3章(2)
「ごめん。仕事休ませちゃったね」
「ううん。いいの・・・」京子と恵美の元彼浩二は、まだホテルのベッドの中だった。どうしてこうなってしまったのか・・・。浩二と京子は食事をしながら話し合っていた。落ち込む浩二を励まそうと、その後にカラオケに行ったのだ。しかし、元々、浩二に好意を寄せていた京子は、次第に浩二に惹かれていった。恵美とは別れた。そう言い聞かせながら、京子は自分の行動を認めようと努力した。そのうち浩二も京子の魅力を感じ取り、互いに距離を近づけていったのだ。京子は思った。いまさら後悔はないが、恵美には多少後ろめたい気持ちが残った。
「お腹、空かないか」浩二は照れくさそうに尋ねた。浩二も相談に乗ってもらおうとは思っていたが、京子とこうなるとは、想像もしなかった。京子は恵美とは違いおしとやかだったが、昨夜の二人は、ただ求め合うだけの肉の塊と化し、浩二はその世界におぼれていった。酔ってはいた。話をしながらも、二人はかなりのお酒を喉に流し込んでいた。だが、今となっては、酒のせいにするつもりは毛頭なかった。
「そうね、ご飯、食べに行こう」京子がバスタオルを身体に巻いて、風呂場に向かった。バスタオルから覗く透き通るような白い肌が、ベッドに横たわり、京子を見つめる浩二の脳を刺激した。浩二は裸のまま京子の後を追いかけた。二人の影はガラス越しに重なり、やがて崩れるように影は床に転がった。
恵美と浩二が向かったのは、あの銀座の店だった。『来夢』恵美は初めて店の名前に気が付いた。夢が来る店。今の恵美には新鮮に思え、どこか気持ちが安らぐように感じた。恵美は浩二を見上げた。エレベーターの中には二人きり。恵美は急に心臓の鼓動が気になった。早く激しい。『浩二が好き?』恵美は自問してみた。『うん』心の声ははっきりと答えた。
「いらっしょいませ」ママのドレスは今日も輝いていた。スパンコールのちりばめられたドレスは、店内の照明を一身に受け、光の欠片を解き放っていた。
「あら、いらっしゃい」ジュンの赤いドレスも光っていた。浩一は既に来ていた。恵美はお辞儀をしながら、浩一の待つ席へと向かった。
「やあ、恵美さん、ひ、昼間はすいませんでした。き、気が付きませんで」浩一の照れ笑いを見た時、恵美の心臓は、さらに激しく鳴り響いた。『えっ、どういうこと』『わかるでしょ』心の声はそう答えた。その途端、恵美の顔は真赤に高潮した。恵美は二人が好き。でも、浩一に対する気持ちのほうが強いようだ。恵美は浩二と浩一の間に座らされた。浩二はそんな恵美に気が付いたのか、ジュンを隣りに呼び寄せ、楽しそうにじゃれ合い始めた。恵美は乾杯の後も、うつむき加減だったが、浩一は優しく見つめるだけだった。しかし、ジュンの一言で、雰囲気は一転した。
「恵美ちゃん、今、化粧品持ってる?」
「は、はい」なぜとは思ったが、恵美は素直に答えた
「ちょっと貸して」そう言うと、恵美の化粧バックを覗き込んだ。
「結構、いいもの持ってるわね。おいで」ジュンは恵美に手を差し出した。恵美は理由もわからずに、その手を握った。どこかに連れて行くらしい。ぐっと引っ張り、恵美を立たせた。
「どこ行くんだ」浩二はジュンに尋ねた。
「へへ、お楽しみ」ジュンは恵美を化粧室の連れ込んだ。化粧室といってもかなり広い。4,5人入っても大丈夫なほどだった。浩一と浩二は互いに見つめ、首を振った。男には理解出来ない世界らしい。10分ほど経ったとき、二人が戻ってきた。
「ほら、見て。綺麗でしょ」ジュンは恵美に化粧を施したのだ。恵美も、鏡に写った自分が信じられなかったが、浩一と浩二の驚きの顔から、まんざらではないのかもと、思い始めた。
「恵美さん、すごく綺麗です」浩一の顔も真赤だった。どうやら、浩一も恵美に気があるようだ。浩二は微笑ましそうに二人を見るだけだった。
「恵美さんは、元がいいんだから、もっと、お洒落しなくちゃ」ジュンも自分の作品を見るかのように、満足そうな笑顔を浮かべていた。恵美は浩一に寄り添い、ジュンは浩二に寄り添い、ピアノの弾き語りに耳を澄ましていた。懐かしいラブソングだが、恵美には新しく聞こえた。あたかも新しい人生が始まったような想いがしたのだ。実際のところ、たったの数日間で、恵美の人生は大きく変貌を遂げようとしていた。