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3章(3)

翌日からの恵美は別人だった。精力的に仕事に取り組み、みんなの信頼を得ていった。理由の第一は、浩一兄弟との関係だとは恵美にもわかっていたが、誰もその事には触れなかった。専務の一声があったのは間違い無さそうだ。短期とは言え、プロジェクトの完了まではどのくらいの期間が掛かるのかは解らない。無事終了すれば恵美は経理課に戻るだろうと、昼食だけは雅子や京子と摂るようにしていた。

京子の無断欠勤は1日だけだったが、理由については一言も話さなかった。雅子はしつこく問い詰めたが、京子の口は堅かった。恵美は平静を貫いた。京子ならば、問題を抱えて困っていれば、話してくると信じていたのだ。しかし、京子はいつも通りに接していたが、恵美にはどこか他人行儀に感じられた。プロジェクトも、本格的に始動を始めた。和やかだったチームにも、程よい緊張感が生まれ、活発な意見が交わされるようになってきた。そうなると、残業時間もおのずと増えだした。半分以上はサービス残業。給料には反映されない残業だが、恵美もなるべくみんなと一緒に残った。それでも浩一と浩二との約束がある日は急いで帰宅をしたが、誰一人文句を言うものはいなかった。浩一たちとの約束の日は、恵美の化粧が違うのだ。ジュンに教わったように化粧をするため、どんなに鈍い男でもデートの日だと気が付いた。慌しい中、顔合わせの日からは、2週間が過ぎようとしていた。

「ちょっと、休憩しましょうか」孝子の声で、みんなは手を休めた。

「あっ、私、お茶入れてきます」恵美は急いで立ち上がった。午後7時。ほとんど毎日が残業だった。

「どうだ、腹は空かないか。出前でもとるか」その声は、残業の延長を意味していた。

「部長のおごりですか」どこからとも無く声が響いた。

「たまにはいいだろう。好きなもの選べ」部長は吐き捨てるように言ったが、その顔は笑っていた。何件かの出前メニューを広げ、みんなが覗き込んでいるところへ、恵美がお茶を持って戻ってきた。

「すまないね」部長はニコリと笑顔を向けた。

「恵美君も選びなさい」

「いいえ、私は・・・」恵美は断わろうとしたが、部長の後ろの光景に目を奪われた。丁度、向かいの建物から、京子が出てくるところだった。こちらは4階。京子は気づきもしない。そして、その横には・・・浩二。恵美の元彼浩二の姿があった。かなり離れてはいるが、浩二の羽織るジャンパーは、恵美が買ってあげたものだった。そして肩にはギター。疑いの余地は無かった。

「どうしたんだ、恵美君」部長は呆然とたたずむ恵美に尋ねた。声を掛けられ、恵美は部長に言った。

「今日は上がってもいいですか。急な用事を思い出しまして・・・」

「それは、構わないが・・・。なにか問題・・・」部長の言葉を最後まで聞かずに、恵美はお辞儀をして帰り支度を始めた。上着も羽織らずにバックを持つと、恵美は足早に部屋を出て行った。『何で二人が』

恵美は走りながら思った。『なぜ、京子は言わないの』恵美は無性に腹がたった。付き合っていることにではない。京子が秘密にしていたことが許せなかったのだ。そう思うと涙さえこぼれそうになった。恵美が建物を出たときには、二人の姿はどこにも見当たらなかった。恵美は大きく息を吸ってから歩き出した。ところが2歩目でつまずいた。またもヒールを駄目にしたようだ。内緒にされると、影で悪口を言われているのでは、と思えて仕方が無い。『ちゃんと話してくれれば、応援したのに・・・』恵美は思った。恵美は一人家路についた。ヒールがむかつく。家に着くと早速恵美は京子に電話を掛けた。電源を切っているらしく、何度かけても繋がらなかった。『そこまで深い関係なの』恵美の想像は大きく膨れ始め、巨大なスクリーンが頭に浮かんだ。二人がホテルに入る場面。仲良くシャワーを浴びる場面。そして二人が絡まりあう場面。想像の輪は歯止めが利かなかった。終わるとすぐに煙草を吸った浩二。その浩二が京子に恵美の癖を話しているのだ。『恵美は結構声がでかくてさ〜』『ここを刺激すると、すぐにいくんだぜ』『それと、必ずシーツを掴むのさ』浩二は煙草を咥え、恵美の痴態を次々に話し始めた。京子はそれを聞いて笑っていた。全ては恵美の想像に過ぎない。しかし、京子が秘密にしたことで、恵美の想像は果てしなく広がってしまった。恵美はいつの間にか泣いていた。大粒の涙が頬を伝い、嗚咽をまじえて泣いていた。『なぜ。なぜなの』恵美はそのまま泣き崩れた。

 その頃、京子と浩二は食事をしていた。浩二はビールを飲んでいたが、京子は飲み物を頼まなかった。浩二との関係をはっきりとさせ、恵美に対してどう話すかを聞きたかったからだ。

「ねえ、私達、どうなるの」京子は浩二に尋ねた。

「どうって、京子はどうしたいの」京子は浩二の答えに少々がっかりとした。

「私は、浩二が好きになったの。浩二の気持ちが知りたいわ」

「俺か?う〜ん、嫌いじゃないけど。まだ解らないよ」浩二は答えをはぐらかした。

「じゃあ、やっぱりただの遊びなんだ」京子は呟いた。

「いや、そうじゃなくて。ほ、ほら、恵美のこともはっきりしてないし・・・」恵美に聞いていた通り、優柔不断な浩二の答えに、京子は自分の馬鹿さ加減を呪った。

「まだ、解らないの。恵美はもう浩二の事なんか、何も考えていないのよ」京子の言葉は激しかったが、浩二はそれでもはっきりとはしなかった。

「そうだとしても、まだ、分かれるとも聞いてないし・・・」最後は声にはならなかったが、京子はスプーンを投げつけ席を立ち、バッグを掴むとそのまま店を出て行った。『浩二なんて嫌い』京子は呟いた。しかし、心のどこかでは『追いかけてくるわ』そう言っていた。京子は歩く速度を遅くし、後ろを振り返った。浩二の姿はない。『きっとレジが混んでるのよ』心の声が言った。更に歩速を落とし、京子は振り返った。浩二の姿はどこにも無かった。涙がこぼれるのを必死に押さえ、5,6歩歩いて振り返った。結局浩二は後を追いかけては来なかった。涙は京子の意思とは無関係に流れ始めた。流しのタクシーを捕まえ、京子は夜の街から姿

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