う」

「ああ、こっちのことは心配しなくて良いよ。兄貴が居なくてもちゃんとやってるから」浩二の笑いがこぼれた。浩一にも笑いが伝染したようだ。しかしすぐに浩一は真剣な顔つきに変わった。恵美のことを話すかどうか迷ったのだ。迷った挙句に浩一は浩二に話し始めた。

「恵美さんと・・・・結ばれた」浩一は小声だが、はっきりと言葉に出した。浩二の反応はない。無いと言うよりは、驚きで言葉を失っているようだった。

「本当なのか?」浩二の言葉は力なく暗い感じだった。

「すまん。・・・でも、無理にというわけではない」浩一は弁解めいた言葉で答えた。

「約束したのに・・・」浩二の電話はそこで切れた。怒りや悲しみの理由はよく分かっていた。浩二も恵美が好きだったのだ。そして二人で出した答えが(1、抜け駆けをしない。2、告白は同時に行う。3、よほどの事情がない限り3人で会う)だった。今回3はクリアーしても、1と2は完全に約束違反だった。浩一にもそのことが分かっていたから、浩二に言うのを迷ったのだ。しかし黙っていることが出来なかった。いや、言わなければならないと思ったのだ。言わなければ、浩二を騙すことになるからだ。なぜならば、一番祝福してほしいのは双子の浩二だったからだ。しかし結果は、傷つけ怒らしてしまったようだ。浩一は兄とはいっても所詮は双子。二人は常に対等であり、たまたま世にでた時間が少しだけずれただけのことで、二人の名前すら一時は問題になったほどだった。『何で、兄貴は一で、僕は二なの』子供の頃に浩二がよく口にしていた疑問だ。子供の心には小さなことが気になるものだと、今になって思えてきた。 病室に戻った浩一を恵美は不思議な目をして向かえた。

「なにかあったの」恵美が驚くほどに、浩一の顔は暗く沈んでいたのだ。

「ううん・・・。恵美さんの会社に連絡しておいたよ」恵美はこの時初めて気が付いた。

「あ〜大変。私からも連絡入れてきます」恵美は慌てて病室を出て行った。恵美の座っていた椅子に浩一は腰を下ろした。京子の顔をじっと見つめて呟いた。『感謝しています』理由や経緯はどうあれ、恵美と結ばれたことは、京子のお陰だと思ったのだ。そのことに関しては、浩一はお礼が言いたかった。静かに眠る京子は天使にさえ見えたのだ。浩一にとっては愛のキューピットに見えたのだ・・・・。



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