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4章(1)

浩一は、流しのタクシーで来ていた。会社専用のハイヤーを使わなかったところに、浩一の京子に対する配慮が窺えた。会社のハイヤーを使えば、会社と無関係な京子の住まいが知れてしまうからだ。

「どちらに行きますか?」浩一はタクシーに乗り込むなり、恵美に尋ねた。

「友達の家に行きたいんです。居るかも知れないし・・・」浩一が来る前に、恵美は京子の住所を総務課から聞き出していた。同僚が病欠しているため見舞いに行きたい、と伝えたのだ。総務には、京子の退職願はまだ届いてないらしく、同課ということで恵美に丁寧に教えてくれたのだ。渡された紙には、目黒区八雲とあった。恵美の会社からはそう遠くは無いが、タクシーだとかなり料金がかかりそうだった。しかし浩一は、恵美から受け取った紙を、そのまま運転手に渡した。

「高速を使ってください」浩一はそう言って、シートに深く座りなおした。

「お仕事いいんですか?」恵美は尋ねた。

「大丈夫です。浩二もいるし、優秀なスタッフが揃ってますから、僕なんか、居ても居なくても同じなんですよ」浩一は恵美の心配をよそに、満面の笑顔で答えた。確かに、浩一の言うことには間違いはない。

ただ最終決断の時には、浩一の洞察力、統率力、先見の明などの能力に頼らざるを得なかった。それだけの能力があったお陰で会社は大きくなったが、同時に浩一の責任は非常に重かった。恵美はそれらを理解しながらも、屈託無く笑う浩一にあらためて尊敬の眼差しを向けた。首都高環状線から、首都高渋谷線に

針路変更し、三軒茶屋で高速を降りた。午前中のせいか、国道246号線は比較的空いていた。環状7号線から目黒通りに折れ、タクシーは都立大学の校舎前を通り過ぎたところで止まった。

「ここいらあたりなんですが、アパート名とかわかりますか」タクシーの運転手が浩一に尋ねた。

「コーポ○○です」浩一がそう伝えると、運転手はナビゲーションのスイッチを入れた。

「こんなもの、普段は使いませんが、細かいところはね」運転手はさも面倒臭そうに言った。タクシーの運転は任してくれ。でも、機械は苦手で・・・。運転手の白髪交じりの頭が、そう呟いているように思えた。しばらく機械と格闘していたが、やがて場所を確認できたのか、タクシーは速度を速めた。

「ここの202号室です」2人が降り立ったのは、閑静な住宅地にたたずむ小さな建物だった。2階建てで全部で6戸しかないが、緑に包まれ居心地は良さそうに思えた。広めの階段を上ると、目の前が202号室だった。恵美が何度かドアホーンを鳴らしたが、中からの返事は無かった。見上げると、電気メーターはゆっくりと回っていた。ドアに耳をつけても、中の様子はわいかった。恵美は不吉な想像をかなぐり捨てようとしたが、どうしても変な方に考えてしまい、自分自身にイラついていた。恵美は京子との会話を思い出した。『うちは環境はいいけど、大家さんがとなりなの。ちょっと気になるの』たしか、そう言っていた。その事を伝えると、浩一が隣りの大家のところに行ってくれた。しばらくして浩一が1人の女性を連れて戻ってきた。

「そんな事情なら開けますが、お二人は入らないでくださいね」年配の女性が合鍵で部屋を開けてくれた。どんな事情を話したかは知れないが、女性は恐る恐る部屋に踏み込んだ。

「誰も居ませんよ」女性はホットしたようにそう言って部屋を出ようとしたとき、浩一は恵美の手を引っ張って中に入った。

「ちょっと、困りますよ」年配の女性は慌てて止めようとした。

「すいません、ちょっとだけ」浩一は強引に部屋に入っていった。部屋はきちんと整頓されていた。綺麗好きの京子らしい部屋で、幾つかのぬいぐるみも飾ってあった。浩一も恵美も、部屋を荒らす気配が無いのをみて、年配の女性は安心したようだ。

「これは?」浩一が1枚の紙を恵美に見せた。食卓テーブルに置かれていたメモだった。

「電話番号だけど、わからないわ」恵美は見覚えの無い番号に首を傾けた。市外局番は、首都圏ではないことを物語っていたが、どこかは見当もつかなかった。ほかに目ぼしい手掛かりも無く、2人は京子のアパートをあとにした。ここからだと、大きな通りは駒沢通りの方が近く、タクシーを捕まえる為に2人は歩き出した。しかしタクシーはなかなか来なかった。浩一は手提げ鞄からモバイルコンピュータを取り出し、先ほどの番号を入力した。小さな画面には、すぐにその番号の情報が写しだされた。

「ここ知ってる?」浩一に見せられた場所は、恵美にも見覚えがあった。しかもその答えはすぐに見つかった。去年、雅子と京子と3人で訪れた温泉旅館の案内ページだった。恵美は携帯を取り出し、旅館に電話を掛けた。京子を装い、予約の確認をしたのだ。『はい、本日承っております。お気をつけていらしてください』どうやら京子の行き先がつかめたようだった。『でも、なぜ?』恵美の頭を不安がよぎった・・・。



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